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第十五話【脅迫】


 尋問とは名ばかりの拷問を受け続けた二日目の朝だった。


「出ろっ」


 アーノルドが憎らしげにカイを睨み付けた。痛みの無い場所を探す方が大変な身体を、無駄に磨き上げられた床から引っぺがす。これでこの部屋がこの屋敷で一番狭い用具室というのだから、全体像など想像も出来なかった。


 カイはまたこの巨漢と無駄な時間を過ごさなければいけないのかと、(はらわた)を煮え繰り返した。しかし逃げ出せるようなレベルの警備体制では無かった。奥歯を噛みしめると左下の歯の感触が無かった。どうやら昨夜に折れていたらしい。


「よう、元気か?」


 廊下に出たところで、ダルマのように顔を腫らしたディードリヒとかち合った。


「ああ。笑えるほどに絶好調だな。カイも元気そうだな」


「ああ、なんたってロイヤルスイートで美女と組んずほぐれつだったからな」


 二人でクツクツと暗い声を出す。


「無駄口を叩くな! 黙って進め!」


 月のシェリフ気取りなお巡りだってもう少し気の利いたセリフがあるだろうに。カイは階段を下りながらそう思った。


「随分と男前になったねぇ」


 ちょうど一階ロビーの対策本部横に来たときだった。


「おめでとう。君たちの容疑は晴れましたよ。協力に感謝するよ」


 ロジャーがすかした口調で肩をすくめた。


「ふん。初めっからわかってたんだろーが」


「まさか」


 大仰にかぶりを振った。


「昨日の時点であなた方が重要参考人であったのは事実でしたからね」


「それで、釈放の理由は?」


 カイがテーブルに置かれていた無害無臭煙タバコを勝手に一本取り出して火を点ける。アーノルドが憤怒の表情を浮かべたがロジャーが苦笑して止めた。


「今朝早くの事なのですが……」


「ロジャーさん!」


 アーノルドが慌てて言葉を遮ろうとするが逆にロジャーに一瞥されて黙り込んでしまった。


「失礼。例の警備隊長、ロバート・ブラウンからミス・クロフォードの身柄を拘束したとのメールが入りましてね。見ますか?」


「ロジャーさん! それだけはっ!」


 アーノルドが吠える。ロジャーが今度こそ苦虫を潰した表情で彼を向く。


「……アーノルド君。君の席はあの(・・)作戦本部長席だよ」


「っ!!」


 周りの警官たちはそのやり取りに巻き込まれないように、遠巻きかつ自分の仕事に極力集中しているフリをしていた。


 アーノルドは歯から音を立てながらその席へ向かった。慌てて部下たちがついて行く。


「ふう。困ったものです。さて、このモニターで見ましょうか」


 ロジャーが手近のモニターを二人に向けた。


「何が条件だ?」


「話が早くて助かります。あの(・・)刑事局長様はあまりご自分の立場を理解しておられなくてね」


 ロジャーは苦笑しつつ左右に首を振った。


「その尻ぬぐいをするのはいつも公安(わたしたち)なのですよ」


「ふんっ。こんなのはガキの頃から日常茶飯事だ。裁判沙汰になんかにゃしねえよ」


「それでは再生しましょうか。あっ視聴し終わったらそのままお帰りくださって結構ですからね」


 つまり情報はくれてやるから邪魔をするなという事だ。


 カイは顎で再生を促した。


 ◆


「そこに書かれている事以外一切余計な事は喋るな」


 モニターに映し出されたのはまだ少し幼さを残す本物のお嬢様、シャノン・クロフォードだった。その瞬間カイの眉間の筋肉が反応したのをディードリヒは見逃さなかった。ディード自身の拳も血管が浮くほど握りしめられていた。


 いつどこで撮られたものかはわからないが、とりあえず無事らしい事実が二人を辛うじて冷静にさせていた。


 シャノンに画面外から用紙が渡される。


「読め」


 その声に聞き覚えがあった。ロバートの声だ。シャノンは頷いて用紙を読み始めた。


「ご覧の通りミス・クロフォードは我々が預かっている。一切の危害を加えていないが、これから述べる要求に従わない場合はその限りでは無い」


 彼女はそこで一度喉を鳴らした。カイの残った奥歯がぎしぎしと悲鳴をあげる。


「要求はただ一つ。コールダー文章の公開。それだけだ。4月22日までに主要居住惑星の大手マスコミに公開させること。指定日までに実行されない場合ミス・シャノンクロフォードの……」


 そこで言葉が止まりシャノンの顔色が見る間に青くなっていく。原稿を持つ手も小刻みに震え始めた。


「……シャノン?」


 カイの口から漏れ出した。しかし本人は気づいていなかった。


「そこまででいいだろう。十分だ」


 ロバートが画面に現れた。


「要求が履行されぬ場合はミス・クロフォードの安全は保証出来ない。その場合でも彼女を殺す事は絶対(・・)にしない。そうならない事を祈る」


 そこで動画は終了しモニターがブラックアウトする。二人はそのまま黒いモニターを睨み付けていた。


「ロジャー」


 カイが涼しげな表情の公安員を野太い声で呼んだ。


「コールダー文章とは何だ?」


 ロジャーは首を傾げると手を出口に向けた。


「お帰りはあちらです」


 ぎしり。と机が鈍い音を立てる。そこにカイの手が乗っていた。


 カイとディードリヒの二人が背を向けるのを確認してからロジャーは声を掛けた。


「そうそう忘れていました。ここでの事は口外しないように。特にマスコミなどにタレ込む様な事のないようお願いしますよ。誘拐事件の基本ですからね。情報規制は」


 振り返らなくてもどんな顔をしているのかははっきりとわかる。きっと振り向いてしまえば殴りかかっていただろう。二人は無言のまま無駄に豪勢な玄関を外に出た。


 そこに空港で二人を待ち構えていた背広の男たちが仏頂面で再び待ち構えていた。


「こっちだ」


 どうやら街の中心部まで送ってくれるらしい。おそらくここに残しておきたく無いのだろう。二人は促されるままパトカーに乗り込んだ。


「カイ。どうやら彼らはハイヤーのドライバーが仕事らしい」


 めずらしくディードから冗談を振ってきたのでカイがニヤリ返答した。


「へえ? 俺はてっきりドアマンだと思ってたぜ」


 ハイヤードライバー(・・・・・・・・・)ドアマン(・・・・)が二人に殺意を向けた。ディードリヒがやれやれとポーズを取った。


 街外れに到着したパトカーから二人は蹴飛ばされるように追い出された。


 ◆


 軌道エレベーターのあるこの星の首都。二人は適当なファーストフード店に足を踏み入れた。


 机の上には大量のハンバーガーが積み上がっている。何人かの客はそれを見ると口を押さえて店を去って行った。二人はそんな悪意の視線を無視しながら、ほぼ二日間水しか飲んでない胃袋に大量のカロリーを放り込んでいく。


「どこから攻める?」


 ディードリヒが山盛りのポテトをブラックホールにでも近づけたかのように減らしていく。


「情報がいる。今すぐにだ」


 一方カイはハンバーガーを二口で消していくのだから似たもの同士である。


「コールダー文章。ロバート・ブラウン。クロフォード。ロジャー。ヴォルケイノ・セキュリティー。どれがシャノン君に一番近いかだ」


 ディードリヒが自分の額を指で何度も叩く。


「あのロジャーって男は調べるだけ無駄だろうな。ヴォルケイノ・セキュリティーも白だと思う。コールダー文章が一番臭いとは思うが……」


「クロフォード家はどう思う?」


「私たちには重い名前だな。あの一族の関わっている企業で問題の無い会社など存在しない。クロフォードに恨みを持つ者を探すくらいなら星の数を数えた方がマシだ」


 カイは首を横に振った。


「ロバート・ブラウン。やはりその線か」


「1エピオンも要求しないのがその証拠だろう」


「よし。その二つを中心にお前は図書館を。俺はブン屋を当たってみる」


「わかった。5時間後にエレベーターロビーで落ち合おう」


 嫌がらせのように積み上がっていたカロリーの山はすっかり無くなっていた。二人は暴走するアメ車の様にファーストフード店を飛び出した。


 ◆


 この銀河には居住可能な惑星が5000以上存在していた。


 ただ重力が地球と近いとかそんなものではない。動植物が大地に広がり大気に満ちて、すぐにそのまま居住可能な惑星が5000以上あるのだ。準居住可能惑星を含めたらその10倍はくだらない。


 未だ人類は文明を築いた知的生命体とは出会っていなかったが、猿並の知能を持った動物は多数見つかっていた。いや見つかり過ぎたのだ。だから人類はその土地に土足で上がり込み、今までと同じ消費し続ける安易な道を選んでしまったのだ。最初は慎重であったが、次から次へと見つかる居住可能な惑星に、誰か一人が走り出せば先を越されまいと次から次へと走り出し、結局は全員が津波となって誰にもその流れを止めることは出来なくなっていた。


 だが幸いな事に銀河はそれを簡単に受け入れるだけのキャパシティーがあった。


 固体金属水素。液体金属酸素。重力コイルによる人工重力とその重力をエネルギーに戻す重力ダイナモ。ヒッグス粒子を船内に固定するZOIH(ゾイー)。そして全ての物質をタキオン化するTTMH。まさに爆発的な進化だった。人類は水面に墨を垂らしたように銀河中に広がっていった。それがまるで人類という種の本能であるかのように。


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