家族になる
体調不良の理由は、やはり懐妊だった。
医師に診て貰うまでもなく、母と体調について話をすると、ほぼ一致するので、間違いはないだろう。夫婦として日々の生活をしてきたが、子が出来るというのは、思っていたより嬉しいことだった。まだ薄い腹に手を当てても何か判る訳でもあるまいに、暇さえあれば夫は「ここに私の子が……」と感極まったような声で呟いている。いや、夫にとってみれば、初めての血の繋がった家族が出来るのだ。初めて会った時からずっと、怜悧な容貌の裏に情の深さを隠していた彼にとって、それは狂おしいほどに切望した”家族”なのだろう。
そう、夫の情の深さというものに、わたしは時々戸惑ってしまうのだ。懐妊が判ってからこちら、夫はわたしを風にも当てぬよう丁寧に大事に扱ってくれる。それこそ、家の中でさえわたしを大切に抱いて歩こうとする程に。上級貴族のお嬢様や皇室のお姫様ならともかく、わたしは所詮下級官吏の父を持つだけの、平民なのに。勿論それが厭という訳ではない。……否、夫に丁寧に守られて、厭な筈もない。真綿で包み込むようにやさしく抱き寄せ、そっと丁寧に触れる手も、愛おしげに熱の籠った瞳で愛称を呼ばれることも、嬉しいばかりなのだ。わたしは夫に会って、夫を得て、それを初めて知ったのだった。世の夫というものが須らく我が夫のようだとはとても思えないけれど、夫のように愛してくれるなら、心を開かない妻など居ないのではないかと思える程に。
……訂正しよう。世の夫が皆わたしの夫のようなら、夫婦喧嘩は起こらないに違いない。わたしは両親以外の夫婦をあまり沢山見ている訳ではないけれど、少なくとも父や叔父たちと見比べて、どちらがより良い夫かと言えば、間違いなくわたしの夫だと断言出来る。もしかしたら若いころは父たちも夫のように優しかったのかも知れないと思って母に尋ねてみたが、そうではなかったようだ。尤も、これは父たちと夫の生活環境や生い立ちの部分が大きく影響していることが大きいかも知れない。
夫は生まれてすぐに家族全てを失い、孤児となった。幸いにして養育費を出してくれる方に恵まれたけれど、家族というものをずっと熱望して来たのだ。それは夢や幻想や沢山の希望を孕む、独特の熱で醸されたものだったと言えるだろう。そしてそういう情熱を持った夫を得たわたしは、これほどの幸運に恵まれていいのだろうかと悩む程に幸せなのだった。これから先が不安になってしまうほどに。
まあそういう不安は誰しもが持つものだろう。強いていうなら、わたしの場合は夫が皇族の籍を持っているということがほんの少しの不安要素というところだろうか。血筋のために家族を全て失った夫にはもう怖いものはないだろうと思えるけれど、わたしとしては寧ろ平民であって欲しいとさえ思える。そう、わたしのお腹に居る子は、平民として過ごすだろうけれど、皇籍に入ることになるのだ。いずれ夫が籍を抜くこともあるかも知れないけれど、現状ではそうなる。そう思い至って、わたしは初めて出産の不安がそこに根差していることに気づいた。しかし夫の子である以上、血筋を変えられるはずもない。わたしは皇家の子を宿しているのだ。母になる覚悟は、胎の子とともに育っていくものだ、と母が教えてくれた。だが、わたしには更なる覚悟が必要なのだろう。平民ではあるけれど、皇家の血を引く子を持つ母としての覚悟は、余計な波風から子を守るために必要なものとなるに違いない。
「阿君」
夫が蕩けるような眼差しでわたしを呼ぶ。そこには、期待と情熱、そしてほんの少しの不安もまた、あった。わたしからの愛情を疑っている訳ではない。そして夫は万全の守りを固めてもいる。けれど、得られたばかりの家族が失われてしまう可能性に怯えるのは、仕方のないことだろう。懐妊しても、生まれずに流れてしまうこともある。無事生まれたとしても丈夫でなかったりちょっとした病気や怪我で儚くなってしまう子も多い。子供の死亡率はとても高いのだ。けれど、そういう不安は誰しもが抱えている。わたしは、そっと手を伸ばして、夫の頭を抱きしめた。……いつも、彼がそうしてくれるように。あまり豊かとはいえない胸だけれど、夫はそのままわたしの腕に収まった。
「何か、欲しいものは? して欲しいことは?」
くぐもった声が、体に直接響いてくる。くすり、と笑い声を溢してわたしは夫の髪をそっと撫ぜた。少し色素の明るい柔らかい髪は、さらさらとして、気持ち良い。
「今は特に思いつかないわ。……いい両親になれるよう、一緒に頑張りましょう。わたしは母になる覚悟をするから、あなたは父になる覚悟を。これから、わたしたちの新しい家族が生まれるのだから。これまでも家族だったけれど、これからはもっと深い家族になるのだから」
夫の首のあたりに手を当てて、顔を上に向けさせると、見開いた目がわたしを見つめ、それからうっとりとした眼差しに変わる。
「阿君は今までより深く、私の家族になった。ねえ、もっと深く、家族になって。阿君とこの子と私で」
微笑んで応えると、泣きそうな笑顔で頷く。そしてわたしを抱き上げると、何故か今日はもう夜まで戻らないつもりだった寝台へと連れて行かれた。何が夫の心の琴線に触れたのかは不明だけれど、懐妊前より更に丁寧に愛されて、妊婦がそれでいいのかと暫く悩むことになったのだった。
奥さんが鬱々してたら何故か夫が絡んできました。
美味しく頂かれたことでしょう。
なんでこんなに甘くなったんでしょうか、この夫……。
そしてそのころの美少年とその母。
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