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067 ヒョードルとベイルマンとヤバイ司祭

なるほど、ドルムの辺りは今年も豊作じゃな。しかし、サンサより南への援助が必要になる可能性もあろうから、税率は平年並で良かろう。

やはり、問題はサンサより南じゃな。


リフトハウス領の調査を一通り終えた儂は、くっついてきていた徴税官にその税率を指示して徴税を始めさせた。

さてその間に――


「ご無沙汰しております。ヒョードル様」

「こちらこそ、サリナ殿」


白々しい挨拶に、お互い笑い合うと、まるで40年近く前と変わらぬように思えるが、お互い歳をとったものだな。


「何か失礼なことを考えていますね、ヒョードル」

「いや、お互い歳をとったなとな」


サリナと儂とレアンドロスは、共に同じ年で、同じ学院の同級生じゃった。

サリナはさすがベンローズ家のお嬢だけあって、武芸全般に秀でておって、女だと侮っていた儂等は、初年度に、こてんぱんにやられたものじゃ。


「それはもう。孫が代官になる歳ですからね。どうせその件でしょう?」

「話が早くて助かる。あれは一体どういうことじゃ?」


「あの子がコートロゼの代官の様子を見に行くようにし向けたのは、パメラの仕業でしょう」

「ヤイラードの後継問題か?」

「ええ、そうでしょうね」

「放っておいても、オーヴィラール亡き今、ミモレの後はヤイラードじゃろ?」

「それはそうなのですが、マレーナの影響力もさることながら、カールはパメラが不安になる程度には優秀でしたから」

「なるほどの」


「しかし、その時点ではただ様子を見に行くだけで代官ではありませんでした」


「着任証書にはあんたのサインが入っていた」

「そうです。私がサインしました」


そういって彼女はお茶を一口飲んだ。


「あの子がバウンドの崩落事故に巻き込まれた話は?」

「いや、崩落があって、竜種の存在が危ぶまれることは聞いておったが、あれに巻き込まれたのか?」

「ええ。アーチャグの繁殖などもあって、無事に生還したのは4人だけ。そのうちの一人がカールでした」


「最初は無事かどうかも分からなかったので、心配でバウンドまで行ってみたのですが――」


少し迷ったようにカップを眺めながら言葉をとぎれさせた彼女をせかすように聞いてみた。


「が?」


「そこで会ったあの子は、確かにカールでしたが、カールではない何かのようでもありました」

「おいおい、意味がわからんぞ。ぼけたか?」

「失礼ですね。あなたもあの子に会えばわかりますよ」


そう、あの子に会えば、と窓の外を眺めている。


「それで、サインをしたと?」

「そうです。周辺の資料も全て渡しました」

「ふむ」


現時点ではなにがなんだかまるでわからんが、とにかくカールに会えば分かるということじゃな。


「わかった。ではそのカールだがカールでないものだかを見に、南へ下ろう」

「魅入られないでくださいよ。あなたもお若くないのですから」

「それはお互い様じゃ」


一体何が起こっておるのか、この歳になってもまだこれほどの好奇心が残っておるとは想像もせなんだが、久々に冒険の予感じゃな。


  ◇ ---------------- ◇


「なぜ?! なぜ、食料がつきないのですか?!」


袖廊の扉口で、司祭は頭を抱えていた。


昨日はさらに金貨を50枚追加して、都合金貨100枚を費やしましたが、あの店の食料は一向になくなる気配を見せません。このままでは教会の予算が……


「それで、どうするんだ? まだ買い占めるのか?」


ハーゲンが冷たい目で見下ろしてきます。買い占めようにも現金が……食料も貯まるばかりで売れようがないので、いかにアイテムボックスをお借りしているとはいえ、やがて野菜類はダメになるでしょう。

信者に食料を強制的に売ろうにも、あの店より安くなど売れるはずもありません。


くそっ、何で、何でこんなことに!


「あ、そういやーよ」

「……なんです?」


「カルサール様が、不要な食料があるなら買い取っても良いって言ってたぜ?」

「……」


サヴォイ=カルサール。コートロゼ冒険者ギルドの長。あの男、まさかこの状況を見越していて、教会を食い物にするチャンスを淡々と待っていたのでは……

くそっ。例えそうだとしても、なにができる? 今の私にあるのは、僅かなカネと、もはやダメになっていくのを待つだけの食料だけ。まだ今年は3/4以上残っているというのに。


くそ、くそっ! こいつ(ハーゲン)もこいつだ、その店の倉庫を焼き払うぐらいのことはできないのですか!


……焼き払う?


ふと顔を上げたアプリコート司祭の目は、赤く充血し、暗い色を帯びていた。


  ◇ ---------------- ◇


ふん。あれがコートロゼか。


長塁を越えて、北門を望む位置で馬車から降りたなんとも印象に残らない男が、北門を見ながらそううそぶいた。


結局サンサではあれ以上詳しいことはわからなかった。

冒険者ギルドの酒場では、銀月の誓いとかいうパーティの男に延々と、ダークブロンドの髪をした天使について聞かされたが。街が危機に陥ったとき、壊された街壁の上に舞い降りた絶世の美女だと? すっかり英雄譚になってやがる。


目立つのをいとわずに、北門を入る前に馬車を降りたのは、教会の呪具に施された特殊な反応に気がついたからだ。

北門から東に延びている道の先にそれを感じるが……なぜこんなところに?


確かここの司祭は、アプリコートとか言ったか。ドミノ様のシンパだったはずだが、なにかやったのだろうか。


男は、それを確認するため、道の先へと足を踏み出した。


  ◇ ---------------- ◇


少し高台から、綺麗に作り直されている南街区を長めながら、俺はシセロと話をしていた。

テント族代表っぽかったシセロは、いつの間にか、そのまま南街区の地区長っぽい立場になっているようだ。


「新しく建設した住宅も、大体皆に行き渡りましたが……公共事業とやらはこれで終わりですか?」

「そうですね。食料の供給も改善しましたし、公共事業自体はまだまだ続きますが、炊き出しベースで働く人を雇用するシステムはそろそろ終わりにしたいですね」


シセロは眉をしかめながら、


「しかし、それでは皆また路頭に迷っちまう」


「そうならないように、まずは名簿を元に皆の得意なことをリストしてください」

「リスト?」

「そうです。そして、それに応じて、


『ファルコを中心とした、土木・建設業を営むもの』

『手に職があって、自分で店をやれるもの』

『農業の経験があって、農業を行えるもの』

『シセロを中心に、行政の仕事をするもの』

『何らかの理由で働けないもの』

『その他』


に分類してください」


そして俺は、シセロに向かっていくつかの指示を出していった。


ファルコには土木・建設の仕事を行う会社を作らせて、そこの責任者にすえ、人を雇わせる。

手に職があるもののうち、店を出したり、個人で仕事を引き受けたい、ものは独立のための資金を貸しだすなどの支援をする。

農業の経験があるものは、これから街の東側に開拓する予定の農地で農業をしてもらう。

行政の仕事をするものは、主に街の住民と領主との接点になってもらい、様々な行政サービスを行ってもらう。最初は少人数で、必要なサービスに応じて人員を増やしたい。


「とまあ、そんなところでしょうか。『その他』は、中身を見てから考えましょう」


「それって……」

「ま、シセロさんの仕事は増えると思いますよ。行政の仕事をする人たち――そうですね、公務員とでも呼びましょうか」

「公務員……」

「住民に奉仕する人たちですね。公務員のみなさんは私が直属で雇いますので、適性のありそうな人員のリストアップをお願いします。最初はこういった私の考えを実務に移していく人たちだけで結構です。そのうちサービスの増加に伴って人員も強化していきましょう」

「わ、わかりました!」

「後、公務員の皆さんの希望する待遇なんかもまとめておいてください。こちらはご希望に添えるかどうかわかりませんが」

「待遇と申しますと?」

「報酬がいくらくらい欲しいとかですよ」


そういうと、シセロは目を白黒させていた。

そうか、こっちだと待遇が決まってて、それをみて仕事を選ぶのが普通だもんな。


「じゃ、まとまったら領主館まで持ってきてください」

「わかりました」


そういって、シセロは仕事に戻っていった。


こうなってくると、なるべく早く役所を開かないとか。

風呂屋も学校もセーフティネット関連の施設も、ああ、作るものだらけだ……。ファルコには頑張って貰おう。



「カール様」


シセロが見えなくなると、すぐに後ろから声がかけられた。


「どうしました、サイラスさん」

「例のハーゲンを張ってたものからの報告なんですが……」

「スーパーで食料を買い漁ってましたか?」

「お見通しで」


と笑いながら言ったが、すぐに真剣な顔になり、


「その関係で、どうも司祭の様子がおかしいそうです」


おかしい?


「なにかこう、追い詰められたような感じだそうですが……」

「わかりました。数日司祭にも張りつけますか?」

「やってみましょう。依頼料ははずんでくださいよ」

「しかたありませんね」


サイラスはにやっと笑うと、駆け足で去っていった。どんどん商売人になってくね。まったく。


  ◇ ---------------- ◇


森を切り開いた道のどん詰まりは、開けた広場になっていた。そこに――


「これは……」


そこには、異端調査官、いや、俺にはおなじみのアイテムが6個配置されていた。結界石だ。しかもシルセール大聖堂製ではない。王都にあるサン・ピエルターレ大聖堂製の表に出てこない強力なタイプだ。

アプリコート司祭とやらが、いくらドミノ様シンパでも、こんなに大量の強力な結界石を渡してもらえるとは、とても思えない。大体不要だろう。

つまりこれは――


「シャイアどもが要求したものとしか思えんな」


そんなものがなぜここに?


サンサの調査報告では、魔物の発生源にほど近かった盗賊団の野営地に、めぼしいものは何もなかったことになっていたはずだ。

つまり答えは決まってる。


「あの騒ぎを収めたものか、そいつから結界石を購入したものが、ここを作ったということだ」


そう言って男は、コートロゼに続く道を振り返った。


  ◇ ---------------- ◇


「いやもう、すごいです」


スーパーカリフを任されている、3人組のなかでは一番年上らしいタリが答えた。


「昨日だけで、金貨100枚分くらい買って行かれましたよ」


100枚?! って、大体1千万円ってことですけど。えー、スーパーで1千万、使うか?


「昨日の売り上げは、おそらくエンポロス商会の1日の店舗の売り上げでは新記録だと思いますよ」


とニコニコしながら言っていた。


教会って、カネ持ってんなー。というか、金貨100枚使っても食料がなくならなくて焦ってるってことかな。

教会も食料を相当ため込んでたはずだしな。一体どうするつもりなんだろう。


  ◇ ---------------- ◇


「ごろつきを雇った?」


その後の司祭の動きをサイラスが報告に来た。


「いるんだ、ごろつき」

「そりゃいますよ」


あきれたようにサイラスが言う。


「だってザルバルんところは、みんな表の仕事に就いたんだろ?」

「カール様。世の中カール様みたいに前だけ向いて歩いていけるものばかりじゃないんですよ」


そう言う連中のことも、ザルバルは気にかけているらしい。さすがに裏の顔役ってのは伊達じゃないんだな。


俺? 俺は自ら望んで堕ちるものに手をさしのべるほど善人じゃない。


「で、なにをしでかしそうなんだ?」

「まあ、目障りな倉庫の打ち壊しでしょうか」

「打ち壊しって、何十人雇ったんだよ」

「4人のようです。それでしたら、焼き討ちでしょうな」

「そこまでやるか?」

「人間、追い詰められるとなんでもやるものじゃないですか?」


ほら、私たちみたいにと、腕を広げて見せるサイラス。


君たち追い詰められて更正したんかい。


ザンジバラード()警備保障()で捕らえますか?」


まあ、それが面倒くさくなくて良いんだけど、相手は腐っても教会だからなぁ……ザンジバラードが面倒な立場になっても困る。


「いや、こっちでやるよ。そのごろつき、痛い目にあわせても構わないのか?」


ザルバルが気にかけているんなら、ちょっとは遠慮した方が良いのかな?


「そのへんはやつらの自己責任ってもんでしょう。ま、多少は加減して、首など落とさないようにしていただけると助かりますがね」

「わかった」


「決行は今夜っぽいです」

「ああ、ありがとう。費用は請求書をまわしておいてくれ」

「まいどあり」


と言ってサイラスは嬉しそうに笑った。あんまりぼるなよ。


  ◇ ---------------- ◇


「ああ、カーテナ川底(カーテナベッド)トンネル(バーロウ)か」


大きな剣を背負ったごつい()が、酒場のカウンターでエールをあおりながら、あれは代官が作った道だと、そう言った。


「あれができて、簡単にカーテナの向こうへ行けるようになったからね。レベルの高い魔物の素材がとりやすくなってありがたいって、もっぱらの評判さ」


あの向こうへ行って、死なずに戻ってこれるような連中がゴロゴロいるってことか。


「ゴロゴロはいやしないさ。せいぜい10パーティかそこらだろ」


ちっ、面倒な。ここじゃ正面切って問題を起こさない方が得策だな。


「代官っていうと、ダイバとか言ったか?」

「いや、ダイバは前回のスタンピードで大けがをしたんだ。その後釜が先日やってきたばかりさ」


先日、だと?


話を聞くと、丁度サンサのスタンピードが起こったすぐ後に、たった4人で代官としてやってきて、来た早々に北門で一騒動を起こしたらしい。

しかもうち二人は女で、黒い嵐みたいな魔法を使う女と、神速で首をはねてまわっていた女がいたとか。


黒い嵐みたいな魔法を使う女? これはもしかしたら、もしかするかもしれんな。


俺は礼を言って、女にもう一杯エールを奢り席を立った。

女は、このエールも、やっと入ってくるようになって助かったぜ、代官様々だなと言って、がははと笑った。


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