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第十話【そして彼らはトラブルを呼ぶ】

「緊張しました。ちゃんと出来ていましたか?」


「うむ。とても良かった。才能があるな。シャノン君は」


 さすがゲルマン紳士。女性を褒めるのに躊躇がねえ。俺には無理な芸当だな。


「ありがとうございます! 私は今日のこの出来事を一生忘れません!」


「大げさだな。さてと、俺らも着座しますか」


 カイが三角に配置された天辺のパイロットシートに。ディードが左下のコパイシートに着座する。


「よし、プラズマジェット止めるぞ。全シャッター下ろしてくれ」


「もう終わっている」


 光学カメラが全て収納され、正面のガラス窓風の壁面モニターが黒くなり、船体ステータスとリンク情報。座標情報だけが映し出される。


 慣性飛行に入ったのを確認してから、カイはZOIHジェネレイター(ヒッグス場固定領域発生装置)を切った。


 ウィケッドブラザーズ号のエージェントは計算だけは得意なのでミスることはないはずだが、念のため2船のエネルギー量の同期情報を確認しておく。


「最終チェック。オールグリーン。シャノン君TTジャンプのカウントダウンを読んでくれ」


 普段ならあくびをしながら待つだけだが、ディードが気を利かせたらしい。紳士だねぇまったく。


「はい! えっと……これですね。13,12,11……3,2,1,0!」


 そのまま沈黙。


「シャノン。続き。ジャンプアウトのカウントだ」


「え? あっはい! えっと、78,77,76……」


 今度は少し長い。俺とディードもこの瞬間だけは真剣にモニターの数値を睨んでいた。


 現在wicked brothers号はタキオン化されている。昔タキオンは一つの粒子と考えられていたが、TTMHの出す波が共鳴を起こしたときにその効果内の全てのタージオン(ここでは実体的な意味)がタキオンに変換される。


 TTMHは水素金属の一種であるが特殊な触媒によって不思議な性質を持つ。この金属はエネルギーを加えられるとその金属に囲まれた空間(金属自身を含む)全ての物体をタキオン化してしまう。


 物質がタキオン化している間は通常の空間からはいかなる方法を使っても観測できなくなり、お互いに一切の影響を与えなくなる。しかしタキオン化した物質はその閉じた空間の中で通常の物理法則で動いている。未だにその現象は解明されていないが結果として「こうなっている」ので皆が使っている。実際TTジャンプによる事故はほぼ無い……と言われている。


 タキオン状態の宇宙船は最低で光速を下回ること(・・・・・)はない。エネルギーが0に近くなるほど無限に加速していくのだ。しかしそれでは宇宙の果てまで行ってしまう事になる。人類が把握して生活しているのはこの天の川銀河のみなので、この銀河系内でとどまるようにジャンプするためにはあらかじめ宇宙船を加速し、エネルギーを大きくしてからタキオン化する必要がある。


 複数の船が同座標へのジャンプアウトする場合、完全に方角と速度を一致させなければならない。


 TTジャンプはジャンプインした瞬間の速度とベクトルで全てが決まる移動方式だ。


「……5,4,3,2,1,0!」


 モニターの全ての数値がグリーンに移行する。俺は軽く息を吐く。この瞬間だけだ未だに少し緊張する。


「さてシャノン。通常空間に出て一番最初にやる事はなんだと思う?」


「え? そうですね……先ほどヤンさんがジャンプ後に通信とおっしゃっていたので、連絡ですか?」


「外れだ。一隻の時に成り立たないだろこの問題。答えは……これだ」


 カイは立ち上がって三つのシートの真ん中にあるドラム缶をスリムにしたような円筒形の金属を叩いた。


「ギャラクシーマップですね。わかりました。自位置の確認ではないでしょうか?」


「そう。こいつが無きゃ宇宙(そら)の男は何も出来ない」


 ギャラクシーマップのパネルを開き、立体投影モードを起動する。近辺10万光年の星の配置図が浮かび上がる。パネルを操作に連動して縮尺率が変わり銀河全体が映し出された。


「これのおかげで一瞬で自位置がわかるのさ」


 わざわざ立体投影モードなど起動しなくても、自動的に位置情報は船のコンピューターとリンクしているのだが、わかりやすいと思って一度見せておいた。


「シャノン君。宇宙では位置がわからないことは死ぬよりも恐ろしい事なんだ」


 シャノンはディードの真剣な顔を見上げた。


「死ぬよりも、ですか?」


「宇宙で死ぬときはいつだって一瞬だ。だが宇宙で迷子になってしまったら?」


 子供に言い聞かすような口調だ。そういえばこいつたまに教会で孤児に読み聞かせとかやってるな。


「SOSを発信して救助を待ちます」


「レーザー通信は光の速さしか出ない上に、それをどこに向かって通信するんだい?」


「あ、そうですね、相手の位置もわからないんですものね……」


 そう。地上に住んでいる人間には通信は四方八方に向かっていくイメージだろうが、宇宙では違う。1au(天文単位)を超える距離と通信しようと思えば、もうピンポイントで電波を集約するしかない。


 宇宙で角度が1°違えば通信など不可能なのだ。自位置と通信相手の位置をリアルタイムで確実に把握していなければ同じ恒星圏内ですら通信はむずかしいのだ。


「そういう事だ。タキオン通信機はまだ巨大で、惑星などにしか設置されていないから、光速を超える通信は事実上不可能だ」


「水も食料もガスもある。だがもう終わりだ。どこにも行けないしどことも連絡が取れない。想像してみな」


 俺の言葉にシャノンが自分の口に指を当てて黙考する。


「……ふふっ」


 突然笑みを浮かべるシャノンに、俺とディードが目を丸くして顔を合わせた。


「初めは客船でイメージしてみたのですが、それは確かに死よりも恐ろしい事になってしまうかもしれません。でも」


 シャノンがクスクスと口に手をやる。


「この船でならきっと笑顔でいられます。カイさんとディードさんと一緒なら怖くありません。全ての可能性がなくなってもその時は運命を受け入れられます」


 カイは豆鉄砲喰らった鳩になり、ディードもサンドイッチを頼んだのに特大のステーキを持ってこられた表情をしていた。


「……あの?」


 絶句してしまった二人にシャノンが心配気に声を掛けてくる。


「なんでもない。再リンクは?」


「もう終わった。シャッターを開ける」


「プラズマジェット起動。プラズマ流動を前面ノズルへ。あとは完全リンクへ移行だ」


「了解。リンク確認」


「OKだ。よしシャノン、向こうに通信をつなげてやれ」


「はい! 何を言えば良いのでしょう?」


「問題無いって伝えれば十分だ」


「わかりました! 通信オープンにしますね」


 ちゃちゃっと通信機を操作する。物覚えは良い様だ。


 カイがシャノンの横に立ってモニターをチラ見する。


「こちらwicked brothers号です。通信よろしいですか?」


 10秒ほど待たされた後に向こうのモニターがオンになった。てっきりヤンが出ると思ったのだが30代後半の白人系男性が映っていた。


『船長のレオナルドだ。何の用だ?』


 ヤンと同じ制服だが色が違った。白い制服を身につけていた。


「はじめまして、私はシャノン・クロフォードと申します。こちらの船の状況を……」


『そんなものはリンクデータを見ればわかる。いちいち通信してこなくて良い。ヤンにも無駄な通信を繰り返すなと厳命していたところだ。わかったかね? ミス・クロフォード』


「はい。大変失礼いたしました。それではこれで通信を終わります」


『……待て』


 レオナルド船長がアゴに手を当てて考え込む。


『シャノン・クロフォード? もしかして君は本家の娘さんじゃないのかね?』


「本家……というのがどのような意味で使われているか良くわかりませんが、私の父の名はニコラス・クロフォードです」


 船長が呆れ顔になる。


『やはり本家の……。ミス・クロフォードはいったいそこで何をしているのです? 木星周辺に急用でも?』


「違います。私はこちらのイェーデス社に入社いたしました。もっともまだ試用期間中ですけれど」


 はじける笑顔に船長は絶句した。暫く唇を震わせていたがようやく声を発した。


『本家のお嬢さんがJOATに入社?! いや! いくらなんでも冗談が過ぎますよ!』


 声を荒らげるレオナルド。動揺は手に取るように理解出来るが、カイたちとて大声をあげたいほど動揺していた。


「ふふ、冗談にならないよう頑張っています。まだ見習いですので色々とご指導いただけると嬉しく思います。よろしくお願いしますね。レオナルド船長」


『う……』


 シャノンの笑顔攻撃は、カイたちだけで無く男性全員に効果があるようだ。カイはレオナルドを見てそう思った。通信の切れる寸前に船長が発した「私の手に負えない」という呟きを聞き逃さなかった。


「ふう。ヤンさんでなかったので緊張してしまいました」


 胸をなで下ろしてこちらに振り返る。


「……あの、どうかしましたか?」


 呆然と動きを止めている二人に不安げな表情を浮かべた。


「いや、シャノン君? クロフォード社とは関係無いと言っていたよな?」


「はい。入社したこともアルバイトをしたことも、建物に入ったことすらありませんよ」


 やばい。このお嬢様にはまったく通じてなかったらしい。


 とはいえ、今さらだ。まさか外に放り出すわけにもいかない。


 カイがディードに目配せすると奴は力なく首を振るだけだった。


「よし、コーヒーでも飲むか。また三日間暇になるぜ」


 考え込んでも仕方ない。カイは気持ちを切り替えてリビングへ向かう途中、ディードが難しい顔をした。


「どうかな?」


 カイは視線だけを彼に動かす。


「来るかね?」


「十中八九」


 シャノンの事を抜かしても、護衛一隻の輸送船など美味しい得物だ。安全局に依頼した時点で航路はダダ漏れだ。


「あの、なにか問題でも?」


「……いや、何もないといいな」


 カイは彼女の頭を軽く撫でてからコーヒーサーバーへ向かった。


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