早春
長らく放置してましたことを深くお詫び申し上げます。
ほぼ説明回です。
夫が即位して、初めての正月を迎えた。
寒い中にもほんのりとした暖かさを感じるのは、儀式続きで暫く精進潔斎しなければならなかった夫と久しぶりに閨を共にしたからかも知れない。すっかり慣れた素肌と馴染んだ汗の匂いに、ほっと息をつけた気がして、目の奥が少し熱くなった。寝ぼけながらもしっかりと抱きしめてくれる胸にそっと頬を寄せると、くすぐったそうに微笑みながらわたしを撫でるのは、初めて一緒に迎えた朝からずっと変わらない。
秋に皇后に冊立されるのとほぼ同時に、父や叔父達に地位が与えられた。父の子はわたしだけなので我が家の継嗣はいないが、叔父の子たちから誰かを養子に取るかも知れない。親族の栄達を願う寵姫も過去には居たようだ。今回の件は皇后としてのわたしが軽んじられないためと、後ろ楯としての意味が大きいが、急に偉くなってしまった実家の戸惑いを考えると少々悩ましくも思えた。家族には負担を掛けてしまうけれど、仕方がない。公的な立場がある以上、色々相談も出来ないし里帰りもそうそう出来ないのが残念ではあるけれど、老後が安心になったと思って貰えればいいのかも知れない。将来はわたしの実家に夫が入るような形を取るかと思っていたけれど、人生何が起こるか判らないものである。皇籍に名はあったものの皇帝から最も遠い位置にある皇族、それが彼だった。生まれてすぐに両親や祖父母を失った子ならいくらでもいるだろうが、孤児として市井に育った皇帝など、御伽噺にさえ聞いたこともない。
登極後の初正月は改元せねばならないし、そうでなくても様々な儀式を執り行う必要がある。皇后となったわたしにもこなさねばならない行事はいくらでもあったし、事実暮れから正月の半ばを過ぎる頃まで様々な祭礼が続いていた。夫は課せられた役目から逃げない人だし、わたし以上に大変だったことは間違いない。
新年を迎えてから霍大将軍の政権奉還奏上の話があったらしい。ほぼ形式的なもので夫は若年かつ経験が浅いことを理由にそのまま大将軍に委任するという体裁を取った。大義名分というものだそうだ。確か夫の曾祖父にあたる先々帝の世祖さまが幼い我が子、先の帝さまを補佐するように命じた三人のうちの一人が霍大将軍だったと思う。鼎のように三本の足があれば安定するだろうと整えられたようだが、誤算は三人のうちのお一方が早逝されてしまったことか。残ったお二方が政治的に対立した結果、鼎の足は現在一本なんだと寝物語に教えられたことがあった。お人柄は知りようもないが、十数年以上国を支えていらっしゃる訳で、有能でいらっしゃることは間違いないのだろう。そして、小霍の恋人である霍のお嬢さんのお父さまである。
夫は皇族としての自覚はあっても皇帝になる予定はなかったので、そのための教育が足りているとは言い難いし暫くは学習と経験を積み重ねていく必要があるだろう。ただ、彼はなんだかんだ優秀な人なので能力的にはこなしてしまいそうな気もするけれど、慣れている人がいるならその傍で学ぶ時間を持てる方が良い。
息子の立太子の話も上がったらしい。夫の祖父は生まれてすぐに立太子されたようだけれど、それは十代半ばで即位された世祖さまが長らく男児に恵まれなかったという事情が大きい。早急に皇太子を立てる必要があったのだ。
先の帝さまは元服して間もなく子を生す前に崩御されたので、襁褓も取れぬ赤子とは言えど、夫に男児が居ることは喜ばしいことであるようだ。資質についてはまだまだ未知数だが夫はまだ若いし急ぐことでもないだろう。
そして先日、論功行賞が行われた。
その中で、夫にとって一番喜ばしかったのは、赤子だった彼を守ってくれた恩人が判明し、その方に爵位を与えることが出来たことだったようだ。恩赦が出るまで守り抜き、祖父の冤罪が判明したことで夫は皇籍へ戻ることが出来た。その後は祖母の実家である史家へと送り届けてくれたのだが当然ながら彼は物心つく前だったので、詳細を知り得ずに居たのである。命の親とも言うべき人であるが、世祖さまの御気性を思えば色々慎重にならざるを得なかったのだろう。悪い方ではないにせよ、聞いてみると少なからず気分屋なところがある方だったようだ。不敬になるから口には出来ないけれど。特に騒動の直後は夫の祖父が首魁で反乱を起こしたとされていたのだから、彼の命がどうにか繋がったのはまさに奇跡とも言えた。
逆に言えば、それこそが天命であったとも言えるのかも知れない。けれど、針の穴を通すようないくつもの人々の努力が重なった結果を軽々しく決めつけたくはない。その中の誰かひとりが欠けたとしても、夫の今はなかった筈だ。そしてわたしも。
そんなことを考えていたら、平陵に裕福な民を移住させる話が出ていた。先の帝さまの墓陵の地に何故と思ったのが顔に出ていたのか、丁寧に説明を受けることになった。夫は先の帝さま、祖父の弟君に当たる方の養子に入ったという体裁を取っているので子として孝養を尽くさねばならないらしい。これもまた大義名分というやつなのだろう。当然ながら一度もお会いしたことはないが、法的には義父であると思えば、理解していた点と点が繋がって線になり面になったのだった。
文中の名称がややこしいと思うので、少々解説を。
霍大将軍=霍光。武帝の寵臣だった霍去病の異母弟。
世祖さま(夫の曾祖父)=前漢の武帝、先々帝。
先の帝さま=前漢の昭帝:武帝の末子。平陵はその墓陵の名称。
夫の祖父=戻太子劉拠、武帝の長男。
因みに鼎とは足が三本ある鍋というか釜です。主に青銅器ですが土器の場合もあるようです。
「鼎の軽重を問う」というのが良く知られた故事ですが、調理器具が権力の象徴って。。。
そしてその頃の美少年。
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