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蒼天の月  作者: 篁頼征
三、帝位を拾う
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淑女の闘い

陰暦の七月は現代の九月頃、十一月は現代の一月頃になります。

因みに季節は春→一月から三月、夏→四月から六月、秋→七月から九月、冬→十月から十二月です。

 窈窕たる淑女、というのは、遥か昔に編まれた詩経にも登場するけれど、君子(立派な男子)の伴侶に最適な、上品で美しい淑女という意味である。尤も、今そんなのんびりした淑女は、この後宮ではやっていけないだろう。この場所は、女同士の闘いの場でもある。勿論、表面上は序列があるけれど、実際の権勢というものはまた別なのだ。見た目の装いはともかく。

 わたしが夫の妻として皇后の地位に冊立されたのは十一月、冬も半ばという頃だった。それまでは婕妤という寵愛深い女性が就く地位にあったのだけれど、夫はわたしが妻として一番近い場所に居ることを望んでくれたのだろう。閨に呼ばれる頻度は少なくはなかったし、わたしたち夫婦の間には既に男の子も生まれている。そう、後継者を既に儲けているという点は大きなことだった。母は子によって貴し、である。先の帝さまがお若くして子もなく崩御されたから、特にその点は重視されるのだ。尤も、夫が皇帝になったのが秋の初め、七月なのだから、それから娶られた妻たちにまだ子がないのは当然でもある。わたしは周囲に一目を置かれつつも華美に走らない、周囲に侮られない装いを心がけていた。大事なことは隙を作らず、付け入らせないことである。その試みは今のところ成功しているように思えた。



 歴代の帝さまの中には、金遣いの荒かった方もいらっしゃったそうだけれど、夫は市井の民の自由を愛する人で、余計な負担を強いることを好まなかった。国家の権威の象徴として、身なりや周囲のものに、ある程度の質は必要である。けれど、華美に過ぎるだけのものは無意味としていた。遥かな昔諡号を文帝とされた夫の祖は、初代の太祖さまのお子様のお一人だったけれど、国の疲弊を憂いて質素倹約に努められたという。女性の裙は裾が長い方がお金を掛けているということで、床を引き摺るほど長いものが好まれた時代もあったらしい。けれどそれを無意味として礼儀を失さない程度に短くしたという。金銭に余裕があるなら、多少の贅も問題はなかっただろうが、今、国庫には過剰な余裕はない。



 先々帝さまは華やかなことが大変お好きで、寵愛する女性に黄金の宮を建てたとか、外征に力を入れたとか、色々華々しいことを伺うけれど、それはそのご先祖さま方が残してくれた資産のお蔭で出来たことなのだ。……そういう事情は、結婚後夫から笑い話のように掻い摘んで教えられたことである。まだわたしたち二人だけだった頃に。今思えば問わず語りのそれを、聞いておいて良かったと思う。皇帝となった夫が目指すものが何かを朧気にでも掴むことが出来たのは、その時の彼の言葉や表情を見たからだとはっきり言える。父祖の一人を蔑むような、呆れるような目で語る姿は、明らかにそれを是としては居なかった。皇族の一人として、公人として批判するようなことは不孝、不忠とされて言えなかっただろう。けれど、閨事を終えた妻の身を優しく労わりながら父祖の愚痴のひとつも漏らすという程度なら、可愛いものだ。まあ、そのあとまた何度も貪られたものだけれど。



 わたしの装いで意図に気付いたのだろう夫は、何かの折に褒める言葉を漏らしたらしい。それから後、後宮は清貧を旨とした上品な装いの女が増えることになった。それまでの後宮にはわたしを批判していたものも多少なりとは居たのだけれど、夫が是とすれば、それが正義である。逆らうのは愚の骨頂というものだ。わたしに追随して少しでも彼の関心を惹きたいというのが透けて見えたけれど、わたしは夫という最大の後ろ楯を得て、淑女の闘いに一応の勝利を獲たのだった。尤も、何人かは既にわたしに恭順の意を表明していた。それは夫が根回しをしたか、或いは後宮で何らかの情報を得てそうしたのかも知れない。



 わたしは、皇后となり、皇帝となった夫を支えることになった。それには、彼の家庭――後宮――が、彼にとって安らぐものになるよう、整える必要がある。妻が複数いるのは彼の立場が貴いものであるからだ。だが、その複数の妻が互いにいがみ合い殺伐とした後宮(家庭)となっては、彼にとって安らぎは程遠いものになるだろう。夫はわたしを守るために努力してくれている。ならば、わたしとして出来る役目を果たしたいと思うのだ。



 出来ることは、然程多くはないのだけれど。

文帝は初代皇帝劉邦の子の一人で、その子景帝の時代と合わせて、文景の治として漢代にはとても評価された皇帝です。

節約・倹約の逸話は割とある人なので、興味がありましたら是非お調べになって下さい。


因みに、後宮の女たちは他の女がどれくらいの頻度で、どれくらい深く寵愛されているかの情報を必死に掴もうとしていますが、主人公はそういう情報戦はあまり気にしていません。気にする必要がないとも言いますが(笑)。


そしてその頃の美少年。

https://ncode.syosetu.com/n0449fj/27/

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お話の裏側は→辻裏の少年 * 用語・語彙は→用語・語彙解説
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