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第十七話【消された惑星】


「アルからメールが届いてる」


 船に戻った二人はさっそく通信機の前に立った。宇宙港からなら惑星のタキオン通信機経由でネットに繋がるので若干のラグで直接話せる。通話ソフトを立ち上げて悪友のアルベルトをコールした。


「よう。元気そうじゃん」


 黒いズボン黒いシャツ赤いネクタイに白衣という服装をポリシーとして貫き通す男。それがアルベルトだった。魔改造車いすに乗っているのは足が不自由だからだ。歩けないわけではないが、障害者登録しておく方が色々便利らしい。


「あまり元気じゃねぇな。それより情報をくれ」


「高いよ? 今回は」


「……ツケとけ」


 アルベルトはやれやれと大げさにかぶりを振った。


「僕はこの件から手を引くのを勧めるよ。お互いこの件は忘れた方が幸せだよ」


「冗談にしちゃつまらない」


 アルは天井を向いてからため息をついた。


「しゃあないね。まずクロフォードについてはむしろ情報が多すぎて切り口がなきゃ何もわからないね。ロバート・ブラウンに関しては少し分かったことがあるよ。こいつ元傭兵団のリーダだよ。かなりの実績を残してる。それでチームごとヴォルケイノに引っ張られたらしいね」


 いくつかの動画がモニターに並ぶ。わかりにくいが全ての動画にロバートが映っている。ほぼ全てのシーンで銃を携帯していた。


「そのヴォルケイノ・セキュリティーなんだけど、どーも非合法な仕事を請け負ったりもしてるみたいだよ


 ヴォルケイノが関わっていると思われる記事が追加で並ぶ。壁面モニターは大小のウィンドウに埋め尽くされた。


「それで問題のコールダー文章なんだけどよ、こいつぁマジぃ。検索ボットに反応がなかったからよ、僕自慢のプローブをネットに放ったんだけど……ほとんど戻ってこなかった。洒落になんないよ」


「本当に何もわかってないのか?」


 いつものカイならここで引く。そうやって生き残ってきたからだ。しかしカイの本能がもっと前へと推し進めるのだ。本人はその事を自覚していなかったが。


「本気で聞いてるワケ?」


「掴んでるんだろ? 天下のアル先生」


 アルは片眉を吊り上げた。


「そういやジャワハラルが言ってたな。めずらしくカイが女のケツを追っかけてるって」


「用事があるだけだ。それで? 何を知ったんだ?」


 アルは呆れたように口を開けた。


「マジでカイが……」


 小さく呟くアルをカイが冷たく睨み付けた。


「後悔すんなよ二人とも。コールダー文章についてわかったことは一つだけだ」


 もったいぶっているのでは無いのがわかる。それだけアルとの付き合いは長い。


 アルらしくなく一呼吸置いてからようやくそれを口にした。


「移民船サジテリアス号に関する機密文章らしい」


 カイとディードリヒの瞳孔が大きく開かれた。


 ◆


 一通り泣き腫らすと、不思議な事に心がさざ波程度には収まっていた。しかしそのままベッドに寝ていたらまた波が高くなりそうだった。


 シャノンは立ち上がり、部屋の掃除を始めることにした。念のためTVモニターを付けたが当然番組などは放送していなかった。ライブラリーに映画やカートゥーンはあるようだったが観る気にはなれなかった。


 掃除で身体を動かしていると少しは気が紛れた。食器洗浄機が生きていたので食器類から片すことにする。青いの赤いの小さいの。どうやらこの家の住民は3人家族だったらしい。スイッチを入れれば数十秒で洗浄が終わる。他の片付けと平行しながら全ての食器を棚にしまっていった。


 部屋の隅におもちゃ箱があった。中身は全て飛び出してしまったようで中は空っぽだった。シャノンはその箱にオモチャを拾っては一つ一つしまっていった。電車、宇宙船、ヒーロー人形、光線銃……。


 ここに住んでいた家族は今も生きているのだろうか?


 そんな思いを抱いていた時、オモチャの刀に目がとまった。塩ビ製の刀身に子供の字が書かれていた。大学の友達に教えてもらった日本語のひらがなを必死に思い出す。


(そうだ!)


 シャノンはそこに書かれていた文字を読んで涙が溢れた。


=========

 かい よしかげ

=========


 へたくそな文字だった。


(カイさん!)


 シャノンは塩ビ製の小さな刀を抱きしめてから、ぐいと涙を拭った。


(……よしっ!)


 シャノンの冷たくなっていた心に火が灯った。彼女は思考をフル回転させた。


 ◆


 2時間ほど経った頃だった。ロバート隊長が部下と一緒にシャノンの部屋に現れた。


「……随分片付いたな」


 視線だけで部屋を見渡す。テーブルや棚全てに拭いた様子があり、ソファーも起こされ、窓にはクラゲの映像が映し出されていた。


「さてミス・クロフォードには手伝っていただきたい事がある」


 手を後ろで組み、直立不動のロバート。シャノンの家にも警備員は沢山いたが、彼らには束になっても敵わないと思わせる何か(・・)があった。


「……何をすれば良いのでしょう?」


「原稿を読んでいただく。それだけだ」


「身代金の要求ですね?」


 シャノンの返答のあと、若干の間が空いた。


「中身は気にしないで良い。隣の家でメールを撮影する」


「待ってください」


 ロバートは既に振り返り始めていたが、45度の位置でピタリと身体を止めた。


「協力はしますが、条件があります」


 シャノンは今までにこんなにも力強く何かを主張したことがあっただろうか?


「ミス・クロフォード。条件を出せる立場では無いとわかっているか?」


「聞いてから判断しても良いでしょう?」


 今度はきっかり10秒の間ロバートは動かなかった。部下たちも顔を見合わせている。


「聞こう」


 全員が隊長を見た。


「隊長、よろしいのですか?」


 隣の隊員が初めて口を開く。しかしロバートは無言でシャノンに続きを促した。


「ありがとうございます。大したことではありません。wicked brothers号のカイさんにメールを出させてください」


 隊員たちに動揺が走る。


「続けろ」


 ロバートの言葉に隊員たちがさらにどよめいた。


「私はカイさんと出掛ける約束をしていたのですが、このような状況では一緒に出掛ける事が出来ません。せめて謝罪のメールを出したいのです」


 シャノンは手を胸の前で組んで祈るように偉丈夫を見上げた。


「そんな事が出来るわけないだろう。何を考えている!」


 先ほど一言だけ口を開いた刈り上げの男が一喝した。


「私に原稿を読むだけで良いとおっしゃいましたよね? つまり安全にメールを出す手段があると言うことです。それに私が変なことを言うのであれば、その映像は破棄すれば良いだけです」


 シャノンは刈り上げの男では無くロバートをまっすぐに見上げていた。


「なぜこの状況でそんな事を言う? 自分の生命が危うい時に」


「私にとって約束とはとても大切な事です。一度交わした約束は必ず守りたいと思っています。どうしても約束が守れないときはせめて謝りたいと思うのがそんなに不思議な事でしょうか?」


 沈黙の1秒1秒がシャノンにとっては痛みにすら感じられる。しかしこれだけは何としても通さなくてはならない。


「いいだろう」


「隊長?!」


「ただし先にやる事をやってもらう。それからの話だ」


「はいっ!」


「副長。指揮をとれ」


 刈り上げの男が何らかの言葉を飲み込んだ。代わりに片手を振って指示を出す。


「ロッテス! バミューダ! お嬢様を隣の部屋へ案内しろ! パイルは撮影! 残りはブリーフィング!」


 全員が敬礼の後、機敏に動き出した。


「こっちへ来い」


 男が二人、おそらくロッテスとバミューダと呼ばれた者だろう。シャノンが言われたとおり歩き出すとロバートも後に付いてきた。


 ◆


「行き詰まってしまったな」


 ディードリヒが壁面モニターに並べた数々の検索結果を閉じていく。カイはディードの前にコーヒーを置いて自らもソファーに深く腰掛けた。


「いつもの私たちなら……もう手を引いているな」


「そうだな」


 カイはコーヒーと言う名の泥水を啜って答えた。


「惚れたか?」


 ディードリヒがカイに睨まれて苦笑した。もちろんディードリヒはカイがそんな感情で動いている訳で無いことを良くわかっていた。


「ディードこそどうなんだよ」


「私はロリコンではない」


 今度はカイが苦笑した。成人女性相手に使う言葉では無い。だがディードの趣味を知っているカイからすると苦笑以外のアクションは取れなかった。足をテーブルの上に投げ出し、後頭部で腕を組む。


「なんで俺たちはこんなに必死になってるんだ?」


 ディードリヒは顔を上げて、珍しくニヤリと笑った。


「もう答えなんて出ているではないか」


 カイが眉をひそめる。


「そんな事、俺たちの知った事じゃない。だな」


 二人は声を出さずに笑い合った。


 同時にポーンと電子音が鳴った。


「メールだな。アルか?」


「何か掴んだか?」


 ソファーの端に放り出してあったリモコンで、壁面モニターにメールを表示する。動画メールだった。差出人は不明だった。


 二人は眉をひそめたが、無言で再生ボタンを押した。そして同時に立ち上がって叫んだ。


「シャノン!」


「シャノン君?!」


 彼女はクロフォードの屋敷で見たときと同じ、真っ白は背景の中に立っていた。


「こんにちは、カイさん、ディードさん。無理を言ってこのメールを出させてもらいました。身体は回復しました。心配しないでください」


 カイが小さく息を吐いた。ディードリヒも一先ず胸をなで下ろした。


「カイさんとお約束していた、ご実家へのお墓参りへ行けなくなってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。カイさんのお母様に会えるのを楽しみにしていたので、とても残念です。いずれお父様のお墓へご一緒させてください。それでは私の事は心配せずにお二人ともお身体に気をつけてお過ごしください。それではまたお目にかかりましょう」


 動画メールはそこで終わった。


「ディード。俺たちの両親の事は話したよな?」


 カイはモニターを凝視したまま微動だにしない。


「ああ、あの娘がそれを忘れるとこはないだろう。これは私たちへのメッセージで間違いない」


「親父の墓? セントラルに作られた合同慰霊碑の事か?!」


「カイ、焦るな。コールダー文章は何と関わりがあった?」


「!! 俺たちの乗っていた(・・・・・・・・・)サジテリアス!」


「そうだ。移民船サジテリアス号の降り立った地、惑星エキドナⅡ」


 カイの表情が一変する。ただし喜びにではなかった。


「……どうやって行く? 消された惑星に……」


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