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第五話【カオスな二人とお嬢様】

 男二人の船内はいつだってカオスだ。


 破れてスプリングの覗くソファー。足の折れたテーブル。コーヒーのシミが目立つカーペット。洗われていない食器の山。積み上がった雑誌……。


「まあ……」


 船首側居住空間に最初に足を踏み入れた最初の言葉がそれだった。ぐるりと見回して続ける。


「ここは?」


 シャノンの顔を見ずに答える。


「あー。生活空間だな。カウンターキッチンもあるが……まぁあんまり使ってねぇ」


 どうしようもなく洗い物が溜まると仕方なしに片付けるが、再び溜まるまで放置してしまう。雑誌も空港でゴミ出しすれば良いのだが、まとめるのが面倒でつい放置。考えてみると引き籠もりの部屋となんら変わらないのだ。


 なんかだんだん恥ずかしくなってきた……。


「奥が操縦席になっているんですね? 今まで乗った事のある船と全然作りが違っていてなんだか楽しいです」


 確かにこんな奇天烈な作りをしている船が現役で銀河を飛んでるとはとても思えない。


「もともとこの船は強行探査船だったんだよ。当時は11人乗りだったらしい。今いるスペースには8人分のシートがあったらしいが、今は必要無いから全部取っ払ってリビングにしてんだよ」


「改造されたんですか?」


「前の所有者か、もっと前の所有者か。さすがに知らんが俺たちがやった訳じゃねぇさ。そもそもそんな金は無い」


「知らないことばかりです」


「知ってたら怖ぇよ」


「すみません。そういう意味では」


「ああ、わかってる。冗談だ」


 妙な居心地の悪さに無害無臭煙タバコに火をつけた。肺に流れる鎮静物質が気のせいレベルに落ち着きを与えてくれる。実際にはこの船を徹底的に魔改造したのはアルバートの父親だがシャノンの質問攻撃に遭いそうだったので話を逸らす。


「ディード。とりあえずドブルー建材だったか? 連絡を入れてくれ」


「うむ」


 横目でシャノンの顔を伺うが特に変化はない。単なる考え過ぎなのだろう。どうもディードに指摘されてから敏感になっている気がする。


 ディードリヒがコパイ席から通信を開始する。最低限の打ち合わせで1時間後に出向することに決まった。シャノンはそのやりとりに目を輝かせていた。どうにも調子が狂う。


「なあシャノン」


「はい」


「お前はこれを見て何とも思わないのか?」


 この部屋の惨状をみて。という意味だが通じているだろうか?


「思います!」


「そうか。それは良かった。今回の仕事だけはつきあってもらうが……」


「お掃除も出来ないほど忙しく大変なお仕事なのだと痛感していたところです」


「げはほふがはっ?!」


 煙にむせた。


「大丈夫ですか?」


「がふっ……けふっ……大丈夫だ」


 背中をさすろうとするシャノンを片手で制してソファーに移った。直立のまま所在に困っていたシャノンにソファーを指すと、飛び出たスプリングを挟んで座る。物珍しそうに首の運動を続ける彼女にため息が出た。


「あの、カイさん、それで私は何をすれば良いのでしょう?」


「ん? ああ、とりあえず座っててくれ」


「しかしお給金をいただく以上、相応の労働が必要だと思うのですが……」


 なるほど今まで働いたことのない人間が引っかかりそうな事だ。


「ああ……、今日は仕事ぶりを見学する……日だ」


「はい! わかりました! 誠心誠意学ばせていただきます!」


 瞳に星を飛ばすほど楽しいものじゃねーぞ。


 興奮しているのか、シャノンの声は少々大きかった。


 カイはテーブルの上に放置されていたリモコンで、壁面モニターを操作。初期画面で船体ステータスが表示されるが気にせず版権フリーの映像ライブラリーをランダム再生する。


 デジタルの自動処理でもまったく画質の上がらない古いウエスタンが流れ出すが、特にそれを観るでもなく、近くの雑誌の山から中古宇宙船とパーツが紹介されている雑誌を読み出した。


 なになに、10年落ちのマルチエージェント999エピオン……本当は一刻もはやく換装したいがプライオリティーがな……。アルの野郎がエージェントを安売りしねえのが悪い。


 しばらく買えもしない中古部品やプログラムに思いをはせていたが、妙な違和感に顔を上げると鼻先の距離にシャノンの顔があった。


「おわっ?! 何やってんだ?!」


 カイは思わず身体をのけぞらせるが、シャノンはさらにのしかかるように接近してきた。


「カイさんが何を読んでらっしゃるのかと思いまして。私も勉強のために……」


「本ならその辺にいくらでもあるだろう! 読みたきゃ勝手に読め!」


「その……失礼とは思ったのですが、浅学な私ではどれを読んでいいのかまったくわからなかったもので……」


 そこでこいつが何をしたいのかようやく気づく。


「これは仕事じゃねぇよ! ただの暇つぶしだ! 機体チェックも全部終わってる! 今は待つのが仕事なんだよ! だから好きにしろ!」


 カイはソファーから転がるように離れるとキッチンカウンターまで後ずさりし、無害無臭煙タバコに火をつけた。


「それは大変失礼いたしました」


「念のため言っとくが、航行中なんぞ似たようなもんでやる事なんて何にもねぇぞ。だから好きにしてろ。わかったな!」


「……はい」


 カイは壁に体重を預けて、天井に水蒸気雲を思いっきりはき出した。


「お前らしくないな、カイ」


 いつの間に横に来たのかディードリヒがコーヒーメーカーを立ち上げていた。


「あ……ああ。なんだか上手くいかねぇ……俺がやる」


 後半はコーヒーの事だ。今は賭に負けているカイの仕事だ。文句を言うのではなく直接自分が煎れに来たあたりはディードの人徳といえる。まぁ()には容赦無いやつなのだが。


「客に茶くらいだせ」


「まったくだ」


 安物の豆をミルに放り込むと、またしても違和感。ディードリヒの逆側にシャノンのどアップ。


「おわっ?!」


「あ、また驚かせてしまいましたか? 申し訳ありません。ですが良ければ私がお茶を入れますので、先輩方はご自分のお仕事を進めてください!」


 また瞳に星。


 っていうか、どうしてさっきからこいつの気配に気づけないんだ?


 職業柄人の気配には敏感なつもりだ。地面に降りればヒリつくような街がいくつもある。特にJOATに仕事を回そうなんてやつは悪党か、悪党の敵だけだ。悪党の敵が正義なんて話は映画の中だけだ。敵の敵はやっかいな敵でしかないのだ。もちろんカイの中では安全局もその部類に区分されている。


 頭一つ分背の低い彼女は大きく首をあげて真っ直ぐにこちらを見ている。万感の期待をもって。


 普通はそんなの社員の……シャノンはバイトだが、従業員の仕事ではないと拒否されると思うのだが、どうも彼女の考えは違うらしい。


「……豆はそのスプーンで山盛り3杯。水はポットいっぱいでな」


「はい! わかりました! お任せください!」


 手にしていた瓶を渡すと、鼻息でも聞こえてきそうな勢いでシャノンはコーヒーメーカーに立ち向かった。カイはソファーに戻って3本目の無臭無害タバコに火をつけた。


「吸い過ぎだな」


 定位置である正面の一人がけソファーに身を沈めたディードリヒがつぶやいた。


「ああ、そうだな」


 気にせず肺に煙を送り込むと、わずかにイラツキが収まった気がする。ほとんどプラシーボだろう。


「カイ」


 静かに名前を呼ばれる。


「なんだ?」


「お前、おもしろいぞ」


 カイは雑誌を投げつけた。


 ◆


 出航5分前。


 本来であれば宇宙航行法に則った交信が必要なのだが、今時そんなことをする奴は滅多にいない。


 ほぼオートでエージェント……つまりコンピューターのAIが自動で手続きを済ませるからだ。それでも慣例的に通信をするのは挨拶の意味合いが強い。カイはパイロットシートに座ると、相手の船を呼び出した。


「wicked brothers号のカイだ。何か問題はあるか?」


『こちらalbatross号のヤン・ゴールドマン。予定通りです』


「出発してから1時間後に距離10kmで並走する。あとは同軸」


『了解しました。……規定通りですねぇ』


「おひねりもらえんなら、曲芸飛行くらいしてやんぜ?」


『うちの船長は堅物なんですよ』


 わざとらしく両肩をあげてみせる東洋系のalbatross号オペレーター。


「んじゃ何かあったら連絡くれ」


『了解しました』


 通信を切ろうとしたとき、オペレーターが言葉を続けた。


『ところで、そちらのエージェントなんですが……』


「言うな。事情がある」


『……わかりました。それではジャンプ前に連絡します』


「了解」


 くだらない冗談で通信を終える。席を立とうとしたら、真横にシャノンが立っていた。


「うぉわっ!」


 殺気が無いせいか、どうにも彼女の気配が掴めない。


「な、なんだ?」


「はい。お仕事を見ていました!」


「そ、そうか」


「質問をよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「先ほどのエージェントというのはAIの事ですよね?」


「……忘れろ」


「……はい?」


「この船にエージェントは無い。わかったか?」


「え? ……その、しかし……」


「……」


「わ、わかりました」


 納得いかない顔で、リビング側に戻るシャノンの姿を追って思う。


 ばれるのは時間の問題。


 だなぁと……。


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