030 カール君、事情を知る
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サリナ=ベンローズ=リフトハウス (52) lv.24 (人族)
リフトハウス家当主ミモレの実母。
第一夫人のマレーナ亡き後、カールを育てた人。
事実上の母親と言っても差し支えない。
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ななな、ナニー?!(洒落ではない)
「あ、サリナ様 ご心配をおかけしました」
「サリナ様?」
やべっ。なにか呼び方を間違ったのかな。
「……まったくです。あなたが滑落で行方不明と聞いて、生きた心地がしませんでしたよ。いままで連絡もせず一体何をしていたのですか。……でも無事で良かった」
ぎゅっと抱きしめてくるサリナ様。なんかこうホワっとしてきて大変よろしいのですが、今は冒険者ギルドが一番混み合う時間帯……いい見せ物になっていますよ。目線でセルヴァさんに助けを求めてみる。
「サリナ様、ここでは落ち着きませんでしょうから、奧の会議室をお使い下さい」
「そうですね、お言葉に甘えましょう」
グッジョブ! ありがとうセルヴァさん!
会議室の中には、俺たち3人と、サリナ様。そして、お茶を配膳してくれているセルヴァさんの5人だ。
「それで、カール。あなたはここで一体何をしているのです? それにそのふたりは一体?」
サリナ様がそう聞いてくる。
俺は、滑落してから後の顛末をかいつまんで説明した。
「なるほど、大変でしたね」
サリナ様は優しい眼差しでねぎらいの言葉をかけて下さる。
「話は分かりましたが、何故すぐに、ドルムに引き返さなかったのですか」
「いえ、ドルムには戻ろうと思ったのですが、いかんせんお金がありませんでしたので、とりあえず冒険者としてお金を稼いでいました。ようやくお金が出来たので、丁度明日出発する予定だったのです」
「……衛兵詰め所にでも出頭して、リフトハウスの名前で送らせればよかったではありませんか」
「思いつきもしませんでした」
「まったく、あなたは。なんでもないのであれば、このままコートロゼに向かいますか? 私としては一度ドルムに帰ってきて欲しいところなのですが」
なんだ? 何の話だ? コートロゼに向かう? 何故?
「あの、サリナ様」
「どうしました?」
「私実は、滑落のショックで、最近の記憶があいまいでして」
「なんですって?」
「その、つまり……私は何故コートロゼに向かうのでしょう?」
「……そう。そういうことでしたか。道理で私のことをサリナ様などと呼ぶわけですね。おかしな事だと思っていました」
「はあ」
「いいでしょう、お話ししましょう。あなたは少しはずしていただけるかしら」
「はい。ではごゆっくりどうぞ」
と、席を外すセルヴァ。
コートロゼは、ベンローズ辺境伯家が治めていた土地だ。
ベンローズ家の領地にはコートロゼしかない。それでなぜ辺境伯なのかというと、大魔の樹海――アル・デラミス南部に拡がる広大な樹海。ただし危険な魔物に溢れている――の大部分が領地にあたるためだ。
もともとベンローズ初代当主が叙爵したとき、その功績に見合う土地がアル・デラミスになかったため、南の未開地(大魔の樹海)のうち、カリュノース川右岸の開発許可を王家から与えられた。
それは広大な領域だったけれども、いかんせん魔物がものすごく強く、普通の人ではまったく歯が立たなかったため、戦争の英雄であるベンローズ卿に押しつけられたという経緯もあるらしい。
彼はなんとか西端にコートロゼを開き、砦を作って、その後は一進一退を繰り返してきた。
その領地の開拓がベンローズの悲願だが、なにしろ建国以来2000年、頑として何者の侵入をも受け付けなかった土地だ。一都市伯程度の戦力でどうにかなるものではなく、かといって普通の貴族では危険過ぎる上に旨味も少ないため、誰も手を出してこなかったらしい。
たしかに魔物の素材は美味しいが、大抵はギルドを通して取引されるし、なにしろ頻繁に発生する魔物の侵攻を、領主は先頭に立って退けなければならない。
その結果、他の領地の領主一族に比べて、非常に死亡率が高いらしい。
そしてついには、先代で本家が途絶えてしまい、その際、ベンローズを引き継いだサリナ様がいたリフトハウス家に領土と領民が押しつけられて今に至っている。
現在の代官は、リフトハウス家の前近衞長だった、ダイバ=ゴーリキだが、先日発生したスタンピードの折、大きな怪我を負ってしまい現在生死が不明のため、急遽責任者を送り込む必要があり、俺に白羽の矢が立ったということらしい。
「しかし、どうして私なのでしょう。少し役者不足に思えますが……」
そんな危険な場所に、供もつけずに10歳の子供を送り込むのは不自然だ。普通なら邪魔な御輿にしかならないだろう。
それを聞いたサリナ様は、悲しげな目をしてため息をついた。
「オーヴィラールが亡くなって以来、まだ嫡男は決められていません」
「ヤイラード兄上がいらっしゃるのでは?」
「確かに順番から言えばそうですが、あなたはマレーナ様の子供ですし、ヤイラードもあなたと並べられるとどうしても……」
優秀だったらしいオーヴィラールが事故死して、普通なら次男のヤイラードがそのまま家を継ぐはずだが、兄ちゃんはあまりデキがよろしくないらしい。というより俺のデキがよすぎるってことか。はっはっは。優秀なのは前の体の持ち主だけどさ……むなしい。第1夫人のマレーナはバウアルト侯爵家の3女で、第2夫人のパメラは、ソーロンディ子爵家の次女であることも影響しているようで、よーするに家の中に俺をおす勢力があるってことだな。パメラ様はそれを気にしていらっしゃるということらしい。
俺としては、領主なんて面倒、兄ちゃんに押しつけたい所なんだが……
そんな折、コートロゼで魔物のスタンピードが起こった。
ダイバは、なんとかそれを押し返したものの、大きな怪我をしたらしく、現在では生死が不明だ。管理家は誰かを送り込まなければならない。
リフトハウスは現当主がまだまだ健在であるし、年齢的にもヤイラードがその任を負うかと思われたが、そんな場所の統治に失敗すると経歴に傷が付く上に、
本家にいない間に、俺に乗っ取られることを心配したパメラが、俺がお祖母様っ子であることを盾にとって、これ幸いと、俺をコートロゼに送り出す工作を行ったらしい。
晴れてコートロゼまで護衛もつけずに追い出された俺は、その途中で黒の峡谷ダンジョンに滑落して今に至ると、そういうことらしい。
「つまり、私は、このままコートロゼに向かって、そこを治めればよいわけですね?」
「ですが、あの土地はこのたびの魔物の大発生により、かなり荒れてしまったようですし、誰が言っても早急な立て直しは難しそうです。お金や人員の援助もなしで、どうにかなるとはとても……あなたの経歴に傷が付かねば良いのですが」
「ありがとうございます。しかし、大丈夫ですよ。何とかなるような気がするのです」
「……私も一緒に行きたかったのですが。私はドルムで役割を与えられてしまったのです」
「大丈夫。任せてください。お金も護衛も自前でなんとかしますし、サリナ様の故郷を立て直して、ついでに未開地の開発でもやってしまいますか」
わざと明るく笑ってそういうと、サリナ様は涙ぐんでこういった。
「やはり、マレーナ様の血筋ですね。あなたはきっと素晴らしい殿方になるはずです。無理しないで、体だけは気をつけてくださいね」
「分かりましたサリナ様。では明日にでもコートロゼに向かいます」
そう言って、サリナ様から、着任証書を受け取った。
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その後、今日の討伐報酬を受け取り、素材は全部売り払った。
討伐が、ブラックウルフx49、ベアカーマインx23、タイダルボアx7、ゴブリンx64 で、合計 38,500セルス。
素材がゴブリン以外で、110,700セルス。合計 149,200セルスが今日の実入りだ。
宿に帰ると、明日出発しなければならなくなったことを手紙に書いて、エンポロス商会までとどけて貰うようお願いしておいた。
そうして今、ハロルドさんの部屋のドアをノックしている。
「あいてるぜ」
「こんばんは」
「なんだカールか。こっちへ来るなんて珍しいな」
「ちょっとご相談がありまして」
「なんだよ、気味わりぃな」
俺はこれまでの顛末と、明日コートロゼに向かう話を、話せるところだけかいつまみながら話した。
「次は代官かよ、忙しいやつだな」
「いや、それでお願いなんですけど、俺の護衛をやりませんか?」
「は? お前に護衛なんていらないだろ? どこのどいつに後れを取るっていうんだよ」
「そんなことはありませんよ。それに、ハロルドさんもコートロゼに行くようなことを言ってらしたじゃないですか。渡りに船でしょ?」
「んー、それもそうか。で、飯は出るんだろうな?」
ニヤっと笑いながらハロルドさんがそう言う。
「それはもう」
「よし、引き受けた。護衛料は――」
「コートロゼまで、金貨5枚。その先は応相談で」
「いいだろう」
拳と拳を体の前で打ち合わせて、俺たちは契約を結んだ。
「では明日、馬車を受け取ったら、その足で出ます。朝旅立つ準備をして、食堂で朝飯でも食っててください」
「あ、しまった!」
「どうしました?」
「まだアレ全部喰ってねぇ!」
30話目にしてやっと話が進み始めました。