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088 ヴァランセ開店

「すげぇなぁ」


あんなに趣味の悪かった内装が、それをかけらも感じさせない、美しい白木のカウンター12席になっていて、その中でマリーが忙しそうに働いていた。

あいつ本当にシェフだったんだ。


「あ、アシュトンさん、いらっしゃいませ」

「こんにちは。今日は、招待してくれてどうもありがとう」

「お隣さんのよしみだもんね。今日は楽しんでいって」

「ああ」


席に座ると、目の前に布がたたんでおいてある。

サービスの女性が、これはナプキンと言って、膝の上に置いておいて、指や口元が汚れたらそれで拭いて下さいと教えてくれた。へー。


そのとき、入り口付近で騒ぎが起こり、子供?が、そちらに向かって歩いていった。


  ◇ ---------------- ◇


「入れんだと?」

「申し訳ございません。本日はご予約の方で満席でございます」

「そこにいる亜人を追い出せばいいだろう。何故亜人が我々を差し置いて食事などをしとるのかね」


オッサンがステッキをガンガンたたきつけて抗議する。


何を言い出すんだ、このオッサン。うちはあんたみたいなやつを駆逐するために作ったレストランなんだよ。


「お言葉ですが当店にとりましては、亜人の方も立派なお客様でございます」


と入り口に燦然と輝くケモナーマークを指さして言った。


「くっ。シールス様の教えに背くとは、この痴れ者が。後悔するなよ?」


シールス様はそんなこと言ってない(と思う)よ。


「あなたがどこのどなたで、どのようなことをなされるのかは存じませんが、何があったとしても、きちんと予約していらっしゃったお客様を追い出すようなマネをするほどは後悔しないでしょうね」

「くそっ」


と吐き捨てるように言ってそのオッサンは出て行った。


俺は店内に向き直ると、


「お騒がせして申し訳ありませんでした。当店からお詫びとして、お食事によくあう飲み物をいくつかサービスさせていただきます」


と言った。それを聞いた客から、おおーっと歓声が上がる。


「お気に召しましたら、またいらっしゃったときに、ご注文下さいね」


と言うと、店内から笑い声が上がっていた。


  ◇ ---------------- ◇


大したものだが、あれがオーナなのか? まるっきり子供に見えるけど……


そのとき、小さくてきれいな料理が出てきた。サービスの人が左から順に、


アイスサイトでとれた小さなイワシをオリーブオイルに漬けたもの。

赤いミマートのチーズファルシ。

クリアウォートの豚のリエット。

インバークの鴨の肝臓を使った小さなパテ。


だと教えてくれた。何てきれいなんだ。これが食べ物なのか。


そして、お詫びのドリンクでございますと言って、なんだか泡の立っている金色の飲み物が、見たこともないくらい透明で繊細なグラスでサービスされた。

豊潤な香りがするそれを一口飲むと、口の中ではじける泡に驚いた。


アイスサイトのイワシは、なめらかな食感で(しお)の香りがする。アイスサイトの魚なんて、1年にそう多くは食べられないけれど、こんなに新鮮なものは初めてだ。


ミマートは、甘みと酸味のある野菜だけど、その中に白いチーズというものが入っている。ん、クリーミーで甘いミマートと凄くあうな。

これにさっきの飲み物を口にすると、口の中でミルクの香りが膨らんで、すごく美味しい。


鴨の肝臓を使ったパテは、表面になにかカリッとした香ばしく甘いものがついていて、なんとも陶酔するような味だ。


いったいこの店の料理はどうなってるんだ?


次に出てきたのは、うっすらとピンクの色が付いた魚だ。なんだろう、これ、見たことがないけれど。

サービスの女の人が、ミキュイで仕上げたクレアマスですと言う。ミキュイって?


「全体に火を通すことですが、この場合は低い温度でちゃんと火を通しながらも、見た目は生に見えるくらいに仕上げた料理のことです」


と教えてくれた。


それを口に入れた瞬間、俺は思わず立ち上がりかけた。なんじゃこりゃあああ??

魚であることは間違いないが、口の中で溶けるように消えていく。信じられないくらい繊細な食感なのに旨味もたっぷりだ。


クレアマスなんて聞いたことがないけれど、うちの店でもだせないかな、これ。


「おいクレアマスだってよ」

「うそだろう?」


隣の席の裕福そうなオッサン二人が、そんなことを言っている。稀少なのかな?


「いくら珍しいからって、王都でクレアマスなんか出しても、スカスカになっちゃうだろ?」

「まあ、そうだろうな。ぐっ……」

「なんだ?」


「……食ってみろ」

「は?」

「いいから食ってみろ」

「あ、ああ。……んん?!」


「信じられん」

「まったくだ。どうやったらこんなクレアマスを王都で出せるんだ?」

「生かして持ってきたのかな……」

「それが小金貨1枚で食べられると思うか?」

「ううむ」


なんだかよくわからないが、どうやら大変なことのようだ。あとで、師匠に聞いてみよう。

しかし、マリーと背の高い美人のシェフは次々と効率的に料理を作っている。凄いな。俺もいつかはああなりたいものだ。


次の料理は、サンジャークのソテーを白いスープに浮かべ、甘いキャロを添えたものだ。

サンジャークは大きめの二枚貝で、太く大きな貝柱が甘くて美味しい貝だ。その貝柱をソテーしたものに、温かいミルクのようなスープを注ぎ、キャロという甘いが硬めの細い野菜を、非常に薄くスライスして、まるで花びらのように反らせたものを散らしている。

まるで絵のように美しい皿だ。


そしてサービスがメインの一皿目ですと持ってきた魚は、アイスサイトの白身の魚を大胆な大きさにカットして、シンプルにポワレした後、魚からとったスープで仕上げたリゾットの上に乗せたものだった。

リゾットは米を炒めてから煮る料理で、王都では珍しいが、これも素晴らしい味わいだった。


「だからどうして、アイスサイトのアーマーダイがこの値段の料理で出てくるんだ?」

「まったく理解できん。が、俺は文句ないよ」

「俺だってあるもんか」


最後の料理はパーヴのローストだ。サービスはサルミソースだとか言っていたがよく分からない。

たっぷりとしたソースに浸かるように提供されたパーヴは、ドングリの風味が香ばしい、忘れがたい味だった。どうして肉なのにこんな木の実のような香りになるんだろう。

一緒に提供された、透明なグラスに入った、ルビーのように赤い飲み物が、その香りを引き立てて、より素晴らしい味わいを演出していた。


隣のオッサンたちは、もはや話すことも忘れて料理に没頭している。


その後、デセールだという、甘いお菓子のようなリーゴパイというものを食べながら、お茶を頂けば食事は終わりだ。

なんと食べ始めてから2時間以上が経過していたが、全くそんなことは感じなかった。


「どうだった?」


とマリーが聞いてきたので


「信じられない体験だった。料理も声も出ないくらい凄かったけど、あの飲み物はいったいなんだい?」

「泡の出るほうがシャンパーニュで、赤いほうがブルゴーニュって言ってたっけ。オーナーのカール様が持ち込んで、本当はオープン記念だってことで、最初とパーヴにあわせて2杯だけサービスで出す予定だったんだけど……」

「とっさに騒ぎのお詫びにしたってことか。子供みたいなのにやり手だな。でも本当にこれ、小金貨1枚の料理なの?」

「でしょ? 私も信じられないんだけど、本当みたいよ」


とマリーが笑った。

その向こうで、もう一人のシェフの女が、パーヴは触れるは、アーマーダイは使えるは、挙げ句の果てにクレアマスですって。この店は天国ねーと言っていたのが印象的だった。


  ◇ ---------------- ◇


「それで、いかがでしたでしょうか」


俺は神妙な顔をして、マリーと共に個室へ挨拶に来ていた。ちょうどリーゴパイにあわせて、最後のお茶がサービスされているところだ。


「素晴らしい味わいでしたよ」


とサリナ様。本日はお忍びで個室だからと侍女のローレリアにも着席させて食べさせていた。こういうところが型破りなんだよなこの人。


「こんな料理は、いままで食べたことがないんじゃが、いったいどこの料理なんじゃ?」


と探るような目つきで質問をしてくるヒョードル様。勘弁して下さいよ。


「シェフのマリーが、創意工夫をこらして作り上げたオリジナル料理でございます」


「ほう。しかし、その歳でこの料理。末恐ろしいの」

「カール様の薫陶のたまものでございます」


くっ。余計なことを言うんじゃなーい。そのたびにあの爺さんの目が光って怖いんだから。


「それで、本日は、私からお祖母様へのプレゼントと言うことで、お代は私持ちにさせていただきたいのですが――」

「が?」

「よろしければ、どのくらいの支払が妥当かお教えいただければ幸いでございます」

「ふむ。我々に値踏みさせようというわけか」

「滅相もない」


「そうですね。同じものを食べられる店は他にありませんが、アイスサイトの魚介類とパーヴ――それも最上のものでした――だけでも、金貨10枚は確実なところでしょうね」

「は?」

「うむ。それに希少性が加わると、どこまで上がるかわからんの」

「そ、それは1人前がと言うことでしょうか」

「もちろんじゃ」


くわー、一人100万かよ。この金満どもがー。


「ありがとうございました。自信になります。な、マリー?」

「は、はい! 過分のお褒めにあずかり恐縮です」


金貨10枚と聞いて、固まってたマリーが再起動した。


その後、お見送りをするさいに、


「食事代は奢ってもらったからの、これはオープンのご祝儀じゃ」


といいながら、ヒョードル様が、金貨を50枚置いていった。人数x金貨10枚ってことか。律儀な爺ちゃんだな。でもここは大人しく厚意に感謝しておこう。


「ありがとうございました」


とマリーと二人で頭を下げた。


  ◇ ---------------- ◇


「はい、お疲れ様でした」

「「「「「お疲れ様でしたー」」」」」

今日は変な客の闖入もありましたが、みなさんのおかげで無事に初日を乗り切れました。

思わぬ収入もありましたので、ここで、みなさんにボーナスをお支払いしたいと思います。


「ボーナス?」

「ボーナスって何?」

「カール様、ボーナスって何ですか?」


ヴァランセ唯一の男性従業員である、サービスのサルテッリが尋ねてくる。


「えー、臨時のお給料みたいなものでしょうか」

「そんなものがいただけるんですか?」


「まあ、いつもではありませんけどね。今日はオープンで皆さんに頑張っていただきましたし、明日からもよろしくお願いしますというくらいの意味でしょうか」


と言って、袋に入ったボーナスを5人の従業員に渡し、


「「「「「ありがとうございましたー」」」」」

「それでは、また明日もよろしくお願いいたします」

「「「「「はい」」」」」


と言って解散した。



「お、おい、金貨が入ってるんだけど?!」


とサルテッリが驚いた声を上げる。


「うそ。……ほんとだ」


とサービスの女性二人も確認して驚いていた。



「ほら、言ったとおりになったでしょう?」


と訳知り顔のカリフさんがマリーに向かってそう言った。


「え?」

「今日だけで、マリーさんの取り分は、金貨8枚くらいになるはずですよ」

「ええ? それって4ヶ月分のお給料ですけど?」

「それをどういうわけか、1日で売り上げちゃうのがカール様なのです」


いや、カリフさん、聞こえてますって。ハードル上げないで下さいよ。


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