探剣詔
うっかり忘れていた部分を追加で入れました。
順番が入り乱れてすみません。
古い剣を探す、という詔がその日、出された。
その剣は、旦那様、いや、主上……当代の帝さまが、市井にあった頃に訳あって手放したものだと言う。
富貴の身になればその身分に合ったものを誂えるのが当然と言えるだろうけれど、主上はそうなさらず、古い剣を望まれた。実際、古剣といえど、それなりに値打ちのあるものなのかも知れない。
そういう話を、わたしは夫から直接聞いた訳ではない。閨の中に入ると彼はあまり語らない。市井に居た頃のように睦言をくれなくなったのは、常に緊張感を漂わせるようになったことと深い関係があるのだろうと思ってはいるけれど、睦言よりも甘い声色で強請るように耳元で囁かれる愛称の方が正直威力があるので、あまり気にしてはいない。それよりも、彼が薄っすらと緊張感を身にまとっていることの方が気になる。それほど気を張り詰めているのは疲れないだろうか、と。
それでも、夫に一度でも触れられれば、そのようなことを考えるような余裕も一瞬にしてなくなってしまう。押し流されそうな深く激しい情熱と、餓えた獣にも似た爛々とした眼差し。それでいながらわたしを翻弄するようなやさしく丁寧な扱いは、市井に居た頃からずっと変わらなかった。触れる度、撫でられる程により愛おしさが深まるような気さえする。そして一晩中求められる現実に、愛されていることを自覚するのだ。他の男がどうなのか、わたしは知らない。知りたいとも思わない。夫となった男が彼で良かったと思えるのは、彼が皇帝になったからではない。皇帝になる前も今も、変わらずわたしを求めてくれるからだ。その身分が突然富貴になってもその前にした約束や誓いを疎かにするような人ではない夫を持てたことが、わたしにはとても嬉しい。
側室の一つ、婕妤となったわたしは、頻繁に皇帝の閨へと呼ばれるようになった。皇帝の嫡妻は当然ながら皇后だが、婕妤は官位としては上卿、爵位は列侯に当たるので、それなりの待遇と言えるだろう。わたしが元々下級官吏の娘でしかないことを思えば、破格の待遇と言える。子供それも後を継げる男の子を産んでいるという状況から考えれば、まあ妥当なところと言えるだろう。……そういえば、皇后にはなれない、寵愛の深い女性に婕妤の身分を与えていたことも何度かあったらしい。わたしの場合は「子によりて貴し」ということだろうけれど。
そしてわたしには侍女が付くことになった。正直、入浴も着替えも一人で済ませることは出来るのだけれど、寵姫(そう、今のわたしの立場は当代の帝さまの寵姫、なのだ。驚きだけれど)という身分では、そういった訳にもいかないらしい。しかし侍女に全身を磨かれて初めて、わたしは普段のお手入れがまだまだ不十分だったということを思い知らされた。どこもかしこも感触が素晴らしいのだ。自分の体だと思えないくらいに。肌の触り心地程度で夫の愛情が変わるとも思えなかったけれど、喜んで貰えるのならという振る舞いが、もしかしたら各所に報告されていたのかもしれない。
その日、わたしは皇太后さまに食を奉ることになった。
早朝から一つひとつ食材を改め、献立を立て包丁を握る。料理は女子の必須な素養の一つではあるけれど、わたしは特に礼儀作法と共に母に厳しく躾けられていた。簡単な宴の支度程度なら、一人でも難なく熟せるくらいには。
年齢はわたしと変わらないとはいえ、上級官僚のお嬢様でいらした皇太后さまは、先の帝さまの正妻であり、霍のご当主さまの外孫に当たる。そして、先の帝さまのご養子という立場で即位した夫は、年齢こそ皇太后さまより上だけれど、養母として上位者に対する礼を取らねばならない。勿論彼の妻であるわたしも。緊張で身が竦むけれど、母から教えられた礼儀作法を思い出しながら、わたしは丁寧にゆっくりとひとつひとつの動作を行うことに専念した。「ほう」という声があちこちから聞こえた気がするけれど、気にせずに皇太后さまの動きに注視する。わたしがへまをすれば、それは夫の汚点にもなるのだ。
全ての御膳が済み、皇太后さまは嫣然と微笑まれた。
「非常に満足致しました。これからは、許氏にお願いすることに致しましょう」
わたしは頭が真っ白になった。
それから程なくして、わたしを皇后に冊立する詔が発せられたのだった。
古い剣を探す詔は、要するに新しい奥さんは要らないよ、今の奥さんがいいんだよという夫の強い要望を群臣だけでなく広く内外に訴えたものです。
そして、こういう試験のようなものが実際にあったかどうかは不明ですが、皇太后に食を奉るのを一種の試験としてみました。皇后が皇太后に五日に一度食を奉るというのはあるんですが、今回は試みにそれを試験にしたということにしてあります。結果礼儀作法に問題がなかったので、末尾の皇太后の台詞「これからはお願いしましょう」→皇后はこのお嬢さんで決定ね、と言ったことになる訳で、試験だと知らされてなかった阿君も頭が真っ白になったと。
そして辻裏は過去話になります。
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