第二十話【JOAT】
カイはマニューバーペダルを蹴っ飛ばしながらレールガンを2発発射する。1発目はただのけん制で2発目が本命。そして敵の船をその弾頭上に誘導するためにレーザー砲を放つ。今カイはレーダーのタイムラグをほとんど感じていない。彼にとっては1秒ほど未来がほぼリアルタイムで感じられていた。
たかが1秒、されど1秒。宇宙戦においてこの1秒のアドバンテージは徒歩とバイクほどの差があるのだ。
面白いほどあっけなく敵海賊船がプラズマ誘爆を起こしていく。
もちろんいかにシステムが優れていようとそれを使いこなせなければ意味が無い。ディードリヒがカイを見るとうっすらと笑みを浮かべたカイが瞳孔を開いたまま操船をしている。
ZONE。
スポーツ選手などがリラックスしているのに極度の集中状態に入り、世界がスローモーションのように感じるという特殊な状態だ。
カイはこのシステムと同化するときこのゾーン状態に突入する。こうなるとディードの言葉などほぼ耳に入らない。そのくせ。
「ディード! 左にけん制!」
と命令だけはしてくるのだ。
「了解!」
すかさず小型のレーザー砲で弾幕を張る。ディードのけん制に釣られた一団が面白いようにカイのキルゾーンへと突っ込んでいく。数の優位性などまったくの無意味だった。現在この宙域はカイの狩り場と化していた。
10分も経たないうちに海賊団は全滅していた。
「……ふう」
珍しくカイが疲れたようにシートに深く沈んだ。額に汗が球になっていた。ディードはシートのエアバッグを解除して水を持ってくる。
「……サンキュ」
喉を鳴らして冷水を飲み干す。
「クソがっ。無駄な時間を使わせやがって!」
ばしゅっという空気の解放される音と共に耐Gエアバッグがシートに自動的に収容される。ディードですら味わったことの無い超高機動で平気なフリをしていたが彼もかなり身体にキテいた。
ディードリヒはシートに沈むカイを見下ろす。こいつの本気がこれほどまでとは……。そして今までどんなピンチでもそれを見せてこなかったこの男に背筋が寒くなった。
「しかし……」
カイがぼそりと呟く。
「この程度でへばってたら本気でどうなるんだ?」
例の無茶TTジャンプの事だろう。常識外のGが彼らを襲うことになる。
飛行機が全力で山に衝突するような常識外の衝撃なんて想像も出来ない……そう思考した瞬間だった。
「まて……私たちは一度経験しているではないか」
「あん?」
カイが首を捻ってディードを訝しげに見上げる。
「いくら思い出したくない記憶だからといって、こんな時まで出てこないとはな! 水だ! カイ! 水に入るのだ!」
カイが眉を顰める。
「あの時どうして私たちは助かった?! 移民船が墜落したあと、私たちは池の中から仮死状態で見つかったのだ! 耐Gスーツと宇宙服を着てシャワールームに水を溜めて中にはいるのだ! 船は自動航行で十分だからな!」
興奮するディードとは対照的に、難しい顔をするカイ。
「水を溜めるってどうやるんだよ。バスタブなんぞついてねぇんだぞ」
「何を言ってるんだ。人工重力を切れば良いだけだろう! シャワー室全体が水槽だな」
カイが目を丸くした。
「……人工重力を切るなんて思いつきもしなかったぜ。ディードはすぐに準備してくれ。俺は武器のチェックをやる!」
「了解!」
二人は慌ただしく動き出した。
◆
それでも。
ジャンプアウト時の衝撃は想像を絶するもので、二人とも数時間はまともに動けなかった。
規定の3倍飲んだナノマシンが心臓を爆発するように鼓動させ、記憶は混濁し、吐き気に頭痛を引き起こした。
二人は一斉に襲い来る症状の波状攻撃にあっさりとギブアップした。もっともいくらタップしたところで症状が治まるわけでは無かったが。
「ヒーローも……楽じゃないな」
床でのたうち回っていたディードリヒがようやく口を開いた。
「まったくだ。あといくつ奇蹟がいるんだ?」
カイが脂汗だらけの顔に無理矢理笑みを貼り付ける。やせ我慢も甚だしい。
「3つだな。大気圏鋭角減速突入に、超低空匍匐飛行を大気圏内最大速で飛行。最後がサジテリアス内部への侵入とシャノンの救出……ふっ。4つだったな」
ディードリヒが咳き込んだ。床に血が広がる。
「へっ。今の俺たちには物足りねぇな」
脱衣所に転がっていた二人は壁に手をやりながらやっとの事で身体を起こす。惑星安全距離をガン無視してのジャンプアウトのおかげで最小限の減速距離しか残っていない。
残り時間はあと僅かだ。それまでに装備を整えなくてはならない。痛み止めと体組織修復ナノマシンカプセルを放り込みながら這うようにブリッジに向かっていく。
どうして自分の身体が動くのか不思議に思いながら……。
◆
惑星エキドナⅡへの降下プランはこうだ。
移民船サジテリアス号が擱座している地点を頂点として、その反対側へ船尾を向けて逆噴射状態で降下減速。ほとんど直角という本来ならありえない進入角だ。
なぜこのような危険を冒すのかというと、サジテリアス号の静止軌道上にロバートたちの船があると予測できるからだ。
その場合擱座地点を頂点に惑星の半球エリアは距離は短いとはいえレーダーの探知エリアに入ってしまう。短時間でこの死角を潜りかつ減速可能な手段がこれしかなかったのだ。
さらにいえば時間短縮のため本来宇宙空間上で十分に減速しておかなければならない物を、大気圏内を含めた総距離でギリギリの減速をおこなうことになる。
通常現在の宇宙船は大気圏内を飛べるようには作られていない。こんな芸当が出来るのはこの世に残っているかもわからない強行探査船くらいなものだろう。
いや……。
「この船を選んで良かったぜ……」
カイがかき集めた銃器の点検をしながら呟いた。
「……ああ、そうだな」
設計思想の古いジャンクのスペースクラフトだった。
閉じ込め式では無く慣性式の核融合炉。しかもアルの親父が魔改造してツインエンジン化されている。
小型クルーザーサイズなのに下手したら駆逐艦を動かせるような燃費の悪いハイパワーエンジンであり、おそらく銀河一の機動性をもたらしているかもしれない。
宇宙開拓全盛期に建造されたボディーは直接惑星へと強行着陸、強行離脱。さらにはあらゆる大気内を飛行出来るように設計されたガッチガチの探査船である。今時そんな船は存在しない。
今、銀河で唯一カイとディードの二人だけがシャノンを救出出来る可能性を持っているのだ。
一通り準備が終わると、モニターに激突警報がけたたましく鳴り響く。
「モニター表示を船尾光学に切り替えてくれ。リバース操作モードに切り替える」
「了解」
カイの指示で手早く設定を切り替える。
「それと操作系全ての補助システムを切れ」
「……なに?」
ディードは耳を疑ったが、カイはニヤリと口の端を持ち上げた。
「コンピューターの予想が99.9999999%墜落ってなってんのに、そのコンピューターに俺の補助をさせんのか?」
「だが……」
「一つ勝算を思いついた。比例視覚化戦術補正システムモードで飛ぶ」
「なんだと? 宇宙戦モードで着陸だと? そんなのはただの自殺行為だ。なんの意味もない」
「比率を1:1.1にする」
「やはり意味がわからない」
ディードが首を振る。
「どうしても人間の脳ってやつは考えてから動くまでにタイムラグがあるらしいな? それを埋めるためだけに使う」
しばらくディードは額を指で叩いてから顔を上げた。
「そうか。このシステムは曖昧さを予測して埋めるシステムでもあるわけだから、比率をさげればコンマ1秒未来の映像が表示される事とほぼ同意だ」
さらに指の動きが速くなる。
「そしてもともとパイロットのカンと経験を最大限引き出すために作られたシステムな訳だから……」
「そうだ。俺がコンピューターでも予想しえない、最適を超えた最適で操縦してやりゃいいって訳さ。簡単だろ?」
「ふ……ふはははははは!」
ディードリヒは額を覆うようにひとしきり笑うと、次の瞬間表情を引き締めた。
「27秒後に全システムを一斉に切り替える。タイミングをミスったらジャワハラルのハンバーグだな」
「うへっそりゃあ楽しみだ」
月の行きつけであるバーテンダー、ジャワハラルの作る炭の塊を思い出す。
「失敗したら奢ってやるぜ」
「じゃあ胃薬を買っておかないとな」
「へっ!」
二人は不敵な笑みを同時に貼り付けた。
◆
シャノンは玄関をノックして、返事を確認してから外へと頭を出した。
ペイトンがその黒い顔をシャノンに向ける。
「なんだ?」
「はい、皆さんの分のお食事を作ったのでよろしければお召し上がりください」
シャノンがにこやかに一礼した。レグとペイトンが顔を見合わせる。
「どうする?」
幾分困惑気味にペイトンがレグに助けを求めた。
「……確認してくる。ここにいてくれ」
レグが家の中に入ると、鍋がくつくつと音を立てていた。部屋には胃袋を刺激する香りが充満し、鼻腔を刺激する。
「汁物ばかりになってしまったのですが、これなら皆さま全員に行き渡ると思います」
エプロン姿で微笑んでいるこの少女には恐怖感というものが無いのだろうか?
レグは無線のスイッチを入れた。
「――という訳なんですが」
ロバート隊長に事情を話す。
「……わかった。薬物チェックがグリーンなら班交代で食事に入れ。レグとペイトンは一班に復帰」
「連絡しておいてなんですが、良いんですか?」
「最近の食事は味気なかったからな。チェックだけは二重でやっておけ」
「了解しました」
レグが無線を切ると、入れ替わりに副長から今と同じ指示が全隊員に流れた。5分もしないうちに一班の3人とペイトンが一緒になって入ってきた。片付けられてテーブルクロスの上に並ぶ料理を見て、全員が呆れる。
「どうぞ召し上がってください。お口に合えば良いのですが」
小さめのテーブルにごつい男たちが並ぶ。長期保存食からよくもこれだけの料理を作り出したものだと皆感心していた。
一班の班長が最初にスープを啜る。
「……うまいな。これ」
それを確認してから残りの全員が取り合うように料理に手を伸ばした。
「おお、しばらくロクなもん喰ってなかったからなぁ」
「材料はさしてかわらないぞ?」
「マジかよ。魔法でも使ったのか?」
男たちは久々の温かい食事を夢中で胃袋に納めていく。幸いおかわりは沢山あった。思わぬご馳走に隊員たちの表情から緊張が抜けていく。10分で全員が食べ終わると席を立った。
帰り際ペイトンがシャノンに振り向いた。
「なああんた。怖くないのか? 明日何も反応が無けりゃあんたどうなるかわからねぇんだぜ?」
レグも気になって振り返ってしまった。
「あの、それがお恥ずかしい話なのですが……」
食器を食洗機に仕舞っていたシャノンが手を止めてペイトンたちを向く。
「私の父は、その、とても過保護でして……コールダー文章というのがどのような物かわかりませんが、きっと父は要求を飲んでしまうでしょう」
シャノンは恥ずかしそうに首をすくめた。
「……そうか。そうなる事を俺も祈るよ」
「はい。ありがとうございます」
レグとペイトンは玄関前に出てから顔を見合わせた。
「やっぱりお嬢さんだな」
二人は苦笑するしか無かった。すぐに別の班がやって来る。彼らはシャノンの笑顔に何かを言いかけてやめた。そんな入れ替わりを何度か繰り返すと料理は全て綺麗に無くなった。シャノンは食器を片す手を止める。
一番食べて欲しかった人、いや正確には一番話したかった人物が来てくれなかった事に小さくため息を吐いた。




