046 リーナのお使いとダグとの出会いとコートロゼの冒険者達
あれほどのお怪我を負われたダイバ様が、たった1回の聖魔法で回復されるとは、この方達は一体。
私、ダルハーン=アーカムはひざまずきながらそう考えていた。
しかもこの子供は、ダイバ様に代官を続けさせようとしている。まるでダイバ様を救いにシールス様が遣わせて下さった御遣いのようですらありますね。
「それで、至急なんとかしなきゃいけない問題って……」
と、お聞きになられるのでご説明しようと立ち上がりかけたとき、部屋のドアがバーンと開いて何かが飛び込んできました。
まさか、反乱?! と色めき立ったのですが……
◇ ---------------- ◇
一瞬、その場の全員が緊張したが、テトテトと歩いて近づいてくる幼児? の姿を見て安心したりあきれたりしてた。
「なんだ、クロ。どうしたんだ?」
「おなか、へった」
到着してすぐ、厩に入れられて干藁を出されたけれど、カール様のご飯のほうが美味しいって、人化して匂いをたどってきたらしい。まあいいけど、良く止められなかったな。
「あ、あの、カール様、そのお嬢様は」
ダルハーンがおそるおそる聞いてくる。
「ああ、これはクロ。馬車を引いてた馬だよ」
「は?」
「いや、だから馬」
ダルハーンは目を白黒させている。まあ、そんな説明をされても、普通は何を言っているのかわからないよな。無理矢理ごまかされているようにすら思えるかも知れない。
「ともかく、うちの家族みたいなものだから、よろしく頼む」
「ん、かぞく」
クロがまんざらでもなさそうな顔でうなずく。
「わかりました」
「そうだな、まだしばらくはかかりそうだし、ノエリア、クロに何か食べさせてやって」
「はい」
「リーナは、今のうちにギルドに素材の売却に――って、コートロゼって獣人差別ってないですよね?」
と、ダイバに聞く。
「はい、これまでは。辺境ですし露骨なものはありませんでした。冒険者ならなおさらですな」
なら大丈夫か。
「リーナは、ギルドに素材の売却に行ってくれるかな。ノエリアの分も預かって」
「了解です! お使い、がんばるの、です!」
「よろしくね。それで、喫緊の問題だが……」
◇ ---------------- ◇
おつかい、おーつかい。お役に立つぞー。
門を出て振り返ってみると、やっぱり大きなお屋敷だ。
ご主人様が、代官様になるなんて、とても凄いことだけど、これから私はどうやってお役に立てばいいのかな。
お家のことはノエリアさんがやっちゃうし、お掃除くらいはお手伝いできるかな?
うーん、うーん、と悩みながら歩いていると、どんっと、何かにぶつかった。
「あ、ごめんなさい、です」
と、見上げると、がっちりしたすごいお髭のおじさんが、地面の上に座り込んでる。左の頬がアザになってて、すごく痛そう。
「おいおい、ダグよ。飲んだらちゃんと払わなきゃな。ドワーリンの名が泣くってもんだろ?」
3人のちょっと怖い感じの人が、おじさんを囲むように立っていて、そのうちの一人、赤い服を着た人が、おじさんの顔をのぞき込むようにして、そう言ってる。
「無い袖は振れねぇだろ?」
「じゃあ飲むんじゃねえよ」
「ついさっきまで持ってたはずなんだよ。それが今見たら……な?」
とポケットの穴に手を突っ込んで、その手を広げて見せた。
「何見え透いたこと言ってやがんだ」
と、赤い服の人がおじさんを蹴った。酷い。
「止めてください、です」
つい、そう言ってしまいました。
みんなの視線が一斉にこちらを向きます。
「なんだ、お前。じゃあ、お前が代わりに払うってのか?」
「え……おいくらなの、です?」
「1万2千セルス」
ご主人様に頂いたお財布――リーナって書いてあります――を取り出して中を見てみる。金貨が2枚と小金貨が2枚、あとは銅貨がちょっと。
こっちの小さな傷があるほうが、ご主人様に初めてご褒美で頂いた金貨。これは私の宝物だから、誰にもあげられないけど、お小遣い?をためた2枚目の方なら。
ご主人様は、お小遣いは何に使ってもいいよって言ってたし、困ってる人は助けてあげなさいって、そう言ってた。
これを上げちゃうと、銅貨がちょっとになっちゃって、串焼きが買えなくなるかも知れないけれど、またご褒美を頂けるように頑張ろう。
「はい、です」
と金貨1枚と小金貨2枚を差し出した。
赤い服を着た男は、目を丸くして、
「お前、奴隷のくせに何でそんな金を……どこから盗んできた?」
「え。ご主人様に頂きました。盗んでなんかいません、です」
「うそつけ。まだ入ってるんじゃないのか?」
つかつかと近づいてきた赤い服の男が、ご主人様から頂いたお財布を取り上げた。
「あ! 返して! 返してなのです!!」
「おうおう、まだ金貨が入ってるじゃねぇか。こいつはラッキーだ。これは俺が貰っといてやるよ」
男が嫌な笑いを浮かべてそんなことを言ってます。あれは、ご主人様から頂いた大切な宝物なのに。
考えるよりも早く、体が動いていました。
ご主人様が、人はなるべく殺さないでねと言って作ってくれた木製の短剣が、音もなく右手に取り出されると、次の刹那には男の右手に振り下ろされ、お財布は無事私の手の中へ。
「あなた方は盗賊さんなの、です?」
「あ? いつの間に……って、なんじゃこりゃああ!」
赤い服の男が砕けた右手に気がついてうずくまります。残ったふたりの男が異常に気がつき、腰の剣に手を掛けました。
「盗賊は殺しても罪にならないと聞いてます、です」
奇妙な力を帯びた静かな声が、わめき散らしている男の声を貫いて3人に届く。突然辺りの気温が何度か下がったように感じられ、痛みにわめいていた男ですら口をつぐみ、目を大きく見開いてリーナを見た。
当事者も野次馬も、誰一人身じろぎすることすらできず、辺りは死の静寂に包まれる。
腰を抜かしたようになっている太った男の隣で固まっていた、中肉中背の男の方が、やっとのことで口を開いた。
「ま、まて。俺たちは盗賊じゃない。そいつのやったことは謝る。ちゃんと酒代は頂いたし、これ以上、あんたに何かしようとは思っていない!」
「……そうなの、です?」
リーナの手から短剣が消え、空気が急速に弛緩した。
野次馬のざわめきが戻って来る頃には、赤い服の男を抱えた3人は、その場から消えていた。
「嬢ちゃん、あんた一体何者だ?」
ごつい髭面の男が、感心したように話しかけてくる。
「俺は、ダグ。ダグ=バグナグ=ドワーリンだ。鍛冶屋をやってる」
「リーナです。ご主人様の奴隷をしてます、です」
奴隷ってところで驚いたようです。この素敵な首輪――ご主人様との絆――が見えませんか?
「財布がなくなったってのは本当なんだ。立て替えて貰った飲み代は、必ず返す。何処に行けば会える?」
「おうおう、ダグ。こんなところにいやがったのか」
聞き慣れた声が後ろから聞こえてきました。これは、ハロルド様?
「なんだ、ハルか? 今取り込み中だ」
「取り込み中? ナンパでもして……なんで、リーナ嬢ちゃんが?」
「こんにちは、です」
「ああーん? お前ら知り合いなのか?」
「知り合いというか、同僚というか、なんというか……」
「なんだ、なんだ、よくわからねぇぞ?」
「まあ、こんな所じゃなんだから、どっか落ち着けるところで話すよ。嬢ちゃんはどうする?」
「ご主人様のお言いつけで、冒険者ギルドにいく途中なのです」
「分かった。じゃあ、明日な」
「はい、失礼します、です」
ぺこりと頭を下げて、冒険者ギルドへと歩き出した。
「……ありゃ、なにもんだ? ただ者じゃねぇだろ」
「そりゃ、メガラプトルを瞬殺できる嬢ちゃんだからな」
ダグは黙って目を見開いた。
◇ ---------------- ◇
「冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですか?」
「はい、です」
「私は、ノア=シールマリアです。本日はどのようなご用件ですか?」
「常時討伐報酬の精算と、素材の買い取りをお願いします、です」
「では。ギルドカードをお預かりします」
ノアと名乗った受付の女性が、差し出されたギルドカードを受け取って操作している間に、リーナは周りを見わたしてみた。流石に冒険の最先端の街だけあって、鋭い身のこなしのベテランっぽい冒険者ばかりがたむろしている。
広さも中々で、バウンドの街のギルドと比べても遜色がない。街の規模を考えれば、そうとう広いと言えるだろう。
「ひっ」
と小さくノアの悲鳴が聞こえた。
「どうかしたの、です?」
「あ、いえ、この討伐数ですが……」
「バウンドからこっちへ向かう途中のものと、こっちへ来てから、門の前で襲われた分なのです。一度に換金できますです?」
「そ、それはもちろん結構ですが、少し数が多いので、計算に時間がかかります。その間に素材の買い取りを行いますか?」
「お願いするのです。どこへ置けばいい、です?」」
「あ、では、そちらの解体倉庫の方へどうぞ」
隣接された、がらんとした誰もいない倉庫のような部屋に、預かっておいたメガラプトル31体を並べた後、ギルドへ戻る。
「お待たせしました。未解体のメガラプトル31体で 275,280セルス、と常時討伐以来による討伐報酬が、586,200セルス、合計861,480セルスとなります」
金貨86枚、小金貨1枚、銀貨4枚、銅貨8枚が入った袋がカウンターに置かれる。その大きさを周りの冒険者がさりげなく確認していた。
「それと、ヴォルリーナ様はランクがDになっていましたので、カードの書き換えも行われました、お確かめ下さい」
カードには確かにDと書かれていた。
「ありがとうです。それでは」
「Dランクで金貨80枚とは尋常じゃないな」
振り返ると、強弓を背負った、背の高い細身の男が立っていた。
「どちらさま、です?」
「弓使いのカリュアッドだ。もしかして昼過ぎに起こった北門の騒動は、お前さんが?」
「メガラプトルなら、そうです」
それを聞いた周りが一斉にざわめいた。
「あれが執行者か?」
「奴隷の獣人だと? しかも、なかなかキュートな美人じゃねぇか」
「侮るなよ。お前、同じことができるか?」
「いままで聞いたことがないやつだな。一体どこにいたんだ?」
「かわいー」
「あいつ、さっきザルバルところの3人ともめてたやつだ。ひとにらみで周り中が圧倒されてたぜ」
「くわばらくわばら」
「そうか、あんたがあの騒動の片割れだったのか」
「騒動、です?」
「あの騒動を見ていた守備隊のやつが、黒い嵐みたいな魔法を使う女と、神速で首をはねてまわっていた女がいたと震え上がっててな。さしずめあんたはエクスキューショナーの方だな」
「エクスキューショナー? 私はリーナ、です」
「気に入らないか? まあ、あんたの実力が本物ならすぐ慣れる。どうやら本物のようだがね」
「もう帰らなければ、です。失礼します、カリュアッド様」
「様ってガラかよ。じゃあな、執行者。そのうちまた会うだろう」
周りのざわめきを無視するように、リーナはすたすたと歩き去った。
「それで、どうだった?」
大きな剣を背負った女が、カリュアッドに話しかけた。
「エレストラか。見りゃ分かるだろ、あんたなら」
「ふん。また、凄ぇルーキーが、派手なデビューをしたもんだ」
くっくっくと笑いながら、エレストラが目を輝かせる
「ルーキーなんて侮ってられないかもな」
「奴隷だったようだが、あれを従えてる主人ってのは何者かね?」
「北門での話なら、代官様のご一行だったってことだが」
「ダイバ……じゃないよな。新しい代官か? 初耳だ。どんな男だって?」
「おいおい、変な気をおこすなよ。代官様を押し倒す気か?」
「失礼な男だね。しかし、あれを従えている男なら興味がわくよ」
「そこは同感だが。ま、すぐに拝顔の栄に浴せるだろ」