062 ベイルマン
本日2話更新。
どこにも特徴のない男が一人、サンサの街を足早に歩いていた。
誰かとすれ違ったとしても、数瞬後には、すれ違ったことすら忘れてしまいそうな、その容姿を思い出そうとしても、普通のオッサン程度の記憶しか掘り起こすことができない、そんな男が。
王国南部に生息している結構な強さの魔物数千体が、たった一発の魔法で一掃されたなどと、ここの冒険者どもは気でも触れているのか?
私はサンサの街を歩きながら、そんなことを考えていた。
しかし、私が、大主教様から受けた依頼は、天使の調査とダンフォースの行方の調査だ。どんなに頭がおかしい証言に思えても、予断をくわえず整理してお伝えすることが肝要だ。
可能ならあの忌むべき像の行方も調べて欲しいとのことだが、あれが世にあれば必ず魔物が集う。それがないということは、この世に存在していないか、封印されているのだろう。
しかし、教会以外の何者がそれを行えるというのか。
いずれにしても、様々な証言から、誰かが何かをなしたことは間違いない。
それが冒険者なら、冒険者ギルドには、サンサ防衛戦で冒険者の倒した魔物の数の資料があるはずだから、すぐに割り出せるはずだが……ここのギルド長は、たしかあのメルクリオだ。
正面から行ったところで、プライバシーだの冒険者の保護だのを盾に、首を縦にふらんだろう。そんな融通の利かぬ性格だからサンサなどに飛ばされるのだ。
ダンフォース助祭の行方は杳としてしれない。
かろうじて、防衛戦の翌日、保護されていたはずの冒険者ギルドから姿が消えたことや、怪しげな男が、牢のある衛兵詰め所の前で、衛兵とすれ違ったという情報があるのみだ。
ここへ来る途中で調査を行った、ドルムやバウンドでも、それらしい人物は目撃されていなかった。
南へ下ってコートロゼへ行ったか、サンサにまだ隠れているか、そうでなければこの周辺のどこかでのたれ死んでいるかのいずれかだろう。
ただの助祭だった男が、この辺りの魔物に対抗する手段はない。教会以外大きなつても持っていないはずだから、かくまって貰うことも難しいだろう。
結局は、最後の選択肢に行き着くわけだから、身元不明者の遺品の確認や保護されていたときの話を聞きに冒険者ギルドを尋ねてみるか。うまくすれば、天使の正体にも探りを入れることができるだろう。
街を救った黒の天使。
一発で一掃などということは信じられないが、その規模の大規模殲滅魔法が何度か発動できるとしたら、その威力や人の心への影響は、充分教会の脅威になるだろう。それが本物の天使ではないのだとしたら。
もっとも、異端調査官の、しかも私に仕事が回ってくるということは、そうでないという真実が望まれているということだ。
くくくっ……天使の始末とは、私の生涯で、もっとも楽しい仕事になりそうだ。
特徴のない男は、一瞬トカゲのような、ぞっとする笑みを浮かべただけで、すぐに特徴のない男の仮面をかぶり直した。