大赦令
難産でした。
大赦令そのものの方をもう少し細かく書きたかったんですが、奥さん視点ですと難しいですね。詳しい身分の人ではないし。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しく存じます。
朝早くから行われる朝議は皇帝の義務だ。集まる官僚たちは夜明け前には身支度を済ませ、出勤してくる。そしてその開始時間までに会議の部屋に辿りつくよう、身支度を整えた夫を送り出さねばならない。身支度の手伝いをするのは民間にあった時はわたしだけの妻としての特権だったけれど、今はそうではない。そして、着用する衣服が皇帝のものなので、着付けも平民であったときとは大分異なる。それを理解する人に手伝わせる必要があるのだ。
正直言えば、それはとても淋しい。わたしだけの夫ではない旦那様は、他の女性にも触れる。そして触れられる。……ごく当たり前のそれは、彼が皇帝という立場にある以上、普通のことなのだ。飲み込もうとしてはいるけれど、なかなか難しい。けれど、夫もまた、わたしを守るために力を尽くしてくれているのは理解出来た。叶う限り、わたしが一番近くに居られるよう配慮してくれている。それは、わたしの地位も含めて。夫は身分と地位のないわたしに配慮してくれているが、同時にもっと高位の人々から婚姻の打診を受けてもいるはずだ。特に、霍のお嬢さんの父君などは娘を皇后に据えるつもりだったろう。でも今皇后の座にいるのはわたしだ。恐らく、夫がそうあることを望み、何らかの形で示してくれたのだろう。わたし本人には、それをはっきりと告げてはくれなくとも。
ただ、それは彼の思惑もあると思う。ずっと妻だったわたしは、夫に含むところがない。子も生したし、下級官吏でしかない実家からの無用な圧力もないのだ。
けれど、これから妃に勧められる女性たちは、気心知れず何を考えているかが判らない。夫は秀麗な顔立ちをしていて、細身ながら背格好も良いから、普通にしていてもとても人目を惹くし、実際市井に居ても熱い視線を向けられていることは多かったようだ。けれど、純粋に夫を男性として好意を持って妃になろうとするかは別問題だし、背後にどういう思惑が潜んでいるか確かめることが難しい。特に高位の官僚などは婚姻などによって関係を結んでいることも多く、実際の縁戚だけでなく官僚本人同士が親しくしている場合もあるから、大変なのだ。わたしに思いつくのは媚薬を盛られたりとか、その程度だけど、毒ではなくても薬物を仕込まれるのは厭だろう。病でもないのに。
生命の危機に関しては、恐らく今の夫は大丈夫だろう。候補だった方が他に居なかったとは思えない。事実、先の帝さまが亡くなられたあとに、別の方が帝さまに選ばれたという話も聞いたけれど、それから程なくして夫が宮中に招かれて皇帝とされたのだ。ならば、皇帝にまつりあげることの出来る人が様々な理由があるにせよ、極めて少なかったということなのだろう。
そういう意味合いでなら、まだ若くこれから子をいくらでも生せるような夫より、皇后という地位に居るわたしの方が危険だと言える。息子はまだ無事だろう。まだ他の子が生まれていない以上、後継者として必要だし、何より傀儡の皇帝にするには幼い子供のほうが楽なのだから。だが、替えのきく妃なら、いくらでも候補はいるだろうし、夫を愛さなくてもこの座につきたいと思う権力欲の強い女性や、その家族は無数にいるはずだ。わたしはそんな輩から夫と子を守りたい。わたしは権力には興味はないけれど、夫がわたしを尊重し大切にしてくれたように彼を守りたい。わたしと同じかそれ以上に夫を大切にし、尊重してくれる高位の女性がいるならそちらへこの座を譲った方が、余計な労苦を抱えずに済むのかも知れないけれど、息子がどう扱われるかは判らないのだ。
皇后に冊立される少し前のこと。
秋の終わりに大赦令が下りた。広く世間に皇帝の威徳を示すために、裁判で決まった刑罰を恩徳によって赦し、或いは軽微にするものである。災害のあった時、皇帝やその身内が病にかかった時なども、天に平癒を願って行われる場合もある。この秋の終わりのものは、わたしの旦那様が秋の始まりに皇帝に即位した為に行われたのだ。通常ならご病気平癒の大赦令があったはずだけれど、先の帝さまのご病気があっという間に急変してしまったために行われなかったらしい。
わたしはこの時まだ皇后ではなかったので、側妃としての立場で見守るしか出来なかった。いや、皇后になっていたとしても、出来ることなどさして多くはないのだけれど。
ただ、大赦令の出されるその日の早朝、彼は少し緊張した面持ちでいた。支度をするために部屋を出なければならない刻限が迫ろうとしていて、あまり長くは時間が取れない。けれど何かを呑み込むような、堪えるような表情でいるのは感じ取れた。
わたしは、ふっと微笑んで、まだ素肌のままの夫の首に両腕をかけた。そっと目を閉じて唇を合わせる。初夜の翌朝に夫から学んだ、妻の朝の挨拶の作法である。
「いってらっしゃいませ。ご無事のお帰りをお待ちしております。……わたしの、赤竜の君」
その瞬間、夫は泣き笑いのような表情でわたしをきつく抱きしめ、噛みつくような口づけを返してきた。うっかりするとそのまままた雪崩れ込んでしまいそうな勢いで。天蓋の向こうでは恐らく支度をするものが待ち構えているだろう状況に、声や音が漏れるとわたしは一瞬硬直しかけたのだが、夫はうっとりと微笑んでわたしをねだった。
「阿君」
と。その微笑みに流されるように、わたしは時間の迫る中でまた夫に愛されたのだった。
なんでこんなに甘い夫になったの、詢君。。。
そろそろ出ないと、っていう時におっぱじめやがりました。
折角奥さんがいってらっしゃいって言ってくれたんだからそのまま出かけろよとどうかつっこんで下さいませ。
流される奥さんが素直過ぎるけど、この夫ってば色々しやがってくれてます。
そしてそのちょっとあとの美少年。
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年末はこれが最後ですね。良いお年を。




