002./ 一歩目
ガシャ! ガチャン! ピピー!
まるで機械か何かを取り付けているかのような騒音で、颯は目が覚めた。
「何の音だ? うるさいなぁ……」
瞼を擦りながら颯が目を覚ますと、目の前には、何か奇妙なヘルメットの様な被り物と、それに繋がっている30cm四方の長方形のゲーム機。そして、颯の友人、否、悪友が居た。
「チッ! 起きやがったか! 折角、起きたらいつの間にか異世界に転生してました的なシチュエーションを、このVRMMORPGで再現してやろうと思ってたのによぉ! 空気読めよ颯!」
「……いや、マジで何やってんのお前?」
「ふぁー! 分かんねぇの? トラックに轢かれたんだろお前! そしてら異世界行くのは常識でしょ! てか、それが世の 理 ってもんでしょ?」
「いや、そんな謎理論を急に展開されても困る。てか、病院にこんなもん持って来たらいかんだろ。早く持って帰れ、匠」
メガネを光らせ、腹の肉を揺らしながら力説するこの男の名は、田中 匠。
匠と颯は、幼稚園からの付き合いである。と言うよりも、腐れ縁であった。
颯がトラックに撥ねられた原因は、元はと言えば、ある意味で、匠のせいだと言える。
トラックに撥ねられたあの日、家で寛いでいた颯に、急に電話が掛かって来た。嫌な予感を覚えた颯だったが、出ない訳にもいかず、出てみれば案の定、匠からの電話であった。
匠からの電話は、4割の確率で面倒な事柄だ。そして、颯は匠との長い付き合いによって、電話に出る前に、その電話が、4割か否かを何となくだが、直感的に分かってしまうのだ。
そしてその日は、颯の直感が言っていた。その電話に出てはいけないと。
しかし、結局は電話に出ても出なくても同じ事なのだ。
それは何故か?
電話に出なければ、自分の家へ直接来るからだ。そうなるともっと面倒な事になる。
一つ例を出そう。中学の時、颯の部屋で匠は、あろう事か、実験と称して、花火の火薬を一カ所に纏め、特大の花火玉を作り、それが颯の部屋で爆発したのだ。引火した原因は、スマホで遠距離爆破させられる様、何かしらのギミックを施していたらしく、それが誤作動で引火したらしい。
その跡が、今でも颯の部屋のカーペットを退かせば、くっきりと床に残っている。
そんな奴なのだ。田中匠という人物は。
故に、颯は電話に出た後、自転車で10分の距離にある匠の家へと行っていたのだ。
その途中、トラックに撥ねられ、脚を骨折し、今日、この騒音に起きてみればこの有様。
「いや、許可は取ってあるぞ。柴田っていうお前の担当医にな!」
「はぁ!? お前! いつの間に!」
「颯が寝ている間にだけど? いやぁ、最初は駄目かなぁ? と思ったけど、聞いてみたらあっさりOKされちゃった☆」
「~はぁぁぁ………」
颯は大きな溜息をつきながら、匠のある意味での要領の良さを改めて認識させられた。
しかし、と颯はそこで疑問を感じていた。
(そういえば、トラックに撥ねられたあの日、あいつは何の用で俺を呼びつけたのだろうか?)
匠はあの時電話で、「俺の家までBダッシュ」と言って、速攻で電話を切り、用件は颯に伝えなかった。
匠との電話では、こういう事は間々あった。
主語が無いのだ。最早、颯が来る事は決定事項なのである。
颯は辺りを見回し、今置かれているこれが、多分、いや絶対。このゲームを自分とするために、あの日、電話で呼んだのだろうと辺りを付けた。
「んで、これがあの日、俺を呼んだ理由?」
颯は、ベットに備え付けてある折り畳み式の机の上に置かれた、VRギアを手に取り、しげしげと眺める。
「そう! 前からお前を誘おうと思っていたんだけどな、中々VRギアが手に入らないし、颯は俺がやった旧型ゲーム機に熱くなってたし、誘うタイミングが掴めなかったんだよなぁ~。し・か・し! 知り合いが引退するからVRギア譲ってくれるっていう話が舞い込んでな! それで、お前と一緒に夏休みの間、インドアしながら仮想世界でオープンワールドをエンジョイするという計画を立てたのでした! ん~俺天才! 公明! 猪八戒!」
「最後は全くその通りだけどさ………成る程。それで? これはどういうゲームなんだ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。我が友よ!」
どうやら設置作業の終わった匠が、メガネをクイッと上げながら、ニヤついた笑みでこのゲームの事を話し始めた。
「タイトルは、”WORLD LINK ONLINE”だ。2年程前に発売されたVRMMORPGの中で、未だに年間ログイン数1位を取得している有名なゲームだな。情弱なお前でも、名前位は聞いたことあるだろ?」
「情弱じゃねぇ。まぁ、俺も名前位は聞いたことある。てか、CM見た事あるし」
VRMMO技術は、10年程前から急激に進歩していき、今では現実と変わらない程の情景を、仮想現実の世界で体感できるようになった。
その中でも、VRMMORPGとして最も有名なのが、”WORLD LINK ONLINE”である。
マップの広さは地球より広いと言われており、未だに公式では世界地図が公開されておらず、マップはプレイヤーがその地に訪れる事によって、自動的に更新していかなければいけない。故に、未だに世界地図は空白が多く目立ち、世界は謎に包まれている。
その広大すぎるマップ故、最早人生を掛けても遊びつくせないと言われており、それをキャッチコピーに、至る所で宣伝をしていたはずだ。
しかし、そういう常識は知っていても、攻略サイトを見たわけでもなく、どのような職業や、モンスターが居るのか等、”WORLD LINK ONLINE”の事を、颯は何一つ知っていないと言ってよかった。
そして、VRMMORPGをするのも、颯はこれが初めてである。
「まぁ、颯にしては知ってるみたいだし、これなら安心して一緒に冒険が出来るな!」
「もう俺がやる事は確定なんだな……」
「当たり前だろぉ~。今俺の中で、一番熱いVRMMOの一つだ。まぁ、昔からずっと熱いけどな! まぁ、説明するよりやってみた方が早い。だから早く、VRギアを被りやがれ!!」
「ちょっ! おまっ!」
颯が抵抗する間もなく、匠はVRギアを颯の頭に強引に被せた。
「んじゃ、キャラメイク終わったら、最初の街の噴水近くで待っててくれ。メニューを開けばコールボタンあるから、それで呼んでくれれば直ぐに行く。もう俺のフレンドIDは登録済みだからな!」
「はぁ~、分ったよ」
「VRギアの右耳辺りにボタンあるから、それ押したらスタートな。そんじゃ、3時間後、昼の15時にまた会おう! さらばだ!」
「はいはい、そんじゃーね」
ドタバタと足音を立てて消えて行った匠に、(嵐の様に去っていったな)と思いながら、少しワクワクしている颯が居た。
「……まぁ、やってみるか」
少し緊張しながらも、VRギア被り直しながら、ベットに横になり、起動ボタンを押す。
目を瞑りながら、10秒ほどで眠気が襲って来たと思った瞬間、目を瞑っているにもかかわらず、目の前が真っ白に輝き、次の瞬間には、岩も木も何一つ見当たらない草原と、一面の青空が広がる世界に、颯はいつの間にか立って居た。
風が頬に当たる感触ですら、現実とそう変わらないように颯は感じた。
「す、すげぇ……マジかよ……」
余りの感動と驚愕に、語彙が貧困になりながらも、颯は自分の体を見回してみる。
「なんか、ゲームとかのファンタジーで出て来る、農民が着ている服みたいだな……」
淡い色の布のシャツに、布のズボン。
特に体も変わった所は無く、颯は草原に二本の足で立っていた。
そう、立っていたのだ。
「足、痛くないな……」
右足を踏みしめ、屈伸し、飛び跳ねてみるが、全く痛みは感じない。
病院では、少し動かしただけで鈍痛が走り、ベットから車椅子まで移動するにも一苦労な現状である。今まで、五体満足という事が、どれだけ幸せな事だったかと、脚を骨折して、初めて颯は気付いたのだ。
「こんな風に、また歩けるよう頑張らないとな……」
草原の中を、仮初の肉体で歩きながら、そんな事を思っていると、突如、目の前に白い光の玉が現れた。
光の玉は、人の頭と同じくらいの大きさで、颯の目の前でフヨフヨと浮いていた。
「何だこれ? モンスター? 俺まだ武器持ってないんだけど……」
腰やポケットに手を突っ込みながら、何か武器が無いかと探していると、突如として光の玉が喋り出した。
『ようこそ、WORLD LINK ONLINEへ』
「うお、ビックリした! あぁ、成る程。説明キャラなのか、こいつ」
『この世界では、貴方はこの世界の住人の一人として、この世界に降り立ちます。まずは、WORLD LINK ONLINEで使用する、アバターを作りましょう』
光の玉がそう言うと、突如として、金の装飾が施された3メートルはある巨大な鏡が、空からゆっくりと下りて来た。
巨大な鏡には、颯が映し出されていたが、そこには、妙な違和感があった。
颯が動いても、鏡の中の颯は動かないのだ。手を振ってみたり、ジャンプなどしても、微動だにしない。直立不動で立っているのだ。
『鏡にタッチしてください』
そんな颯を見かねてか、それとも仕様なのか、鏡に触るよう、光の玉は颯に指示する。
「あぁ、そういう事……」
光の玉に言われるままに、颯が鏡に触れると、鏡の中の颯を中心に、数々の設定アイコンが飛び出してくる。
髪の色、体型、肌の色、種族、性別etc……
鏡を見ながら、自分の体をベースに、色々と変更できるようだった。
「うおっ、獣耳の種類だけで100種以上ある……凝り過ぎだろ。何の耳だよこれ、ジェレヌク? 聞いた事ない動物だな」
颯は、色々と自分の体を弄りまわした。
鏡の中の自分を弄ると、草原に立つ自分の体が変形していく。
颯は、身長を2メートルの巨漢にしたり、体型を120センチの子供にしたり、性別を女性にして、自分の可愛いと思う女の子を作成してみたりと、2時間以上使って、鏡の前で遊んでいた。
「アハハハハ! っと、そろそろ時間もヤバいな。さっさと決めないと……」
颯は、筋肉質なガングロの禿げたおじさんに、猫耳をつけて爆笑している途中、視界の右上に表示された時計を見て、そろそろ待ち合わせの時間だったと思い出す。
颯は、鏡の右下に表示されてあるリセットボタンを押し、元の姿へと戻った。
「どうすっかなぁ……もうこれでいいか!」
颯は、ヘアスタイルの表示をタップし、髪色を黒に固定したまま、髪形をオールバックにした後、憧れだった青目にし、アバター制作を終了した。それ以外は、身長も容姿も変えていない。
この時点で、約束の時間まで後30分である。
『名前を入力してください』
(名前かぁ。何かこう、現実と然程変わらないこのVRMMOの世界で、他人から本名以外の名前で呼ばれるのは違和感あるし、自分の名前入れとこっと)
颯は、自分の名前をカタカナに変換し、名前記入欄に【ハヤテ】と入れ、OKを押した。
『再度確認を取ります。”ハヤテ”でよろしいでしょうか?』
「OK」
『次は、職業を選びましょう』
「そういえば、プレイスタイル考えてなかったな」
鏡には、10種類の職業が表示されていた。
戦士・冒険者・格闘家・盗賊・狩人・騎士・黒魔導士・白魔導士・商人・職人である。
「ん~、どれにすっかなぁ。時間ないけど、ここで適当にしたら、後々後悔しそうだし……」
腕を組みながら、ハヤテが悩んでいると、光の玉がふわふわと目の前に下りて来た。
『悩んでいる様子ですね。ステータス振り分け後、そのステータスに最適な職業をご提示できますが、ステータス画面に移動しますか?』
「そんなのあるんだ。じゃあ、移動で! 時間も無い事だしね」
『了解しました』
ハヤテが光の玉の言葉に承諾すると、鏡の表示が、職業覧からステータス覧の表示へと変わる。
------------------------
NAME:ハヤテ
JOB:
LV:1
HP:100
MP:100
ST:100
STR:0
DEX:0
VIT:0
INT:0
SPD:0
MND:0
LUK:0
SP:20
NEXTLV:0%
------------------------
『アバター作成時、ステータスポイントを20ポイント割り振って貰います。注意として、HP・MP・STには振り分け出来ません。それ以外のステータスに振り分けてもらいます』
「どれにどうポイント降ればいいのか分かんないな。ヘルプとか無いの?」
ハヤテが光の玉にそう言うと、鏡に一つ一つのステータスの説明が表示された。
•LV (Level)モンスター討伐・生産行動・商業行動などを行う事によって手に入れた経験値によって、自動的に上昇する。LVを上昇させることで、1LV毎にステータスポイント(SP)を5P手に入れることが出来る。
•HP (Hitpoint)体力が上昇する。LV・STR・VITを上げる事により、自動的に上昇する。0になると戦闘不能になり、近くの街に転送され、一時間取得経験値減少のペナルティの負う事になる。
•MP (MagicPoint)魔力量が上昇する。LV・INT・MINを上げる事により、自動的に増えていく。魔法を使用する際、このポイントを使い、魔法を発動する。
•ST (Stamina)スタミナが上昇する。LV・STR・VIT・SPDを上げる事により、自動的に増えていく。
•STR(Strength)HP・ST・物理攻撃力・装備重量が上昇する。
•DEX(Dexterity)ST・器用さ・クリティカル率が上昇する。
•VIT(vitality)HP・ST・物理防御力・装備重量が上昇する。
•INT(Intelligence)MP・魔法攻撃力・スキル習熟速度が上昇する。
•SPD(Speed)移動速度・攻撃速度が上昇する。
•MND(Mind)MP・魔法防御力上昇。回復魔法・補助魔法の威力と効果時間が上昇する。
•LUK(Luck)運が上昇。
「成る程、SPで上げられるのは、STR・DEX・VIT・INT・SPD・MND・LUKの7つな訳ね」
『その通りです』
「あ、返事するんだ……」
ハヤテは、ヘルプを見ながら、自分は何を上げようかと考える。
だが、”WORLD LINK ONLINE”を始めてするハヤテは、このゲームの事を何一つ分かっておらず、ポイントの振り分けなども全く理解していなかった。
しかし、颯の心には、”WORLD LINK ONLINE”の世界に来てから、感動したことが一つあった。
それは、自由に歩き、走れる事。
草原を走った時、頬に当たる風が、心地よいと感じた。
例えそれが、VRギアから脳に送られる疑似信号だとしても、痛みも無く、二本の足で地を踏みしめられるこの感覚が、例え偽りの物であったとしても、それでも、颯は嬉しかった。
この”WORLD LINK ONLINE”の世界で、ハヤテとしてプレイする時、自分は何を目的にしていくのか。
そこまで考えた時、颯は一つの目的を見出した。
(どうせなら、この世界の全てを練り歩き、世界地図を完成させてやろう)
それは、限りなく不可能に近く、目標にしては、余りにも”WORLD LINK ONLINE”の世界は広大すぎた。
しかし、それでも颯は、ハヤテとして、この世界を歩いてみようと思ったのだ。
ハヤテは自分の中の目的を決めると、ステータスのある項目の一つに、全てのポイントを注ぎ込み、ステータスポイントの割り振りを終わらせる。
「これでよしっと」
ハヤテが頷き、OKのボタンを押すと、画面には、そのステータスに最適な職業が一つ現れた。
------------------------
【冒険者】
ステータスに左右されず選べる職業。
【初回スキル】
【応急処置】
・HPが20%回復する
・再使用待機時間 使用から60分後
【カモフラージュ】
・60分モンスターに見つかりずらくなる。戦闘行動を行った場合、このスキルの効果は無効となる。
・再使用待機時間 使用から180分後
【風の旅人】
・60分 移動速度が20%アップ
・再使用待機時間 使用から180分後
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「攻撃スキルが一つもない……」
『変更されますか?』
「いや、これでいい……かな」
ハヤテは、渋々これしか無いのなら仕方がない。といった表情で、ただ一つの職業【冒険者】をタップし、OKのボタンを押す。
その瞬間、鏡が天高くへと消えて行き、ハヤテの足元に金色の魔方陣が現れた。
『登録完了、ようこそ、”WORLD LINK ONLINE”へ。歓迎します。ハヤテ様』
そして、ハヤテが光に包まれた瞬間、ハヤテはいつの間にか、多くの人が賑わう広場に立って居た。
「おぉ……」
ハヤテの目に映るのは、中世を思させる石造りの街並みと、多種多様な姿をしたプレイヤー達。
空には、羽の生えた何かの動物が飛び回り、皆一様に剣や鎧を付けて歩いていた。
ハヤテは、これぞファンタジーというその光景に、内心テンションが爆上がりだったが、一息深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「よし、行くか!」
しかし、そう簡単に落ち着くわけもなく、辺りをキョロキョロと眺めながら、ハヤテは第一歩を踏み出すのであった。