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第十四話【立ちはだかる壁】


 セントラル・ナディアの高高度衛星軌道の宇宙港に船を駐めて二人は歩く。


「何日のご利用ですか?」


 カウンターの男が聞いてきた。


「決まってない」


 カイが素っ気なく答える。


「では300エピオンをお預かりで、出港時に精算します」


 ディードリヒが支払いを済ませて軌道エレベーターロビーに向かう途中で二人の足が同時に止まった。


「カイ・ヨシカ()とディードリヒ・ウォルフだな?」


 特徴のない背広の男が正面に立ち、警察手帳を開いて見せた。同じ雰囲気の男たちがそれぞれ3方から二人を囲むように近づいてくる。正面の背広男が無言で首をエレベーターロビーに振った。二人は目配せしてから大人しくついて行った。


 ◆


 カイはてっきり警察本部へと連行されるものと思っていたが、パトカーの向かった先は生い茂る緑に囲まれた巨大な石造りの城だった。


 街の中心地から離れたこんな場所に来たことは無かったのだが、どこかで見た覚えがする。必死に記憶を掘り起こすとようやく思い出した。昔見た金持ちの家を拝見するとかいうくだらない番組で紹介されていたはずだ。


 まだ城には距離があるのに大きなゲートがあらわれる。見た目は古めかしいが巧妙に隠されているだけで最新の防犯設備が満載だ。ここに忍び込めと言われたら、地方の刑務所に潜り込む方が遙かに楽だろう。ゲートを横切るときにこの家の持ち主が知れた。


 クロフォード。


「なぁディード。シャノンの住所はこんな場所だったか?」


「いや、違ったはずだ」


「なるほど。碌でもない事に巻き込まれる気がするぜ」


「いつもの事だ」


 カイは苦笑を浮かべて「それもそうだな」と返しておいた。


 最初のゲートを潜ってから、緩やかなワインディングロードを30分も走っただろうか、車を降りるとその城の圧倒的な存在感に押し潰されそうだった。


「こりゃまた……」


 カイが驚いたのは城にだけではない。庭に止まっている車の多さにもだ。数え切れないほどのパトカーと、ヴォルケイノ・セキュリティーの文字が入った大型車両も何台も並んでいた。二人の瞳に鋭さが走る。


 馬鹿みたいに広い玄関を抜け、馬鹿みたいに広いロビーに出る。馬鹿みたいに沢山の警官が男女問わずインカムに怒鳴りつけながら馬鹿みたいに走り回っていた。


 それを横目に分厚い絨毯の敷かれた階段を昇らされる。どうしてこんなに幅が必要なのか小一時間は問いただしたい。そしてこれまた不必要に馬鹿でかい両開きの扉を潜ると、巨大で豪華なシャンデリアの吊られた広い部屋に出た。どこもかしこも広すぎて感覚が麻痺しそうだった。


 部屋の中央に置かれたソファーとテーブルの周りに、他とは明らかに雰囲気の違う男たちが並んでいた。二人は案内されるままソファーに座った。


 正面にはまったく印象の違う3人の男が座っている。その中でもっとも異彩を放つ巨漢が身を乗り出して低い声を出した。


「何を企んでいる?」


 きっとセキュリティーの人間だろう。黒髪の巨漢がカイの胸ぐらを掴もうとするのを、中央にいた背広の優男が手で制した。


「失礼。私は公安のロジャーだ。この男は警察庁のアーノルド刑事部長だ」


(……この面でキャリアかよ)


 どう見てもゴリラかオランウータンで眼鏡猿(キャリア)には見えない。


「そしてこちらが……」


 中央のロジャーが隣の高級スーツの男を手で案内しようとする。


「ニコラス・クロフォード。シャノンの父親だ。――それで君たちの要求は何だね? もちろん娘は無事なんだろうね?」


 風格漂う紳士の第一声がそれだった。


 カイはため息と苦笑にまみれる。


「こりゃいったい何の冗談だ? 俺たちはその娘さんに用があってわざわざこんな所まで来たんだぜ?」


 この時点でカイとディードリヒは大まかに状況を理解していた。すでに洒落にならない事態だった。


「貴様! ふざけるな! シャノン嬢はどこだ?!」


 怒声より先にアーノルドの拳がカイのこめかみをぶち抜いていた。カイの意識が一瞬飛んだ。


「やれやれ、野蛮な尋問だね。皆さまに愛される警察官を目指すのならばもう少しスマートに振る舞うべきだと思うけれどね」


 ロジャーが肩をすくめつつディードリヒを見た。


「君は仲間がやられているのに随分と冷静なんだね?」


「お望みであれば大声をあげるが? お巡りさーん、とな」


 まるで動じること無くディードは肩をすくめて見せた。


「そろそろくだらん話は終わりにしてさっさと要求を言いたまえ! いったい幾ら欲しいんだ?!」


 ニコラスの額に血管が浮かぶ。手にしていた杖が震えていた。最初は落ち着いているように見えたがそうでもなかったらしい。カイは頭を振りながら立ち上がった。


「シャノンなら太陽系内で接触してきた、表にたむろしてるセキュリティー会社に引き渡したぜ? どっかで寄り道してんじゃねーの?」


「貴様!」


「娘を呼び捨てるとは何事か!」


 アーノルドとニコラスが同時に叫ぶ。カイはアーノルドを無視してニコラスを向いた。


「シャノンはただの従業員だぜ?」


「そんなものは無効だ」


「そうなのか?」


 カイがロジャーを見る。ロジャーは眉を吊り上げただけだった。


「そろそろ説明して欲しいね。まさかドッキリパーティーじゃないんだろ?」


 ロジャーが首を振る。


「それだったら良かったんですけどね。残念ながら事態は急を要します」


(だったら初めからお前が仕切れ!)


 カイの殺気をロジャーは軽く受け流した。


「標準時間で2473年4月12日11時31分ヴォルケイノ・セキュリティー所属の警備艇kirawea(キラウェア)017号の消息が不明に。当初は事故と事件の両面から捜査を開始しましたが、予定ルート上に今のところそれらしい物は見つかっていません。まぁ宇宙(そら)で事故が起きたのなら発見は難しいんですけどね」


 ニコラスがロジャーを睨み付けるが眉一つ動かさない。とんでもない狸だ。


 4月12日といえばシャノンを引き渡した次の日だ。こいつらは4日間も何を遊んでやがったんだ。カイは無能な警察を内心で罵った。


「だからこれは身代金目的の誘拐だと初めから言っている! 現にこうして誘拐犯がこの星に現れたのが何よりの証拠です! 締め上げれば吐きますよ!」


 アーノルドが激昂のままカイの襟首を掴んで持ち上げた。何が刑事部長だ。どっから見ても辺境惑星の平刑事じゃねーか!


「誘拐犯が目の前にいる理由が良くわからないね」


 ロジャーが苦笑する。


「それは我らの迅速な手配の賜物です!」


 アーノルドは得意気に胸を張った。嫌みも通じないらしい。


「まあアーノルド君がそこまで言うなら任せるよ」


「はっ! 任せてください! 来い! チンピラども!」


 カイとディードリヒは警官によって別室に連れてかれてしまった。


「やれやれ。どちらがチンピラなのやら」


 警視庁始まって以来の問題児。三世キャリアにため息しか出ない。


「ロジャー君。本当にあれ(・・)は事件と関係無いのだね?」


 ニコラスが杖で床を軽く小突いた。


あれ(・・)が犯人ならとっくに解決していますよ。それこそ公安(わたしたち)が出張ることもなくね」


「しかしあれら(・・・)は言葉巧みに自分たちの船に娘を引き入れたのだ! 初めから金が目的だったに違いあるまい!」


 杖がカーペットに大きな窪みを作る。


「私から言えることはミス・クロフォードの乗船に法的な問題は無いという事だけですね」


 ニコラスがロジャーを睨み付けた。


「話にならんな。私は尋問の様子を見に行ってくる」


 ニコラスは返事を待たず足早に部屋を出て行った。


「やれやれ……」


 ロジャーはソファーに腰を深く落として、テーブルのコニャックを舌に転がした。


「任務中に酒とは相変わらずだの」


 奥の扉からこの屋敷の主が現れた。


「これは御前」


 立ち上がろうとしたロジャーを男は手で制した。


「ワシにも同じ物を」


 見た目60代ほどの男性であったが、彼はニコラスの曾祖父であり、シャノンの高祖父に当たる。この時代金とコネがあれば100歳を超えてなおこれだけの若さを保っていられた。


「あれはまったく政治がわかっておらん。大局を望めぬ者はクロフォードを名乗る資格が無いというのに、そのことをまるで理解しておらぬ」


「相変わらずお厳しいですね」


 ロジャーは手早くコニャックの水割りを御前に差し出した。


「今は何と名乗っておる?」


「ロジャーです」


「まったく、会う度に変わるの」


「お前と呼んでいただければ十分ですよ。御前」


 ロジャーはキャビアのたっぷり乗ったオードブルを摘まんで口元を歪めた。


「それで首尾はどうなっておる?」


「まあ今のところは予定通りですね」


「わかっておるな?」


 御前が上目遣いにロジャーを射貫く。肉親を含めた全ての人間は御前の前に立つだけで震え上がり、中には痙攣して倒れる者すらいるというのに、この男はその視線を軽く受け流していた。


「心配には及びません。最悪の事態まで想定済みです」


 御前を前にして話しながらコニャックを飲む人間など天の川銀河中を探してもこの男だけだろう。御前はそこの所を気に入っていた。


 ――そういえばもう一人このワシを恐れずに接する者がいたな。


 御前は物怖じしない玄孫(やしゃご)の顔を脳裏に浮かべた。


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