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093 マリーとラズールと王太子の無茶振り

「なあ、マリー?」

「はい?」


リンドブルムを使った試作品をいくつか作っていたマリーは、顔を上げずに生返事を返す。


「王太子の誕生晩餐会で料理作る気ある?」

「晩餐会ですかー、そうですねぇー……」


相変わらず生返事っぽいリアクションしていたマリーがビクンと固まって、ギギギギギとクビを上げ、こちらを見て、


「王太子?」


と真顔で聞いてきた。


「うん」

「な、何をバカな。そんなことをしたら、王宮料理人に殺されますよ!」

「そういうもんなの?」

「あったりまえですよ! あの人達は、プライドの固まりなんですから! 次期王様の誕生日の晩餐会に外部の人間が料理を作ったりしたら、その人を殺して自殺しかねませんよ!」


そこまでか!


「だけどなー。王太子様のご要望だからなー」


と言って、先の手紙をマリーに見せた。

マリーはガクガクしながら、こ、こ、これはーとか言っている。


「な?」

「なっ、って、いったいどうすれば良いんですか! そうだ、逃げましょう! どっか他の国へ!!」


思ったよりあたふたしてて面白いな。


「落ち着け。まだ、貸せって言われただけで、料理を作るのかどうかはわからないだろう」


もっともマリーに料理を作らせずにどうするんだという気はするけどな。


「というわけで、それを確かめに行きます」

「へ?」


そうして俺は、あの封筒の中に入っていた、さらにもう一枚のカードを取り出した。


「どうもウルグ様ってのは、お忍びが好きな人みたいだねぇ」


それは()()()のラズールへの招待状だった。


「ラ、ラズールですか?」


マリーが驚く。以前聞いた話だと王室御用達のレストランだっけ?


「皆様でお誘い合わせの上ご来場下さい、だとさ」


それにしても、昨日コートロゼに着くことが分かっている手紙の中に、それから2日後の王都での招待状ね……

カマをかけられてるんじゃないのか? とハロルドさんは言っていたけれど、どうなんでしょうねぇ。



  ◇ ---------------- ◇


招待された日の夕方。

皆様でお誘い合わせの上ご来場下さい、なんてふざけた文面で招待されたので、本当にフルメンバーでお邪魔してみることにした。

さすがに、ヴァランセの面々は営業があるのでマリーだけだけど。


しかし、開店6日目にして、シェフがいない日ができるとは。

スーシェフのデルフィーヌは悲鳴を上げていたけれど、多分大丈夫ですよとはマリーの弁。凄い努力家で、すでに全メニュー作れるはずなんだって。

個室の貴族様ものだけは先に全部作ってアイテムボックスに入れてきたそうだ。



「こちらでございます」


ラズールはさすが王室御用達の店だけあって、リーナやクロが一緒でも、招待状を一別しただけで慇懃なままだった。

渋いオッサンが、重厚な扉を静かに開けると、そこには――


「あ、あのときの残念イケメン!」


とマリーが小さくつぶやいたのを俺は聞き逃さなかったよ。残念イケメン?


「おお、来てくれたんだ。すごいねー! いけてるねー」


ああ、なるほど。残念イケメンね。あれがウルグ様か。


「まあまあ、座って座って。キミがカール君?」

「はっ。お呼びに従って参上いたしました」

「固い、固いなー」


右手を目頭にあてて、なーんてこったなポーズをとりながら、左手をひらひらさせている。


「ほら、そこの4人の美しい女性の方も。そこの護衛のアンちゃんも座っちゃってよ」

「あ、アンちゃん?」


とハロルドさんが面食らっている。

しかし、クロもリーナも気にしないとは、噂通りの男なのかな。


言われたとおりに全員で着席したら、今日の料理がどかどかと運ばれてきた。


「うーん、これなんだよね」

「は?」


「ほら、キミの店で食べたみたいに、少しずつ出してくれれば冷めないし良いのになぁとボクは思うんだよ」

「はあ」

「まあ、まずは食べようよ。冷めちゃうし。あ、ボクが食べないと誰も食べられないか! ははは」


といいながらウルグ様?が食べ始めたので、俺たちもおそるおそる料理を口に運び始めた。

うん。さすがにいい素材を使っているが、魚はヴァランセが上だな。後は全体的に少しくどいか。


「キミの店の料理、凄かったよね。こういう料理を食べ慣れていると、平手で頬をはたかれたみたいな気分になったよ」

「お褒めにあずかり光栄です」


「それでさ、あの料理、どこから出てきたの?」


と、いきなりまじめな声で聞かれた。


「どこからと申されますと?」

「だってさ、その子、こないだまでアビシネラにいたって言うじゃない。一流だけど、ミキュイだっけ? あんな料理を作れるはずないじゃない」


ふーん。調べはついてるってことか。


「そんなことはありませんよ。彼女の技術は確かです。素材に対する深い洞察力とセンスがあれば、少しのきっかけでああいう料理を作れるようになりますとも」


嘘じゃないぞ。確かに最初に作って見せたのは俺だが、それを今の調理器具で再現して見せたのは彼女だしな。


「ふーん。そのきっかけが知りたい気もするけど、天才なんだ」

「もちろんでございます」


いや、マリーそこであわあわしてるんじゃない。


「それなら問題ないか。ボクの誕生晩餐会で料理を作ってくれないかな?」

「い、いえ! それは!!」


とマリーが立ち上がる。


王宮料理人について、俺に話したことを、実に婉曲的に、身振り手振りを交えて説明していた。


「いやー、それは分かるんだけどさ」


このままじゃ、どうも進歩ってものが見られないんだよね。とウルグ様。

進歩ねぇ……


「それに、キミのお店みたいに一皿ずつ出す形式にしてみたいんだよ。あれは良いものだよ。そこでさ――」


コース形式にして、そのうちの一皿をお願いしたいと言い出した。


「しかしメニューのバランスとかあるでしょうし、そもそも何人分なんです?」

「正餐の席に着くのは、当主の夫妻だけだから、おそらく50組くらいじゃないかな」


100人分ね。


「仮に彼女がOKしても、王宮料理人の方々が、彼女の料理を作ることを拒否すれば100人分を用意するのは難しくないですか?」

「そうだよねえ……」


王太子がちょっとシュンとする。どういう意図があるのか分からないけど、本気でマリーの料理を出したいのかな?


「どうしても、出したいんですか?」

「ん? もちろんだよ!」

「サービスの方はボイコットとかされませんよね?」

「そっちは大丈夫だよ。部署が違うし、今回はいつもと違うサービスになるから、訓練もするしね」


んー。教会の動きもあるし、ちょっとここで恩を売っておこうかな。ついでに一気にマリーをメジャーにするのも悪くないか。

本人は子リスのように震えながら、ぷるぷると首を振ってるけどさ。


「わかりました」

「「ええー?!」」


なんでウルグ様とマリーが同時に声を上げるんだよ。


「ほ、ほんとうに?」

「その代わり条件があります」

「どんな?」

「まず、当日のメニューはあらかじめ手に入れて下さい。メニューを考えますので」


コテコテの料理の後に、印象の薄い料理を出しても始まらない。

どういう流れで来るのか分からないと次の料理は決められないのだ。


「そして、コースだからという理由でいいですから、量は少なめにしておいて下さい」


満腹ではどんな料理でも味気なくなっちゃうからな。


「料理人とは、最後にサプライズで一皿出すからみたいな感じで、コースとは別のおまけ的要素として出すことを強調して、量を減らす打ち合わせをしておいて下さい」

「なるほど! それなら変にへそも曲げられないか」


それはどうかな。終わってみたら全員ががっくりくるかもよ? もうこうなったら王宮料理人を全部前座扱いしてやるか!


マリーをちらっと見たら、白目になって気絶しかかってる。

クロとリーナは相変わらずマイペースで山盛りの料理を順調に減らしている。ノエリアも我関せずと食事を続けている。

ハロルドさんは、笑いをこらえるのに必死のようだ。


「じゃ、早速明日メニューを決めて送るから。連絡はあの店でいいのかい?」

「結構です」

「はあー、助かったよ!」


とウルグ様は肩の力を抜いた。その後は食事の終わりまで雑談だった。


  ◇ ---------------- ◇


「カール様、よかったのか?」


店を出てしばらくした後、ハロルドさんが聞いてきた。


「やっぱ、なんかありますよね?」

「だろうな」


王太子が直で出向いて、コースの1メニューを無名のシェフに作らせるとか、明らかに尋常じゃない。しかもたった10日後だと? いろいろおかしすぎるだろう。

しかし、アルミス=ウグラデルね。並べ替えれば、ウルグ=アル=デラミスとはまた安易な。


「なんかって何ですか? 私逃げてもいいですか? 失敗して縛り首になるのはいやですー」


とマリーが嘆く。


「心配しなくても、マリーはこの一皿で、一躍時の人になる予定だから」

「ううう。なりたくないですー」


どうせ、ラズールみたいな料理が並ぶはずだし、コンテンポラリーなんか出しようがないから、どクラシックでいくか。

丁度、竜種もフォアグラもどきもあるし、ここはあれだな。


「というわけで、10日しかないらしいから、マリーは明日からやることが多いぞ?」

「ひー」


マリーは泣きそうな顔で、頭を抱えていた。


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