005./ 蝶のように舞い、蜂の様にさせたらいいな~
『ピピン ピピン ピピン』
今後の予定をハヤテが考えている時、シュヴァインにコールがあった。
「ハーイ! 皆のシュヴァインですよ! ……え? マジでっ!?」
シュヴァインはハイテンションで電話に出ると、何度かの応答の後、驚いたようなリアクションをとり、コールを切った。
「すまんハヤテ! ちょっと急用ができた!」
「急用って、どうしたんだ?」
「昨日から沸き待ちしてたレアエネミーが現れたらしい! 俺は直ぐにフレの所に行かなきゃいけなくなった! って事で、アディオス! ハヤテ!」
「ちょ、お前!」
「埋め合わせは今度な!(パチン!)」
そう言って、シュヴァインは魔法陣を起動し、一瞬でどこかへと消えてしまった。
「マジかよアイツ。ありえねぇ……」
呆れて物も言えなくなった俺は、消えて行く魔方陣を見ながらため息を吐く。
「はぁ……まぁ、いつもの事か」
ハヤテはそう思い気を取り直すと、縄で拘束され地面に転がされたピッグに目をやった。
『ブヒッ!?』
ハヤテの視線を受け、ビクリと体を震わすピッグ。
「まずは、こいつを片付けとくか……」
腰に装備した【短剣:泣雀】を取り出し、まるでどこかの悪役の様なセリフを吐きながら、ゆっくりとピッグに近づくハヤテ。
『ブヒー! ブヒィィ!』
危機感を感じ、暴れだすピッグだったが、拘束している紐は一向に緩まず、とうとうピッグの目の前まで、ハヤテが迫っていた。
「よいしょっと!(グサッ!)」
『ブギ!』
そして、ハヤテは躊躇いなくピッグの頭部に短剣を何度も刺し始めた。
辺りには、ピッグの途切れ途切れの悲鳴が響き渡る。
「終わりっと!」
――ザグッ!
『プギィ………』
ピッグに対し、最後の一刀を入れ青い粒子となって消えて行くピッグを見ながら、手で汗を拭う仕草をするハヤテ。
「しんどいなぁ……これでどれ位、経験値入ったんだろ?」
ハヤテはステータスを開きながら、経験値の入り具合を確認するが、しかしそこには、ハヤテが目を疑う数値が表示されていた。
「は? これだけ苦労してたった1%? なんで……」
NEXTLVと表示されている項目には、たった1%としか表示されておらず、LV3のピッグを倒したにしては、割に合わない数値だとハヤテは考えたが、しかし、直ぐにその原因を思いついたハヤテ。
「まさか……あいつが捕まえて来たからか?」
貢献度はRPGにはよくある設定で、どれだけその人物が対象を倒すのに貢献したかによって、経験値の入り具合が変動するという物だった。
例えば、100LVの敵をある人物が最後の一刀まで追い込んだとする。その最後の一刀を、他のプレイヤーが放ち、そのモンスターを倒した場合、貢献度判定によって、最後の一刀まで追い込んだプレイヤーに、多くの経験値が入るという物だ。
この事から考えるに、ピッグの状態は、シュヴァインが拘束し、煮るにも焼くにも好きなように出来る状態にしてから、ハヤテに倒させたことになる。
すると、貢献度判定によって、例え対象のHPが減っていなくとも、追い込んだのはシュヴァインであり、最後の一刀はハヤテという事になってしまう。
このWORLD LINK ONLINEでは、高度なAIが搭載されており、判定は公平であると言われている。
「これじゃ、ただの骨折り損じゃん……」
ピッグを倒した時よりも大きな疲労感を感じながら、ハヤテはその場に座り込む。
その時、ズボンの尻ポケットに、妙な異物感があった。
「ん?」
ハヤテは、ポケットからそれを取り出すと、空にかざす。
「あ~、忘れてた。せっかく貰ったんだから、装備しとかないと!」
それは、親切なお姉さんから貰った、赤い宝石の嵌った指輪だった。
直ぐにハヤテは、それをアイテムに移動し、指輪の説目をタップする。
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【アクセサリ:紅の指輪】RANK:1
装備LV:1
特殊効果
[???]
スロット:●
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「何だこの、[???]って? もしかして、鑑定とか必要な奴か? スロットも埋まっちゃってるし……」
ハヤテは一応、メニュー内で鑑定が出来るか探したが、見つからなかった。
しかし、ハヤテはこのゲームを始めたばかりであり、アクセサリを一つも装備していなかったので、せっかく貰ったのだからと、ハヤテは指輪を装備した。
「まぁ、後で街に行って、この[???]の見方を誰かに聞いてみるか。後、また会ったらあの人にお礼を……」
と、そこまで考え、ハヤテは大切な事を聞くことを忘れていた。
「しくじった……名前聞いてないじゃん、俺!」
ハヤテは、今更ながらに自分の失態に気づく。
そして、自分の名前さえも教えずに別れてしまった事を後悔した。
「あぁ~。今度またあそこに行けば会えるかなぁ……あのお姉さん」
しかし、今からまたあの場所に戻り、お礼だけを言うのも恥ずかしかしく思ったハヤテは、せめて、少しはLVを上げた後、街に行ってみようと思うのだった。
◇◇◇◇◇
始まりの街ファルネラ。
その路地裏で、クスクスと笑う一人の女が居た。
黒髪に赤いメッシュが特徴的な、危ない色気のある女だった。
するとその女に、直剣を下げた女が近づき話しかる。
「あら、ローズ。どうしたの? すごく機嫌がよさそうじゃない?」
「フフフ、分かる?」
「分かるわよ~。その笑い方見たら、誰でも……」
ローズと呼ばれた女の口は、三日月の様な形に上がっており、初めてそれを見た者がいたのならば、直ぐ様その場から逃げ出すであろう狂気が感じられた。
「それで? あなたの茨に引っかかった可哀そうな子は誰なの?」
「可愛くて、面白い子よ? メニューとマップの開き方を教えてあげたの」
「え? そんな常識的な事も知らない子だったの? いるのね~、未だにそんな化石みたいな子」
自分の知らない所で、化石呼ばわりされている可哀そうな人物の話を二人はしながら、ニヤニヤと笑う。
「それで? 渡したんでしょ? ゆ・び・わ」
「えぇ、素直に受け取ってくれたわ」
「いつ摘みに行くのかしら? その時は、私達も呼んでくれると嬉しいんだけど。その子、見てみたいし」
「いいわよ? 呼んであげる。そうね、明日位に摘みに行きましょう? きっと楽しくなるわ」
二人は明日を楽しみにしながら、静かに笑う。
路地裏には、クスクスと二人の笑う声だけが反響していた。
◇◇◇◇◇
「お、スライム発見! やっぱ定番だよな、コイツは」
草原を歩いていると、5m先の方に、地面から緑の何かが沸き出してきた。
赤い核の様な物が緑の念液体に包まれており、ズルズルと液体を引きずりながら、此方に向かって来ていた。
「弱点は……絶対あの赤い核だよな」
ハヤテは、ズルズルとこちらに近づくスライムに対し、ある程度弱点を予想しながら、短剣を引き抜いた。
スライムの速さはそこまで早くなく、人の歩行速度のその半分と言った所だった。
ハヤテはスライムに対し、早歩きで近づくと、赤い核目掛けて短剣を突き立てる。
「お、意外と減った」
しかし減ったと言っても、五分の1程度である。
すると、ハヤテが攻撃したすぐあと、スライムの体がボールの様に変化し始める。
「ん?」
そして、ハヤテが気付いた時には、先程よりもコンパクトになったスライムの姿があった。
ハヤテは、先程のスライムの動きの遅さを考慮しながら、一歩後ろに下がったのだが……
『ビュン!』
「ゴフゥゥゥ!」
急にスライムが加速し、ハヤテの腹へとタックルした。
ハヤテはスライムに油断していたため、その攻撃をまともに食らい、勢いよく吹き飛ばされる。
草原を転がりながら、ハヤテは急いで体制を立て直す。
「び、ビックリしたぁ~! 驚きすぎて変な声でちゃったよ……」
スライムの攻撃によって、5メートル以上吹き飛ばされたハヤテ。
攻撃してきたスライムは、ボールの様な形になって、ハヤテから遠くに転がっていく。
「てか、スライムの攻撃って、あんなに早いのか……あ~でも、RPGでスライムってタックルしてくるような描写あるけど、体験するとこんなに早く迫ってくんのね……」
ハヤテは、転がった時に付いた草や土を払いながら、立ち上がる。
「どれくらいダメージ受けたんだろ。まぁ、1か2程度かな? 所詮スライム……」
しかし、ハヤテの目に飛び込んできたのは、その程度のダメージでは無かった。
視界の右上にある自分のHPゲージは、残り1/5程度しか残されておらず、残りHPが赤く点滅しながら、自分が今、危機的状況なのだと知らせていた。
「嘘だろ……」
驚愕するハヤテに、スライムはボールの様に撥ねながら、ハヤテの方に近づいてくる。
スライムの最初とは違う動きに、ハヤテは冷や汗を流し戦慄する。
「嘘だろぉぉぉぉ!」
『ポヨン! ポヨン! ビュン!』
「うお!!」
『ポヨン! ビュン!』
「アブ! ちょ、タイム! タイム!」
『ポヨン! ポヨン!』
「うおぉぉぉぉ」
ハヤテvsスライム。
ハヤテは脱兎の如く逃げ出した。
ハヤテの苦難は、まだ始まったばかりだ。
スライム LV5
ボールの様に移動しながらタックルしてくる。
防御力は低いが、攻撃力が高い。
ハヤテはまだ、敵の情報を知るすべを知らない為、スライムを雑魚と侮りました!