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第二話【残高は2千と60】

 地上はまさに未来都市だった。


 多重高層建築で立体的な都市を網の目に超伝導道が結び、浮遊車がその上を流れる。インフラ整備に膨大な金がかかる超伝導道に個人所有のリニアカーが大量に走る光景が拝める星は数えるほどしかない。


 実はカイもバスを除けば超伝導カーには一度しか乗ったことがない。タクシーに乗れば良いのだが、初乗り料金を見てため息をついたカイを誰が責められるだろう。


 巨大な地上ステーション脇のタクシー乗り場でどこかで見覚えのある帽子が見えた気がするが、カイの意識は壁の案内図に移っていた。


「来るたびに街が変わり過ぎなんだっつーの」


 ただでさえ曲線を多用した建造群のおかげで道を覚えにくいのに、そこへアイスクリームを追加するみたいに上に横に斜めに下にとでたらめに構造物を足していくのだからたまらない。ようやく徒歩でのルートを見つけて安全局へと到着する事が出来た。


 安全局ビルは周りの建物と比べると随分と古めかしい印象がある。レトロという訳では無く寂れているという印象だ。実際他の惑星で一般的な建造方式で量産型で個性のない普通のビルなのだ。出入口も飾り気一つ無く中小企業っぽくもある。


 カイとしてはこういう場所の方が安心する。無人カウンターで受付をして指定された席の向かいの人物を見る。よれた背広に、決まり切らない髪型、沈んだ瞳。どこをとっても疲れたサラリーマンだ。背筋を伸ばし、オーダーメイドのスーツで完全武装した企業戦士ばかりのこの惑星にしては希少種だろう。見た目通り投げやりに言った。


「営業停止処分ですね」


 最初の一言がそれだった。


「は? ちょっと待て! なんでいきなりそうなるんだ!」


 てっきり注意勧告の為に呼び出されたと思っていたカイは思わず声を荒らげる。


「あー。一ヶ月前に法律が変わったのは知っているでしょう。告知は半年も前から行っていたはずです。新法では3名以上の搭乗員がいない限り、JOATの活動は認められません」


 どうでもいいという風に、男は書類をテーブルに置いた。差し止め勧告の通知書だった。


「ちょっと待ってくれ! 2週間前まではちゃんと三人いたんだ! 新人が逃げ出しただけで……!」


「それはご愁傷様です」


「今回の仕事が終わったらすぐに……!」


「その手の苦情は裁判所へどうぞ」


 職員は表情一つ変えない。ただ疲れた視線を時折向けてくるだけだ。正直ここまで話にならないとは誤算だった。地元の安全局支部では見て見ぬフリをしていてくれたからだ。


「そもそも、今回の新法はアルバイトも可という大甘法ですよ。搭乗員が3名になれば出港許可を出しますから。はい、次の人」


「誰もいねぇよ!」


 地方の安全局なら、仕事を求める食い詰めで溢れていると言うのに、本局には疲れた顔の公務員がカウンターの中で亡霊よろしくモニター光に照らされているだけだ。


 セントラルで出世コースから外されたエリートたちの墓場っていうのは本当らしい。他人の事などどうでも良い彼らにこれ以上噛みついても、時間の無駄だ。カイは安全局を飛び出した。


 ◆


「ディード! ストップだ! さっきの仕事を受けるな!」


 左腕のモバイルに向かって叫ぶ。12本の見えないレーザーが大気中で干渉し合い、平面的な映像で、ディードリヒのごっつい顔を浮かび上がらせる。


「一歩遅かった。何かトラブルか?」


「もう船に戻ってんだろ? 今すぐ航行情報を確認してくれ!」


 ディードリヒは読んでいた新聞を折り畳み、壁面モニターリモコンを操作する。


「うむ? 出港停止? どういうことだ?」


 ディードリヒはナビゲーター席に移動し細かい情報をチェックする。


「720時間以内に免除手続きを取らない場合、JOATの資格無期限停止、登録船の没収、空港占有料の請求……カイ、安全局で銃撃戦でもしてきたのか?」


「するかっ! 例の最低搭乗員の話だ! 何でもいいからあと一人連れてこいだとよ!」


 一気にまくし立てると、ディードリヒが首をかしげる。


「随分な強硬手段だが事前勧告も無しにそこまで出来るものなのか?」


 確かにそれは気になる。


「……そうか。おそらくセントラルの惑星法にそういうのが出来たんだろ。だから支部で事足りるものをわざわざ本局まで呼び出しやがったんだ」


「考えられるな。うむ。そっちは私が調べておこう。しかし仕事はどうする? キャンセル料金9千エピオンだぞ」


「……まぢ?」


「うむ」


「……会社の残高は?」


「2千と60……」


 泣きたくなってきた。


「わかった。俺はこのまま職安に行って、なんとか人を捕まえてくる。ディードは情報を集めといてくれ」


「うむ。……間に合わせろ」


「努力はする」


 モバイル通信を切って、近くの案内端末に飛びつき、職安のマップを呼び出した。


 ◆


「なんだこりゃ……」


 広く開放的なロビー、高い天井、ねじ曲がった彫像、床はモダンなカーペット。


 指紋一つない情報端末が並んでいなければ、A級ホテルのロビーと区別がつかない。カイが知る職業安定所のイメージとはあまりにもかけ離れていた。室内を歩いているのもカジュアルな服装の若者がほとんどで、少なくとも洗濯していない一張羅で目つきだけが異様に鋭い中年たちがたむろしている様子はない。


 いったいどんな求人があるのか興味が湧くが、閲覧してみる時間も余裕もない。おそらく新卒と転職に絞った求人ばかりなのだろうが今はどうでもいいことだった。


 カイは求人側の受付で、臨時ブースを借りる手続きをした。壁際に並ぶカウンターの一つに座り、電光掲示板に「即日採用」を表示した。


 情報端末に座っていた何人かが顔を上げる。背の高い、眠たそうなまぶたの青年が立ちあがってブースに近づいてきた。


「あの……お話聞かせてもらっていいですか?」


 ベージュのスラックスと薄手のパーカーがイケてなかった。


「もちろんです。どうぞお掛けください」


 慣れない敬語で席を勧める。


「あの……私その、高校を卒業したばかりなんですけど……やっぱり大卒じゃないと、あの……」


 口調がはっきりしないが、それも仕方がないのだろう、この惑星で高卒なんてのは、別の星の中学中退に匹敵する。もしかしたら初っぱなから当たりを引いたかもしれない。


「学歴は問わない。安心してください」


 粗野な印象を与えないように、出来るだけ丁寧な言葉を選んだ(つもりだ)


 青年の表情が急に明るくなる。


「あの、御社の仕事内容を教えていただけますか」


 うつむき加減だった青年の顔が上がり、すがりついてきそうな勢いで聞いてきた。


「内容は……あー、肉体労働……が、多い、な」


「肉体労働……ですか?」


 青年が不思議な顔をする。この星(セントラル・ナディア)の住民には縁のない言葉だったのだろう。


「あの、すいません。目の前でブースが開いたので、よく確認しないで来てしまったのですけど、御社の業種は何でしょう?」


 さすがにここで嘘を言うわけにもいかない。一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を吐き出す。


「うちの会社はJOATでして、でも……」


「じょーと……え? JOAT?!」


 青年の声に、館内中の人間が顔を上げた。カイは慌てて言葉を続ける。


「今回は短期のバイトでも構わないし、なんなら座っているだけでも……!」


「あのっ! すいませんでした! やっぱりいいです!」


 青年は、落ちるようにイスごと倒れ、ディャコタラメデュス(惑星メデュスに生息していた22本足の非常に生命力の強い昆虫。その足をシャカシャカと動かし、凄まじいスピードで物陰に隠れる事で有名。物流と共に銀河中に繁殖。よく船にいる)の如く別フロアへ消えていった。


 遠巻きに様子を見ていた学生たちも、JOATの単語で一斉に引いていた。


 しばし唖然。そしてカイは頭を抱えた。


(まずい! これはまずいぞ!)


 人気のある職業で無いことはわかっていた。いやむしろ嫌いな職業ランキングを上から探した方が早い事もわかっていた。それにしても予想以上に酷い反応だ。そしてちょっぴりカイは傷ついた。


(まさかこれほどとは……)


 もうここでの求人は望めないだろう。ネットを使っての募集も論外だ。検索のNGワード筆頭候補だろう。近くに寄せ場があるとも思えない。しかしどんな惑星にも田舎や景気の悪い地区というのはあるものだ。直接出向けば食い詰めの1人や2人いるかもしれない。


 銀河で一番進んでいる星の一番発展している首都で一二を争う不人気職の求人というのが無理だったのだ。とにかくこのまま座っていても埒があかない。カイがブースから立ちあがろうとしたとき、目の前で白い帽子が揺れた。


明日はヒロイン登場ですよ!

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