第四話【時代遅れの流線型スタークラフト】
翌日。
「どうするつもりだ? カイ」
軌道エレベーターロビー近くの喫煙所。カイは無害無臭煙タバコを吸い込んだ。
一度は廃れたタバコだったが、無害無臭煙のタバコが開発されるとそれも一変した。
ニコチン量も激減し、燃焼することで精神を落ち着かせる物質が主成分になったことで、再び銀河中の労働者階級に蔓延したのだ。タバコ産業の意地と高い税率を課せられる行政の利害もあったのだろう。無臭といっても燃焼によって生じるわずかな臭いがある。無臭というのはあくまでタバコ産業の言い分だ。
その上無害とはいえ煙も出る。そんなわけで未だに喫煙者と非喫煙者との争いは続いているが、今のカイにはどうでもいい話だ。
「今回の仕事だけの話だ。終わったら適当な理由付けて辞めてもらう」
煙を長く吐き出す。
「不当解雇だ」
「長く続くと思うか?」
「……思わん」
「しばらくの我慢だ。それより早く人を探す算段を考えておかないとまずいな」
「また木星から引っ張ってくるのか?」
「もう贅沢いってらんねぇからな。逃げ出さない奴なら誰でも良い」
「信頼できん人間を船に乗せるのは反対だ」
「なら代案をくれ」
「……」
めずらしくディードリヒが言葉に詰まっている。ずっと二人でやってきたのだ。今さらもう一人と言われてもイメージできないのだ。すでに職業を変える選択肢も無い以上社会を飲んで生きていくしかない。所詮小市民なのだから。
「ずいぶんなお嬢様みたいだからな、現実を知ればすぐに辞めるさ」
「そう思うがな」
「それより今回の仕事の件は調べたのか? サボってんじゃねーぞ」
「カイと一緒にするな。単純に大手の警備会社が破産倒産した。幹部の社費使い込みなどが原因らしいが詳細まではわからない。いきなり運転資金が無くなって潰れたそうだ」
「うへ……大手って、ハンマー?」
「エンパイアセキュリティー」
仕事柄セキュリティー会社には割と詳しい。エンパイアといえば一部惑星の警察組織の天下り先にもなっているかなりの大手警備会社だった。
「……そりゃしばらく警護の仕事が増えそうだな。もうニュースになってるのか?」
「お前が寝ている間にかなりな。だが戦争が起きそうなニュースにかき消えている印象か」
「なるほどね。しかし儲かりそうな情勢で倒産とは間が悪いな」
「そのゴタゴタもあって、急な護衛が見つからなかったのだろう」
「そうでもなきゃ安全局になんて相談しねーだろーともよ」
若干の沈黙。
「カイ。来ると思うか?」
「あれは時間通りに、かつ確実に来るタイプだな」
「……本当に乗せるのか?」
「しゃーねーだろ。本人の強い希望だ。それとも違約金を払えんのか?」
「無理だ。信用も失う」
「まぁそんなのは初めから無ぇとは思うがな。これ以上毛嫌いされる材料を投入する必要も無い」
「聞きたいことがある」
「なんだ?」
「クロフォード」
「偶然だろ? 良くある名前だ。そもそも調べるのはお前の仕事だ。むしろ俺が聞く立場だと思うがな」
タバコをひと吸い。カイが煙を吐き出すのを確認してからディードリヒが話し出す。
「セントラルのとなり駅近くの賃貸物件みたいだな。学校は有名な一貫校らしいが、公式のページを斜め読みした程度だ。格式は高そうだった」
「お嬢さまなのは間違いないだろうな。世間知らずにもほどがある。気になるならもっと調べりゃ良かったじゃねーか」
「プライベートに踏み込むつもりはない。通り一遍の調査をしただけだ」
「ならそれでいいだろ。まぁ本人に聞いてみりゃいいさ」
「ふむ……」
ディードリヒは納得いかない様子でアゴを撫でた。
「もう一つ聞きたいことがある」
「まだあるのかよ」
所々で完璧主義なんだよな、こいつは。
「うむ。割と重要な問題だと思うのだが、フロイラインのしんし――」
「お待たせしました!」
突然の元気な声に一瞬身を震わせる。気が抜けていたのか彼女がすぐ横まで来ていたことに気付いていなかった。
もしかしたらカイたちはこういうオーラの人間をあまり認識出来ないのかもしれない。怪しい雰囲気の人間なら一発で見抜く自信があるというのに。
「本日よりお世話になります。シャノン・クロフォードです! よろしくお願いします!」
「お、おう」
理想的な明るく元気な挨拶に逆に引き気味になってしまうのは職業病か。ディードリヒは背筋を伸ばして彼女に正対する。
「私はディードリヒ・ウォルフ。イェーデス社の社長をやっている」
二人が握手。
「大学を卒業したばかりの若輩で右も左もわかりませんが、よろしくご指導ください。ウォルフ社長」
「ディードでいい。ミス・クロフォード」
「シャノンと呼んでくだされば嬉しいです。ディード社長」
「社長はつけないでくれ。カイと二人だけの会社だ。こそばゆい……それよりミス・シャノン」
「ミスはいりませんわディードさん」
「ではシャノン君、一つ気になっているんだがクロフォード社と何か関係がある人物か?」
直球で来たなおい!
「いいえ。ありません」
即答である。
「そうか……失礼な事を聞いた。よろしくお願いする」
「はい! あの、それで……」
快活な返事と思いきや、すぐに申し訳無さそうにこちらを見上げる。
「大変に失礼な事にわたくし貴方のお名前をお伺いするのを……」
「あー言ってなかったか?」
「はい。お電話でも『俺だ』としかおっしゃらなかったので、社名しかお伺いしておりませんでした」
「そりゃ悪かった。俺の名はカイ・ヨシカゲだ。ヨシカゲは発音しづらいからカイでいい。ミスターも副社長もいらん。つーか付けたら怒るぞ」
「わかりました。改めてよろしくお願いします。カイさん」
カイとディードリヒは顔を見合わせて、同時に肩をすくめた。
「ここじゃなんだ、取りあえず船に行こう。1時間早く出航したら駐機代還ってこねぇかな?」
「ない」
「デスヨネー」
いつもの二人の軽口に背後からクスクスと小さな笑い声。なんだか調子が狂う。
「それでな、シャノン。ぜひ聞きたい事があるんだが」
「はい何でしょう?」
「お前の背後にそびえる荷物の山はなんだ?」
「しばらく滞在するとのお話でしたので、最低限の着替え等です」
彼女の笑顔に何かしら含むところはまったくない。眩しすぎて突っ込む気力が無くなった。無人の電動カートに載せられているのであまり考えないことに決めた。
フィッシュボーンの連絡通路を楽しげに歩くシャノン。ガラス(実際はシースルー素材)の外が気になるのか右に左に視線を移す。
「なんだ? 宇宙には出ないタイプか?」
こんな時代といえども実際に宇宙に出れる人間はまだまだ少ない。生まれた惑星で一生を過ごす人間が大半だ。もっとも旅行で別の惑星なんてのも当たり前の時代でもあり、宇宙が身近な人間も多く存在した。
「どうでしょう? 人並みだと思いますけれど」
「じゃあ真空なんて珍しくもないだろ……まぁこの辺は宇宙も明るいから見るもんは沢山あるか」
「そう言いますね。私はまだ暗い宇宙というのをあまり経験していません」
「俺からすりゃ、この辺は明る過ぎんだけどな……まぁ居住惑星の数も多いしこっちの方が標準って事か」
銀河は広すぎると改めて思う。
「あの……私たちの乗る船はどれなのでしょう?」
「ああ、それが気になってたのか。一番奥の、一番小さい、あれだ」
指差ししてやるとシャノンは窓に張り付く。彼女の視線の先に、時代遅れの流線型スタークラフトが小骨に横付けされていた。船体は汚れていて一見するとジャンク品にしか見えない。
「変わった型の船なのですね。私の知っているほとんどの船は長方形です」
「古い船だからな」
「でも可愛い船です。私は気に入りました」
お世辞で言っている訳ではなさそうだった。自分の船を褒められて悪い気はしないが、可愛いという評価は苦笑するほか無い。ディードリヒはいつもの仏頂面だった。
そんなどうでもいい会話をしているうちに入口ハッチに到着していた。ロックを解除して恭しく手招き。
「ようこそwicked brothers<意地悪兄弟号>へ」