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親友とチョコレート

作者: 光後

 チョコレート 作る人


 私、()(ゆみ)(あきら)はバレンタインに必ずチョコを渡す相手がいる。中学一年で知り合った五年来の友人で親友だ。

 今日は二月十四日。向こうからチョコを要求してはこなかったが、私が無理矢理押し付けているのだ。もちろん、目的があって。

 きぃー……。

 油を差し忘れた自転車のブレーキが、耳障りな音で小さく鳴く。ガシャン、とスタンドを立て、門を開ける。広い前庭を歩いて、白い家のインターフォンを押した。

『ちょい待ち』

 インターフォンの向こうから若い男が素っ気なく応えた。

「おけ」

 私もそれに素っ気なく応え、木製の扉が開くのを待つ。

 数十秒もしないうちに扉が開いた。幼馴染の木下(きのした)秋人(あきひと)が顔を覗かせる。

「どしたと?」

「今日バレンタインやろ」

 ごそごそとショルダーバッグから一つ小包を取り出す。

「おー。チョコ?」

「そうそう」

 ありがとう、と素直に秋人は礼を言い、チョコの入った小包を受け取った。

「で?」にっこり笑って問うと、秋人は首を傾げた。「お前の手作りチョコは?」

 毎年私は将来パティシエになるという秋人の手作りチョコを待っている。

初めて渡したのは中学一年だった。中学一年でパティシエという秋人の夢を知って、じゃあ手作りのチョコあげるからお前のもくれよ、という約束を秋人がすっぽかしたのがきっかけだ。

「あー……」秋人が気まずそうに後頭部を掻く。「作っちょらん」

毎年のことだ、知っていた。笑顔を崩さず、ぐっと拳を握って目の前に掲げる。

「殴られたいっちゃ?」

「ごめんごめん。最近忙しくて……」

「それ毎年言っちょるやろが!」

 さすがにこっちの我儘で殴るのも申し訳なく、ぱっと平手にして頭を叩いておいた。「いたっ!」と少しオーバーな反応の秋人を見て、ひとつため息をついた。去年もその前も「忙しい」という言い訳だった記憶がある。

「来年も持ってくるから、絶対作っちょって!」

「激おこやん……」

「当たり前やろ」

 口を尖らせる私を見て、秋人が笑う。激おこだとわかっている人を見て笑うとはどんな精神だ。もう突っ込む気もないけれど。

「まぁ、来年は作るから」

「言質はとったぞ」

「おーけーおーけー、作るって」

「そう言ってお前は今日作っちょらんかったんやけどな」

「信じて! 五年の仲やろ」

「殺すぞ」

「女の子らしくしろよ」

「お? 男女差別か?」

「何か間違ってる」

「明の言うことは大体正しい」

「嘘つけ」

「嘘なわけなかろうて。じゃあ私友達と待ち合わせしちょっから。そんじゃね」

「おっす。そんじゃ」

「来年作れよ」

「しつこいぞ」

 軽口の叩き合いに終止符を打ち、踵を返した。

来年の今頃もきっとこういう会話をしているんだろう、とぼんやり考えた。



 チョコレート 受け取る人


 ピンポーン。

 安っぽい電子音にどきりとする。そういえば今日は二月十四日だった。明が手作りチョコを持ってくる日だ。

「ちょい待ち」

 画面に映る人物はやはり明で、軽い返事をしてそれへの明の返事も待たず、足早に玄関に向かった。

「どしたと?」

 何もないような顔をして扉を開ける。

「今日バレンタインやろ」

 明はそれだけ言って、ごそごそとショルダーバッグから一つ、ブラウンの小包を取り出す。

「おー。チョコ?」

「そうそう」

 ありがとう、と素直に礼を言い、チョコが入っているであろう差し出された小包を受け取る。

「で?」明がにっこり笑う。「お前の手作りチョコは?」

「あー……」すっかり忘れてた、という体を装って後頭部を掻く。「作っちょらん」

毎年言っている。明は笑顔を崩さず、ぐっと拳を握って目の前に掲げた。

「殴られたいっちゃ?」

「ごめんごめん。最近忙しくて……」

「それ毎年言っちょるやろが!」

 ぱっと拳を緩めて、平手で頭を叩かれた。暴力女め。

「いたっ!」と反射的に声を出す。そんな俺を見て、明はひとつため息をついた。さすがに言い訳を変えるべきだったか。

「来年も持ってくるから、絶対作っちょって!」

 腕を組んだ明が口を尖らせる。その顔が面白くて、思わず笑ってしまった。

「激おこやん……」

「当たり前やろ」

 これで、来年もチョコをもらう約束ができた。律儀な明のことだ。きっと本当に手作りのチョコを持ってくる。

「まぁ、来年は作るから」

 来年もチョコを渡さなければ、明は大学生になってもチョコをくれるだろうか。

「言質はとったぞ」

「おーけーおーけー、作るって」

 自分の我儘で嘘をついて、期待させるのは申し訳ないけれど、

「そう言ってお前は今日作っちょらんかったんやけどな」

「信じて! 五年の仲やろ」

 明にとってただの友人としか見られていない自分は、こうでもしないとただの他校の生徒になってしまう。

「殺すぞ」

「女の子らしくしろよ」

 明も女の子だから、好きな人がいたって、なんなら彼氏がいたって可笑しくない。

「お? 男女差別か?」

「何か間違ってる」

 そいつに明を盗られるのもなんだか嫌だから。

「明の言うことは大体正しい」

「嘘つけ」

 もう少し、頼みの綱があればいいのになぁ、とぼんやり考える。

「嘘なわけなかろうて。じゃあ私友達と待ち合わせしちょっから。そんじゃね」

「おっす。そんじゃ」

 それでも、明とはきっとまた来年も会う約束ができたから、もう我儘は言わないでおこう。

「来年作れよ」

「しつこいぞ」

 明に彼氏ができたら、俺の手作りチョコを受け取る前に、このやり取りはなくなってしまうのだろう。


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