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第十二話【初めての宇宙戦争】


「お頭〜。獲物は進路変えてませ〜ん。どうしやすか〜?」


 羊羹型のどこにでもある輸送船を改造した古いブリッジで口の臭そうな男が間延びした声を発した。


「んなもんちょいと脅してから乗り込んで皆殺しだ!」


「殺すのはまずいっすよ〜。最近ちっとバウンティーハンターがうざったいですぜ〜」


「あー?! 賞金稼ぎが怖くて宇宙海賊なんてやってられっか!」


 船長席で怒鳴り返すひげ面の男に、ナビゲート席のやや細身の男が意見する。


「さすがに殺し過ぎですよ。そろそろ安全局が動くかもしれませんよ」


 ひげ面が細身を睨み付けるが男はやれやれと首を振るだけだった。


「ちっ。皆殺しはやめだ。荷物を根こそぎ奪ってとんずらだ!」


「「「へーい」」」


 クルーたちの声が力なく重なる。別にやる気が無いわけではなくこれが彼らの普通だった。


 ひげ面が必要も無いのにマイクを握って怒鳴る。


「2番機、3番機! 白兵戦よーい!」


『へーい!』


 リーダーがリーダーなら部下も部下だ。あまりにもオーソドックスで古めかしい海賊スタイルであった。よくもまあこの時代まで生き残っていたものだ。


 だが、天の川銀河の辺境にいけば、いまだこんなオールドスタイルの海賊が跋扈しているのだから油断ならない。


「よーし、そろそろZOIHジェネレイターを切るぞ! てめえら気合いを入れろ!」


「「「へーい!」」」


 部下たちが返事をした直後だった。突然2番機の映像が途切れた。


「なんだ? またモニターの故障かぁ?!」


「違いやす! 2番機轟沈!!」


 光学モニターを覗いていたナビゲーターが悲鳴を上げる。バランが切り替えられた映像を凝視する。確かに2番機は宇宙の塵と化していた。


「んなっ?!」


 驚愕に目を見開いたバランだったが、その後の対応は早かった。


「ZOIHジェネレイターカット! ジャミング全開!」


 だがその指示はほんの少しだけ遅かった。モニターの一つがまたブラックアウトした。


「3番機轟沈!」


 ナビゲーターが泣きそうな声を上げる。慣性の戻った海賊船が激しく踊った。


「敵はどこだ?!」


「予想ポイント出しやす!」


 ブリッジのメインモニターに敵予測ポイントが表示される。と同時に全員が唖然とした。


「……120万kmだと?! なんでそんな距離で当たる?! しかも一撃で轟沈だと?! いったいどうなってやがる!!」


 バランがGで顔を歪めながら叫んだ。


「解析出やした! ……こいつぁ質量兵器……レールガンでやす!」


 バランがコンパネに拳を叩き込んだ。


「どこの馬鹿だ! そんなもん使ってるのは! くそったれ!」


(理解できねぇ! 何で当たるんだ?!)


 レーザーならまだしも足の遅いレールガンが当たる理由が全くわからない。それ以前にどうしてこの距離で感づかれたというのか。


 まさか出現ポイントが個人のカン(・・)で特定されたとはつゆとも思わずに悪態を吐くバランだった。


「何やってんだ! とっとと撃ち返しやがれ!」


 火器管制担当の部下が悲鳴を上げた。


「やってますよ! でもこの距離で当たるわきゃないじゃないですか!」


「泣き言言うんじゃねぇよ! 死んでも当てろ!」


 じゃなきゃ殺されるのはこっちだ! とは続けられなかった。


 船が激しく揺れ爆音が船内に響き渡った。


「右舷にレーザー着弾! R47,48,52,53装甲吹っ飛びました!」


 バランの動きが一瞬止まる。


「最初にレールガンで近づいてからレーザーだと?! まるっきり順番が逆じゃねぇか! なんでこっちは当たらねぇ?!」


「この距離でジャマー掛けられたらレーダー類は信用できませんぜ!」


「光学系に切り替えりゃいいだろ! いくらなんでも光学迷彩載せてるわきゃねぇんだ!」


「レンズが振られてちゃんと捕らえられねぇっすよ! 予想プログラムの限界超えてんすよ! それに向こうのエージェントの性能が高すぎやす! こっちのコンピューターに侵入されかかってんすよ!」


 電子戦担当の男が泣きながら悲鳴を上げる。こんな短時間にファイアウォールを突破された経験などなかったのだ。


 再び爆音が響き、船が揺れた。


「また着弾しやした! R09,10,11,12,13……光学レンズも3つ持ってかれやした!」


 最後の方は鳴き声になっていた。


 バランは手元の被害状況モニターを拳でぶち抜いた。


 自慢のダイアモンドナックルも今は何の役にも立たない。


「じゃあなんで向こうの攻撃だけ当たる?! この間抜けども!」


「それはもちろん……」


 ナビゲート席に座っていたやや細身の冷静だった男が振り向きながら言った。


「腕が違いすぎるからですよ」


 その日小さな海賊団が銀河から永久に消えることになった。


 ◆


「ふう……ZOIHジェネレイター起動してくれ」


「了解。……シャノン君大丈夫かね?」


 ディードリヒがさっと必要な処理を終えると、ぐったりしているシャノンのエアバッグとハーネスを外した。


「はい……平気……です」


「まったく平気ではないな。まさか3隻もいるとは思わなかった。あれだけ振られれば内蔵にダメージが出ているだろう」


「ディード。シャノンを寝かせてそばについててやってくれ」


「お前は?」


「念のためしばらく警戒しながら輸送船に追いつく」


「わかった。――さあ行きましょうシャノン君」


 シャノンは口を開きかけたがそのまま閉じた。ディードリヒに肩を借りてブリッジダイニングを出て行こうとする。現在操縦席とリビングの間にはシャッターが降りている。カイの操作でがらがらとシャッターが開いていつもの光景に戻る。


 するとせっかくシャノンが整理してくれていた雑誌類がまたそこら中に散乱していた。


 ディードリヒは頭を抱えた。二人がエアロックに差し掛かったところでカイが頭を掻きながら振り向いた。


「頑張ったな。ゆっくり休め」


 シャノンが振り返ったときにはすでにカイはシートを前に向けていた。彼女の頬が少しだけ緩んだ。


「こちらwicked brothers号だ。海賊は撃破したぞ」


 レーザー通信でalbatross号を呼び出す。


『そうか、さすがだな。それでミス・クロフォードは?』


「少し調子を崩した。俺たちはこのまま月に行って医者に診せたいんだが構わないか?」


 しばらく間が空く。


『了解した。だがイオにも医療施設はあるが?』


「いや気持ちだけ受け取っておく。あんな劣悪な環境に降ろせねえよ。この船の足なら月まで1日で到着する」


 また少し間があく。光の遅延だ。


『そうか。随分と足が速いんだな。こちらも直に木星の防衛圏に入る。そちらも小惑星などで事故を起こさないようにな。地球は太陽の反対側だぞ』


「ここらはホームグラウンドだ。それじゃな」


 通信を切りながら、月への最速ルートに進路を切り替える。燃費は無視した。


 ◆


 エアロックの開く音にカイはシートを回転させた。ディードリヒは無言のカイから「彼女の調子はどうだ?」とはっきり空耳した。


「熱があるな。うなされている。治癒ポットに入れるか悩むところだな」


「なんだ、入れなかったのか?」


「チェックはした。幸い内臓破裂などは無さそうだが、鎮静剤を飲ませた方が良いかもしれない」


「飲ませなかったのかよ」


「今気がついたのだ。今度はカイの番だ。行ってこい」


 ディードリヒは無表情にコパイ席に着座した。カイはしばらく黙ってディードを睨み付けていたが、ふんと鼻を鳴らして立ち上がった。


「片付けとけよ」


 ディードリヒの肩を叩いてカイは出て行った。


 ディードはため息交じりに肩をすくめた。


 ◆


「入るぞ」


 一応ノックしてから中に入る。カイは自分の部屋にノックしたのは初めてだった。さして広くない個室を埋め尽くしていたゴミと服がどこにもない。どうやらシャノンが片付けてしまったようだ。考えてみたらシャワーを浴びた後に畳まれた服が用意されていた。


「カイさん……」


 上半身を起こしたシャノンは真っ青な顔をしていた。


「薬を持ってきた。飲めばよく眠れる」


 カイが水とカプセル薬を渡そうとして気がついた。


(あの野郎……)


 シャノンはまだ耐Gスーツを着たままだった。カイはブリッジ方面の壁を睨み付けた。


「……スーツを脱がすぞ。触れるし見るからな」


 カイは返事を待たずにファスナーを下ろした。


 意識しないで淡々とやればいい。


 機械的な動きで彼女の身体を締め付けるスーツを剥いでいった。


 肩から腕を抜く時に指が彼女の肌を滑る。産毛すら無いのではと思わせるほど摩擦が少ない肌のきめの細やかさ、さらに指先から感じる弾力は柔らかく温かかった。


 腰までスーツを下ろすと淡い水色の下着が露わになった。はち切れんばかりの乳房を無理矢理押さえつけるブラがくっきりと谷間を作り出していた。一瞬止まった手を無理矢理動かし一気に足から引き抜いた。


(意識しまくりじゃねーか。クソ)


 内心舌打ちしながら毛布を掛けた。


「1日で月に着く。ゆっくり寝てろ」


 カイは立ち上がってその場を去ろうとするが、革ジャンの端を引かれて止まった。


「あの……もう少し……いてください」


 首だけ回してシャノンを見下ろすと、力の無い笑顔を浮かべていた。


 カイは自動で固定されていた椅子のロックを解除してベッドの横に腰を下ろした。


「ふふ……木星が見たかったです」


 薄暗い部屋の中でシャノンの声が小さく響く。いや、響いて聞こえるほどカイが意識を集中しているのだろう。


「知ってるか? 木星の日の出はそりゃあ美しいんだ」


「まあ、見てみたいです」


「そのうちそんな機会もあるだろうよ」


 鎮静剤が効いてきたのか、良い笑顔になってきた。どうやら心配するほどではなかったらしい。


「あの……」


 シャノンは両手でシーツを少し引っ張って鼻まで顔を隠す。


「私って子供っぽいでしょうか?」


 カイは苦笑して足を組み直した。


「好奇心の強いところとかな、そう見える時もある」


 シャノンはさらに数cmシーツを引き上げた。


「そういう意味じゃなかったのに……」


「なんか言ったか?」


 本当は聞こえていたが、カイは質問で返した。


「何でも無いです」


 シャノンは頬を膨らませて口を尖らし横を向いてしまった。カイは肩をすくめて苦笑した。


「思ったより元気そうだ。初めてのことで身体が驚いたんだろう。直に良くなる」


 医者に診せる頃には完治しているかもしれない。


「カイさん……」


 いつの間にかこちらに顔を戻していたシャノンの瞼は半分落ちていた。


「ありがとう」


 そのまま目を閉じて寝息を立て始めた。


 カイは無言で立ち去った。


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