069 カカ王(バレンタイン特別読み切り)
バンアレン帯の誕生日なので、特別読み切りを。
いったんはあきらめたのですが、昼休みに書き終わったので投稿してます。
本編の流れとは時系列が異なりますので、飛ばしても問題ありません。
変なところに挟まりますが2話投稿なので許してください m(__)m
「ほわぁ、美味しそうなの、ですー」
とリーナが声を上げる。ふと見ると、ジュリエット・ビノシュが村人にチョコレートを振る舞ってる。ショコラの前半か。
「ああ、チョコレートか」
「……チョコレート、食べてみたいです」
画面を見ながらリーナがそうつぶやく。
チョコレートだ? 転生物では確かに定番だが、この世界にカカオってあるのかね?
たしか、年平均気温が27度……いや、そんなことを考えても意味ないか。この世界と向こうの世界は違うし。もしかしたら極寒の山脈の頂上に生えててもおかしくないしな。
明日は特にやることがないし、ちょっと南へカカオ探して遊びに行ってみるか。
「ほんとうなの、です!?」
「ああ、たまにはいいだろ」
「じゃ、今日はもう寝るのです!」
といいながら、リーナは俺の手を寝室へと引っ張っていく。後片付けをしながらノエリアが微笑んでいた。
◇ ---------------- ◇
翌日は、よく晴れた気持ちのいい日だった。俺たちはクロが引く馬車に乗って、コートロゼの遥か南を目指していた。
大魔の樹海はコートロゼの南東にどこまでも拡がっているように思えるが、南の果てには海があるはずだ。その辺まで南に下れば、もしかしたら生えてるかも知れないしな。
「カカオねぇ。それってどんな植物なんだ?」
と空を飛ぶ馬車の御者席でハロルドさんが首をひねる。
俺は元の世界のカカオの木について話をするが、この世界のカカオが同じ形をしているとは限らないからなぁ。
「しかし木から直接生えてる実ね。なんだか想像すると気持ち悪いな」
「まあ、見つからなくても良いんですよ。ちょっとした休日のピクニック気分で」
「ピクニックで大魔の樹海の奧に行くねぇ……俺としては、頭大丈夫かと言いたいよ」
そんな話をしながら1時間ちょっとたった頃だろうか、樹海の中に、なんだか白いものが見えた。
「あれ、なんでしょうね?」
「あーん?」
「石のおうちのように見えます、です」
目の良いリーナが、そんなことを言う。
石の家だ? 大魔の樹海の中に?
「おいおい、これはちょっと寄ってみないとダメなやつじゃないですか?」
ハロルドさんが嬉しそうに言う。これが冒険脳ってやつか。触らぬ神に祟りなしっていうんだけどなぁ……
◇ ---------------- ◇
大部分が樹海に埋もれていて、上空から見ていると小さく見えたその建物は、家なんてものではなくて、何というかまるで砦のようだった。
いったい誰がどのくらい昔に建てたのか見当も付かない。すくなくともアル=デラミスが建国した頃にはすでに大魔の樹海は存在したわけで、そうすると2000年以上前の建造物なのか、これ。
「いやいや、俺たちが知らないだけで、誰かがここを拠点にしようとしたのかも知れないぞ?」
「しかし、クロで空を飛んで1時間以上かかるんですよ? 一体誰がこんなところまで来れると言うんです?」
「これを作ったヤツ」
まあ、そりゃそうですがね。
「ご主人さま。どうやら、誰かの住居のようですよ」
ノエリアが指さす石のパネルには、
『ようこそ! カカ王の屋敷へ。知性を持った手先の器用な生命体歓迎! あなたと夢のお時間を』
と書かれていた。なにこれ。ウェルカムボード? ていうか文面がめっちゃ怪しいんですけど。
「ご主人様、カカオ、です。カカオですよ!!」
落ち着けリーナ。カカ王だから。
「なんだこりゃ? 知性を持った手先の器用な生命体? どんなやつがこんな言い回しをするんだと思う?」
「えーっと、ヒト……じゃないですよね」
「さーて、帰るか」
ハロルドさんが腕を上げて背を伸ばす。
「そっすねー」
と俺が同意したとたん、足元の石組みがなくなった。
◇ ---------------- ◇
落ちた先は、なんというか、普通の石の宮殿のエントランスのような場所だ。
飛んで帰ればいいかとそのまま落ちてみたのだが、なんと開いた穴はすでにふさがっていた。
「ともかく、そのカカ王とか言うやつは、2000年以上前にこの建物を造って、しかもまだ生きてるってことでいいのか?」
イテテテと腰をさすりながらハロルドさんが立ち上がる。
「さあ。自動機械という可能性もありますし、まだなんとも」
この石の宮殿は、妙に区切られた構造で、余り見通しがよくないためマップがあちこち虫食いになる。とりあえず見える範囲には何もいないようだが……
「ご主人様、あっちの方から何かの臭いがするです」
リーナの先導で石の廊下を注意深く進むと、そのどん詰まりに開けた部屋があって……なんだこれは?
「こいつは魔物の残骸のようだぜ」
部屋中に魔物の残骸が散らばっていて、微かに死臭が漂っていた。そうとう古いものもあるようで、拾い上げるとボロボロに崩れるものまであった。
「しかも倒したまんま、まるっきり放置といった感じだな」
ざっと部屋を見て回っていたハロルドさんがそう言った。
「おいおい、ギガラプトルどころか、地竜っぽいのまでいるぞ。ここの住人がもし生きてたら、ちょっと厄介な相手じゃないか……引き返そうぜ」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね。どっちが入り口だか奧だかわかりませんよ」
「そうれもそうか。じゃ、注意深く進むか」
廊下には、結構な埃が積もっていて、足跡や誰かが通った後など見あたらなかった。しばらく誰も通っていないか、空を飛んでるかのどちらかだな。
俺たちは人気のない部屋や廊下をさまよい歩き、奇妙な祭壇のようなものや、ただ広いだけで何もない部屋などをへて、今、開けた場所の奥に両開きの立派な扉がある広間に立っていた。
扉には、naltithconet と書かれ、何かの線が沢山引かれていた。ナルティシュコネット?
「なあ、カール様」
「なんでしょう」
「どう見てもボス部屋にみえるわけだが」
「ここまでにも誰にも会いませんでしたし、昔カカ王が住んでいたと言うだけの、ただの遺跡かもしれないですよ?」
「お前、それ信じてるわけ?」
「いいえ、全然」
徐々に緊張感が高まっていく。さて、開けるべきか開けざるべきか、それが問題だ。
「ご主人様」
そんな中、ノエリアが呼びかけてきた。どうした?
「お昼にしませんか?」
「んっ」
「お腹、減ったです」
ああ、そうか、そういやもうそんな時間だ。考えてみれば今日はピクニックに来たんだった。場所が大魔の樹海から謎の遺跡に変わっただけで、それほど違いはないよな。
「カール様達と一緒にいると、なんだか張りつめてた自分がバカみたいに思えるんだが」
「まあまあ、そんな緊張してるばっかりじゃ疲れるだけですし。ここは遺跡を楽しみましょうよ」
「こんな何にもない遺跡のどこを楽しむって言うんだよ」
「では、ハロルド様は、食事を楽しんでくださいね」
と言って、ノエリアが唐揚げやサンドイッチのたっぷり入ったバスケットを取り出した。
「このスープ、なんだかぷよぷよしてるね」
「はい、ご主人様が以前お作りになられた茶碗蒸しというものを参考にしてみました」
見た目は茶碗蒸しだが、表面はもっと柔らかい感じだ。凄く卵の量を減らした出汁を、茶碗蒸しにするとこんな感じになる。
どうやら、何かのスープの上に茶碗蒸しの層を作ったもののようだ。上の卵層を突き崩すと、えもいわれぬ香りが立ち上った。なんと、茶碗蒸し層をポットパイのパイにするとは!
「すごいね、これ」
「ありがとうございます」
どんなに比重に差があるとしても、ただ蒸したら、対流によって固まる前に混ざる気がするけど、一体どうやって作ったんだろう? 謎だ。さすが料理スキルMAXは伊達じゃない。
「おいしーの、です」
「ん」
リーナとクロは凄い勢いでサンドイッチと唐揚げを口に詰め込んでいる。あの辺のいかにも硬そうなのはリーナスペシャルかな。
ハロルドさんは、なんだかんだいっても、まわりを警戒しながらサンドイッチをかじっている。うんうん、一流の冒険者たるもの、こうでなくっちゃね。
ノエリアが大量に用意していた食料が大分減った頃にそれは起こった。
ギギギギギと扉に隙間ができたかと思うと、
「きーさーまーらー!」
と大きな声が響き渡ったのだ。
「いつまでそうしているつもりだー!」
◇ ---------------- ◇
「いや、大変でしたね」
「まったくである」
ドアを開けた瞬間、クロの矢とノエリアのシャドウランスを死ぬほどたたき込まれたその男?は、死ぬかと思ったぞといいながら起き上がってきた。いや、あなたもう死んでるし。
彼にはとくに敵意がなかった。マップでも水色だ。
出てきたのは、どうやらカカ王その人のようだった。ただし、何千年も前の人間が生きているはずがない。なんでもアサッテカの秘技で自らをアンデッドにして統治をしていたらしい。
アサッテカ? なんだその頭の悪いギャグのような名前は。
「この場所には昔、アサッテカという国があったのだ」
随分昔に繁栄した国であったようで、この都市、ナルティシュコネットはその中心地として栄えていたそうだ。
「ずっとこの繁栄を維持したくてな。どうも息子どもは不出来なものばかりで……つい永遠に私が統治した方が良いのではないかと思ってしまったのだ」
はぁーっと骸骨のような顔がため息をつく。
「それでその秘技とやらでアンデッドになられたのですか?」
「そうだ」
しばらくはそれで問題がなかったそうなのだが、ある日臣下にアンデッドであることが知られてしまう。
「そうしたら、全員手のひらを返しおって……王を討伐しようとするとは何事か!」
うん、まあ、無理ないんじゃないかな。王様顔怖いし。クロやノエリアだって反応しちゃうくらいだし。
「あれは強烈であった。もう少し魔力が込められていたら、消滅する危機だったな」
とカラカラ笑ってる。
「それで、その王様が、何であんな怪しげなボードを?」
とハロルドさんが聞いてきた。
「ああそうだ。『知性を持った手先の器用な生命体歓迎! あなたと夢のお時間を』だっけ」
「いやな……あれをもう一度体験してからこの身を土に返そうと思って早……何年だ? いやもうわからんのだが」
そういって話し始めたカカ王の話を要約すると――
誰もいなくなってから数千年。さすがに生きるのも飽きてきたから、最後の思い出にショコラトルでも飲んで地に帰ろうと思ったのだそうだ。
「ショコラトル!? じゃ、カカオがあるんですか」
「ん、あるぞ。何しろ私は、カカ王だからな」
いや、全然理由になってないですから。アサッテカにおけるショコラトルというのは、高貴な飲み物でありパワーの源であり薬でもあるそうだ。
しかし、それを飲むのと、さっきのボードに何の関係が……
「実はな、アンデッドになって以来、その影響で生あるものに触れぬのだ」
触ると、生あるものは干からびて、生を失ってしまうらしい。
周りにいたみんなが、ささーっとカカ王から距離をとる。
「ほら、皆こういう態度をとるのだ」
「いや、それは仕方ないと思いますよ」
本人にその気がなくても、事故で躓いて触られでもしたら、即死亡なのだ。そりゃ距離をとるよ。
「つまりカカオに触れないと」
「そうなのだ。そこで、知性を持ったアンデッドではないものに来て貰って、ショコラトルで夢の時間を過ごそうではないかと、そういう意味なのだ」
「ところが、来るやつ来るやつみんな頭の悪い魔物ばかりで、話のひとつも通じやせん。あまっさえ、すぐに襲ってくる始末」
「それで、ぶっちめた名残が向こうの部屋にあった魔物の残骸の山でしたか」
「そうなのだ」
◇ ---------------- ◇
その後の展開は早かった。
カカ王が管理者になっているカカオ畑で、カカオを採取する。なんでもカカオは年に2回シーズンがあるが、多寡を問わなければ年中とれるのだとか。
そうしたら種を取り出して発酵させる。発酵?
「えっと、これ、どのくらいかかるんですか?」
「7回日が昇るくらいだ」
そんなに待てるわけないだろ。ここは腕輪クッキングの出番だ。86400倍で7秒ね。
「はい、発酵終了。次はどうするんです?」
「な、なんだ今のは? 何かの魔法か?」
「ええ、まあ、そんなものです。で、次は?」
次は天日で乾燥させるんだそうだ。え?天日?どのくらい?
「どのくらいと言われてもな、赤紫になるくらいか? 日にちは天気による」
ぐおー、数字わかんないかー。水分量が10%とか5%とか。日にちは天気による? うーむ、まあ、その通りだろうけど……
腕輪じゃ水分も保持しちゃいそうだし、ここはリーナの火魔法で……ノエリアと違って微妙なコントロールにはちょっと不安があるな。
「なんだ、乾かせばいいのか?」
「ええ、何か良いアイデアがありますか?」
「生活魔法の、乾燥があるだろ」
なんと、そんなものが! 考えてみたら一度も生活魔法の一覧とか見たことなかったよ orz。
清掃は風+水だが、乾燥は風+火の生活魔法なんだそうだ。ちなみに火+水にはお湯っていう身も蓋もない名前の魔法があるんだとか。
「じゃ、ノエリアお願い」
「わかりました」
「カカ王様は、どこで止めるのか教えてくださいよ」
「まかせておけ」
後は熱を加えて殻を割って、殻の中身を取り出してローストして……もう、魔法があっても泣きそうなくらい面倒なんですけど。
チョコレートって作るの大変なんだなぁ……
これを細かく砕くというか、挽いていくと、ちょっとしめった粉みたいになる。
「それに香料をくわえ、お湯やミルクに溶かして飲むのが、ショコラトルだ」
カカ王が期待を込めた口調でそう言った。
しかーし、やはりここは現代知識でパワーアップするのが筋だろう。
バターどーん。脱脂粉乳はないから後でミルクをくわえるか。バニラエッセンスどーん。ついでに砂糖と蜂蜜どーん。で、ねりねりねりねり……
「なにをしとるか。早くよこさぬか」
「少々お待ちを。ショコラトル・ア・ラ・カールを作成してますから」
「ほほう」
「今生の別れにふさわしい逸品ですよ」
「それはたのしみだ」
あとは通常のココアと同じ入れ方だ。少量のお湯に溶かした後、ミルクをくわえながらのばしていく。
そうしてミルクが固まる直前で熱を加えるのを止めて、ショコラトル・ア・ラ・カールの完成だ。
「はいどうぞ。みんなの分もあるよ」
「これがチョコレートなのです?」
「そうだよ。これはチョコレートを飲み物にしたもの」
「ほー」
リーナは猫舌なので、興味深そうにクンクンしながら、フーフーしている。
ノエリアは一口飲んで、甘くて美味しいですとにっこりしながら言った。
「おい、これ、ちょっと甘いけど、凄い旨いぞ」
と、ハロルドさん。
うむうむ。現代のココアとは行かないが……あれ?もしかしてハイムにココアパウダーあるんじゃ……いや、なかった。無いことにしよう。
まあ、美味しいよな。
カカ王は、カップを握りしめながら、感極まった様子で香りを嗅いでいる。香り、分かるのか?
そしておもむろに、そのカップを口元へ運び、甘美な液体を口の中へ流し……こんだと同時に、下あごから、だーっと流れ出すショコラトル。
そりゃそうだよな。アゴの肉無いんだもんな。
「ご、ごはぁ……」
と orz のポーズをとるカカ王。
「ぬ、抜かったわ。このような落とし穴があるとは」
◇ ---------------- ◇
もう大分日も低くなった頃、俺たちは件のウェルカムボードの前に来ていた。
「ま、少々残念ではあったが、香りだけでも堪能できて嬉しかったぞ」
「それで、これから、カカ王は?」
「うむ、念願のショコラトルも、飲めたことだし。ここらで退場することとしよう」
「そうですか。我々も思わぬ邂逅で楽しかったです」
「握手はできぬがな、はっはっは」
なんだか憎めないアンデッドだったな。
「そうだ、カールとやら」
「はい」
「私は今夜永遠の地へと旅立つが、お主にアサッテカのカカオ畑の権利を譲ってやろう」
「は?」
「アサッテカのカカオ畑は別に手入れの必要はない。放っておけば勝手に育つから、いつでも好きなときに収穫すると良い。なあに、何千年も枯れていないのだ、これからも枯れぬだろうよ」
そういって、ウェルカムボードに手をかざすと、そこに書かれている文字が変化した
『カールカカ王畑。――カカ王とカールの永遠の友情を記念して、ここに記す――』
「それではな」
そういってカカ王は、一度も振り返らずに、砦の中へと歩いていった。
◇ ---------------- ◇
「素敵な人でしたね」
帰りの馬車の上で、ノエリアがそう言った。
仮にも一国を築いて繁栄させた人だもんな。最後ちょっとやり過ぎてみんなを怖がらせてしまったけれど、彼の行く先に幸多からんことをと心の中でシールス様にお願いしておいた。
◇ ---------------- ◇
カールか。
まさか、最後に人と話せるとは思わなかったの。やはり、人は人とふれあい、人として生きるのが幸せなのだ。
この身にかかる魔法を解き放てば、むこうでもう一度皆に会うことができるのかの。
魔法を解き放つ影響か、鼻の奥がつんとする。眼窩から何かがこぼれた気がしたのは、きっと飛び散ったショコラトルだったのだろう。
その日カカ王は砂に帰った。
関連読み切りとして分離した方がいい気もするので、後でそうするかもしれません。