第三話 覚醒・急(転)
穴から仄かな光が落ち、瓦礫を照らす。瓦礫の上に立つ男の姿はどこか神々しいようにも見え、表情は不釣り合いなほどの程の邪悪さを放っていた。
その言葉にできない邪悪さにクラリスタは鳥肌が立つ。恐怖ではなく高揚感よって。
虚ろな目、奥を見るような視線、笑っているとも怒っているとも見える口元。敵意とは別の表情を浮かべている男にマルクストはこれ以上に無い警戒をした。
「堂々と敵の目の前に姿を現すのも同等に馬鹿だがな。」
瓦礫の更に奥からマルクストの声と共に発砲音が三つ響く。そう遠くない距離から放たれた三つの弾丸は、男の顔を貫く―――はずであった。
1メートル程度の間合い入った瞬間、弾丸達はそれぞれ標的とは別の方向に反れ、家屋各所へ着弾した。
「超兵か・・・!!」
男はニヤァと歪んだ笑みを見せる。クラリスタは背筋にひんやりとした感覚を覚え、同時に不思議と高揚感が上半身に溢れた。各所の筋肉が痙攣するかのように小刻みに動き、ある種の行動衝動のようなものが沸き起こる。
「はい、せいかァい。ご褒美に真っ赤なお花をあげようねェ!!」
言葉とともに男が瓦礫の小山から飛び降りる。マルクスト目がけて一直線に動く男にマルクストも反応する。腰から二丁目の拳銃を抜きつつ左に跳び、叫ぶ。
「ウェルハート一等兵!!外だ!窓から外に出ろッ!!!」
そういうと跳びながら両拳銃を男に向け連続発砲を開始する。
通常ならば精度が甘くなり、負担も大きいこのような撃ち方は悪手である。密になっている敵集団にしか使わない。だが、敵の能力の詳細が分からない以上は距離を取り、弾幕を張りながら様子を見る必要がある。そうマルクストは考えた。
クラリスタは迷いなく部屋の窓を破り外に出る。地に足を付けると同時に周囲を確認する。敵の有無を確認しながら銃とナイフに手をかけたところで電撃のように既視感が走る。
今行った一連の動作が異様なほどにスムーズであり躊躇いも無かった。普通であれば違和感を感じるところをクラリスタが何よりも先に感じた感覚は既視感であった。
そのまま意識を内側に向けようとしたその時、爆音と煙が上がりマルクストが転がり出てくる。爆発の余波で転がりながらもすぐさま態勢を戻す。
「西だ!西へ走れ!!」
叫ぶマルクストを見て一瞬たじろぐ。
「止まるな!走れッ!!」
腕を掴み引っ張られたところで駆け出す。背後では今までに聞いたことも無いような轟音を立てながら家屋が崩れてゆく―――――。
綺麗に舗装されていたであろう皹と瓦礫にまみれた道を走る二人。
「ハッ・・・ハッ・・・他に移動手段、用意とかしてないわけ?」
「本来なら四輪車が三台、後方に待機しているはずであったが予定よりも大規模かつ早い段階のジャミングが起こり、我々は撤退が間に合わなかった。戦線本部周辺ならば対策済みのはずなのでまずは近づいて連絡手段を確保するところだ。」
先ほどから走り回っているのが無駄足でなくて良かった。
クラリスタは悠長にそう考えた。
「私からも質問だ。先ほどの男を見て何か感じたことは無いか?」
「うーん・・・。あの青い手に触れるのは危なそうだな、と思ったな。」
あとなんだか同じモノを感じた。と言いそうになったが口を噤む。
「青い・・・。もしや異能の際の反応物質か・・・?となると・・・」
独り言を漏らしながら考えを巡らせているマルクスト。それを横に見ながらクラリスタも思考する。男と対峙していた時にあった親近感、今尚ある異様な高揚感。自分が興奮あるいは楽しんでいるようにも思えていた。
あたしは、この感覚を知っている。そう確信した。
「ウェルハート一等兵。」
ポツリと語りかける。
「君のその見えているモノが確かなら、相手には見えない情報がこちらにはある訳だ。それは大きな武器だ。頼りにしている。」
ここでクラリスタは一つ理解する。
あたしの見えてい“コレ”は他の奴らの見えてるものとは違う。
「一時停止だ。ここまでくれば通信可能なはずだ、一度本部に通信を入れる。」
脚を止めたその刹那に全てが起こった。先ほどの男が現れ、右手でマルクストの頭を掴む。
凝視し言葉を飲む二人。男はニヤァと気味の悪い笑みを浮かべ口を開ける。
「こんにちはァ。そして、さようならァ。」
わざとらしく左手をヒラヒラと振る男。マルクストが腰の拳銃に手を掛け応戦しようとする、が、文字通り血を吹き出し倒れていった。眼孔、耳孔、鼻孔、そして口から血を吹き、垂らし、林檎のような赫に染まり果てる。およそ起こり得る人の死に方に当てはまるものでは無かった。
クラリスタはそれを見て動けなくなっていた。恐怖や驚愕といった感情ではなく、興奮して動けなくなっていた。
「お前、同じ眼だな。こっち側の眼だ。」
ニヤニヤと笑いながらクラリスタを見て喋る。
「奪って、殺して、キメて、犯して、それが当たり前の世界で、それしか生き方を知らなかったって奴の眼だ。帝国にもそういうトコあんだなァ。いやどこの国にも肥溜めはあるもんか。」
「ご生憎だが、どうやらあたしは軍の施設出身だそうでね。あんたと同じじゃないみたいだよ。残念。」
「だったらその最高のスマイルはどう説明するんだァ?」
男と同じような笑みをクラリスタも浮かべていた。まるで最高のコメディショーを見ているかのように頬を吊り上げ、歯を見せ、ギラギラとした眼の笑顔。
曇天の下、無人の街で笑みを浮かべ合う両者。
クラリスタは今になり記憶について分かったことがあった。『軍に在籍している記憶』と『荒んだ町にいる記憶』が同時に存在しているという事である。どちらも本当であり、どちらも自分の記憶であるという事に確信を持った。今、何をすればいいのか。何が先決なのか。それを両方の知識が教えてくれていた。クラリスタの出した結論は一つ。
『 こ こ で 殺 す 。 』
こうして物語は急転する―――。