第五話 帰還
【エイレ帝国・首都ウォルトン 特別会議室】
移送時と同じく拘束具を付けられているようで何も見えずどこも動かせない。何よりも困ったことに痒みを催しても当然掻けない。これにひたすら悶々としたりしなかったり・・・。
クラリスタが能天気にしていると唐突に声が聞こえてくる。
「これより、ルネッツァ共和国帰属の超兵に対する拷問及び惨殺容疑にてクラリスタ・ウェルハート一等兵への査問を開始する。中立人は私オルグストとし、書記三名が記録するものとする。また、尋問者は帝国統括軍会議内にて選出された尉官以上の四名とする。」
四対一か・・・。完全に悪者はあたしだな。
「クラリスタ・ウェルハート一等兵が超兵であるとのことなので規則に則り、当査問では聴覚及び声帯以外の拘束となる第二級拘束具を着用してでの査問とする。」
何故超兵だと分かったのか疑問を抱くクラリスタ。
「以上。それでは現時刻より査問会を開始とする。」
疑問について考える猶予も無く、査問が始まる。
「まず確認したいのだが。」
野太い男の声が先陣であった。
「超兵だと断定しているようだがどういった能力か判明しているのかね。もし本人からの申告のみならば虚偽の可能性があるのでは?」
「はい、断定しています。」
若く鋭い男の声が切り返す。
「能力について科学技術省を経由し問い合わせ済みです。世界干渉系の能力で識別名は『超越視覚』。自身周囲の空間と視神経乃至神経シナプスを共有状態にし空間認識を可能とする能力のようです。」
「あのなぁ・・・。私たちにも分かる言葉で説明してくれないかエーデルハイト君・・・。」
全くだ。
クラリスタもこの一点に関しては全力で同意した。
「失礼しました。より簡潔に言いますと、全方位が見えていて尚且つ、範囲内ならば物陰や遮蔽物の裏も見える能力です。」
ほう。と納得の声を漏らす三者。かくいうクラリスタも声こそ出さないものの、あの時の相手の行動が読める感覚に納得を覚えた。
「では少々質問させてもらおう。」
ハスキーな声の男が問いを投げかける。
「相手、本件の場合はギルデバート・アガルギド氏からの殺意は明確であったと推察される。それに対しクラリスタ・ウェルハート一等兵、君はどう対処しようと考えたかね?」
そりゃ殺そうと思いました。と口が動くの抑える。
酷く困惑していた時なら逃げようと思ったであろうけれども、記憶と経験のその全てがはっきりし、コイツは殺れる!とゴーサインを出していたあの時はこれ以上に無く殺る気満々だった。
こんな事を素直に話せばマズイ雰囲気なのは分かる。だけど、綺麗な言い訳がでねぇ!
クラリスタはまたも悶々としていた。
「どうしたのだウェルハート一等兵。査問での沈黙は立場を悪くするぞ。」
無い知恵を絞るクラリスタ。だが無いもの無い。妙案も出ず追及が強まるのは目前。
諦めて心の本音を言うことを選択肢に入れだしていたが―――。
「失礼。その件についてですが。」
エーデルハイトと呼ばれていた男が再度発言する。
「なんだねエーデルハイト君。局長とは言え尉官が佐官の発言に割って入るもんじゃないよ。最も戦場での武勲の一つでもあれば違うがね。ハッハハ。」
嘲笑がちらほら沸き立つ中、エーデルハイトは言葉を続ける。
「国際問題とも成り得る本件を機関の方にも報告したところ、“両者責無し”との返答でございました。ご報告が遅れ申し訳ありません。」
「なんだと!?それは本当か!?」
「中立人オルグスト氏にも確認していただきましょう。」
何が起きているんだ?
席を立つような音、あちこちで聞こえるひそひそとした会話。何か事態が変わっていることをクラリスタは肌で感じていた。
「た、確かにこれは、いやこれ以上の証明は無い。しかしこの内容は共和国側にも行っているのかね?共和国側からいらぬ疑いがかからぬ為の今回の査問だぞ?」
「ご心配には及びません。同時刻に同内容が送られております。」
「なるほど。となればこの査問会自体も意味を無くすことになる。」
どうやら疑いが晴れたらしい、疑われるのいい気分しないもんだ。
安堵し、フゥと息を吐く。
「尋問者三名に関しましては後ほど情報の方を確認していただくとし、それでは短くはなりましたが査問会を終了とする。」
続々と席を立ち会話を始めたようで周りの音が大きくなっていく。
「無意味な時間だったな。全く。」
野太い声の悪態もその内の一つに入っていく。
「そうですかね。中佐に“こういう武勲”もあるって知ってもらえたようで有意義でしたよ。それでは先の会議通りウェルハート一等兵をお預かりいたしますので失礼します。」
見えはしないがエーデルハイトと呼ばれる若い声の主が、見下した目でほくそ笑んでいるのがクラリスタにも何となく分かった。
「さて、ウェルハート一等兵。医務処置室での拘束解除後、話があるので頭に入れておくように。」
唐突に右耳近くで声がする。先ほどまでの距離がある声とは違い、はっきりと、唇の音が聞こえるほど近い距離での声であった。
警戒や驚愕をする暇も無く周囲の音が変わる。先の場と打って変わり、闊歩する音もそれと共に聞こえた談笑達消え、無機質な機械音のみに変わる。
静寂とは静かで寂しいと書くがクラリスタもそれと同様の気持ちを抱えた。
両足、両手、胸部と順に感覚が戻り動かせるようになる。関節を曲げ伸ばしし、四肢の自由を確認する。
最後に目の拘束が解かれた。
闇が晴れる。目が光に対する調節を図るが燦然とした灯りに眩む。
プシュッと音を立てて扉が開く。
「解放処置ご苦労。」
複数の歩く音と同時に聞き覚えのある声の男が入ってくる。細く長身のその姿は軍服をよく着こなしていた。
目が慣れたところで視線を上げ顔を見る。髪を上げており細く鋭い目つきをしていたが、決して顔が劣っているわけでは無く寧ろ知的でスッキリとした顔立ちをしていた。
これがほくそ笑んだと思うとさぞ憎たらしいだろうとクラリスタは微笑みかける。
「ウェルハート一等兵。話があると言ったのは覚えているな。」
「覚えてる。こっちも話があるんだよな。」
「そうか。それなら君から話してもらおう。移動しながらな。」
そう言うと踵を返す男。
「ちょ!あんた待てって!」
拘束をしばらくされていたからか、四肢の違和感と眩しさで少しよろめくクラリスタ。
言葉に反応して男が歩みを止める。
「フロン・エーデルハイト。階級は中尉だ。」
半身で振り向き男は名を告げる。
「よろしく。エーデルハイト中尉。」
「さて、立ち眩みが済んだら移動するぞ。」
呼び捨てについては気にしないんだな・・・。
フロンという男の鋭い目と冷淡な顔を他所に、彼女は他愛のない事を考え歩きだした――――。