プロローグ+第一話【カオスな二人】
SFですが出来るだけ読みやすいように心がけました。
よろしくお願いします。
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プロローグ
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——夢を見た。
外傷パッチを身体中に貼り付けている人が床に、廊下にあふれ、泣きながら、励まし合いながら、もう目を覚まさぬ人たちを見送り、疲れ果て、悲しみに暮れ、無理に笑い、また絶望し、希望に奥歯を噛みしめる大人たち。
僕は一番大事な人を捜し歩いてさ迷って、その時初めて外に出た。
ブルーのグラデーションが空を覆い、雲高く、風はさわやかに少しだけひんやりとして、屋上から見渡すと濃緑の絨毯が続き、地平の先に力強い山脈が連なっていた。
僕たちがこれから新しい生活を始める未開の豊かな大地。冒険の待つ約束の土地。
鳥の甲高い声が聞こえる。
気づいたときには世界の全てが真っ赤に染まっていた。
僕はその時、ようやく声をあげて号泣した。
◆
——とっくに忘れていたはずの記憶だった。
俺はシャワールームに飛び込み、全てを洗い流すことにした。
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第一話【カオスな二人】
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男二人の船内はいつだってカオスだ。
破れてスプリングの覗くソファー。足の折れたテーブル。コーヒーのシミが目立つカーペット。これらの調和のとれていない家具は全てゴミから拾ってきたものだ。
シンクには洗われていない食器の山。積み上がった雑誌。写りの悪い壁モニターには古い映画がランダムに流されている。そんなどこにでもありそうなリビングダイニングに、二人の男がテーブルを挟んで向かい合っていた。
一人は黒髪の東洋人で、細身だが引き締まった体つきをしている。目つきの悪い視線はテーブル上の将棋盤を睨みつけていた。
もう一人は金髪の大男。ドイツ系で思いっきり刈り上げた短髪に、盛り上がった筋肉。ライトグリーンで平行四辺形の瞳を持つ目。ハーケンクロイツの制服を着せたらさぞ洒落にならないだろう。
「王手だ」
馬鹿でかい指のくせに、やけに器用に駒を置く。ぱちんという小気味よい音が今は忌々しい。
「おい、ちょっとまてディード」
まったく考えてもいなかった場所に置かれた角に動揺。手持ちは歩しかないので、防御しようにも二歩になる。他の駒を防御に回すと、一気に押し切られそうだ。王が逃げるのが一番良さそうだが孤立する。どれを選んだところで先が無い気がする。
東洋系の若者が腕を組んで唸ること数分、メールの到着を知らせる電子音が部屋のスピーカーから流れてきた。ディードリヒが100エピオン札を2枚掴んで立ち上がった。
「おい、まだ終わってないぞ」
「時間切れだ」
「いやいや、まだ詰んだ訳じゃねぇよ」
「……そこから逆転できると? カイ?」
カイと呼ばれた青年が黙り込むと、ディードリヒはエピオン札を指で軽く振ると、リビング奥にむかう。
普通のマンションならばテラスに続く窓でもあるだろう場所には、無骨なエアハッチが明け放れていた。その奥にはメカメカしい機器が並んでいる。
耐Gシートが3席に、多種多様のレーダー。モニターには数値化された船の状態が常時表示されている。つまりまぁ操縦席というやつだ。
ディードリヒはパイロット席、コパイロット席、ナビゲーター席のうち、定位置のコパイからメールを取った。カイは首を伸ばして動画メールを覗き込むと、折り目正しい背広を着た眼鏡の男が真正面に映し出されているのを確認できた。それだけで何の用件か一瞬で理解し、カイは目の前の将棋盤をひっくり返した。
◆
「安全局から出頭の催促だ」
「わーってるよ……。無視してればあきらめると思ってたんだが」
カイが駒をせこせこと拾い集めながら嘆息。
「私は何度も言ったぞ。無駄だと」
「はいはい。お前さんはいつだって正しいよ。くそっ」
集めた駒を再び投げそうになるがかろうじて止める。
「で、期限は?」
「一週間以内」
「嘘だろ? どんだけ距離があると思ってんだよ」
「最終警告だそうだ」
「いつも思うんだが、安全局って俺らの事イジメんのが仕事なのか?」
「だとしたら非常に優秀な職員が揃っていることになるな」
「優秀な奴は嫌いだ」
カイは立ちあがってパイロット席に座るとギャラクシーマップにアクセスし、銀河中央への最も燃費の良いルートを選択して軌道修正をかける。
データを反映した船はゆっくりと旋回を始める。ごくわずかなGと進路図を確認してからリビングで珈琲を点てる。次の勝負までカイの仕事になる。
到着予定はちょうど一週間後だった。
◆
軌道エレベーターに近づくと、惑星の外に向かって伸びるポール上をひっきりなしに大量のウェイトが移動している。シャフトの直径が100mという化け物エレベーターがあるのは俺が知る限り他にない。
どうやって自重を支えているのか考えたくもない。当然宇宙ステーションの規模も半端なものではなく、ドッキングポートと通路が複雑に伸びて魚の骨を思わせる。
管制から指示された接続通路はその最外、魚の尻尾の先になる。なぜわざわざステーションから遠い場所に駐機するかといえば離れるほど駐機代が安くなるという理由だった。
コンピューターの指示にOKを押すだけの簡単な仕事を終えると、フルオートで小骨の先にドッキングされる。
カイとディードリヒがエアロックをくぐり背骨を進むと、ステーション入り口が見えた。ちなみにこの通路だけで500m以上ある。電動カートを借りても良いのだが、きっちり小銭を持ってかれるので却下である。
通路とステーションの境目は改札になっている。簡単に乗り越えられる作りだが、そんな事をすれば警備員がすっ飛んでくるだろう。素直に自販機の前に立つとモニターに女性のCGが表示される。若干カートゥーンっぽい作りがイラつかせる。
『セントラルナディア空港へようこそ! 駐機スペースは何日のご利用になりますか?』
無駄に明るい声がさらにイラつかせる。カイは眉を顰めて吐き捨てる。
「明日の午前には出る」
長居する気は毛頭ない。
『了解しました。175エピオンになります。どうぞ楽しんでいってください!』
カイは遊びに来たんじゃねーよと洩らしながら自販機に紙幣をねじ込んだ。
◆
惑星セントラルナディア(The central Nadia)と命名された惑星は「中央」の一言で呼ばれることが多い。
惑星はその発見者が命名する権利を持つ。冒険家マーティン・ワインバーグが娘の名にちなんだというのは有名な話だ。中央政府やら銀行本店やら移民会社やらが集まり、天の川銀河の中央に近くアクセスの便が良いのも物流が集まる原因になっていて、まさに政治経済の中心地と言って良い。
自転周期は平均25時間17分。銀河を二分する勢力の一つSUN、宇宙国際連合の主要施設が集まっていて、下部組織である安全局の総本山も当然この星にあるため、めったに来ない「中央」まで来る羽目になっていた。
「しかし……」
やけに天井の高い宇宙ステーションを歩きながらディードリヒが言い出した。
「なぜ中央に呼びだしなのだ? 大抵の用件は所属支部で十分だろう」
そう。それは気になっていた。用件が一ヶ月前に改訂された例の法律の事なのは間違いが無かったが、それこそ支部で事足りる。
「そうなんだよなぁ……なーんか嫌な予感がするぜ」
もちろん。
カイの予感は的中する。
◆
二人でエレベーターを降りるのは金の無駄だと判断し、ディードリヒはステーションに残りついでに消耗品の買い出し。安全局へはカイが行くことにした。
「ディード、ついでに仕事が無いか探しておいてくれ」
「うむ。だが教会には寄らせてもらうぞ」
「好きにしてくれ」
ディードリヒは教会のある場所に寄った場合、時間があれば祈りを欠かさない熱心なキリスト教徒であり、いつもの事である。
「しかし、私たちが受けられるような仕事があるだろうか?」
「たいしたもんはねーと思うが、ここまでのガス代くらいは稼いどきたいだろ」
「うむ……前回来たときよりも空港利用料が25エピオンも値上がりしていたしな」
「ゲルマン系は細かいな」
お約束のやり取りをしてから、カイは軌道エレベーターロビーへと移動した。
◆
エレベーターロビーはステーションの中央にあり、地上へのゴンドラの入口となっている。ドッキングポート通路にあった自動改札とは違いこのロビーは人間がやっている。実質的な税関になっているからだ。
ステーション上は基本的にSUNの国際法が適用されるが、惑星は個別の主権を持っているからだ。SUN加盟ではあるが、出入りが自由という訳ではない。もっとも現在は様々なシステム簡略のおかげで……、
「観光ですか?」
「いや、仕事だ。安全局の本部へ行く」
「わかりました。そちらの板に手を置いてください」
手続きはこれだけだ。
「エレベーター利用料は15エピオン……はい、たしかに。8番ゴンドラへどうぞ」
「領収書くれ」
忘れるとディードリヒに怒られる。
◆
ゴンドラは30人乗りで広かった。別の惑星なら同じ広さに100人以上詰めるだろう。さらにイスすら無いことも多いのだが、さすが中央のエレベーターで一人一人がゆったりと座れるソファーが並んでいた。
時間的な問題か、偶然か、ゴンドラ数によるものか、中に人はまばらだった。ホテルのラウンジがそのままリニアで加速されて地上に落下しているとイメージしてもらえば良いが、窓の景色以外にそれを体感できる情報は何一つ無い。
重力コイルやらZOIHジェネレイターやら多種の技術革新により、物理法則を魔法でねじ曲げていると錯覚するほどだ。
遙か昔は軌道エレベーターの片道が3日以上かかっていたそうだが、今や片道20分の旅である。そして20分という無駄な時間をどうやって過ごすかは人生で上位に入る難問であった。
眠くもなかったので無料誌でも読もうかとブックスタンドに近づくと、ツバ広帽子の女の子が熱心に求人情報誌を読んでいた。なんとなく腕モバイルを確認すると、学生は春休みの時期だった。
短期で率の良いアルバイトでも探しているのだろう。大きめな皮製トランクを横に置いているので旅行帰りかもしれない。
俺は読書の邪魔をしないように新聞を取り近くのソファーに身を沈める。紙媒体というのは意外と廃れないものである。見出しだけを流し見るのはやはり紙に限るのだ。
『惑星利権を巡って開戦か?!』
ため息。
『16年の長きに渡る移民会社と遺族団の闘争ついに決着! 和解に!』
どうでもいい記事ばかりだった。
新聞を隣のソファーに放った時、左腕のモバイルが振動した。見た目は腕時計だがパーソナルタイム、惑星時間、銀河標準時、通信、コンパス、GPS、温度湿度気圧磁気計、ライト、鍵、などの機能が詰まった船乗りには必須のアイテムが、ディードリヒからの通信を知らせてきた。
「なんだ?」
「仕事を見つけた」
「早かったな。どんな仕事だ?」
「船の護衛だ。ドブルー建材という会社の船で積み荷は宇宙船の建材。目的地は都合の良いことにイオまでだ」
「へえ。そりゃ帰りが楽だな」
「急な依頼らしく、安全局に護衛依頼をだしたらしい」
「そんなもん警備会社に依頼すりゃいーじゃねーか」
「中央は何でも相場が高い。地方ならともかくセントラルナディアでは安全局の方が安くつくのだろう」
「なるほどな。中央はめったに来ないから思いつかなかったぜ」
「ちなみに仕事を受けた後にキャンセルすると違約金が発生する」
「なるほど……」
しばらく考える。
「仕事は正規なんだな?」
「安全局の仕事リストから拾った。問題ないだろう」
「ま、いつもみたいに怪しい直接依頼じゃないんだから大丈夫か」
「仕事料も安い、片手間の仕事なのだろう」
ディードリヒの推論は的を射ていると思う。悩んでいれば仕事が埋まってしまうだろう。
「わかった。受けといてくれ」
「うむ。だがアレはどうする?」
新法の事だろう。
「なに、どうせ説教だろ。適当に誤魔化してくるさ」
「うむ。任せた。出航は明日の9時だ。遅れるなよ。カイ」
「この惑星って何時間だっけ?」
ゴンドラはすでに減速ルーチンに入っていた。