100 支払と聖女との関係とガルドでの休暇
「で、料金なんですけど、店の貴族席で出す値段で良いんですか?」
「まあ、そこんところは仕方ないかな」
「えーっと、料理だけだと金貨10枚くらいですので、金貨1020枚ですね」
「ええーっ?! 小金貨102枚なんじゃないの?」
「それは平民向けのコースの値段ですよ」
「うん、まあそうだよね。そんな都合良くは行かないと思ったけどさ。平民分を貴族がフォローしてるってこと? ハハ、ノブレス・オブリージュってやつ? って、料理だけ?!」
「はい。一部の飲み物は別料金ですよ?」
「あう。キビCーなぁ」
「ノブレス・オブリージュだと言うなら、王族はより多くの責を負うのですよ」
「……じゃあ、2000枚払うよ。その代わりさ――」
食器もつけろって、それ2000枚じゃ足りませんよ。
「強欲なヤツだな~」
「いえいえいえ、あのグラス3つだけでもそのくらいになりますから」
「あれ、綺麗で良いよね。まけて?」
「ウルグ様。成人されたのですから可愛く言ってもだめです。大体無茶振りの特急料金とかないんですか?」
「ん? 貴族は無茶を言うものだよ? んで、できないと平民のせいだから」
いや、ちょっと待って。
「じゃ、2600枚でどうだ! マリーもつけろ」
「うぉい!」
「仕方ない、マリーはあきらめる」
「まあ、それなら」
譲歩されたような気分になって、ついそれならとか言っちゃったけど、よく考えたら全然譲歩してないよね!
「さすがウルグ様。素晴らしい交渉です。素晴らしい晩餐会に、聖女様の祝福まで付けて、予算が金貨900枚も余りましたぞ」
にこにこ顔で、サイナスさんが言った。
なにー?! おいこら、そういうのは俺が退室してからやれよ!
「いやいやいやいや、聖女様に出席いただいたコストとかはこっち持ちだし、教会への寄付もあるし、そんな余んないって」
それでも、大体王族クラスの晩餐会予算は、一人当たり金貨20-30枚くらいが相場だと教えてくれた。今回は食器込みだから凄く安く上がったよーと良い笑顔で言われてしまった。
くっそー、カリフさんに聞いておけば良かった。
「もう合意しちゃったんだから。上げちゃダメだよ」
「はいはい」
◇ ---------------- ◇
似てたな。でも、まさかな。
王太子様に『聖女様と知り合いなのか?』なんて聞かれたら気になって仕方がない。
晩餐会が終わって、退出していく人の流れの中にいる、教会の聖女をひとめ見ようと、追いかけてみたんだが……
「え、あの時の占……」
とつぶやいた瞬間、こっちを見て笑ったような気がしたのは、気のせい……だよな?
「ぼーっとして、どうしたんです? ハロルドさん」
「あ、いや、晩餐会で、昔の知り合いに似てたやつがいてな」
「へー、あんな場所に来る上級の貴族に知り合いがいるなんて凄いですね」
いるわけないだろ。バウンドを治める領主の顔くらいは知ってるが、知り合いとは言えんしな。
しかし、以前、一夜を共にした女が聖女だったみたいなんだ、なんて話、どう切り出しても妄想にしか聞こえねぇ。他人、他人。他人のそら似だ。
「いや、たぶん気のせいだろ。で、そっちは終わったのか?」
「ええ、終わりました。悔しいくらい値切られましたが……」
「そいつはご愁傷様。じゃ、帰るか」
帰り際、馬車で移動中に、ハロルドさんが「カール様って、運が強いか?」と奇妙な質問をしてきた。
めっちゃ幸運があるからなぁ、まあ、強いと言えば強いのか? よくわからないから
「ええ、まあ。強いほうかな?」
なんて適当に答えたら、
「そうか」
と何かを深く考えていたようだった。
◇ ---------------- ◇
「ご主人様」
「なんだい、リーナ?」
「ダンジョンはいついく、です?」
お昼ご飯を食べながら、リーナが尋ねてきた。あー、そんなこと言ってたっけ。
「カール様、またどちらかへお出かけになられるのですか?」
とダルハーンが嫌そうな顔をする。
「うーん……」
コートロゼの開発は、今のところ勝手に進んでいる。学校の建設も始まったらしいし、肥料工場も、東の畑も順調らしい。
カリフ・エクスプレスは、もうすぐノエリアの重力魔法付与の段階らしいが、まだ先のようだ。
徴税は終わったし、ヴァランセの2号店は、場所は確保したけど店舗の改装が必要だとかいってたし。
領主の通常業務はダイバがやってくれるし。
「カール様……」
ダイバが頭を抱えているが、気にしたら負けだ。
今なら行っても大丈夫……かな?
「しばらく大きなイベントもないし、予定を調整して、明後日くらいから行ってみる?」
「はい!なのです!」
「ダンジョンって、ガルドのか?」
「ええ。一度行ってみようって言ってたやつです」
「うーん。まあ、今の時期は悪くはないか。ちょっと混んでるかもしれんが」
え、時期で何かあるの? と詳しく聞いてみたら、春先はニュービーしか入れないサービスダンジョンとかあるらしい。入学セールかよ。
「ところでカール様よう。装備は今のままでいいのか?」
「え?」
あ! そうだ、俺とリーナとノエリアは、未だに初心者用革の防具セットだった!
……しかし、困ったことがないしな。
「そりゃ、ノエリア嬢ちゃんはむこうが攻撃する前に一掃してるし、リーナ嬢ちゃんは、相手の攻撃を全部躱してるから防具の出番がないわな。だが、躱しそこねたときのダメージは大きいぞ?」
罠に引っかかったりしたらどうするんだよ。と言われた。
防具、防具ねぇ……
「でも、今から作ってたら結構かかりますよね?」
コートロゼは基本的にハイレベル冒険者向けの街なので、出来合いで売られている防具は少ないし、子供向けサイズは皆無だ。
「まあ、明後日の出発は無理だろうな」
「ええー、しょぼーんなの、です」
まあ、ニュービー用のダンジョンとかもあるみたいだし、向こうで適当に遊びながら、よさそうな防具を捜すっていう手もあるよね?
「遊びってな……まあ、そういう方法もあるっちゃあるな。お前等デタラメだし」
ひどいよ、ハロルドさん……でもまあ、そうしようかな。
「そうするの、です」
「はい」
「ん」
「じゃあみんな、明後日の早朝に出発するから、自分の予定を伝えなきゃダメな人には伝えておいてね」
◇ ---------------- ◇
その日の夕方、相談があったのでカリフさんを呼びだしてもらった。
普通は呼びだしてから数日かかるものらしいが、すぐに動けるフットワークの軽さ(非常識さだと言われた)が、コートロゼの強みだ。
「こんばんは、カール様。今回も儲けさせていただき、ありがとうございました」
「ん? 晩餐会はさほどでもなかったでしょう?」
「まあ、そちらはそこそこでしたが――」
なんでも、例の大主教が用意していたらしい食材のうち、足の早い高級食材ばかりを、丸ごと捨て値で買い上げたらしい。
それを従来の高級なレストランへ、従来の価格で少しずつ卸しているとか。
「高性能な時間遅延様々ですなぁ」
カリフさん、悪い顔になってるよ。
「おっと。それで、どういったご用件でしょう」
ヴァランセの裏でも上でも横でもいいから、もう一部屋確保できないか聞いてみた。
「貴族向けに二部屋使われるのですか?」
「いえ、王宮へ行ってみて思ったのですが、なんというか無茶振りが来そうな気がするんです」
「なるほど。無茶振りは貴族様の特権ですからなぁ……」
「ボクも一応そうなんですが」
いつも無茶振りされているではありませんかと、カリフさんが苦笑いした。
ええー? そうだっけ?!
ま、それはともかく、ヒョードル様あたりに、なんとかならんかと突っ込んでこられると非常に断りにくい。日頃は使わないその時だけに利用する部屋があるといいんだが……
「そうですな。裏や上が無理なら、ヴィヨンヌと交渉してみましょう」
ヴィヨンヌはヴァランセの隣にあるレストランだ。そう言えばマリーが初日にヴィヨンヌのアシュトンを招待していたっけ。一部屋借りたいときに借りられれば、ややサービスは面倒だが、ありかもしれないな。
「ヴィヨンヌの客層はわからないけど、内装が必要なら、その費用はヴァランセが出すから」
「かしこまりました」
後は、そのときだけ、今回鍛えた給仕をウルグ様に借りられれば万々歳だが――
「さすがにそれは無茶でしょう」
とカリフさんに笑顔で窘められた。
そうかなぁ、ウルグ様なら、貸してくれそうな気がするんだけどな。ちょっと対価が恐ろしいけれど。
「そういえば、ノエリア様に伺いましたが、ガルドに行かれるんですか?」
「ああ、そうなんですよ。明後日の早朝からしばらく休暇という名目でいませんから、緊急の連絡があればダイバかダルハーンに伝言しておいて下さい」
「かしこまりました」
ガルドでダンジョンに潜る話をすると、休暇でダンジョンに潜るとは変わっていますなぁ、と感心された。
いや、俺もちょっとそう思うんだけどね。
「良い素材が手に入りましたら、是非エンポロスにお売り下さい」
と最後にいい笑顔で宣伝されたのだった。