036 アルフレッド=シャイア
「なんだよ、こんなものが最上級の宝物だっていうのか?!」
特徴的なほおひげを生やした、ムキムキの筋肉ダルマがそう叫んだ。
彼こそが、シャイア盗賊団の団長、筋肉ダルマのくせにアルフレッド。アルフレッド=シャイアだ。
20日ほど前のこと。いつもの大主教から連絡があった。
あの大主教は、俺たちを旨く使って、信心深い(つまり教会への寄付が多いってことだ)やつらは襲わせず、教会から心が離れかけているような商人を襲わせることで、神の恩寵を喧伝してやがる。
汚いやり方だが、俺たちにも旨味のある話だから、お互い利用し合う関係ってことでいいだろう。裏切りやがったら、今までのことを全部ぶちまけてやれば良いんだしな。
しかし今度は、教会が最上級の宝物をコートロゼに運ぶから、襲って欲しいだと?
大主教が教会の輸送隊を襲わせてどうするんだよ、とも思ったが、どうやらその宝物が欲しいらしい。依頼には金貨が500枚、500万セルスも付いてたぜ。
手先みたいに使われるのは、ちょっと気にいらねぇが、まあ、そんだけ貰えりゃ元は取れらぁ。
輸送隊には、金貨や銀貨は大してなかったが、結構な数の宝石類や神殿騎士の武具の類は手に入ったし、今晩一晩ここですごしたら、あの最上級の宝物――黒光りしている木彫りの像――を大主教に送って、さっさとアジトに帰ろう。
「しかし、気味の悪い像だな」
素朴な作りだが、なんというか生理的な嫌悪を感じてしまう造形だ。
じっと見つめていると、魂を吸い取られそうな、掘られたひとつひとつの断面が、なにか別の世界に通じているような、その先にいるおぞましいものたちの息吹が感じられるような、とにかく背筋がぞっとしやがる。
八番隊の連中が、未だに帰ってこないのには、やっかいごとの臭いがぷんぷんしやがるし、早く明るくなんねーかな。
「だ、団長!」
副団長のガイアスがテントに飛び込んできた。
「なんだ?」
「なんだか森がおかしいんで」
「おかしい?」
テントを出てまわりを見回す。
一番外側に魔物よけの結界石を配置して、その内側にテントをかためて張る、いつも通りの野営風景だ。
「おかしいって何が?」
「なんだか、雰囲気が普通じゃないんで」
ガイアスは百戦錬磨の盗賊だ。むやみに闇や魔物をおそれたりしないし、その直感で何度も俺たちを救ってきた。そいつが普通じゃないという。
注意深くまわりを見回してみたが――静かだ。
夜の森で鳴くフクロウの類どころか、虫の声ひとつしない。なんだこの静けさは。
討伐隊にまわりを囲まれた? いや、そんなもんじゃねぇ、なにか闇が別の世界に繋がっちまったような、いましも凍り付くような風がそこから吹いてくるような……なんだ?
異常を感じ、飛び出してきたテントの方を振り向くと、ものすごい勢いで魔力が集まってきている。一体何が起こっている?
「おめえら、起きやがれ! 全員戦闘態勢だ!!」
大声で叫ぶと、テントの中から70名を越える男達が飛び出してくる。そこらの小さな領主軍など蹴散らせるくらいの戦力は、ある。
ある、はず、だが……
闇の向こう側に小さな赤い点が灯ったかと思うと、それが瞬く間に増えていく……
「こりゃ……こりゃ一体何なんだ?!」
自分の発した絶叫を塗りつぶすように押し寄せてくる赤い闇が、この世界で俺が見た最後のものになった。