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第十九話【銀河最速宇宙船】


 海賊たちは初っぱなから混乱の極みだった。


 むかつくJOAT野郎の船が中央(セントラル)なんぞに繰り出しているという情報を得て、仲間の復讐かつこれからの快適な海賊生活のために潰すことに決めた。


 ウィケッドブラザーズ。


 太陽系圏では有名な名である。もちろんアンダーグラウンドの間ではあるが。


 木星周辺は未だに水素関係の一大産地である。最初期の自動化されていない金属水素の採掘場は銀河屈指の悪条件労働施設である。そんなわけでこの一帯の治安は悪い。


 ただし木星軌道周辺は海賊対策にかなりの数の宇宙戦力が揃っている。だが、木星の公転軌道に存在するトロヤ群となるとまったく手が届かない。


 理由は広すぎる。複雑すぎるからだ。ここを根城にされたらもう誰も手が出せない。だからこそこの美味しい狩り場が成り立っている。


 軍の野郎には近づかなければ大丈夫だが、JOAT野郎どもは別だ。奴らは安全局の命令があれば地獄の底まで追って来やがる。アウトローたちに嫌われ、堅気の人間たちにも嫌われるJOATの中でも、ウィケッドブラザーズの嫌われっぷりは半端ではない。


 まず太陽圏のアウトローたちであれば噂くらいは聞いたことのあるレベルだ。やたら足の速い船を持ち、若いくせに腕っ節も操縦技術も一級品。奴らに手を出したほとんどの奴が返り討ちにあっている。


 宇宙で負けると言うことは即、死を意味する。バランの馬鹿もしっかり調べりゃ相手があのウィケッドブラザーズなんてことはすぐにわかったはずなのに。目先の餌ばかりに気を取られていたのだろう。だが、馬鹿ではあるが奴は仲間だった。海賊の結束を舐めてはいけない。


 宇宙法の履行が甘い地球圏では出航プランをハックしたくらいでは相手の位置は確定しにくいが、ここは天下のセントラルである。規定安全圏までは惑星離脱ルートが厳しく制限されているこの星に来たのが運の尽き。ヤマを張って待ち伏せしていたかいがあるというものだ。


 惑星脱出軌道ルート上に常に居続けるリスクをおったおかげで、とうとうむかつくJOAT野郎の船を補足した。正確にはその予定ルート情報のハックに成功した。


 あとは予定時刻になったらレーザーとミサイルをしこたまルート上にばらまいてやればいい。宇宙では先に相手の位置を掴んだものが勝利を掴むのだ。


 16隻の海賊船は手ぐすね引いて餌を待っていた。


 そして最初の1隻目が沈んだ。


「な、なにが起こった?!」


「今解析してやすが、秒速9万kmの物体が衝突したらしいでやす!」


「秒速9万……レールガンじゃねーか! 全機ランダム回避!」


「敵影補足! 約126万kmでやす!」


「はぁ?! くそ! とにかく撃ち返せ! レーザーだぞ!」


 この距離ならレールガンを避けるのはさして難しくない。そう思っていた。レーザーでの一斉掃射で片付けるのであれば、大体90万kmほどあれば問題無い。そう思っていた。


「ちくしょう! 敵のレーダー欺瞞が洒落になりやせん! 赤外線と可視光域くらいしか役にたちやせんぜ!」


「なら光学で補足すりゃいいだろ!」


「やってやすよ! ですがどういうわけかのらりくらりとレーザーを交わしてすんげぇ勢いで突っ込んできやす!」


「ええい! 俺に照準を回せ!」


 海賊のリーダーがヘッドマウントディスプレイを被り照準器を手に取る。いつの間にやら彼我距離は100万kmを切っていた。


 これなら当たる!


 リーダーはニヤリと引き金を引き絞る。核融合エンジンの過剰電力によって生み出されたコヒーレント光がウィケットブラザーズを貫いた……かに思えた。


 だが時代遅れの流線型宇宙船はまるで不可視のレーザーが見えているかのように紙一重でそれを躱した。


「んな?!」


 続けて引き金を引くが、彼が担当しているのはこの船で最も大電力を喰う主砲である。エネルギーが充填するまで僅かに時間が掛かる。


 そこにレーザー警報。ほぼ光の速度で進行するレーダー波が敵のレーザー砲からドーナツ状に漏れる励起エネルギーを捉えてその打ち出し方向と射出時間を逆算する。


 レーザー警報から約1.5秒だけ回避のための時間が取れる。リーダーは完全に脊髄反射だけでマニューバーペダルを蹴っ飛ばした。


 普通。


 これで直撃はまずない。なぜかと言えばレーザーを撃つ際は敵のもっとも中央を狙って撃つからだ。着弾まで3〜4秒ある事を考えるとその間に中央部を外れている可能性が高いし、高機動マニューバーで回避すれば、命中はしても直撃はまずない。そうすれば装甲の上にたっぷりと塗り込んである耐レーザー皮膜が船を守ってくれる。


 はずだった。


 海賊船に信じられない衝撃が走った。


「な?!」


 その避けた位置にぴったりとレールガンのプラズマ弾頭が突き刺さった。


 それが名前すら出してもらえない海賊リーダーの最後の言葉だった。


 ◆


 比例視覚化戦術補正システムの最大の特徴は、レーダー波を発射して戻ってくるまでのタイムラグを可能な限り予想だけで映像化してしまうという部分にある。


 カイの様な脳筋にとってそれは数式の並ぶ最新鋭の火器管制システムより遙かに使いやすい物だった。


 もっともこれを過去に使いこなせた人間はたった一人しかいない。システムも本来すでに存在しないものだ。どうしてそれがwicked brothers号に搭載されており、さらにはそれをカイが使いこなしているのかにはもちろん理由がある。


 移民船事故で孤児となった二人はどちらも雀の涙の保証金を受け取ることにした。もちろん他の人間の大部分はその金額に納得せず、受け取りを拒否し、裁判を起こした。


 それは長い裁判になる。カイもディードも子供だったのだろう、そんな面倒はゴメンだととっとと書類にサインして金を手にしてそれぞれ旅立った。


 カイは日系が集まる月面へ。ディードは地球の独系コロニーに行っていたらしい。ディードリヒはキリスト系の孤児院にお世話になり、カイは月面のジャンクキャッスルで一人暮らしを始めた。


 何年かするとディードリヒもジャンクキャッスルの孤児院へと転院してきた。理由を聞いたら尊敬する院長がここの責任者になったから付いてきたのだという。だがカイはそんなどうでも良いことよりも、自分と大して背格好の変わらなかったディードの変貌ぶりに驚いた。


「ぬりかべか!」


 ディードリヒはカイが暫く判別出来ないほど厳つく、言葉遣いまでもが変わっていた。


 とにかくそんな訳で二人とアルベルトは同じ学校へと通い始めた。


 アルの父親はジャンク屋を経営していた。月のジャンクキャッスルに積み上げられたいくつもの骨董品を発掘しては修理し売りさばき、横流しし、それなりの財を築いていた。


 そんなアルの親が趣味で没頭していたのが、開拓時代の宇宙船の復活だった。時代遅れの流線型ボディーは宇宙空間だけでなく大気圏にも突入出来る性能を保持している。さらにこの小型の船に核融合エンジンを2基も積み込みツインエンジン化している(しかも慣性方式!)


 趣味以外の何物でも無い。


 それだけでは飽き足らず、船内収納タイプの可動式レールガンに戦艦とでもやり合うのかという大出力レーザー砲を一門ずつ搭載し、それを扱う火器管制システムをどこから発掘してきたのか戦史の教科書にしか載っていないような比例視覚化戦術補正システムを搭載した。


 もっともこれに関しては不備が多く最初はまったく使い物になるレベルでは無かったらしい。


 そこにカイである。


 ジャンク品から復活したゲーム機を片っ端から制覇していったこの子供に、シミュレーターをやらせてみたらどうだろうという、最初はイタズラ心から始まった。


 アルの親父特製のシミュレーターは恐ろしく難しかった。当たり前の話だった。システム自体が未完成でありまた欠陥だらけだったのだ。サルベージしたデータだけでまともに動くほど甘いシステムではなかったのだ。


 だからアルの父親はすぐに諦めた。と言うかシミュレーターの事はすぐに忘れてしまったのだ。


 だがカイの方は諦めなかった。


 ジャンク屋の隅に作られたシミュレーターにほぼ毎夜通って1年以上の月日を掛けて、とうとうレベルHELLをクリアーしたというのだ。


 不完全なシステムで、一軍を相手に出来るほどの結果を出したカイに、アルの父親は驚きつつも膨大なログデーターの解析に明け暮れた。そして数年の刻を経てとうとう比例視覚化戦術補正システムを完成させる。


 だがそれはほぼカイの為だけのシステムとなってしまった。


 それでもカイの親はそのシステムを趣味の船に実装した。彼は知っていた。この少年がいつも自分が手塩にかけたこの船を輝く瞳で見上げていることを。


 きっとそう遠くない未来、彼らはこの船を買いに来るだろう。その時までにこのじゃじゃ馬を完全な物にしておこう。彼はそれをやり遂げるとほぼ同時にこの世を去った。


 カイとディードはあらゆる伝手を使って(多くはアルの父親が用意していた物だったが)その船を手に入れた。


 wicked brothers号。


 おそらく銀河最速の船である。


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