059 休日の大冒険(前編) -茶碗蒸し-
余りにも長くなりすぎたので前後編に。
「というわけで、今日は休日にしようと思います」
と朝食ミーティングの席で宣言する。
「カール様、いきなりなんですか」
ダイバが驚いたように言った。
「人間はね、あ、いや、亜人もそうだけど。5日働いたら2日くらい休みを挟むのが健全ってものなんですよ」
「それはいくらなんでも休みすぎでは」
あ、あれ? 週休二日って休みすぎ? そういうもんなの? んじゃ、7日に1回くらい?
「まあそのくらいでしたら」
いやだってほら、休みがないとお金を使う暇もなくて、経済が発展しないんじゃない?
「今は、生きていくのが精一杯ですからね」
く、くらい……くらいよ。
「じゃあ、とりあえず領主館の業務は、毎月7、14、21を休みにしましょう」
「我々しかいないので経済効果は疑問ですけどね」
「うっ。いずれは休めないサービス業をのぞいて、コートロゼ全体に制度として広げたいと思います。休めない業態も交代制で休む感じで。とにかく休みが沢山取れるような豊かな社会を目指すのです!」
「しかし、強制的に休ませたりすると、収入が途絶えて困るものが出るのではありませんか?」
とスコヴィル。
ああ、そうか。この世界は、いわゆる日雇いみたいな業態が圧倒的に多いのか。そういや冒険者もそうだもんな。
「わかりました。いずれ7日払いや月払いという制度も普及させて、休んでも収入が変わらない制度を目指そうと思います」
「それはなかなか画期的ですが、雇う側がいやがるでしょうなぁ」
ぐぐぐっ
「ご主人様、炊き出しはいかがいたしますか?」
と、ノエリアが尋ねてくる。う、そりゃそうか。休みだからって食べないわけにはいかないよな。
「わ、わかりました。体制が整うまで定期的な休みは無理っぽいですね……しかし!いずれは!」
みんなに生暖かい目で見られてた。く、くっそー。いつかは週休二日制にしてやるからなっ!覚えてろ!
「まあ、でもこちらへ来てから10日間、休みがなかったので、バウンドに行く前にお休みさせていただきたいなぁと」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。バウンドに行かれるのですか?」
「ええ、カリフさんと。食料の流通を解決してくる予定です」
「か、解決?!」
ダイバが目を白黒させている。
「そ、それはまことに結構なのですが、まだ徴税官も見えられていませんし、今期の税の話がいつ始まるかわかりませんから、今カール様が何日も留守にされるのは……」
「税よりも、民の食が優先ですよ」
「もちろん、理想はまったくその通りなのですが……」
今期はまだ税率も決まっていないし、徴税官の心証を損なうと税率が……なんてぶつぶつ言っている。まあ、気持ちも分かるが、この状況で例年通りなんて裁定を出す徴税官はいないと思いたいね。
「大丈夫ですよ、すぐ戻ってきますから」
「は? すぐ??」
「ええ、まあ」
「もう、何が何だかわかりませんが。わかりました、その間に徴税官が見えられたら、なんとか引っ張っておきましょう」
「よろしくお願いしますね。なので、今日はお休みにします」
「ご主人様は、ゆっくりお休み下さい」
「何いってんだ、リーナもノエリアも休むんだよ」
「わかりました。夕方の炊き出しには、まだパンを配る必要がありますので、それまででしたら」
「よしっ、じゃ、それまでゴロゴロ……」
「ご主人様、狩りに行くです!」
は? 狩り? それ休みにすること?
「ああ、そうだな、カール様まだDクラスだろ?」
「え? そうですが」
「なら3ヶ月に1度は依頼をこなさないと、冒険者資格が剥奪されちまうぜ? まだ余裕だろうが、これからどんどん忙しくなりそうだしな」
というわけで、冒険者ギルドで依頼を受けて、狩りに行くことになりました。
えー? えー? それって休日なの? 冒険者だったらお仕事っていうんじゃないの?
俺としては、お風呂に入って、リーナをもふもふしつつ、ノエリアといちゃいちゃしたかったんだけど……
◇ ---------------- ◇
というわけで、久しぶりにやってきました冒険者ギルド。
クロとハロルドさんもくわえたフルパーティ(と言っても5人だけどさ)
「おいおい、坊主。そんな初心者セットでコートロゼの外に出ようってのか?」
お、テンプレ来た?来た? と思ったら、本気で心配されていただけでした。
そういや、俺とリーナとノエリアの防具は、駆け出しの初心者用革防具セットのままだった。
そうだよ。ダグさんに鱗で防具を作ってもらうのも、コートロゼに来た目的のひとつだったんだよ。すっかり忘れてたけど。
「はあ。まあ、見学みたいなものですし、強い方に守って貰いますから大丈夫です」
って答えると、ハロルドさんの方を見て『大変だなー』みたいな視線を送ってた。もちろんハロルドさんは苦笑いするしかないよね。
Dランクの依頼はっと……
さすがにコートロゼ、xxxx討伐系がずらっと並んでいるが、どれも目的はお肉な感じの依頼が多いな。
後は薬草採取……って、薬草採取? それって、Fランクの時に受注したような。なんでD?
受付で聞いてみたところ、スタンピードとそれに続く大量需要が発生したときに、近場の森で採取できる薬草は使い尽くしてしまったのだとか。
それで、森の奧まで行かなければならず、このランクの依頼になっているらしい。
だが、依頼料は従来のものに毛が生えたようなものなので、討伐依頼のついでに採ってきたものを、後付けで受託して提出するくらいしか解消されておらず、依頼が溜まっているということだ。
「今日中に解決できそうな依頼は、どれもあまりぱっとしないな」
「これは?」
それはCランク以上が対象の調査依頼だった。俺たちだけじゃ受けられないが、ハロルドさんがいれば大丈夫。Bランク様々だね。
カーテナ川の向こう岸に、煙が見えることがあって、その原因を調べて欲しいという依頼だ。
「おいおい、カーテナ川の向こう側ってことは、サンサまで戻らないと行けないぜ?」
「え? 泳いだり、浅瀬を渡ったりとか」
「カーテナ川の幅がどのくらいあるとおもってんだ。この辺りじゃ200メトルはくだらんぜ。水量も豊富で深いしな。サンサの少し南以降に、渡れそうな場所はないな」
そんなにあるのか。下水道の時は夜だったからよく分からなかったんだ。
「じゃあ、舟で渡っちゃえば良いんじゃないですか?」
と、そういった瞬間、周りの冒険者達から
「カーテナに舟を浮かべる、だと?」
「なんだ、あいつは自殺志願者か?」
「かー、これだからド素人は」
「いやでもあれ、ハロルドじゃねーの?」
なんて、ひそひそ話が聞こえてくる。何故?
「どうやって、川まで舟を持って行くのかって問題もあるんだが、それ以上に、イーデジェスナーって厄介なヤツがいるのさ」
ハロルドさんが苦笑いしながらそういった。
「イーデジェスナー?」
ハロルドさんによると、イーデジェスナーは全長20メトルに近い、巨大なシーサーペントらしい。最初に犠牲になった男の名前を採って、イーデジェスナーと呼ばれているそうだ。
長塁より上流には移動しないが、カーテナに浮かぶもの全てを喰らい尽くす、カーテナの王者だということだ。
以前は討伐依頼も出されたことがあるが、何しろ水の中なのでうまく攻撃もできないし、水に入りさえしなければ実害もないので、いつの間にか放置されているらしい。触らぬ神に祟りなしってところだ。
「長塁から河口付近までが縄張りっぽいから、ただ渡るだけなら、やつがいないタイミングもあるだろうが、2度もそんな偶然を期待して渡るやつは、まずいないな」
普通なら出会っちゃえばそれで終了だからか。
それに俺の場合、めっちゃ幸運が仕事しそうだしなぁ……ここまで来る間も、リンドブルムとかエンペラーとか赤い悪魔とかサンサとか……なんだか結構仕事されてる気がするんだよ。
「じゃあ、他の冒険者のみなさんはどうやって、カーテナの向こうまで行ってるんです?」
「まず、いかないんだよ。川を渡ると魔物のレベルもかなり上がるしな。どうしても必要な場合は、サンサから南に下って長塁の前にベースキャンプを作るのが普通だが……あの辺は長塁の北側も結構な魔物がいるからなぁ」
ウィスカーズの連中がテントを張ってたさらに南の奧なのか。確かにいそうだ。オルトロスとかいたもんな。
しかし、魔物の素材が一大産業であるコートロゼから、直接良い狩り場に行けないとなると結構不便だな。下手をするとそのベースキャンプに新しい街が作られて、役目を奪われかねんしな。
「よし、この調査依頼、引き受けましょう」
「カール様、人の話を聞いてたか?」
「大丈夫、なんとかなりますよ」
「……人目を忍ぶ系じゃないだろうな」
「てへっ」
てへっじゃねぇよと、あきらめたように言われた。
◇ ---------------- ◇
そうして、やってきました大魔の樹海。
とはいえ、コートロゼ周辺ならカーテナ川を渡らない限り、最強の魔物はメガラプトルクラスだから、そんなに注意することもない。
「いや、メガラプトルは魔法を使ってこないからDランク最強クラスになってるけどな、実力は標準個体でもCランク中堅、強い個体はBランクに届きかねないんだからな。しかも群れで行動してるから出会ったときの実質ランクは更にあがるし、普通の冒険者にとっちゃ、出会ったら最後を覚悟するって意味で、森の死に神って呼ばれてるんだからな。お前の発想、どっかおかしいから」
いやだって、ほら、目の前でリーナとノエリアとクロがさくさく倒してますよ?
クロの弓術は初めて見たけど、すでにものすごくサマになってるというか、敵が多いときは3本とか一度につがえて、全部あててるように見えるんですけど……
「だからな、あいつらがおかしいんだっつーの。いいかげんわかれよ」
どうせコートロゼの東側、カーテナ川までは農地として開発予定なので、ついでに道を切り開きながら移動している。
しかし流石ダグさんというか、ムラマサブレードというか、鼻歌を歌いながら軽く一振りするだけで、何十mもある大木がすかすか切り倒されていく。このサイズになると流石に彼女たちのアイテムボックスでも苦しいことがあるので、切り離された瞬間に俺が腕輪に格納している。
気分はコータロータカムラ。
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ってやつですね。
大体1時間弱くらいで川辺まで到達した。距離は1kmもないくらいだな。
川辺で直径30mくらいの空間をリーナに作ってもらって、直径2mくらいありそうな切り株をテーブルに加工して、昼ご飯に用意したお弁当を広げた。
本日のお弁当には炊き込みご飯を用意してみた。
だってさ、毎日毎日300個近いパンを焼いて焼いて焼きまくってるんですよ? もう飽きたよ、パン。
この世界にはお米があるみたいだし、元日本人としては、このあたりでお米を普及させてみたいところではあるんだけど、種籾をどこから持ってくるのかとか、コートロゼの気候で大丈夫なのかだとか、分からないことがいっぱいなので、保留中なのだ。
しかし食べたいものは食べたいので、こっそり鶏っぽい魔物の肉を使って炊き込みご飯をおにぎりにしてみました。スープは茶碗蒸し風だよ。
「おい、カール様」
「はい?」
「このぷるんぷるんした、柔らかな、スープっぽい、これは一体何だ?」
「それは、茶碗蒸しと言って、卵のスープの変形ですかね」
「食べたことのない食感だが、優しいというかなんというか……こう、ぐっと染み渡るようなうまさだな」
「大変美味しいです」
「しーあーわーせーの味がする、です」
「ん」
おー、大好評で良かった。確かに冬の茶碗蒸しは旨いよな。最近じゃ夏向けに冷たい茶碗蒸しもあるけれど、やはりホットが基本だろう。
「それにこりゃなんだ? 米か?」
「そうですよ、出汁とお肉と根菜類を細かく切ったものをお米と一緒に炊いたものを、食べやすい形にした、おにぎりという料理です」
現代米で、かつ醤油が使われているのが、ちょっと反則臭いけどね。
ぱく。もぐもぐ。うーむ、なかなかいいデキだな。油揚げと牛蒡やこんにゃくがないのがちょっと物足りないけど、ああ茶碗蒸しにもあうなぁ。やはりお米は最強だ。
「おにぎりね。食べやすいし、旨いし、言うことないな」
ちょっと歯ごたえがーと言っているリーナには、腕輪に保存してあった、バウンドのブラックウルフの串を渡しておいた。
edegesnah