第四話 超越視覚
【エイレ帝国 連絡機 機内某所】
暗黒の世界。手も足も動かせず、視界すらも奪われていた。感覚も麻痺させられているのかもしれない。何が目を覆っているのか、手足をどのようなもので固定してるのか、無音であるがこれは耳も封じられているのか。疑問だけがとめどなく現れる。
「あの場で何があったのか聞かせてくれないか?」
暗闇の中で男の声が聞こえた。
どうやらこの変態プレイ中でも耳と口は使えるようだ。心の内で愚言を溜めつつも記憶を巡る。以前よりいくらか頭がすっきりとしており、順番に鮮明に場面を浮かべていった。一通りの流れを思い出し、整理していく。
そして、ゆっくりと語りを始めた―――――。
服装の所々に赤の水玉をあしらえた男と対峙するクラリスタ。一歩踏み込み、飛び込むだけでお互いの喉に手が届きそうなその距離で、先に動いたのは男の方であった。
踏み込みつつも姿勢を低くする。その姿は肉食獣が獲物に喰らい付くかの如く、その眼はクラリスタの首に狙いを定め、その畳まれた腕は狙った獲物を確実に掴み刈り取る構えに入っている。
脚が踏み込まれ、彼我の距離が縮まる。次の踏み込みと同時に腕が伸びる。正確に、素早く、クラリスタの喉に向かい。
(喉なら口からたくさん噴き出すな?じょうろだ、人間じょうろだァ!!)
男は今にも噴き出しそうなのを堪える。先よりも頬の吊り上がりが増した笑みは想像した残酷な描写を確信していた。
「おもしれェ―――!!」
同じくしてクラリスタも不敵な笑みを浮かべる。
身体を左に半回転させつつ前に出ることによって腕を避けた。常人が咄嗟の判断で行えるようなものではなく男は驚く。そのまま流れるように手を自身の腰まで沿わせるのを見て男は手を引き戻し、地面を蹴って距離を取った。首に赤く細い線が引かれ、そこからぷっくりと血液が垂れる。回避の判断が正しかったという確証ができたところもう一つの確証も得られた。こいつはそこらのチンピラと変わらない、と。
(強力な能力があれば接近時に攻撃を受けていたはず、それも踏まえての接近の仕方もしていた。だが何も起こらずただナイフをちょっと早く抜いただけ・・・。大した腕も無い癖に自分に酔っているチンピラか。)
だが、稲光よりも短い時間で状況は一変していく。
男は一瞬目視での追跡を怠ったことによりクラリスタに予想以上に駆け寄られ、距離を詰められつつあった。それでも余裕の笑みのまま引かず、態勢もそのままに掌をクラリスタと直線状になるように向ける。
(近づいたら最後!吹き飛ばしたところを掴んで終了だッ!!)
男は自身のこの能力は有効であると思っていた。見えない力、そして触れれば即死。何よりも見えないというのが相手より数倍も有利であり、無敵である。そう考えていた。それも当然、クラリスタへの評価が『無能力』で『凡庸な戦闘スタイル』である以上見えない能力という死角で片が付くと考え切る。
無論、クラリスタによりその考えは瓦解することとなるが。
「自信満々なお前に、一つ良い事教えてあげる。―――――それ視えてるからな。」
そう言うと拳銃を取り出すクラリスタ。一方、男は余りの驚愕に視界が歪むような感覚に襲われていた。
『それ視えてるからな。』その言葉に全てを揺さぶられていた。
「はったりだッ!!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。
発砲音と共に放たれる銃弾。4つの弾丸は男に向かい進むが、近づくと軌道が逸れあらぬ方向に向かって行く。
(やはり、はったりだ。これが見えているならハンドガンなんざ無駄だと分かる―――!!!!)
男は驚愕する。視界の右隅にクラリスタがいたことに。
クラリスタは発砲と同時に、姿勢を低くし間合いを更に詰めていた。この獣を彷彿とさせる詰め方に男は余計に焦る。自分が見せたばかりの歩行法であり意図して容易にできるものでも無い。そう考えるからこそ焦燥感が大きくなっていく。
鋭い蹴りが男を襲うが集中力が欠如している男に避ける術はなかった。その衝撃と、痛み故にか声も上げずに蹲る。
だが、男は地面で胸を抑えながらも少しずつ冷静さを取り戻していた。
ほぼ零距離のこの状況は好機では無いかと、なんとか奇を衒い触れれば勝てると、頭を働かせていた。
対するクラリスタはニタニタニタニタと笑みを浮かべながら足元の男を眺めていた。
「なぁ、取引しないか・・・?」
男は返答を待たず続ける。
「俺の能力を使えば周囲を吹き飛ばせる。だが、俺だってタダじゃすまねェ、道ずれなんてのはしょぼい事だ。・・・まぁ、そこで取引だ。お前がこのまま下がるというなら俺も追撃を一旦やめる。」
「唐突だけど妙案ね。」
クラリスタの笑みは崩れていない。
「ああ、そうだ。そこの隊長さんも連れていくといい。運が良ければ助かるぜ。」
クラリスタ視線が後方のマルクストに向くその瞬間、男は動く。
(やはりだ!!この一瞬だ!!)
刹那の死角を作った男は大きく腕を伸ばす。足首をもう掴めるというところまで腕が伸びる。
「だから、視えてるっての。」
その言葉と共に男の右肩にナイフが突き立てられ、手の甲を踏みつけられる。
「お前の掌が武器なようにあたしの『眼』も武器なんだよ・・・ねッ!!」
手を踏みにじり、ナイフで身を抉る。メキメキと不快な音を出し筋繊維が断裁されていく。
獣のような音を出し悲痛を訴える男。
「俺はギルデバート・アガルギドだぞ・・・!大陸を震え上がらせた殺人鬼の!ガァッ!!」
「うるせぇよ、マヌケ。どさくさに紛れて左手使おうとしてんじゃねぇよ。」
砂でも掘るかのように左肩を数度抉られ、痛みの余りに吠える。
ニチニチと刃が肉を抉り、繊維をブチブチと切り離す。
「何諦めた顔してんだよ。なんか他にあるだろ?あの振動、手以外から出せねぇのか?本気出せば逆転できるだろ?ほら、ナイフで刺すの停めるからやってみ?」
両者、目を大きく見開くがまるでその意味が違っていた。
ギルデバートのものは絶望と恐怖。目の前にある恐怖に対し震え上がり、目を逸らせず見開いていた。
対するクラリスタは興奮の眼差しであった。大きく見開き瞳孔が広がる眼は待ちに待った映画を観る子どものものと差異が無い。
「俺の『空気振動』が見える奴なんてありえねェ・・・。ありえねぇえええええええええ!!」
およそプライドのある男の動きとは思えない程に無作法に暴れるギルデバート。そして、それを無表情で眺めるクラリスタ。
「頭の中でうるせぇよ。クソが。」
興が削がれたのか、はたまた興味が無くなったのか。クラリスタは無機質な顔で拳銃に手を掛けた―――。
大まかな流れを説明し、そこから先の記憶は朧気であるとクラリスタは告げる。
声の主はすぐには返答してこなかったが、二拍ほど間を置いて口を開ける。
「分かった。もうすぐ本国に着く、査問会が開かれるので今の話は再度お願いしよう。」
端的な話し方に、少し勘ぐってしまう。何か説明してはいけない事があっただろうか。
クラリスタは微小ではあるが焦っていた。
「あと一点。」
突然に話を振ってきた事にクラリスタは焦りに焦りを重ねる。
「君の能力だが、それは『超越視覚』というものだ。・・・・・では査問会にて。」
焦りに焦りが重なった結果、困惑が生まれた。
こうして、クラリスタの『武器』に名が生まれたのであった―――――。