023 ゴブ村とゴブ皇帝と商人救出
2017/01/29 改稿
しばらくリーナを追いかけた後、目の前に出現した光景に息を飲んだ。
洞窟を中心に、粗末な家のようなものが建ち並び、ゴブリンやコボルドたちが忙しそうに行き来している。
メイジやシャーマンを中心に、5~10名くらいのグループが、規律がありそうな行動をとっている。あれは、トルーパーか? ボアに乗った奴までいるぞ?
「どうします? 全滅させますか?」
真顔でノエリアが聞いてくる。過激なやつだ。
「しかし、あいつらに何かされたわけでもないしな」
「ご主人様。魔物と我々は折り合えません。見つけたら退治しないと、最終的には脅かされることになるというのが、常識です」
「うん、そうなんだろうけどさ」
今までバラバラに動いていたかのように見えた群れの動きが、突然統制がとれた動きに変わる。なんだ? といぶかしんでいたら、洞窟の中から……あれはゴブリンなのか? 帝笏を携えた、一際大きな個体が姿を現した。
周りの魔物は、みなひざまずいている。
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ゴブリンエンペラー(0) lv.10 支配種
HP:17,018/17,018
MP: 8,204/ 8,204
支配
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皇帝かよ! しかも生まれたてかよ?! それに、スキルの「支配」ってなんだよ!!
「これはヤバそうだ。一度バウンドに帰ってギルドに報告したほうがいいかもしれないな」
「「はい(です)」」
静かにその場を立ち去ろうとしたとき、後ろから急激に近づいてくる赤い点が映った。
「後ろから、4体、急速に近づいてきます、です!」
どちらか左右に……いや、間に合わないか。
「ノエリア、後ろの4体を蹴散らして逃げるぞ」
そう言うやいなや、彼女のシャドウランスが4体を蹴散らした。
どうやら、バトルボアに乗った、ゴブリントルーパーのようだ。
生き残った1匹のボアが、甲高い鳴き声を上げた。
「ぎひいいいいいん!」
一斉にこちらを振り向く魔物の群れ。
くそ、こうなったらもう仕方がない!
「ノエリア! エンペラーをつぶせ!!」
支配者を倒せば、群れは散るはず。散らないまでも混乱するだろう。こんな数、まともにあいてなんかできるかよ。
8本の影の矢が、ゴブリンエンペラーに向かって飛ぶ。
2本はゴブリンメイジが風のシールドと相殺し、2本は近習らしいゴブリンナイトが盾になる。残り4本がエンペラーに向かうが、帝笏を一振りして、直撃を回避した。
あれはヤバい。数値はBランク級だけど、何かが違うぞ。
「ノエリア、全力でいけ! リーナ、抜けてくる奴らを蹴散らして、ノエリアに近づけさせるな」
「「了解ですっ!」」
浮き上がる無数の漆黒の槍は、極限まで細く圧縮され、一斉に飛び出していくその様は、黒い暴風雨にしか見えない。
こちらに向かってくるゴブリンの上半身が、触れただけで消失する。
メイジや、シャーマンといった部隊長クラスが張ったシールドが、紙のように貫かれ、死体の山が築かれていく。
槍をかいくぐってきた少数の者たちは、素早く襲いかかってくるが、リーナのKATANAが鋭く振り抜かれると、ひとなぎでいくつもの首が落ちていく。
ノエリアはすでに2射目を斉射した。
動いている敵は、みるみる減っていき、帝笏でシャドウランスをはねのけていたエンペラーも、すでに右脇腹に穴が開き、左腕がなくなっている。
1射目が放たれてから、わずかに数十秒で、動いているものは、我々3人のみとなっていた。
「はぁ、はぁ、ご主人様、大丈夫でしたか?」
「ああ、ノエリアとリーナが守ってくれたからね。しかし、凄いな、闇魔法」
「凄いのはノエリアなのです。ご主人様の次に凄い、です!」
「リーナも凄い刀使いだったぞ?」
「えへへ。じゃあ3番目、です」
しかし、この死体を放置はできない。
ノエリアに生活魔法の掘削を使って、大きな穴を掘ってもらい、ゴブリンエンペラーとシャーマン、それにバトルボアだけを腕輪に取り込んで、残りを埋めた。
ノエリアの魔力が底を突きそうだったので、ためしにMP共有を行ってみたら、彼女が短く悲鳴を上げて、え、これ悶えてる?
なにかが急激にノエリアに向かって流れ込んでいく感じがして、彼女のMPは全快した。んだが、ノエリアは何かを無理矢理広げられたみたいですとしばらく喘いで立ち上がれなかった。
なにかもっと細い接続にして、少しづつ共有する方法を考えないと身が持たないな、主に俺の。
少し休憩した後、ゴブリンエンペラーが出てきた穴を調べてみると、奧に、いろいろなアイテムが入った箱があったが、宝箱というには、中身は普通の剣や槍のようだった。
「あ、これ、綺麗、です」
リーナが箱の中から、4本の綺麗な紐のアクセサリーを見つけてきた。
なんだろう……
フィタ
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腕に結んで使う紐。なんらかの効果がありそうだ。
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ありそうだって、もうちょっと詳しい情報が欲しいんだが……知識がないっていうやつかな。
「フィタ、らしいぞ」
「フィタ、です?」
「手首につけておくと、願い事を叶えてくれると言われる紐だよ」
「そんな素敵アイテムが……」
眼をきらきらさせているリーナの右手に、それを結んであげると、
今度はリーナが、俺の右手に別の紐を結んだ。
「おそろい、です!」
「それじゃ、ノエリアにも結んで3人のおそろいにしようか」
「はい」
嬉しそうにうなずいて差し出されたノエリアの右手にも、それを結んであげた。
他にめぼしいものもなかったし、そろそろ帰ろう。
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まだ充分に日は高いし、ゆっくり散歩っぽく楽しみながら、バウンドへの道のりを歩いていく。
「色々大変だったけど、なんとかお金はできそうだな」
「お金は大事、です」
「今日はもう、なにもないといいんですけど」
ノエリア。それはフラグだ。
「何か聞こえます、です」
ほらみろ。
リーナが、道のずっと先を見つめるようにして、そう言った。
マップを確認すると、白い点が5つ固まっている、それを囲むように、白い点が2つと赤い点が……2個ペアで8カ所、素早く動いているようだ。ポップアップしたプロパティ表示によると、バトルボアとゴブリントルーパーらしい。
駆け足で現場に近づいていくと、剣を打ち合う音と、怒声が徐々に大きく聞こえてくる。
戦っていたふたつの白い点は、すでにひとつになっている。
車輪がはずれた幌馬車が1台、あ、その少し先にも、もう1台がひっくり返っていた。
「あそこ、です」
8組のトルーパーが、今最後の護衛らしき男を切り伏せた。
「ノエリア、死体が隠せないから、威力を絞って、あまり破壊しないでくれ」
「はい、ご主人様」
彼女が返事をした3秒後、トルーパー達は全滅していた。
◇ ---------------- ◇
「大丈夫ですか?」
扉を閉め切っている箱馬車の扉を、ノックして聞いてみた。
窓にかかる分厚いカーテンの隙間から、男が覗いたかと思うと、馬車のドアがおそるおそる、開いた。
「た、助かったのですか?」
「残念ながら、護衛の方は全滅したようです。もう少し早く通りかかっていればお助けできたかも知れませんが」
「いえ、ありがとうございました。お父様かだれかが?」
周りを見回しながら、男がそう言った。
まあ、俺はまるっきり子供というか、正真正銘10歳だからね。
「いえ、私と従者のふたりだけです」
それを聞いた男は、目を丸くしながら、
「それは失礼いたしました。私は、カリフ=エンポロス、コートロゼからバウンドに移動中の商人でございます」
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カリフ=エンポロス (28) lv.14 (人族)
HP:206/206
MP:291/291
アイテム鑑定
エンポロス商会次席
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子供一人だとわかったあとも、敬語とは、さすが商人隙がないね。しかし「アイテム鑑定」ね。商人の特技なのかな?
「ご丁寧にどうも。私はカール=リフトハウスです」
「リフトハウス様……お礼をしたいのですが、この有様。まずは状況を確認させていただけますか?」
「ご随意に。近くに魔物はいないと思います」
「タリ、マリム、トーリア。荷の確認をしてくれ」
呼ばれた3人が馬車から出てきて、向こうで倒れている幌馬車の確認に走っていった。奧にはまだ女性が一人いるようだ。奥さんかな?
それはともかく、どうしたものかな。
まだしばらく日はあるし、ここから歩いてもバウンドまでは1~2時間だろう。とはいえ、これで放っておくというのも寝覚めが悪い。
「ご主人様。しばらくかかりそうですからお茶にいたしませんか?」
「そうだな。だが、人目があるところでハイムは使えないぞ」
「そちらによさそうな草地があります。お家から、お茶のセットをおもちいただければ、そこでお入れしましょう」
まあ、確かにしばらくかかりそうだしな。
「じゃ、そうするか」
そういって、シートを道の端の草地に広げ、こっそり持ち出したお茶セットで、ノエリアにお茶を入れて貰った。リーナは切り株に座って、足をぶらぶらさせながら、カップを両手で持って、ふーふーしている。
「お茶請けは……パンしかないな」
「リーナはカラアゲがいいと思うの、です」
「お茶に唐揚げ~? どうなんだそれ」
「カラアゲは良いものですね」
ノエリアまでそんなことを言い出してるし。仕方ないな。
シートの真ん中に、2種の唐揚げを10個ずつ盛った皿を出して、フォークを1つずつ渡した。
「ほぐほぐほぐ。やっぱりカラアゲはサイコーなのです!」
早速リーナが尻尾をフリフリさせながら、お肉をほおばっている。帰ったらすぐ晩ご飯だよ?
「カラアゲは別腹なのです!」
そんな別腹があるかい。
色々と指示を出し終わったのか、こちらに気がついたカリフさんが、目を丸くして近づいてきた。
「これは……アイテムボックスをお持ちでしたか」
「まあ、そのようなものですけど、珍しいですか?」
ちょっと、探りを入れておこう。
「そうですね。レリックでないとしたら、空間魔法の使い手は、近衞魔術長のランドニール=デルミカント様しかいらっしゃいませんから、アイテムボックスの魔法を付与されるアイテムの数も、なかなかに少ないと聞き及んでおります。もちろん需要は大量にあるわけですから、かなりの高値で取引されていますし、実際に手に入れられるのは特別な方々だけでしょうな」
「レリックだとしたら?」
「レリックだとすると、内部の時間までも自由に操れると聞き及んでおります。値段などつけようもなく、まさに国宝級でありましょうな」
ふーん。現代製のアイテムボックスは、稀少とはいえ存在はしているのか。それに時間はある程度流れるみたいだな。熱いものや冷たいものを取り出すのはまずいのかな。
「ところでそれは?」
カリフさんはテーブルの上に置かれている唐揚げに興味を引かれたようだ。
「ああ、食べてみますか?」
「よろしいので?」
「どうぞ」
と、新しいフォークを渡す。カリフさんは唐揚げを突き刺して(醤油風味の方だ)それを口に運ぶと、思わず目を見開いた。
「こ……れは、なんです?」
「唐揚げという料理です」
「カラアゲ、ですか。この肉も素晴らしい風味ですが、いったい何の……以前食べた竜種にもおとりませんが」
ぎくんぽ。
いるよね、舌の肥えてる人。
「あ、ああ。まあ、なんでしょう。知り合いの冒険者から、美味しい肉をやると貰ったものですから。高位の方でしたから、もしかしたら本当に竜種なのかもしれませんね」
「ふむ。最近このあたりで竜種が討伐されたとは聞きませんが……アイテムボックス持ちの方であれば、そういうこともありますか」
ん? アイテムボックスの中って、時間が流れるんじゃなかったの?
「アイテムボックスの中でも時間は流れるのではありませんか?」
「ああ、もちろんそうです。魔法付与時に流れる時間を設定できるそうですよ。通常の時間と同じ速度が一番術者の負担が少なく、流れる時間が遅くなるほど、負担も大きく高額になりますな。以前、1/180のというのを拝見させていただいたことがあります。眼福でした」
なるほどそういう仕組みか。1/180なら、外で1時間経っても内部では20秒しか経過していない計算になるから、1日で8分、1月で4時間か。それなら生鮮食料品でも運べるな。
「もう一つ頂いても?」
「どうぞ」
美味しそうに唐揚げを頬張りながら、リーナが嬉しそうにいじっているフィタに目を留めたカリフさんが言った。
「ほう、救命のフィタとは、なかなか珍しいアイテムですな」
「救命のフィタ?」
「はい。死に至る攻撃を受けたとき、一度だけ切れることでそれを防いでくれる紐ですな。ただし、死なないだけで瀕死状態には違いありませんから、すぐに回復できる手段がないと意味がないのです。そのため、冒険者よりも貴族に需要が多いアイテムですな」
なるほど。冒険者が戦闘中にそういう恩恵を受けても、そんな状況じゃすぐ2回目の攻撃を受けて死んじゃうだろうしな。
「ではこれらも?」
俺とノエリアの右手、および最後に残った紐を見て貰った。
「なんと。確かにすべて救命のフィタです。一度に4本も見たのは初めてですが」
ふーん。意外とレアな紐だったんだな。しかし、アイテム鑑定、便利だな。
しばらくすると、先ほどの女性がこちらにやってきた。
「旦那様。後ろの積荷の箱の一部などは破損しましたが、幸い中身については大部分が問題ないようです。幌馬車は、ここでの修理は難しいかと。箱馬車の方はお使いいただけますが、馬の調達が必要です」
「バウンドまでは……」
「ここからでしたら、徒歩で1時間ちょっと、ですね」
横から俺が答えた。
「これからバウンドに伝令を出し、迎えを呼んで、荷物を積み替えて……ううむ」
「夜になりそうですね。最近はどうも魔物の活動が活発になってきているようで、この辺りでも夜は危ないのではないでしょうか」
「ですな」
ま、いろいろ教えて貰ったし、ここはひとつ一肌脱いでおくか。
「では、積荷は私が運んで差し上げましょう。このまま一緒にバウンドにいけばいいでしょう。護衛の回収もありますし」
冒険者は、死んだ冒険者を見つけたときは、それを出来るだけ持ち帰ることが義務づけられている。あの護衛達は、装備もバラバラだから、おそらく冒険者だろう。
「亡くなった護衛の方は、冒険者ですよね?」
「はい。……ではこうしましょう。便宜上、あなた方を護衛兼運搬人として雇用させて下さい」
律儀な人だな。まあ別に困ることもないし、いいかな。
「わかりました。ではすぐに荷物を回収して、バウンドに向かいましょう。プライベートな荷物をまとめて、歩きやすい恰好になっておいて下さい」
よし、王道ゴブリン村&商人救出。