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第二十二話【銃声は踊る】


 派手な音がしていた。


 それは懐かしい戦場の響き。ロバートが居住区のゲートからのぞき見ると、そこには信じられないことに何でも屋<JOAT>のふたりが隊員たちと撃ち合っていた。


 ――なぜ消された惑星に来られる?


 そんな疑問がロバートの頭を過ぎったが、ここはもう戦場だった。刹那の時間でその疑問を虚空の彼方に捨て去った。余計な事を考えるのは敵を打ち倒してからで十分だ。


 ロバートの位置からJOATまではかなり距離がある。手元には電磁力で弾を撃ち出すハンドガンタイプのコイルガンが一丁。ロバートにとっては十分な火力なのだが……。


「あれほどとは」


 思わずこぼすほど彼らの戦いは美しく泥臭かった。


 派手な音をまき散らす旧式の火薬銃で鉛の弾をばらまきながら走り回る二人。部下たちの激しい応戦にまるで怯まずに撃つ返している。そして部下がまた一人倒れた。信じられないことにロバートの鍛え上げた兵士たちがたかが何でも屋風情に押されているのだ。


 こんな所で終わるわけにはいかないのだ。


 ロバートはレンガを模した壁に身を隠して援護射撃を開始した。


 ◆


 カイが花壇の陰に滑り込んだ。空のマガジンを投げ捨てて、最後のマガジンを差し込む。その時にGパンがべっとりと血で濡れていることに気づいた。どうやら太ももを撃たれていたらしい。


(動脈をやられてたらアウトだな)


 カイが壮絶な笑みを浮かべる。脳内で出まくっているアドレナリンのおかげで痛みはあまり感じていなかった。ならば何も問題は無い。


 カイは次の目標へ乱射しながら走り込んだ。途端にカイに弾幕が集中する。その瞬間まるで合図を交わしたかのようにディードリヒが一瞬顔を突き出してデザートイーグルに残った最後の一発を放った。


 すぐに頭を引っ込めるが確認しなくても確信がある。壁に身を隠していた敵の一人が脳漿をぶち撒いて悲鳴も上げられずに膝から崩れ落ちたことを。


 今度はディードが走る。その巨漢に似合わない俊足で障害物から障害物へと飛び回る。それを狙うヴォルケイノの人間を今度はカイが確実に仕留めていく。


 この時ようやくロバートの部下たちはJOATの二人がとんでもない手練れだと言うことを認識した。すでに仲間が半分になった時点で。


 だが彼らを責められる物では無い。時代遅れの火薬式銃を騎兵隊よろしく鳴らしながら、防弾スーツも着ずに、たった二人で突っ込んでくるのだ。どうしてこの場所にという思いより、こんな雑魚はすぐ片付けられると考えてしまってもしょうがないだろう。


 彼らは最新式のコイルガンをぶっ放す。彼らのもっとも信用する銃器である。ほぼ無音のうえに、宇宙空間でも無重力空間でもガスが充満した危険域でも、あらゆる場所で使用可能で、反動もない。


 無重力状態で反動のある武器は致命的な結果を生む。だからロバートは部下たちに徹底的にこのコイルガンの扱いを習熟させた。


 こんな万能な武器ではあるが欠点もある。まず電力が必要なので大型化してしまうこと。部下のほとんどはライフル型のコイルガンを使っている。重量のほとんどはバッテリーだ。ロバートの持つハンドガン型はフル充電状態から撃てる弾数が少ない。


 そしてコイルガンにはもう一つ大きな欠点がある。それは連射速度が大きく劣ることだ。専用のケーブルで電力を供給すればその問題も解決できるのだが、この場所を襲撃されると思っていなかったので全ては船の中だ。


 JOATの二人はその2つの欠点を確実についてきている。左右にランダムに飛び出す事によって重い銃身を振らせることで狙いを甘くさせ、わずかな連射の隙を野性的な感で見抜いて距離を詰める。


 空気があり、重力のあるこの場所で、あの古くさい武器の欠点は、欠点たり得なかった。ロバートと一緒に生き残って来た古強者であれば問題無いが、宇宙戦しかしらない後から集めたメンバーでは、むしろあの銃声とカミカゼアタックに似た攻撃に対応できないだろう。


 また一人、大切な部下が血飛沫を上げて吹っ飛んだ。ロバートは援護射撃をやめて、木々の間をストークしていく。二人の裏に回ろうというのだ。


 だが想像以上に二人の行動は迅速だった。こいつらには恐怖というものが存在しないのだろうかという勢いで部下たちに迫っていた。その恐怖から部下たちは実力を半分も出せずに打ち倒されていく。


 そこでようやく気がついた。これほど見事に奇襲を成功させたというのに奴らにはほとんど残弾が残っていないのだ。


「ちっ!」


 ロバートは慎重になりすぎていた自分を毒づいた。だがもう遅い。


 東洋系の男がディャコタラメデュスが這うように低く素早く走り、まだ生きて倒れていたペイトン(・・・・)に飛びつき、それを盾にして部下たちの元へ突っ込んでいった。その鬼気迫る行動に部下たちは半ばパニックになりかけていた。


 ばんっ!


 人質になっていた部下の頭がはじけ飛ぶ。副長が撃ったのだ。


 だがこれにも2つ誤算があった。一つは副長が撃つのを一瞬迷った事。そのせいでJOATたちはそれぞれ別の部下に飛びかかっていた。もう一つは他の部下たちが信じられないように副長に注目してしまったことだ。


 ロバートはその場に背中を向けて走った。あの二人を止めるのには弾丸では不足だ。


 あのJOATたちの目をロバートは見たことがある。戦場で仲間を助けるために決死の特攻を敢行する兵士のそれだった。あの二人は金の為でも名誉のためでも無く、ただ仲間(・・)を救出にきた戦士だったのだ。


 ならば卑怯と言われようが効果的な方法をロバートは知っている。何度も逆の立場で使われた事があるからだ。彼はエレベーターホールに急いで戻っていった。


「てめぇ! 女は! シャノンはどこだっ!」


 額から溢れる血流が片目を塞ぎ、左肩からも革ジャンを濡らすほど大量の血が溢れている。太ももの大穴も合わせて動けるような怪我ではない。


 だがカイはまるで意に介さずにナイフを副長に突き立てていた。


 カイとディードリヒは即座に仲間を撃てる強者(・・)はこいつだけだと判断し、まったくのノーコンタクトで副長に肉弾戦を挑んだ。周りの部下たちは誤射を恐れて撃つことも出来ず、カイに組み伏せられるこのような状態になっていた。


 ディードリヒは近くのコイルガンを拾って腕時計型モバイルを近づける。個人認証ロックを解除しているのだ。wicked brothers号に送られた軍用暗号をアル特製のエージェント(・・・・・・)がほどいていく。


 銃の個人ロック暗号はアンダーグラウンドの人間には比較的簡単に解除できる部類である。ロック解除した銃を生き残った部下たちに油断無く構えるディード。副長の首にナイフを押し当てるカイ。


 誰も動けない状況になっていた。


 副長とカイが肉弾戦になったとき、ヴォルケイノの人間は誰もが副長が負けるなどと考えていなかった。それは副長自身もそうだ。未だにどうして自分が打ち倒されたのか理解出来ていない。間合いの内の内に潜り込まれたと思ったらもうナイフが首を切り裂きかけていたのだ。


 ナイフはすでに首にある程度食い込んでいて、殺す事にまったく躊躇が無いことを知らせる。もし副長が僅かでも抵抗しよう物ならこの黒髪の青年は容赦なくこのナイフを引き切るだろう。


「喋ると……思うのか?」


「なら用はねぇよ」


 吹き上がる鮮血が一瞬JOATの二人の姿を遮った。ヴォルケイノの兵士たちの隙を見逃さずに物陰に飛び込む二人。いつの間にかもう一丁のロックを解除していた銃をディードが床を滑らせてカイにパスした。


 完全に惨劇であった。


 カイとディードにとってはいつも通り(・・・・・)の銃撃戦であり、兵士たちにとっては初めての指揮官不在の戦いであった。勝負にもならなかった。本来なら閑静な住宅街の一角に死骸の山が築かれていた。


「……くそっ! 頭がふらつきやがる!」


 カイは弾とバッテリーをかき集めながら血を吐き捨てた。


「突っ込みすぎだ。……おかげで私も近づけたが」


 ディードリヒの姿も似たようなものだ。スーツのあちこちから血がにじみ出ている。だが彼の筋肉装甲はカイよりも銃弾を止める能力が高いようだった。


 カイがポケットから体組織修復ナノマシンカプセルを取り出して無理矢理飲み込む。


「飲み過ぎだ! カイ!」


「うるせえ! 左腕が言うこときかねぇんだよ!」


 出がけからすでにオーバーしている用量をさらに超えている。どんな副作用が出るか想像も付かない。ただでさえ彼らが服用しているものは市販薬ではなく裏ルートから仕入れた医療用だというのに。


「……くそっ、物が2重にみえる……」


「言わん事ではない!」


 普段冷静なディードが怒鳴りながらカイを肩で支えた。


「すまん、すぐ治る」


「無茶をしすぎだ」


 カイは妙なリズムを刻み始めた心臓を意識しないようにコイルガンの残弾を確認した。拾おうと思えばまだ拾えるが、カイはそれをせずに周りを見渡した。


「シャノンはどこだ?」


「普通に考えればこの住宅街のどこかに捕らわれているか、あるいは……」


「あるいは?」


「開拓船に突入する前に、屋上滑走路に大気圏突破用のシャトルがあっただろう」


「ああ……なるほど。その可能性もあるのか」


 カイはディードに預けていた体重を立ち上がるために戻した。


「どちらにせよ、シャトルを押さえておく意味はあると思う」


 ディードは額を指で叩いた。


「賭けだな」


「そうなる」


 カイはふらふらとエレベーターホールへと走り出した。血の跡を引きずりながら。


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