052 炊き出しと開発と新しい人々
「おおー、結構集まってるな」
街が破壊された南地区の北の外れにある半円形の広場みたいな場所が、ダイバが指定した場所だ。
丁度南地区を開発したときに、その拠点となった場所で、そのまま公園として残されていたらしい。
お、サイラスだ。ザンジバラード警備保障の連中も来ているな、感心、感心。
制服はちょっと間に合わなかったようだけれど。
さて、炊き出しの開始だ。
ノエリアが中心になって、カリフの所の3人と、後は何人かのボランティアに手伝って貰ってスープとパンを配っている。
パンは昨日死ぬほど焼いた、あれだ。1CW。うまいよ?
その様子を眺めていると、ふらっと、一人の男が近づいてきた。それほど困窮してるって感じはしないが……
リーナがさりげなく俺と男との間に移動する。
「坊ちゃん、あんたがこの炊き出しの首謀者かい?」
「首謀者って、なんか悪いことでもしてるかのようじゃない?」
「悪いとも、亜人どもに食料を振る舞ってどうしようってんだ。余った食料があるなら教会に寄付しなよ」
なんだ、こいつ? 教会の回し者にしては露骨すぎるが……
「ふーむ。それも検討はするが、亜人も人もこの街の住民に変わりはないからね。上に立つ者としちゃ皆平等に取り扱う必要があるんだ」
男は嫌な目つきでリーナを見ると、
「ふーん、そうかい。まあ後悔しないようにな」
と言って去っていった。
サイラスに目配せして、視線でヤツの後をつけろと指示をした。
その後、テント住民の代表者と名乗る男が、挨拶に来た。
「代官様で? 私はテント村の代表で、シセロと申します。食料を配布していただいて、ありがとうございます」
「いや。それで、テント住民の方には、皆この広場にテントを移設して欲しいのですが、問題ありませんか?」
「怪我で動けぬ者達もおりますので、すぐには……」
「ああ、それはこの後治療しますから大丈夫ですよ」
「は?」
「ですから怪我や病気はこのあと直しますから」
「あ、あの……我々には、教会に払うお金など、ありませんが……」
「別に協力していただけるならお金などいりませんよ。他に異動できない理由がありますか?」
「あ、いえ、めぼしいものはみんな持ち出しているはずですから……わかりました、元気になり次第移動しましょう」
「そうしていただけると助かります」
シセロはこちらを、振り返り、振り返り戻っていった。
「おい、あんた!」
「ん?」
熊人族の大男が、食パンを丸かじりしながら俺を呼び止めた。
「こんな旨いパンが、これからずっと食えるなんて、あんた良いヤツだな!」
「いや、まて。なんでずっと食えるなんて思ってるんだ?」
「お恵み下さるんだろ?」
「馬鹿言え、大体タダで飯を食わし続けることなんかできるはずないだろ」
「なんだと? また上げて落とす作戦か?」
「作戦って何だよ。飯が食いたきゃ、働かないとな」
「仕事なんかねぇよ!」
「いや、それは大丈夫だ。仕事はつくってやる」
「あんたが?」
「そうだ。食料も用意してやるから、仕事をして、そのカネで食料を買って、普通に生きろ」
「普通か……ああ、そうなりゃいいな」
「そうするから、心配するな。軌道に乗るまでは、そのパンが食えるさ」
「むむー、なら軌道に乗せないほうが……」
「あほぬかせ」
「はは、あんた良いヤツだな。俺はジュバだ、よろしくな」
「ああ、カールだ。飯を食ったら、みんなのテントがここへ移動するのを助けてやれよ」
「わかった、まかせとけ。じゃあな!」
どすどす足音を響かせながら、ジュバは戻っていった。いろんなやつがいるな。
静かにサイラスが近づいてくると、耳元で話し始めた。
「さっきのチンピラですが」
「ああ、教会へ行きました?」
「ご明察です。裏手から教会に入りました。名前はハーゲン。サヴォイ子飼いのチンピラで、冒険者です」
「サヴォイ?」
「サヴォイ=カルサール。雷撃のサヴォイの2つ名を持つ元冒険者、現ギルドマスターですな」
ここでギルドマスターの名前が出てくるのか。うーん、人間関係をちゃんと見定めてからでないと、うかつに動くと危ないな。
「わかった。ごくろうさま。引き続き貼り付けておいてくれるとありがたい」
「了解です」
「あ、あと、早く社員名簿持ってきて下さいね」
「うっ、了解です。どこまでが社員なのか、ちょっと難しいところがありまして……」
「とりあえず、明確に社員、っていえるだけでいいですよ。後は非常勤ってことにして、随時社員登用すれば」
「わかりました。後ほどお届けします」
◇ ---------------- ◇
朝の炊き出しも大体終了した。
配った食パンは、284個だってことだから、住民の数は284人だと考えて良いかもしれない。そのうち家族単位で名簿を作らなきゃな。
ノエリアにはそのまま各テントをまわって、病気と怪我の治療を行うよう言っておいた。
ハロルドさんを護衛に指名したら、ノエリア嬢ちゃんに護衛なんかいらねーだろとかいいながらもちゃんとついていった。
やはり、突然近接で襲われたりしたら危ないし。最大の役割は男よけだな。
俺とリーナとカリフさんは、今は誰もいない南地区の廃墟に立っていた。
マップで確認したが、付近には誰もいないようだ。
「よし、リーナはその辺にある家を片っ端から、モールドで石材にして積んでくれ。大きさは、これくらいな」
と言いながら見本を出してやる。210mmx100mmx60mm。いわゆるレンガのJIS規格サイズだ。このくらいが使いやすいだろう。
それを見たリーナは、早速ガレキから石材を作り始めた。
なにしろパンケースとスープ配布用の器とレンゲを死ぬほど作って経験をつんでいるから、ブロックくらいはお手のものになっている。
次々とガレキが石材になって積み上がっていった。
◇ ---------------- ◇
これは夢なのだろうか。
破壊された街が、瞬く間に整地され、その上のガレキが新しい石材となって積み上がっていく。
まるで魔法のような光景……あ、いや魔法なのか。しかしこんな魔法は……
こんな奇跡のような作業を平然とプロデュースしているのが、目の前にいるたった10歳の少年だと聞いて、一体誰が信じるだろう。
この場で目撃している私ですら、夢を見ているのではないかと思ってしまうくらいなのだから、話だけ聞かされたところで、何をバカなことをと、相手にすらされないだろう。
「カリフさん、流通拠点の必要条件ってなんですか?」
突然そう聞かれて考える。
店も併設するということだから、やはり重要視されるのは民衆のアクセスだろう。昨日見せられたドアを利用する以上、馬車でのアクセスはそれほど重要ではないが、ダミーの設備は必要だろうし、いかんせん人目を忍ぶ作業も増えそうだ。
そう返事をすると、
「実はこの開発に便乗して、南にどーんと領地を広げようと思うんですよ」
などと、叙爵以来ベンローズ家の悲願でありながら、誰も達成できなかったことを、こともなげに話しはじめる。
「畑も整備して、収穫量を倍増させて、ついでに人口もどーんと増やしたいわけですよ。人は力ですからね」
「どれも時間をかけてこつこつやらなければならないことに思えますが、そう急には……」
等と言ってみるが、カール様はそれを歯牙にもかけず、さらなるビジョンを描き出す。
「なので、現在の南の端の中央部にセキュリティのしっかりした拠点を建設して、店は現在の南地区の中央当たりへ出すのはどうかと思うのです」
結構な話だ。
拠点とショップを幹線で繋いで、中央通りとすれば、開発のビジョンも描きやすいんですよね、などと延々話は続いている。
「地上のガレキを全部石材にしたら、次は上下水道を作成する予定です。最初にやっとかないと後付けではなかなか難しいですから」
水道だと?王都などの大都市の一部でしか作られていないと聞くが……しかし上下とは?
「ええっと、上水道は飲み水などにつかう水の道ですね。井戸などの地下水では人口の増加に追従できませんし、農地もおいそれと広げられませんからね」
王都などにあるのはそれだ。しかしわざわざ水道を上水道と言うからには、下水道とは別の意味があるのか。
「対して下水道は、汚物などを流す道です。途中にピューリファイや清掃を付与した浄化槽を配置して、汚物をきれいにしてから、カーテナ川の下流へ流そうと考えています」
「そ、そんなことが……」
できるわけがないと言おうとしたが……この方ならやるかもしれない。
しかし、それに掛かる費用は莫大なものになるのではないだろうか。うちの商会の全てをかけても、と勢い込んでみたが――
「いやだなぁ、基礎部分にそんなコストはかけられないですから。大体、この領、全然お金ないですし。こっそり魔法で掘りますよ、穴」
「は? はあ……」
気軽にそういわれてしまい、私は間抜けな声を漏らすしかなかった。
なにもかもが今までの常識では量れない方だ。余計なことは考えず、商会の発展とカール様が実行されることへのサポートだけに集中するのが良いのかも知れないな。
「ご主人様ー。なんだかだるくなって来ました、です」
魔法を使って作業している少女に、不思議な瓶に入った飲み物を数本渡している。なにかの回復剤だろうか。うちで取り扱わせて貰えないかな?
少女が、ちょっと残念そうな顔をしていたから、美味しくはないのかも知れないが。
渡していたのはギンギン24。リーナはMP共有してみて貰いたかったのです。
1CWは、No.1 Canada Westernという小麦です。アヴァロン、美味しいです。