ケイコ先生との出会い
初めて統合失調症と診断されてから5年が経とうとしていた。相変わらず幻聴は止むことはなかった。そしてもう一つ心配していたレッテルだが、やはり友人が減ったような気がした。友人に打ち明けると大抵疎遠になっていく気がする。考え過ぎかもしれないが、あれから5年経った今友人と呼べる人が1人もいなくなったのだ。
幻聴に慣れることもなく1人で部屋に籠って寝ていることが多くなった。テレビを見ていても芸能人が何を言っているのか意味が頭にはいってこないことがしばしばあり、テレビゲームをやっても面白いという感情が麻痺しているのかつまらなくてすぐやめたりした。段々と危機感も薄れていっていて将来生活保護にでもなるのだろうとぼんやりと考えたりすることもあった。
そんな5年目の初夏のことだ。母のドライブに付き合って助手席に座り車の外の景色を眺めていた時、ある看板が目に入った。
「ココロのセラピーcocoro」
僕は母にああいう所に行ってもいいのかもな、なんて言ったら、母は、行ってみな行ってみなとわざわざ車を止めて電話番号をメモして僕に渡した。
「お母さんはいつでも味方だから。病気が良くなることはなんでもやるものよ。」
と言い、明日にでも行って来なさいと僕に言った。
次の日のお昼過ぎに自宅からバスを乗り継ぎ、バス停から少し歩くと外壁が水色で屋根が真っ白の一軒家の前に着いた。表札にcocoroとだけ書かれていた。僕は緊張したが思い切ってインターホンを押した。すぐにガチャリと扉が開き、家の中から出てきたのは小柄で華奢な30代前半かと思われる女性だった。色白の顔も小さく、笑顔でニッコリ挨拶してきたので、僕は会釈だけし、
「昨日電話したものですが、今日1時から予約していたのですが。」
と僕が言うと、
「どうぞお入りください、お話は中でね」
とその女性は笑顔を絶やさず言った。
部屋に通されるとイスにお掛け下さいと言われたので僕はぎこちなく彼女に促されるがままに座った。部屋の中は心地良い音楽が緩やかに流れ、床や壁や天井や家具は白で統一されていた。ほのかにお香の香りがしてそこにいるだけで癒されるような感じがした。
「私の自己紹介をするわね。私は中山ケイコといいます。この家で1人でセラピストをやってます。それじゃあ、あの、お名前教えてくれますか。」
と彼女は僕に聞いた。
「あの、その、名前はあえて伏せたいのですが。」
と僕がしどろもどろになると、ケイコ先生は、
「あら、それならそれでいいわ。まずは、そうだな、どうしてここに来たのかな。」
と僕に聞いた。僕は一呼吸置くと話した。統合失調症という病気だということ、診断されるまでのいきさつ、少しでも気が晴れたいということ。ケイコ先生はうんうんとうなづいてはいたが僕の話を聞くだけで口を挟むようなことはなかった。僕の方もケイコ先生の前だと自然と心を開いて話せた。僕が話し終えると、
「そうだなぁ、やっぱり名前がないとなにかと不便だから私がニックネームをつけてあげる。トウマ君、統合失調症で悪魔に操られているから。嫌だったらやめるけど、嫌じゃないよね。」
僕はその一見失礼とも言える命名ににびっくりしたが、ケイコ先生の無邪気な笑顔に負けてその呼ばれ方を了解した。
その日は僕が一方的に悩みを打ち明けるだけ打ち明け帰った。帰り際、ケイコ先生は
「トウマ君、また来てね、私トウマ君のことちょっとタイプかも。」
と笑いながら言った。ケイコ先生はなんだか馴れ馴れしいが僕は嫌だなとは思わなかったのでまた来ようと決めた。