102 教育的指導とコリコリ肉と教会の派遣業
「さ・わ・ぎ・を・お・こ・す・な・と言っただろう!?」
「ぎゃー痛い、痛いです! ハロルドさん!!」
笑顔を張りつけたままのハロルドさんに、両手でこめかみを挟まれて、ぐりぐりされながらセッキョーされている。
「ご、ご主人様を虐めないで下さい、です!」
リーナが涙目でぐりぐりする腕にぶら下がって、やめさせようとしていた。
「リーナ嬢ちゃん。これは虐めてるんじゃない。教育だ」
ぽてっと腕から離れて、こてんと頭をかしげる。
「教育なの、です?」
「カール様も仰ってたろ? 教育は大切だと。それで今は学校も作ってるじゃねーか。あれは教育を施す場所だ」
「そうです! 確かにご主人様は仰いました。教育は大切なの、です」
うんうんと納得したように頷きながらそう言った。
いや、リーナごまかされちゃダメだ! 俺を助けるんだ!!
「き・ょ・う・い・く・~」
「ぎょわあああああ!!」
たっぷりと教育的指導を受けたあと、ぐったりとした俺をノエリアが優しくなでてくれる。うんうん、君だけだよボクの癒しは。
「教育~」
小さくそう言いながらつむじを指の先でくりくりされる。ええ? 驚いて見上げた俺と目があった。
「なんだかちょっと楽しいですね」
目を細めたノエリアが、微笑みながらそう言った。
◇ ---------------- ◇
ひととおり、ダンジョン内で使いそうなアイテムや消耗品の買い物をしながら、辺りを見回してみると、ガルドの商店街は王都ともバウンドとも違う、雑多な猥雑さみたいなものが感じられた。
マルシェ然とした商店が建ち並ぶさまは、ついおばちゃんにむかって、『ボンジュール、500デグ、シルヴプレ』とか言いそうになるし、まだ結構早い時間だから、その~つまり、夜のお仕事がはねた後のオネイサマたちがうろうろしてたりするわけですよ。てへっ。
「そろそろさっきのほとぼりも冷めてるだろうから、ダンジョンの立ち入り許可を貰いにギルドへ戻るぞ。ついでに何か食っとこうぜ」
「ギルド前の広場に、屋台がたくさん出てたから、あの辺ですませますか」
「そうだな」
見上げれば澄み渡った空が美しい。今日も良い天気になりそうだな。
「だんじょん、だんじょん、だーんじょん♪ 楽しいだんじょーんなのですー♪」
リーナが、俺のまわりをくるくる周りながら、変な歌を歌っている。
「なんだそれ?」
「ダンジョンの歌なの、です」
へー。でもダンジョンの前にご飯だからね。お肉の串焼きも売ってたような……
「お肉?」
ぴくんと耳を立てると、歌詞が変わった。
「おにく、おにく、おーにく♪ 美味しいおにくなのですー♪」
「ダンジョンじゃなかったのか?」
「今はコリコリのおにくなの、です!」
「コリコリ?」
「さっき、見たのです!」
どうやら、コリコリという兎みたいな動物がいるそうで、さっきギルド前でその肉を売っている店があったのだそうだ。副詞かと思ったら名詞だったのか。
しかし、コリコリねぇ。全然聞いたことがないな。
「そりゃそうだ。あれを人族が食べるのは、結構難しいからな」
ハロルドさんによると、その肉は、コリコリなんて可愛いもんじゃなくて、ガチガチだそうで、人族が食べるのは相当丈夫な歯と気合いがいるそうだ。
「囓ることさえできるんなら、肉はなかなか旨いんだけどな」
ものすごく薄切りにして調理したものが珍味として売られていることもあるらしい。するめとかジャーキーみたいな感じなのかな。
「あ。あそこ、です!」
てててーとリーナが走っていく。おお? 結構年配の人がやってる屋台だけど、あれ、銀狼族じゃないか?
「いらっしゃい」
そういったお爺さんは目を細めてリーナを見た。
「同族の子供は久しぶりに見たな。しかも人族と一緒とはまた……」
「えーっと、5本下さい!」
リーナがこっちを振り返りながらなにか考えたかと思うと、振り返ってお爺さんに注文している。
「まてまてまて、俺とカール様とノエリア嬢ちゃんには絶対無理だから、まて。そういや、クロは大丈夫なのか?」
「ん」
「リーナ嬢ちゃんが食べる分を除いて1本で充分だ」
「んんっ」
クロが不満げに、ハロルドさんの頭をペシペシしている。
「なんだ? もっと食うのか?」
「んっ」
「じゃあ、+2本で充分だ」
んーっと、リーナが考える。
「じゃ、5本下さい、です!」
「変わってないだろ! ひとりで3本食べる気かよ!」
「コリコリはおいしいの、です」
自信満々に胸を張って答えるリーナに苦笑しながら、ノエリアと一緒に近くの屋台を覗いていく。
「さすがにお魚はありませんね。残念です」
魚ね……あ、そうだ。ずいぶん前にバウンドで買った、シロカワとサンーマ、食べる機会が無くてまだそのままだぞ?
「ノエリア。シロカワとサンーマならあるけど、どうする?」
「いただきます!」
とりあえず1本ずつ取り出して渡した。
「まだ、あと9本づつあるから。いつでも言って?」
「ありがとうございます」
嬉しそうにシロカワを頬張るノエリアを横目に見ながら、そこで売っている謎のお肉を買ってかぶりついてみた。……なんというか、微妙な味だな。
「ご主人様、はいなのです」
微妙な顔をしていたら、リーナがコリコリの串を突き出してくる。
ガチガチに固いそうだが、串は刺さるんだ、なんてどうでも良いことを考えながら、てっぺんの1個だけくわえて串から抜いて頬張ってみた。
「おいしい、です?」
んぐっ。なんじゃこりゃ? えーっと、全然歯がたちません。
ぐっと噛みしめても表面が少しへこむだけで、10歳の顎の力では、噛みきるとか無理、絶対無理。
表面をこそげるようにして、少しだけ削れたものを飲み込むのが精一杯ですよ。まるで固いゴムのキャンディーを食べてるみたいだ。
「むひ。はみひれはい」
「?」
「無理、噛みきれない、だってよ」
ハロルドさんが笑いながら、クロに食べさせられたコリコリで頬を膨らませながら解説してくれた。
「おいしいのに、です」
「ん」
コリコリ肉ともごもごしながら格闘していたら、ギルドの前で大勢が並んでプラカードみたいな板を掲げているのを見かけた。
「あれはなんです?」
「ああ、ありゃ、臨時パーティメンバの派遣所だな」
攻略するダンジョンにあわせて、固定のパーティメンバでは補えない技能の持ち主を臨時パーティメンバとして組み込むシステムだそうだ。
冒険者ギルドで募集したり意気投合したりしてメンバにすることもできるが、以前臨時メンバを仲間内で殺して持ち物を奪う事件が起こってから、お互いに害しあえない簡易な契約魔法を利用した派遣システムを教会が確立したのだとか。
「契約魔法の大部分は商業ギルドと教会の領分だからな」
「へー、じゃあ商業ギルドがやっても?」
「やってやれないことはないかも知れないが、商業ギルドの契約魔法は商取引に関する方向に特化されているから、こういう契約は教会の方が向いてるんだよ」
パーティ全体の取り分の1割を教会に納める必要があるため多少実入りは減るが、背に腹は代えられないし、利用者は結構いるらしい。それで、ガルドの教会はかなり潤っているのだとか。
もし、すべてのパーティに臨時メンバーがいたとしたら、ガルドのダンジョンから上がる全収益の1割が教会のものになるわけか。そりゃ潤いそうだな。
「中でも教会に直接所属している連中は、一定の能力だけでなく罪を犯していないことも教会が保証してくれるから、それなりに信用が高いのさ」
「罪?」
「ああ、無実の人を殺したりすると罪の量が増えるんだ。罪の量が増えると教会に所属できないんだよ」
なにそれ。カルマってやつですか?
そういえば、アプリコートが流通拠点を襲撃したとき、サヴィールが、『人の法を犯したものは、聖位を剥奪され、還俗させられます』とか言ってたな。単なるルールかと思ったが、もっと重い契約みたいなものがあるわけか。
しかし、そもそも誰が罪だと判定するのかで、判定者の正義がそのまま反映されそうだし、絶対に安全かと言われると微妙だけどね。
「いまのところ、お世話になる予定はないが、場合によっちゃ斥候がいるかもな」
「リーナじゃ?」
「相手が魔物の場合なら嬢ちゃんで充分だが、罠がなぁ……仮に見つけられても解除は技術だから」
確かに。今まで罠なんか無かったし、そんな練習は全くしてないもんな。
まあ、そこは必要になってから考えればいいか。
「斥候については、必要になってから考えましょう」
「そうだな」
そうして、俺たちはギルドでプリマヴェーラへの立ち入り許可をもらい、カリーナの森の奧に向かったのだった。