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031 旅立ちと御用商人と幸せのお守り

「おはようございます」


翌朝、宿を出ると、そこには、カリフさんが待ちかまえていた。


「おはようございます。こんな朝早くからどうしたんですか?」

「どうしたじゃありませんよ、夕べあんな手紙をよこしておいて」

「すみません、何もかもあっという間に決まってしまったもので」

「ともかく馬車を受け取りに参りましょう。うちの馬車でお送りしますよ」


俺たち3人と、ハロルドさん、それにカリフさんを乗せた馬車が走り出す。


「それで、カール様がコートロゼの代官様になって、あそこを立て直すとかいうのは本当ですか?」

「ええまあ、なりゆきでそういうことに」

「ふーむ。……では、私もコートロゼに向かいましょう」

「は?」

「いえ、現在のコートロゼは、魔物発生の影響でかなり荒れていたのですが――」

「はい」

「あなたが治められるのなら面白い。何か商売の種がありそうな気がするのですよ」

「はは、ちげぇねえや。あんた商売人の割に分かってるな」


ハロルドさんが楽しそうにそう言う。


「本当はご一緒したいのですが、色々と準備がありますので、少し遅れて追いかけますよ」

「本気ですか? ならいっそ御用商人とかやってくれません?」

「よろしいですとも、と言いたいところですが、現在そう言った役割を持った商人の方がいらっしゃると争いになりますので……そうですな、コートロゼのではなく、カール様の御用商人でいかがでしょう?」

「もちろん結構です! ありがとうございます」


信用できて獣人に偏見のない商人なんて、願ったり叶ったりだしな。




馬車が着いたと同時に、マリウスさんが飛び出してきた。

「おお、来たか。できてるぞー」


その黒光りした飾り気のない馬車は、見た目はまるっきり普通の6人乗りの馬車に見える。これのどこに金貨300枚が費やされているのか、ほとんどの人には何も分からないだろう。いや、俺にも分からないんですけどね。


「ほい、これが説明書。2日貫徹だから、俺は寝る」

「マリウスさん、マリウスさん、馬はどうしたんですか」

「あ、馬。馬ね、忘れてた。その裏にいるから、勝手に持って行ってくれよな、じゃーなー」


マリウスさんはわざとらしいあくびをしながら、顔の横で右手をひらひらさせて、早足で家の中に引っ込んでいった。


「なんだか、あの慌てよう、怪しくないですか?」

「うむ、あれはやっかいごとから逃げる時のあいつだ」

「まあ、そんな話をしていてもしかたねぇ、馬を見てこようぜ」


裏の厩舎にまわると、巨大な体躯に輝くような青毛の、どこの世紀末覇者様のパートナーかとおもえるような馬?がそこにいた。


「おいおい、こりゃ、馬車を引かせるような馬じゃないだろ」

「まあ、見たところこの馬しかいませんし、とりあえずセットしてみましょう」


一応、馬車には、馬に合わせて巨大なヘムのシングルハーネスも用意されていたが、押せども引けども馬が動かない。ふふーんといった感じで見下ろしやがって、ちくそー。


「ご主人様、ここは私にお任せ下さい、です」


リーナが静かにやってきて、馬の前でぴたっととまる。にらめっこをするように、お互いの顔を近づけ、空間がゆがむような殺気がほとばしると、歩いてもいない馬の肌に白い汗がにじみはじめた。


どのくらいそうしていただろう、「かっ」と声を立てた馬が目をそらすと、一気に空気が和らぎ、リーナが、ぽんぽんと馬の首を叩いた。


「もう大丈夫、です」


とリーナが手綱をとって、連れてきた。大人しくハーネスをつけさせている。


「すごいな、リーナ」

「話せばわかるの、です」


へへーんという感じで胸を張るリーナ。あれを話してたって言うのか?


「それで、ご主人様には、馬の名前をつけて欲しいの、です」

「名前?」

「そうです。それで、ご主人様のものになるの、です」

「んー。じゃあ、青毛だしクロで」

「クロ、クロですか。ではお前は今から、クロなのです!」

「ブルルルルル」


どうやら気に入ってくれたらしい。


ふと甘い香りがする方を見ると、緑がかった茶色の乾草が山と積まれている。

そうか、馬だと餌も必要なのか。念のためにそこにつまれていた乾草をごっそり収納。これくらいのサービスは要求しても良いよね。


馬車の隣に、後ろに繋ぐらしい、アタッチメント的な荷車が用意されていた。なんだこれ?と説明書を読むと、どうやら通常は馬車の後ろにはめ込んでおいて、余計な荷物が増えたとき臨時でこれを荷車状にして使うらしい。俺には腕輪があるからいらない気もするが、まあ、変形はロマンだしな。ありがたく受け取っておこう。


馬車の準備が終わったら出発だ。

「じゃあ、カリフさん、向こうでお待ちしています」

「はい、皆さんも道中気をつけて」

「盗賊の掃除をしながら、すすむんじゃねーかな。なんとなく」


ハロルドさん、それはフラグです。


  ◇ ---------------- ◇


「いや、この馬車、本当に凄いな」


御者席でハロルドさんが感心したようにそう言った。


「揺れませんね」

「ちょっと全力で走らせてみたけどな、ほとんど揺れなかったな」

「ま、揺れたところで、ハイムの中に入っちゃえば関係ないんですけどね」

「俺が寂しいだろ。しばらく出てろよ」


凄いな魔法アクティブサスペンション。凸凹道でも氷の上を滑るように進んでいく。

ノエリアが馬車の床に重力軽減の魔法を付与したから、今やこの馬車の重さは実際の何分の1かに低減しているはずだ。なぜ、凄く軽くしないのかというと、初めにものすごく軽い設定にしたら、横風で飛ばされて大変なことになったのだ。

また、「疲労」は状態異常の一種らしく、聖魔法lv.2のキュアでかなり回復する。lv.3のレジスタンスで耐性もつくらしい。魔法で回復させると、いわゆる超回復が起こりにくい欠点があるらしいが、クロにはすでに不要|(だよね?)なので、とりあえずレジスタンスしておけば、どこまででも走って行きそうだ。


普通の箱馬車と違って、座席がU字型に配置されていて、真ん中に小さなテーブルが置かれている。そう、「置かれて」いるのだ。

前面の扉を開ければ、御者席とも一体化する。御者席や馬だけでなく、馬車全体が風魔法の魔道具で、雨や風から守られているから、雨の日でも、スピードを出しても、快適で長持ちするんだそうだ。

馬車の座席も非常にクッションの効いた構造で、全てを速度と乗り心地に費やしただけのことはある、ひじょーに満足のいくデキだ。


いざとなったら、座席の後ろのへこみにハイムが配置してあるから、大抵のことは大丈夫だろう。


普通なら大体9日ほどかかる道のりらしいが、このペースだともっとずっと短くて済むんじゃないかと思えるね。


「これから9日間? よろしくお願いします」

「あ? そんなかかんないぞ」

「え? 9日くらいの距離って聞きましたけど」

「そりゃ歩いていく場合だな」


この世界の日数というのは基本的に徒歩での移動を前提に話されているんだと。

荷物があったり道が悪かったりするから、平均時速4Kmくらいかな。明るい間だけ移動するとして、最大10時間。休憩もあるから25-40Km/日くらいだろうか。

おおざっぱに30Km/日とすると、バウンド-コートロゼ間は270Kmくらい。バウンド-ドルム間は90Kmくらいか。

コートロゼまでは道が悪いこともあって、馬車なら通常3~5日だそうだ。

意外と遅い気がするが、馬が疲弊するために少なくとも2時間おきに休憩が必要だそうだ。駅馬車はあらかじめ各駅で馬を交換するのでもう少し早いらしい。


「この馬車とクロなら2日で行けそうな気もするが、何が起こるか分からんからな、3日くらいを予定してる」


ま、初めての旅だし無理せずいこう。


バウンドを出てしばらく行くと、街道は大きく左へ弧を描き、デュランダルへと近づいていく。

デュランダルは低水路だけでも100m以上は軽くありそうな、なかなか大きな川だ。この川はこのまま大魔の樹海を横切って樹海の先で海に注いでいるらしい。


陽光にきらきら光る緩やかに流れる川面を見ながら、馬車はのんびりと進んでいく。

左岸には緑の絨毯が拡がっている。あの辺がリフトハウス家の誇る穀倉地帯のようだ。麦秋も近いね。所々にある茶色の隙間は休耕地かな。

休耕地が目立つってことは、良くても三圃式農業止まりってことだろう、なんてぼんやり考えながら景色を眺めていた。

リーナは眠そうに座席で横になって、時折尻尾をぱたんぱたんさせている。

平和だねぇ……


道の脇には緑の草が拡がって、あちこちに白いぼんぼりが……ぼんぼり?


「ちょ、ちょっとハロルドさん、止めて!」

「な、なんだよいきなりっ」


急いで止めた勢いで、リーナが椅子から落っこちる。


「ふなー。いたいですー」


鼻の頭を押さえながら、涙目で訴えている。

俺はそれを無視して、馬車の外に飛び出した。


「あ、こら、一人でうろうろするんじゃねぇ!」


護衛のハロルドさんが叫ぶよりも早く、ノエリアが俺の左横に現れる。


「ご主人様、どうなさったんですか?」

「これ、これだよ、これ」


足元一面に拡がっている三葉の草の群れの中から、ところどころで白い玉のような花を咲かせている雑草を指さしながら浮かれている俺を、可哀想なものでも見るように、ハロルドさんが近づいてくる。


「花輪草じゃねーか。これがどうかしたのか?」

「花輪草?」

「ああ、ガキどもがこの花で冠を作って遊ぶんだ」


へー、いずこも同じだねぇ。


「それで、これがどうしたんだよ」

「この草って、畑で使います?」

「は? いや、ただの雑草だし。こいつが生えると抜くのが滅茶苦茶大変だから、どっちかというと嫌われてるんじゃないか?」

「ふっふっふ。こいつはシロツメクサと言って、実はすごく有用な草なんですよ」


そう。中世ヨーロッパにおける農業革命の大基本だ。

さっそくたっぷり採取して収納しておく。


「有用って食えるとか?」

「まあ、食べられることも食べられますが、蜂蜜を作ったり、土地の改良に役立つんです」

「はー、花輪草がねぇ……」


「ご主人様、はっぱが3つ繋がっています」


リーナがくんかくんかしながら地面を見ている。


「4つのやつを見つけたら、幸せになれるって言うよ?」

「なんと! それは見つけねばなりません、です!」


早速真剣に探し始めるリーナ。


「丁度良いから、ついでに昼休憩にしちゃいましょうか」

「ここでか? あー、まあいいか」


あきらめてクロの世話をしに向かうハロルドさんをみながら、ツメクサの野原で横になってみる。


「ポラーノの広場ってやつかな」

「ポラーノですか?」


ハイムで大量のサンドイッチを作ってきたノエリアがそう聞いてくる。


「この花の灯りを順番にたどっていくと、いつかたどりつけるおとぎ話の広場のことだよ」

「きっと楽しい広場なんでしょうね」


そう言って、にっこり笑いながら、ハーブティを手渡してくれた。


「ごごごご主人様っ! ありました、です!!」


シュタッと現れたリーナは、四つ葉のクローバーをぐっと差し出してくる。


「おお、ホントだ。すごいな。これでリーナは幸せになれるかな」

「これはご主人様にあげるのです」

「ボクに? でもボクはリーナがいてくれたら幸せだから、これは押し花にして、リーナのお守りにしようね」

「お守り、です?」

「そう、幸せのお守り」

「あとふたつ、見つけてくるのです!」


俺によつばを押しつけて、ダッシュで探しに行くリーナ。うーん、見つかるかなー。

念のために、マップで四つ葉のクローバーを……うん、あるな。見つからなかったらあとでこっそり誘導してやろう。


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