第一話 覚醒・序
灰が舞い、曇天が一面を覆う。灼ける音と鉄の臭い。そして渇いた空気が世界に満ちていた。
ゆっくりと開いた目が最初に映した世界は灰色。
「ウェルハート一等兵!!」
男の声が聞こえる。砂利を散らす音と駆ける音それが入り混じりながら声が聞こえる。
騒々しいな・・・。頭に響いて痛みが増すからやめてほしい。・・・ん?頭?
疑問が頭に浮かび上がる直後、何者かに襟を捕まれる。
「鼓膜がやられたのかウェルハート一等兵!!聞こえているならさっさと立て!!上官命令だ!!」
先ほどから聞こえていた声と一致する男が迫る。そのまま捲し立てるように言葉を続けてゆく。
「先の衝撃収束砲による被害で我が分隊は壊滅だ。小隊全体との連絡も取れん!ただちに一時撤退を行う!さぁ立て!走れ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれおっさん!あたし、何言われてるかチンプンカンプンだ・・・。ぶんたい?しょうたい?まず、ここはどこなんだ?」
「上官に対しその口調はなんだ!そのようなふざけたことを言っている状況では無いことはお前が一番わかっているはずだ!その頭部の出血、止血を早急にしなければ後に響くぞ!!分かったなら移動だ!!」
「・・・出血?」
疑問を解決すべく額の辺りに触れてみる。生温かくヌルっとした感触を指で感じ、その感覚は新たな困惑と同時に不安を沸かせた。
困惑と不安が沸きながらも指で得た感覚が少女に現実感を与え、周囲へ意識が向く。
瓦礫はよく見ると所々に鮮やかな『赤』があり、煙の中には人だったもの、虚空を見る者、静かに泣く者―――。
「ウェルハート一等兵!急げ!!」
少女はゆっくりと感覚を確かめながら立ち上がる。
立ったことを確認した男は、少女の困惑を他所に灰と瓦礫と化した街を進んでゆく。慌てて男の背中追う少女。金色の髪を靡かせ男を追いながらも、先ほどいた場所を再度視る。
「ひどいもんね・・・。」
ポツリと言葉が出た。
「3年もこの地獄だ。だからこそお前は死なせるわけにはいかん。この地獄を終わらせるためにも。」
先ほどとは違い、張りの無い声で男は続ける。
「なるほど、今のお前は成功した完成体なのだな。今の言動で理解した。ならば余計に死なせるわけにはいかない。この先の家屋で止血する。」
走り続けると男の言う通り余り損傷していない家屋が見えてきた。ガラスが割れ、壁には所々に穴があり、ここでただならぬ事が起こった事を感じさせている。
「ハァ・・・ハァ・・・、よくこの家屋が倒壊して・・・ハァ・・・いないって・・・、クッ!ハァ・・・わかったわね。」
「この程度で息を切らすな、そして当然だ。常に戦場の状況を予測・把握することは現代戦時における部隊統率者の基本だ。さぁ、腰を下ろせ仮縫い止血をする。話はそれからだ。」
答えを言う間も与えられなかった。男は部屋の中央で息を切らしている少女の頭を掴み、手際よく進めていった。
「――――――!!」
「この程度で痛がるな。後、暴れるのも止めた方がいいぞ。走ったことにより傷は大きくなっている。再度開いたら更に悪化するだろう。」
走らせたのはお前だろ。と口に出そうなったがギリギリのところで飲み込む。
「これで、心配ないだろう。さて。」
男はそのまま部屋の中央に座り、話し始める。
「私はマルクスト・エルート。地位は軍曹。首都ウォルトン出身だ。クラリスタ・・・いや、君の名前は?」
「あたしの名前は・・・く・・クラリスタ・・・?いや違う・・・違うはずだ。あたしは、南区のボロ屋にいて・・・それで質屋を襲って・・教練所??・・違う・・・。」
瓦礫と灰の光景の時とはまた違う不安感が身体中を駆け巡った。思考が堂々を巡り始め、感情が徐々に昂る。このまま限界点に達しようとしたその時、強くしっかりと肩を掴まれた。
「突然の事で混乱が生じているのは理解する。私の地位で知り得る範囲で君に教えよう。ゆっくりと、深く息を吸え。そうだ、少しずつ呼吸を戻すんだ。」
その言葉を聞き、深呼吸をする。顔の汗を拭い、マルクストをまっすぐと見つめた。
「あたしは、クラリスタっていうのか・・・?」
「そうだな。存在からはっきりさせよう。」
一呼吸置き、マルクストは語りだした。
「君は、『クラリスタ・ウェルハート』であって『クラリスタ・ウェルハート』では無い。」
クラリスタの顔に再度不安の色が出かかったところでマルクストは続けた。
「今からその意味も含めて補足していく。時間が無いが知り得る範囲で君に伝えるのでしっかりと聞いていてくれ。」
そう言うとマルクストは、クラリスタに言葉を続けていった―――――。