106 丑の刻詣りと大ムカデと魔力の通り道
「じゃ、いってきます」
「ご主人様、お気を付けて」
「うん、こっちはよろしくね」
「おまかせなの、です」
とりあえず例の皿をネックレス状にして、首から下げた様子はまるで丑の刻参りだった。
「見えますか?」
「ああ、大丈夫だ。ほれ」
ハロルドさんがもう片方の皿に手を突っ込んだんだろう。俺の胸の皿から手が突き出した。
「おおう。なんだかホラーですね」
と苦笑した。
クロにまたがって、崖を飛び出した俺は、まず割れ目の底にむかって急降下してみた。
下に降りれば降りるほど、光を発していた鉱石の数が減っていき、徐々に闇が訪れる。
もうこれ以上は暗くて進めないというか、底があっても見えなくて危ないってところで、胸の皿からいくつかの灯籠が飛び出して、クロの先や周囲を照らし出した。
「サンキューノエリア」
「どういたしまして」
胸から声が聞こえてくる。なんだか変な感じだ。
「しかし、すっげぇなぁ、こいつはどんだけ深いんだ?」
「もう7、800メトルは下りてると思いますけど……特に何も……ん?」
今までなにも反応がなかったマップの所々に赤い点がわき上がる。なんだ? 突然どこから?!
「壁か!」
何か長いものが壁にある穴から続々と出てきている。そして光にむかって――
ダイブすんなー!
先頭の灯籠にむかってダイブしてきた何かは、巨大な顎でそれに食らいつこうとして、そのまま下に落ちていった。光に浮かび上がった体は、いくつもの節が繋がっていて、それぞれの節の横に鋭い爪のような足がたくさんついていた。
それはつまり、巨大なムカデだった。
「ギガセンチピードだ! それ以上はヤバイから、すぐに上がってこい! 囓られたらよってたかって骨も残らんぞ!」
壁からわき出すように出てきたそいつらは、皆一様に光にむかって飛びかかってくる。
クロが素早く躱しているが、コイツに噛まれたら最期、そのまま穴の底まで連れて行かれそうだ。
「や、やべっ!」
急上昇する俺たちを追いかけてきた、一際大きなギガセンチピードの顎が、突然目の前に現れた。
噛まれる!と思った瞬間、胸の皿から黒い雨がビームのように飛び出して、そいつの頭が消し飛んだ。
「ご主人様! ご無事ですか?」
「ふぃー、助かったよノエリア。ありがとう」
力なく闇の中へ落ちていく大ムカデの体を見送りながら、大急ぎでムカデ層を抜け出した。
どうやら、光が届かない領域をテリトリーにしているようで、例の光る鉱石が現れ始めるところまでしか追いかけてこないようだった。
「あんなのがうじゃうじゃいるようだと、とても下へは行けませんね」
「あいつらは、100匹以上の群れを作るからなぁ……しかし、こんな地下で何食ってるんだろうな」
確かにそうだ。あの巨体の大群を維持するためには、食料が必要なはずだが、そんなものがいるとはとても思えない。
通路の高さまで上がってきた俺たちは、そのまま今度は上にあがってみた。
あがればあがるほど、例の水晶のような鉱石の数が増えて、明るくなっていく。それに伴って、なんだか肌がひりつくような、ぴりぴりとした感じが強くなっていく。これは?
「おい、こりゃ……あの像の近くの感じと似てないか?」
吸魔の像か! 確かにそうだ。これは魔力が集中している時の、あの感じだ。
見上げると、鉱石が連なって線になっているように見える。それらが脈動している様子は、まるで魔力が鉱石の中を流れていっているような……あの俺たちが出てきたトンネルの方向へ。
「これ、まさかあの巨人に魔力を供給しているラインとかじゃないでしょうね?」
「あの驚異的な回復力を見てるとそんな気もしてくるが、いくらなんでも何もしていないときまでこのエネルギーを全て消費するのは無理だろうぜ」
「じゃ、一体何に?」
「さあな。それに何かに使われているってのもただの想像だしなぁ」
そりゃそうだ。
このまま始点までたどって行ければ何かが分かるかも知れないが、今は先に吊り橋の先を確認してみよう。
「これ以上上はなさそうですから、とりあえず吊り橋をたどってみます」
「了解。気をつけろよ」
おそらくは巨人の部屋への出口から繋がっていたであろう、岩の塔から、逆順に吊り橋をたどっていく。
やはり長い間誰も通っていないのだろう、支えるケーブルがあちこち切れていて、歩いて渡ることは躊躇される代物だった。
それにしても、魔物がでない。特に何事もなく30本目の橋を経過した頃、ホールの壁が見えてきた。
「しかし、ホントなにもいないホールでしたね」
「飛べないやつはすべてギガセンチピードに食われたんじゃねーの」
なるほど。その可能性はあるか。ん? あれは?
橋の始点は、壁際の棚状になっている平地で、そこから上に向かって階段が続いていた。
そのまま少しのぼってみたが、階段はまっすぐ南に向かってどこまでも続いているようだった。
「よし、カール様。一旦戻ってこい」
「え? 何処へ続いているか確認しなくていいんですか?」
「まっすぐ南に続いているとしたら、少々曲がろうとどうしようと、繋がってるのは遺跡しかない」
「遺跡?」
「人呼んでガルド迷宮。例の街中にあるダンジョンだ」
毎年調査隊が出されているにも関わらず、いっこうに調査が終わらないくらい深くて広いって言ってたあれか。
「そうだ。つまりここは、誰も到達していない、ガルド迷宮の最奥の可能性があるってことだ」