105 トンネルを抜けるとそこは雪国……なわけはない
南側の通路へ飛び込むと、そこは、急な下りでまっすぐに続いているトンネルだった。
通路へはいる直前に灯籠を入り口の少し前に設置してきたので、亡者が追いかけてくるなら、それがシルエットになって見えるだろう。
もっともこの通路の大きさでは、あの巨人が追いかけてこれたとしても、決して入ることはできないはずだ。ブレスでも吐かれたら厄介だが。
それに、やつが南の端まで追いかけてくるようなら、真ん中の入り口にリンクドアを設置して、南の通路からリンクドアで真ん中に移動すれば、あとはダッシュで北側の入り口へ突入できそうだったんだけど……そう都合良くはいかないみたいだな。
「ふぇー、なんとか逃げ切ったか」
「しかし、あんなのがいるなんて、全然ニュービー向けじゃない気がするんですが……」
「いや、普通、でないからな、あんなの。記録にも残ってないから。少なくともここ100年くらいの間には出てないから」
ハロルドさんが力説する。
「でも勢い込んで飛び込んだ通路に罠が無くて良かったですよね。あったら確実に引っかかって『かちっ』……かちっ?」
ふと前を見ると、リーナが片足で立って飛行機のポーズで固まっていた。
「てへっ、なのです」
引きつった笑顔をこちらに向けるとすぐ、後ろの方で重厚な音が響いて、何かが転がり始めた気配がする。
さっきまで見えていた巨人の部屋の入り口の灯りがまったく見えない。って、これは、これは。
「なんて古典的な罠だー!」
全員で出口にむかって駆けだした。走りながらノエリアとリーナが、モールドやアースシールドで障害物を作っているが、どうもこの洞窟の壁は魔力が拡散してしまうのか大きな障害物ができず、上から転がってくる大きな玉に蹴散らされている。
リーナに切らせても良いけど、切れても止まらなかったらリーナがぺしゃんこになる。そんな賭は御免だ。
「カール様、わりぃな!」
ハロルドさんが俺を抱え上げる。うん。コンパスが短くてすまぬ。
全員で南へ必死で走っていると、あちこちでカチッという音が聞こえたり聞こえなかったりするが、それどころじゃねぇ!
ゴロゴロという音がドンドン近づいて来ている。
そのうちトンネルの出口が微かに明るく見えてきた。灯り?
後ろから聞こえる転がる音は、ますます近くなってきてるが、出口もどんどん大きくなっていく。このまま駆け抜ければなんとか間に合うんじゃ!
「いやっふー!」
そうして、飛び出した俺たちの足元に地面はなかった。
「うそだろっ!!??」
「きゃああ!」
「ひょー!なのです!!」
「ぬあー!!?? クロ!!!!」
「んっ!」
通路一杯の大きさの丸い岩が、ごんごんぶつかりながら、いくつも出口から飛び出して、奈落の底へと転げ落ちていく。
がしっと何かに襟首を捕まれて、ぶらーんとぶら下がる体勢になる。
クロがバトルホークの姿になって、全員を背中で受け止めていた、ああ、飛べるようにしておいてホントよかったな。でも何で俺だけくわえられてるわけ?
通路を出た場所は、なんというか、ものすごく巨大なホール、地下の空洞だ。
所々に塔のような岩が立っていて、その岩と岩との間に、かずら橋のような吊り橋が架かっている。相当古いものらしく、あちこち崩れかけていて、これに命を預けるのはちょっと怖そうだ。
しかし、いつ誰がこんなところに橋を架けたんだろう?
ホール全体は、黒の峡谷に生えていたのとよく似ている光を放つ花が咲いていて、さらに所々に顔を出している水晶のような鉱物が光っているため、ぼんやりと明るかった。
さっきの通路を出てすぐ右側に3mx3mくらいのスペースがあったので、みんなでそこに降りた。走り抜けずにここに横っ飛びになるのが正解のコースなのか。初見では絶対に無理だと思うけど。
それにしても、落ちた岩が底で立てるはずの音が聞こえなかった。どんだけ深いんだろう。
「いや、もう今度こそ死んだかと思ったぜ」
ハロルドさんがどっかと腰を下ろし、胡座をかいて荒い息を吐きながらそう言った。
「すごく面白かったの、です!」
「んっ」
クロは小サイズになって、さっそくハロルドさんの頭にひっついている。狭いのでバトルホークのままでは降り立てないのだ。
「今の罠でなにもかも一掃されたでしょうし、ちょっとそこの角にハイムを出しますから休憩しましょう」
「ああ、そういや、腹も減ったな」
「何か作りますね」
目立たない場所にハイムを設置すると、みんな思い思いに入室していく。
俺は念のために、マップの範囲をめいっぱい広げてみたが、認識できる範囲には誰も何もいないようだった。
◇ ---------------- ◇
「それでこれからどうするか、だが」
俺たちは、一通り風呂に入って食事をして、ぐたーっとくつろぎながらリビングのソファに座っていた。
「もっとも、巨人の部屋に戻って階段を上るか、目の前の広大な空間を進んでみるかのどっちかしかないんだけどな」
「ハイムの入り口指定には、コートロゼが登録してありますから、あちらに戻ることもできますよ」
「え、まじ?」
「ええ、まあ」
ハロルドさんは、はぁ~っと深くため息をついて、がっくりと肩を落とした。
「どっちに進むにしても命がけでどうしようかって、風呂につかって悩んでたってのに、帰ろうと思えば帰れるとか……いや、文句はないけどよ」
「しかし、ま、考えてみりゃ、命がけの冒険の最中に、風呂につかってゆっくり悩んでいる時点でどっかおかしいわけだし、まあいいか」
おもむろにがばっと顔を上げてニカっと笑うと、そう言った。
「巨人の方に戻るのは、おやめになった方が良いと思います」
といつになく真剣な感じでノエリアが言った。
まあ、確かにあの修復速度の速さをどうにかしないと、あれはどうにもならないけどさ。
「じゃあ、必然的に広い方か? クロの馬車で移動するのか?」
「ちょっと取り回しが苦しいですし、とりあえず、クロと誰かでまわりの偵察をしてみるのがいいんじゃないでしょうか」
「ふむ」
「はいはーい!リーナが「リーナはだめ」……ええっ?」
リーナがシュンとする。いや、こんな突撃体質、一人で未知の領域の偵察なんて危なすぎるし。
「リーナ隊員には、ハイムの警備をお願いします。これが壊れたらみんな死んじゃいそうになるからね」
「警備、です?」
「そう。だって、リーナはザンジバラード警備保障の教官でしょ」
「そうでした! 警備するです!」
しゅたっと敬礼している。
「ノエリアも何かあったら、あっちの出口からでればコートロゼだから。ハイムはこのままにしておくから、本当に危なくなったら、あっちから助っ人を呼んできて」
そう言いながら、ハイムの管理者にノエリアを追加した。
「ハイムが公になりますが」
「そんな状況になったら背に腹は代えられないから」
「かしこまりました」
「いや、お前等が本当に危なくなるような状況になったら、コートロゼのトップチームがいくつ来てもダメなんじゃねーの?」
「さすがに、そんなことは……」
「そうかねぇ……ま、偵察には俺が――」
「いえ、今回はボクが」
とハロルドさんを押しとどめると、じっとこちらを見た後、ふーっとため息をついて
「んじゃ、まかせるか。不思議な千里眼みたいなスキルもあるっぽいしな」
と腰をおろしなおした。
「ただし、2時間以内に戻ってこい。それ以上は絶対深追いするなよ」
「りょーかい」
「しかし、こうなってくると通信手段が欲しいよな。なんかねーの、非常識なアイテム」
「非常識って……あ!」
「なんだ?」
俺は腕輪の中から皿を2枚取り出した。
「それは?」
「ノエリアが最初にリンクした皿ですよ」
「ああ、あのときの!」
魔力を通してみると、ちゃんと再リンクした。さすがノエリアの付加魔法だ。