第三話【お嬢様】
同じ頃ディードリヒもネットを使って求人情報関連を当たるが、そもそも求人広告を出す金が無い。地方なら怪しいコネもいくつかあるが、惑星ローカル上では使えない上に、根本的に他の惑星で人を見つけても出航できないのだから意味がない。
一ヶ月前に施行された新JOAT法に合わせ、もちろん彼らも新たに従業員を雇った。金銭的に人を雇う余裕などなかったのだが、こればかりはしょうがない。しかしJOATは不人気職の上位に位置する職業だ。そこで一計を案ずる。募集をかけたのはもっともなりたくない職業ナンバー1の座を一度たりとも譲ったことのない、木星の水素採掘所から独身の男を引き抜いたのだ。体力もやる気もあり、木星から出られるなら何でもやるという意気込みを買った。
そしていつもの仕事をいつも通り片付けている途中いつも通り始まった銃撃戦の最中に彼は甲高い悲鳴を上げながら走り出し、それきり戻ってこなかった。彼はまともな定期便もない辺境惑星からいったいどうやって帰るのだろう。速攻で連絡も取れなくなってしまったのでその後の消息はわからない。
勤務日数1週間。そのほとんどは船内で飲み食いをしていただけだ。契約上給料を払わなくてよくなったのが不幸中の幸いだが経費は返ってこない。その後仕事は2人で終わらせ、ホームである地球の月面、ジャンクキャッスルに帰る途中、安全局からお呼び出しをいただいてしまったのだ。
ディードリヒは目を閉じて息を吐く。もうどうでもいいことだった。
今頃カイは走り回っているだろう、1人だけのんびりしているわけにはいかない。ダメ元で銀行に借入申請を申し込む準備を始めた。
◆
白いツバ広帽子はしゃがんでいた。
理由は簡単で先ほどの高卒が倒していったイスを起こしていたのだ。そこでようやくエレベーターのゴンドラで見た少女である事に気付いた。
「自分が倒してしまったイスは、自分で元に戻すべきですよね?」
女性は帽子をゆったりとした動作で横のトランクの上に置くとたおやかに微笑んだ。身長から中学生くらいだと思っていたのだが、シンプルで高級そうなワンピースは想像以上に凹凸のあるシルエットを浮かせていた。
見事なまでなブロンドが腰まで揺れている。俺は直感する。こいつは弩級のお嬢さまだ。オーラが違う。俺は軽く咳払いして女性に向き直った。
「それだけ驚いたんだろう。イスありがとうなお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん、は少し失礼じゃありませんか? これでもレディーのつもりですよ」
「あー……そりゃ悪かった。ミス?」
「シャノン・クロフォードです。シャノンでいいですよ」
笑顔を咲かせるシャノンと対照的にカイはその単語に眉をひそめた。
「クロフォー……ド?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。イスの件ありがとうミス・クロフォード」
「はい。どういたしまして」
ここで腰でも折り服を指先でつまんだりしたら絵になっていただろうが、さすがにそれは無かった。かわりにシャノンは自分で起こしたイスに軽やかに座ったのだ。
「……」
脳みそが停止していた。しばらく考えさせて欲しかったが、その時間は与えられなかった。
「それでJOATというお仕事はどのような内容なのでしょうか?」
「……」
ナニヲイッテイルンダコイツハ?
「あっ! すみません! 盗み聞きをするつもりは無かったのですが……」
「あー……まぁあんだけ大声で叫べば嫌でも聞こえる……が……」
どうにもミス・クロフォードの言っている言葉が理解出来ない。もしかしたらSUNの国際標準語と違う言語なのかもしれない。
「許していただけますか?」
「許すも何もないんだが……それより悪いが俺は急ぎの用があるんで世間話なら他所でやってくれ」
ようやく動き出した脳みそが早くこの場を離れろと警鐘を鳴らす。
「お許しいただきありがとうございます。世間話というのはどういう意味でしょう? ここは求人ブースだと思っていたのですが、間違っていましたか?」
屈託のない笑顔。どうやら嫌がらせの類ではないらしい。……ということは?
「……あー、すまないがミス・シャノンには関係のない仕事さ。どうも俺はいる場所を間違えたらしいから移動しなきゃいけないんだ。わかったかいミス・シャノン?」
わざと威圧的に言ったのでこれでミス・クロフォードは恐怖におののき黙り込んで。
「さきほど学歴不問いとおっしゃられていましたよね? それならば私にもお話を聞く権利はあると思います」
黙り込んでなかった。
「高校生は圏外だ」
本当なら高卒だろうが規定年齢を超えてれば何でもいい。
「まあ! ひどいです! 私高校生じゃありません!」
「あ? 中学か?」
「先月大学を卒業しました!」
シャノンは唇をとがらせる。
「……大学」
力無くオウム返しするのが精一杯だった。
「はい。ご確認ください」
シャノンが卓上の認識プレートに手を乗せると、モニターに履歴書が表示された。女子大卒の22歳とあった。
「納得していただけたのならお仕事の内容を教えていただきたいのですが?」
なるほど。このお嬢さまは就職活動中で偶然目の前に開いた求人ブースに何も知らずに来てしまった。そんな簡単な事実にようやくカイは気が付いた。
正直こんな所で無駄な時間を使う訳にはいかなかったのだが、お嬢さまの妙な押しを無視できずに改めて座り直した。なんというか、このまま無視するとどこまでも付いてきそうな気がする。確信に近い直感。
このお嬢さんが何をどう勘違いしてるのかわからないが仕事を説明してやればあっけらかんと他所へ行くだろう。カイはため息混じりに説明を始めた。
「JOATはjack of all tradesの略だ」
「なんでも屋……という意味ですね?」
「ニュアンスでわかるとおり、汚い、危ない、キツい、その上給料も安い。まぁそういう事だ」
話は終わったと俺は立ちあがった。
「……お話の途中ですが、どちらへ?」
「耳ついてんのか? どう考えてもお嬢さん向きの仕事じゃない。あんたの学歴ならどこだって喜んで取ってくれるだろうよ」
「それならば御社も喜んでいただけますよね?」
「いや、そういう意味じゃ……」
「それにまだお仕事の内容を聞いていません。どのように汚くて危ないのか教えていただかないと判別できません」
おおまいが!
カイは無言で天を仰いだが、都合の良いときだけ祈るなとどこからか聞こえた気がする。怒鳴り出しそうな感情を抑えつけて話を続ける。
「なんでも屋は……なんでも屋だ。船の護衛をする時もあれば人捜しやら畑の収穫の手伝いなんてのもあったな」
「まあ楽しそうですね」
俺は苦虫を噛み潰しながらなんでこんな無駄話をしなければならないのか自問自答したが答えは出なかった。
「だが一番多い仕事は」
「はい」
目を輝かせて身を乗り出すシャノン。
「殺しだ」
「……え?」
「いや、一番じゃねーな。だが多い。安全局から直接依頼……実質命令で海賊捕縛やテロリストの逮捕。名目は立派だが自衛のための殺害を許可されてる。どいつも捕まれば死刑か無期かそんな奴らばっかりだ。大人しくしてる奴なんぞ一人もいねぇ。つまりは殺しの依頼そのものって訳だな」
沈黙が降りる。ちょいと脅しが過ぎたかもしれないが事実である。まぁ良い社会勉強をしたと思って忘れてくれればいい。
「それは不可抗力からの結果で目的ではありませんよね? それとも無抵抗の方を手にかけるお仕事なのですか?」
「……んなわけねーだろ」
さすがにそんな誤解は気分が悪い。
「賞金稼ぎとは違うのですか?」
「違う。JOATは賞金を受領する権利がない。安全局から直接依頼がくれば別だが、それも正規の賞金はもらえず、安全局の決めた報酬がもらえるだけだ。雀の涙のな」
実際JOATというのはややこしいシステムの隙間に存在する合法なイリーガル職業とでも思えばいい。取って付けたようなエサに釣られた奴らは命と引き替えに時々撒き餌をもらえる立場になるのだ。
「汚い仕事……の意味がようやくわかりました。人間社会の暗部に手を入れる辛いお仕事なのですね」
彼女が寂しそうな顔をする。
「そんなにたいそうな話じゃねーけどな。まぁこれでわかったろ?」
「はい」
彼女は笑顔で。
「ぜひ御社への入社を希望します」
それはもう、とびっきりの笑顔で。
◆
ギリギリまで粘って人を探してみたもののまったくの無駄だった。
結局シャノンへ電話。まずはアルバイトとして採用するとして、明日の8時までに軌道ステーションに来るように連絡をいれた。
……泣く泣く。
深夜に船に戻ってディードリヒに大まかに説明した後は反論を聞かずにベッドに泥った。