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涼香の日常

作者: ryouka

−春日影−



高校に入学したあたしは誰とも話すことはなかった。

たまに話しかけられることはあったけど、無愛想に答えて、それで終わり。

言訳かもしれないけど、親の都合でいきなり東の都から西の都に引越しして、心の整理などつくわけがない。


その状況は5月になっても変わらなかったけれど、クラブ活動はしていた。

担任の那美先生が、あまりに孤立しているあたしを見かねて、自分の受け持つクラブに無理やり入部させたのだ。

あたしは那美先生の容姿端麗で、それに似合わない強引なところとが好きだったので少しうれしかった。

入部したのは文芸部。那美先生の趣味で、ちょっとマニアックな漫画やDVD、それにノベルもおいてあるけど、それ以外はいたって普通の文芸部室。

部員はあたし以外に3年生が3人いるけど、うち2人は幽霊部員で、放課後、文芸部室で本を読んでいるのはあたしと部長の吹さんくらいで、3日に1回ほど艶美先生が漫画やDVDを見にくるくらい。

けれど2人しかいないその空間があたしは好きだ(たまに3人だけど)。ガラスから通り抜ける運動部の掛け声、ドアを突き抜ける生徒のはしゃぐ声、そんな騒々しい空間に取り残されたように、この部室は静かで、紙と指が交わる音、それだけの世界。

部長の吹さんはそれなりに優しくて、本を読んでいるとき以外はそれなりにおしゃべりで、それなりの気遣いが出来る人で、あたしが心を許す校内唯一の生徒。

その逆に授業中は憂鬱そのもので、クラスのみんなは明らかにあたしを避けてるし、まぁ自分でそうしたのだけれど、昼食も、休み時間もずっとひとりだと、やはり寂しいというのが本音。

授業と部活の温度差で心は傷を広げていくばかりだった。


もう登校拒否でもしようかと思っていた休み時間、クラスの男子がおもしろそうな話をしているのが聞こえた。

「空き缶!昨日、俺のことブログに書いたやろ」

そう言ってるのはマキンポくん、ある女優と同姓同名だから付けられたあだ名らしい。

そんな女優とは逆イメージの、クラスに1人はいるバカ男子って感じで、話すこともふざけた内容が多かったけど、決してあたしのことを特別視しない人だ。

たまに、前日のTVの話題とか話してくれるけど、あたしは「知らない」で終わらせる。

「マキンポだって、ちょっと前に俺のことブログのネタにしてたからお互い様やろ」

そう言い返すのは、よくマキンポくんとつるんでいるカンさん。なぜ空き缶って呼ばれているかというと、いつも口を開けっ放しでいるカンだから、空き缶らしい。このあだ名もマキンポくんが考えた。

正直あたしはこの2人が羨ましい。いつも一緒にいる友人がいて、クラスにもなじんで、いつも楽しそう。

あたしもいつかこんな友人が出来るだろうか・・・。と彼らの言い合いとも、じゃれ合いとも取れる行為を見ていると、ふいにマキンポくんがこちらを見た。目が合いそうになるのを必死に回避する。

「なんや涼香?ブログに興味あるんか?」

正直いえば興味がある。

最近よくニュースとかでも見るし、やってみたい気もする。

いきなり話しかけられて驚いたあたしは、感情を隠すよう、彼らから目を背けると、空き缶さんが

「アメーバで検索したらでてくるから。結構ハマるわ」


家に帰ってからすぐに検索し、ブログを開始した。


もう寂しいのは嫌だ、この世界は広いんだし、あたしと同じ境遇の人がいるかもしれない。

そんな傷の舐めあいを夢見てあたしのブログは開設された。

もちろんブログを解説したことをマキンポくんと空き缶さんには言わなかった。

誰にも見られたくない、本当のあたしの心の闇をさらけ出せる場所。

そのような場所に知人を踏み入れたくない。

その日からあたしは毎日ブログで今日あったうれしいこと、悲しいことをつづった。

大半は悲しいことで、うれしいことなんてほとんどなかったけれど。


しかし、そんなあたしに現実は手を貸してくれなかった。


ブログでもあたしはひとりぼっちでした。


1日に数十件のアクセスはあったものの、ベタやコメントはひとつもなく、ブログの内容が暗すぎたのか、愚痴ばっかりだったせいか、誰もよりつかず、交友を広めることはできない。

もうブログもやめようかなと思っていたあたしは、先週、那美先生が貸してくれた本のことを思い出した。

「涼ちゃん、これ貸してあげる。この子がきっとあなたを救うわ」

そう自信満々に言った。そんなオタクな絵が表紙の文庫本でよくそこまで自信が持てるなぁ、心底尊敬するよ。

「読んでみて、おもしろいから。読んだら感想聞かせてね」

その本は、無意識に超現象を引き起こす少女と、平凡な少年が繰り広げる学園モノの小説ノベル

その少女は周りになじむことがなく、いつも1人で好き放題している。

あたしはそんな少女に憧れを抱いた、似ているところもあったので尚更。

そんな少女のセリフを思い出す。

『あたしは自分を変えてやろうと思った。 待ってるだけの女じゃない事を世界に証明するために』

待っていても何も変わらないんだ。

そんな当たり前なことを、15年生きてきてやっと気付かされたよ。

毛嫌いしていたオタクっぽい絵柄の文庫本に・・・。

そういえば那美先生がいつも言っていたなぁ。

「見た目じゃなくて、中身だよ、中身!それは全てのもに共通する事柄さ」

ありがとう先生、やっと気付きました。

そしてあたしは、自分の趣味と合うブログを探してコメントを入れた。

その人はHNをメレンゲといい、大学を卒業した会社員で、記事には『最近仕事をする気力がない』やら『転職しようかと考えている』など書いていた。あたしとよく似た境遇にいるな、と感じて、ありきたりな励ましの言葉をコメントに入れた。あまりいい言葉を思いつかなかったので。


すると後日返信があった。

正直泣きそうだった、いや泣いていたのかも知れない。

『ありがとうございます。まさか高校生に励まされるなんてまだまだですね(笑)もう少しがんばってみます』

無機質で、ただの液晶に映し出された文字なのに、それはピカソの絵画よりもあたしの心を動かした。

実際、励まされたのはこっちだよ。

それと同時にありきたりなコメントをした自分に嫌気がさしてくる。

もっと人と向き合うことから始めよう、ブログなら顔も見えないしきっと大丈夫。

また、中学校のときみたいに楽しい生活が送れる、いや遅れるようにするんだ。

ダメになりそうならきっと助けてくれる、あの無機質な魔法が。


そんな初夏の終わりでした。




−夏季熱−



人と向き合わなくなった自分の心を、治そうと決意した6月の終わり。

現実はそんなに甘くはなく、1学期の終業式間際になっても相変わらずクラスに友人はいなかった。

あたしの『ブログで心のリハビリ作戦』はあえなく失敗したわけだ。

それに反してブログは順調で(あたしの中では)更新をしない日はなく、ブログの読者登録者が10人を超えたことと、補習はあるけど、一応学校が長期休暇になり、上機嫌だった終業式の日、あたしは部長の吹さんに、おもしろい店があるから一緒に行こうと誘われ、あるおもちゃ屋に向かった。


そのおもちゃ屋は町で一番にぎやかな商店街のはずれにあって、正直いうと立地条件が最悪だ。

よく見つけたよ吹くん。

「あそこの店は、ちまたで有名でね、すごい豊富な品揃えで有名なんだ、店長もおもしろいし」

人にここまで言わせるおもちゃ屋とは、どれほどのものか期待しながら道程を行く。

おもちゃ屋につくとすさまじい数のプラモデルが入り口からはみ出るほど陳列されていた。

陳列というよりただ置かれていると言う方が正しいかもしれない。

また店の名前がユニーク。

『カルマ・J・キダ』

その名前で誰がプラモデル屋とわかるのだろうか?地図やタウンページに載っていてもわかるはずが無い。

だがそんなことで驚いていてはいけない、店長がそのはるか上、雲を突き抜けるくらいの別格なユニークさを兼ね備えていた。

店に入ると音程の低い、聞こえるか聞こえないかギリギリの声でカウンターから「いらっしゃい」と聞こえた。

こんな小さくて耳を澄ませないと聞こえないような声なら、言わない方がましだろうと内心思いながら、吹さんの後をついていく。

彼は特に欲しいものがあるわけでなくて、店に行きたい気分になったから来ただけらしい。理由を聞くと。

「カルマ・J・キダさんに会いにきただけだよ」

なんで店に対して会いに来たなんて、擬人法みたいな言い方するんだろう。

彼はいつの間にか、傍らに300円と値札の貼られたプラモデルをもっていた。

「買うもの決まった?もういいの?」

「そうだね、もういいや、レジにいきたいから呼んできてよ」

と吹くんは悪戯をたくらむ幼稚園児のような顔でいった。

彼がその顔をしたときは高確率で悪戯を仕掛けてくるが、ほとんどがくだらない結果で、苦笑を浮かべるだけだ。

まぁそういうところが彼の良い所なんだけど。

「キダさん、すみませんがレジをお願いします」

あたしは、商品の陳列をしているキダさんに尋ねた。

この人は気難しそうな人なので、出来る限り丁寧で優しさを含めた声質で言ってみる。

しかし、相手は何事もないように、作業をしている・・・この人耳が悪いのかな?

さっきよりも大きな声でもう一度言ってみるが反応はなし。

不安になったので吹くんを見ると、笑っている、あの悪戯な笑みで。

もしかして彼は、店長なのに普通の店員みたいに「さん」付けされたのが嫌なタイプの人間か?

「キダ店長、お会計お願いします」

レジという日本語もおかしいので会計と言い直したけど、さっきと変わらぬ手つきでもくもくと作業を続けている。

頭に血が上ってくるのを感じ取れた。もう限界だ。

呼んでも返事しない店員なんて、接着剤が無いと作れないプラモデルと一緒。

怒りを超えて、あきれたあたしは店を出ようと、すると吹くんが大げさに口をパクパクさせて、何か伝えようとしている。

もういいじゃない、悪戯はもう終わり。

そう思いながらも彼の口の動きで言葉を導き出そうとした。

カ・・・ウマ・・・?飼馬!!ちがう・・・。

そうか、だからあの時そう呼んだのか。

数十分間の謎を解いたあたしは、満足にあふれた声と怒りのこもった声で

「カルマ・J・キダさん、会計早くして下さい」

キダさんはそそくさと作業をやめ、やはり低音で聞こえるか聞こえないかの声だったけど、丁寧に

「ハイ、ただいま」

さっきまで、無視してたのに。いきなり礼儀正しくなった様を見て、おかしくなって笑ってしまった。

それに気付いた吹くんもうれしそうに笑っている。その横でなぜか店長も。

もしかして、笑わないあたしの為に、吹くんとキダさんが作戦したのかもしれない。


そんなわけないか。


それにしても、こんなに笑ったのは何ヶ月ぶりだろう、あたしは笑いを閉ざした日々の分だけ笑った。

やっと笑いが冷めて2人を見ると、明らかに引いていた。


変な店長と出会ってから、1週間がたち、ようやく夏休みのゆるさに体が慣れ始めた頃、あたしにとっての憂鬱の軸となり原材料である学校が始まった。

補習だ。

あたしは一体、学校に何しに来ているのだろう。

友人を作るわけでもなく、勉強もこの通り3教科も赤点を取り、補習にこなければならないし、文芸部の本を読みにきてるだけか。

まぁこんなことを授業中に考えてろくにノートもとらないからダメなんだろうと、2秒で結論を出して、隣を見ると、補習とは縁のなさそうな人がいた。マキンポくんだ。

彼はいつもふざけた言動や行動が多いが、学業においては優秀で、彼が黒板に間違いを書いたのを見たことがない。

あまりにも不思議だったのでたずねてみると、彼は珍しそうな顔であたしを見つめる。

そうか、人に話しかけることなんてこの学校に来てから1度もなかったもんね、これもブログのおかげかな。

「涼香が話しかけてくるなんて珍しいな、特別に教えてあげよう。お前なら誰にも言いそうにないしな」

それはあたしに友人がいないといっているのと同じ様な気がするけど。

「そういう意味じゃないよ、でも現にそうやんか」

反論できない。

「俺な、実は俳優になりたいねん」

あなたはどちらかというと芸人に向いていると思うけど。

「今、劇団にも入ってるんやけど、親がうるさくてな、入団するなら勉強もしっかりしなさい。なんていうから、補習にも行かなきゃ行けない始末なんよ、せっかくの夏休みなのに遊びに行きたいよ、この夏は勉強尽くしだ」

そういった彼の顔はうれしそうに見えた。


その日の深夜、コンビニにプリンでも買いにいこうと思い、駅前まで自転車をこいでいた。

道路工事をすれ違ったとき、その場所にいるはずのない人が立っている。

その人は赤く点滅した棒をゆらりゆらりと振っていた。

「キダさんだ」

時間は今日と明日に向かう寸前。

一瞬見間違えかなと思ったけど、あの特徴的な顔を忘れるわけがない。

それに今週、意味もなく3度も来店したし。

声をかけようかと思ったけど、いつもと雰囲気が違う。

店での「カルマ・J・キダ」のような優しい目はしていなかった。

あたしはそこを通り過ぎる際、一定よりもスピードを出しうつむいて、あたしだってことをキダさんに知らされないように通った。

なんだか見てはいけないものを見てしまった気がしたから。

あたしもいつか、何かを犠牲にして守るものができるだろうか・・・。


夏は思った以上にせわしなく太陽と月を追い、あたしの心を置き去りにする。




−秋入梅−



家と学校とプラモ屋という、あまりにも少ないバリエーションで終えたあたしの夏休み。

2学期に入ってからの学校は、というかクラスは、それほど居心地の悪いものではなくなっていた。

この空間で初めての友人が出来たのだ。

補習で顔をあわせることも多く、隣の席ということもあって、マキンポくんは友達というのものにかなり近い存在と言える。

昼食も1人ではなくて、マキンポくんと空き缶さんと食べることが多くなった。

そんないつもの帰り道。スーパーの前で、お隣さんのマサさんを見かけた。

マサさんは、30代後半のバツイチだけど、それを感じさせない清潔さ、優しさ、紳士さを持ち合わせていて、バーを経営しているといえば誰もが納得する、渋いおじさんだ。それに実際バーを経営している。

「やぁ涼香さん、こんばんは」

「こんばんは、マサさん。今日も1人でお買い物ですか?早くお嫁さん見つけないと誰も相手にしてくれなくなりますよ」

「あぁそうだね、時間は待ってくれないからな。忠告ありがとう、涼香さん」

という具合で、こんな失礼なことを言っても、受け流せる大人なおじさんだ。

「僕のことはいいとして、君も最近は大変じゃないのか?」

その言葉が意味するのは、1週間続いている夫婦喧嘩。

初めは文句の言い合いだったのが、ここ2、3日前から、双方が手を出す始末。

喧嘩の原因は様々で、引越しのことから始まり、家事のこと、給料のこと、欠点の罵り合い、そしていつも最後にたどり着くのが、母の「あんた、浮気してるんでしょ」というオチとなるセリフ。

そんなことを毎日、夜の8時〜12時までやっていると、さすがに隣人も気になるだろう。

「そうですね。あたし、友達も少ないから逃げれる場所ってなくて」

あたしが身を休める場所は、自分の部屋か、キダさん経営のプラモ屋しかなかった。

残念ながらプラモ屋は9時で閉店。

そんなことを考えてると、あることを思いついた。これはいいアイデアかもしれない。

「マサさんのところで、バイトさせてくれないかな?」

明らかにマサさんの顔は引きつっている。それはそうだ、お酒を出すお店で20歳未満が働いて、しかも高校生。

しかし意外な言葉が返ってきた。

「そうだね、最近人手も足りなくて困ってたんだ。そのかわり親の許可を貰ってください」

そういうとおじさんは微笑みながら手を出して「よろしく」と言った。

その笑みの意味を考えながら、あたしも笑っておじさんの手を握り「お願いします」と言った。

そしておじさんはもうひとつ条件を出した。

「研修期間は2週間、それでこれからやってもらうか、やめてもらうか決めさせてもらうよ」


そんな日から3週間が経ち、あたしはバーのバイトを続けていた。


そして相変わらず、我が家の夫婦喧嘩も続いて、頻度は落ちたが2〜3日に1度は開戦される。

バーは、文芸部室の次に意心地がよく、お客さんのマナーもよく、店もおしゃれで清潔で申し分ない。

きっと客の雰囲気は店長の雰囲気に似るのだろうと、ペットは飼い主に似る的なことを考えていた。

そんなことを考えれる日はお客さんが1人もいない時間で、のんびり、マサさんが作るカクテルを見ていられる。

8の字に動きながら、華麗な手つきでシャカシャカとシェーカーを鳴らし、グラスに注ぐ。客もいないのに。おじさんは常に努力を惜しまない人だ。

「これは加藤くんがあとで飲むだろう」

そう言って、練習用のカクテルを冷蔵庫にそっと入れた。

加藤くんとは、この店で2年前からバイトしている大学生で、いつも10時〜閉店まで働いている人。

ふと、マサさんと目が合った。何か言いたそうな表情をしている。隠そうとしてもあたしはわかる、そういう直観力には優れていると自負しているからね。

「マスター、何かあったんですか?」

マサさんには、仕事とプライベートは分けなければいけないという信条があるので、店ではマスターと呼んでいた。そういうところはキダさんと似ている。

そのことが邪魔して、なかなか口に出しずらそうだ。

「今はお客さんがいませんし、それにマスターがそんな顔してたら、あたしも気持ちよく働けません」

軽い口調だけど優しさを含んで言ってみた、するとマサさんが微笑む。

「そうだね、ごめんよ涼香さん。それに君になら言っても良いような気がする」

どういう内容だろ。何であたしになら言っても良いんだろう。ちょっと身構えをしなければ。

「いや、君は何を話しても受け入れてくれそうな、そんな雰囲気がする。そういうことだよ、心配しないで」

そんなこと前にも誰かに言われた気がする。誰だっけ?

記憶の引き出しを何振りかまわず開けまくって探していると、マサさんが口を開いた。

「前の奥さんがね、結婚することになったんだよ。その理由もあって、もう娘とは会えなくなったんだ」

これはまた、高校生のあたしに解決できないような悩みを打ち解けてくれましたね。これは重い。

適当な言葉は言わないと心に決めていたあたしは、おじさんの心に水をやれるような言葉を思いつけなかった。

そんな表情のあたしを見て

「いいんだよ涼香さん、答えなんて探さなくても。僕はこんな言葉を聞いたことがある。悩みを人に話したときに悩みは解消されているってね。そんなことあるわけ無いと思ったけど、今日、実感したよ。ありがとう涼香さん」

そういうこともあるのか。何もしてないのに感謝された。言葉って一体なんなんだろう。

時より言葉は何の意味もなくなり、見えないものが優しく包むことがある。生物にはそういう魔法が備わっている。進化の最中で人間はなくしていったのかもしれない、その素晴しい能力を言葉と引き換えに。人は奇跡を捨てたのだろうか。

マサさんの顔は本当に穏やかになり、あたしもなんだか癒された気分になった。すると店のドアが開いた。

「こんばんわっす。今日はお客さん少ないっすね」

バイトの加藤くんがやってきた。もうこんな時間?店の時計を見ると10時10分前だ。

加藤くんが何やらニタニタした顔であたしを見てくる。あまりにも気になるので注意する。

「そんな顔で見られたら、気分を害されますよ」

それでもうれしそうな顔をしている加藤くんは、やっとその理由を言ってくれた。

「涼香ちゃんは学校に彼氏とかいるの?」

「加藤くんってロリコンですか?」

質問を質問で返してあげた。友人も指折り出来る人数なのに彼氏なんかいるわけないよ。

あたしはその手の質問が嫌いなので加藤くんの目を睨んだ。

いつもは気の利くお調子者なのに今日はどうしたんだろう。キャラを見失ったのか?

「何や、おもんないな」

すみませんね、ご期待に添えなくて。

「実は涼香ちゃんの学校で教育実習することになったやで」

あたしは思わず口を手で押さえる、驚きのあまり声が出そうになったので。

「まぁ1年生を担当するかわからんけど、そのときはよろしくな」

あたしは適当に返事をして、憂鬱な気分に陥った、まさか知人が学校に来るなんて。しかも教師として。

学校の自分を知人に見せたくなかったのに、でも決まったことにとやかく言ってる場合ではない。

これをきっかけにもっとクラスの人に接するようにしよう、がんばるようなことじゃないだろうけど・・・。


そして見事に加藤さんは1年生の生物の担当となり、あたしのクラスの副担任となった。




−冬牡丹−



吐く息が白くなり、手がかじかむ、文字通り冬と言える季節がやってきた。

冬ならではの澄んだ夕日を背にしながらの下校中。

隣には吹さんがいて、5日ぶりの「カルマ・J・キダ」への来店をしようと話していた。

あたし達にしては久しぶりと言える来店で、いつもなら2〜3日に一度来店している。

それほどあたし達の憩いの場でもあり、安らぎの場でもあった。

店に着くとどういう訳か閉まっている。何で?

2人で「風邪でもひいてるのかな?」と話しながらその日は終えた。

しかし次の日も、その次の日も・・・1週間たっても店は閉店している。

吹さんは「気まぐれだろう」とその事態を重くみていなかったけど、あたしは何だか、異常事態に思えて、あの夏の日、深夜にキダさんを見かけた道路工事現場に行ってみた。

もう季節をひとつ跨いだというのに、まだ道路工事は終えていない。

いつも思うけど、何でこういう工事って時間がかかるんだろう。まぁ今回はそれが幸いしたんだけど。

その工事現場を見渡してみても、キダさんらしき人は見当たらない。

ここまできて何も手がかりを得ず、もやもやした気持ちで帰るのは嫌なので、近くで、交通整理をしている男性にきいてみた。

「すみませんが、ここでキダさんという方は働いていませんか」

彼は少し考えてから

「あー、キダさんね、いたよそんな人、たしか先週から入院したとか言って、バイトもやめたよ」

入院?予想以上に悪い展開にあたしの胸は締め付けられるとなる。

「どういう病気なんですか?それとどこの病院かわかりますか?」

「あの人の番号なんて皆知らないんじゃないの?仕事終えたらすぐ帰るし。入院した原因は過労じゃないの?朝から晩までプラモデル屋やってるんでしょ?それに深夜から早朝までこっちのバイトしてるし。そりゃ倒れるよ」

本当に関わりがない人みたいに、水素よりも軽いかもしれない感情で話してくれた。


次の日、吹さんに話してみると少し驚いた表情を見せ、信じきった目で

「大丈夫でしょ、カルマさんならまた戻ってきて、知らない間に営業開始してるよ。あの人は唯一無二のプラモ好きだから」

しかし、その思いは叶うことがなく、店のシャッターが開く日はなかった。


そんな悲しみを縫い始めれたクリスマスイブの前日。あたしはバイトに行く途中、ある2人組みを目撃する。

加藤くんと那美先生だ。どうしたんだろ?

加藤くんはバイト仲間でもあり、あたしの学校の教育実習生で、無事に実習を終え、そのひょうきんさと人の良さで人気を集め、何人かの生徒と携帯の番号やメールアドレスを交換するほど。那美先生はあたしの担任で、この先生も生徒に人気があり、他の先生がねたむほどだった。

その人気のある教育実習生と美人教師が並んで歩いているのが、珍しかった。

あたしも先生に気を許すひとりの生徒なので、声をかけてみた。

「那美先生、加藤くん。2人でデートですか?」

冗談で言ってみたのだけれどなんとビンゴ。

「そうなの、今からルミナリエに行くのよ」

その照れた表情と、学校では見せない女の眼が嘘でないと物語る。

「今からバイト?気をつけて、ほなまたな」

加藤くんがそういうと、2人は手を振って駅方面へ歩いていった。

彼もあたしとバイト、入れ替わりで入るのに忙しいな。

バイト先に到着して、あたしのお隣さんでもあり、マスターことマサさんに、そのことを話すと、もう知っていたようで、深夜に加藤くんがいる日は那美先生がお酒を飲みにくるようだ。

いつも通りの時間に来た加藤くんに「どうでした?キスはしたんですか」とおふざけで耳元にささやき、逃げるように退勤した。

そんなあたしを家で待っていたのは、暖かい「おかえり」の声ではなく、いつも通りの地獄絵図だった。

また喧嘩してるよこの夫婦は。もうかれこれ2ヶ月以上も続く夫婦喧嘩。

耐えられなくなったあたしは、その日初めて喧嘩を止めに入った。

「お父さん、お母さんいい加減にして。どうして喧嘩ばっかりするの」

すると意外な言葉が2人から返ってくる。

「お前がいたら、余計喧嘩になるんだよ、邪魔」

「本当に迷惑な子だよ」

一瞬何がなんなのかわからなくなった。どうしてあたしのせいなの、あたし達3人は家族なんだよ、なのになんで邪魔だとか、必要ないみたいなことを言うの?

よくこういうとき、頭が真っ白になるとか言うけどそんな綺麗なものじゃない。あたしはもしかして「殺してやる」くらいの感情がにじみ出ていたのかもしれない。そうだあたしは黒いんだ、淀んでるんだ。

せっかくクラスにも友人が出来て、バイトでも上手くやっていけてるのに。

何かが上手に良くと、また何かが悪くなる。その繰り返しに嫌気がさしてあたしは家を飛び出した。

向かう先を複数も考えるほどの落ち着きはなかった、今あたしを守ってくれそうな人は・・・。

あたしは泣きながらさっき来た道を戻り、ドアノブを力いっぱい引いて、叫んだ。

「あたしもう耐えられないよ、どこか遠くに連れて行って。お願い」

これ以上の本心があるのだろうか、もうこの町にいたくなかった、この空気を吸いたくなかった。

この町はあたしの全てを奪い、狂わせる。

あまりにも異常な様子のあたしを見かねて、マサさんはあたしを休憩室へ誘導する。

「もうバイトは終えたはずだけど、どうしたんだい?聞くのは愚問のようだね・・・。今日も喧嘩していたのかい」

その心の淀みを消してくれそうな低い声があたしを落ち着かせてくれる。あたしは声には出さず、首で返事をした。

「マサさん、お願いもうこの町にいたくないの」

あたしがそう言うと、マサさんは車のキーを持って

「仕方がない、君がこの店に求めていたものがそれだったんだ。どこでもつきあおう」

彼はそう言って、あたしの頭を撫でた。まるで犬や猫を扱うような手つきで。


車は東へと進む


「どこに行きたいんだい?どこでもいいよ。生まれた町かい?」

初めは生まれ育った町に帰りたかったけど、今あの町に帰ってしまうと、それは生き死にに関わる気がした。

町に戻って、もし皆があたしのことを友人としてみてくれなかったら・・・。

今ではもう生まれ故郷は、前とは意味が違うものとなっていた。それは幻想だったように。

「おじさんが好きな場所が良いな」


そして着いたのが日本海だった。もう朝日が昇りそうだったので、震えながら朝焼けを待つ。

マサさんが分厚い黒いコートを肩にかけてくれたけど、それでも震えは止まらない。

しかし、そのほのかな暖かさは、父でも恋人でもなく友人でもない、それらを超越した何かが潜んでいた。

それに、この海は居心地がよく、忘れたものを思い出させてくれる。そんな優しい雰囲気がする。

太陽がスーッと上り、朝焼けが海を、浜辺を、あたし達を照らす。その瞬間、今までの黒く淀んだ気持ちが流れていく、朝焼けが闇夜を消すように。

「マサさん、ありがとう」

あたしがそういうと少しだけ微笑んで、リモコンで車を開けた。

マサさんはあの朝焼けに何を見たんだろう。今までに感じた雰囲気とは違う、それは神々しいものに近い。

そんな気がする。

町に帰ると事態は急変した。マサさんの店の前に数台のパトカーが止まっている。

さすがのマサさんも顔の色が変わり、あたしを家に送る前に車を店の前に止めた。

マサさんは冷や汗をかきながら、駆け足で店の入り口を開ける。あたしもそれについていく。

すると警官が出てきて、あたしの顔を一瞥して「涼香さんで間違いないね」と尋ねられ

あたしは、確かに間違いはないので「はい」と答えると警官が無線機で

「8時26分神崎涼香、彼女のバイト先のバーにて、その店長と思われる人物と確保しました」

そういうと警官はあたしの手をひき、パトカーの後部座席に押し込んだ。

これこそ頭が真っ白になると言うことなんだと、理解し、呆然とする以外なくて、離れていくマサさんを見つめた。


後日、あたしは被害者として警察署へ何度か向かうことになった。

必死の弁解も空しく警官はただ「あの男に言わされているんだろう」それのみだった。

警官はそこまでマサさんを誘拐犯として怪しんでいるのかと言うと、20歳未満のあたしがバーで働いていること、そして一番の理由は前回の離婚の原因が不倫らしく、その相手が女子高生だったらしい。

何日も取調べをして、マサさんは罪が逃れたのは年が明けてからだった。

そのことを母から聞き、急いで隣に住むマサさんの家のチャイムを押した。

何度押しても空を切るピンポーンと、緊張感のない音が響く。しばらくするとドアが開いた。

マサさんの家でなくてあたしの家のドアが。

「マサさんなら引っ越したわよ、あんな男、隣に住まれたら面倒だからね」

疑問符が頭を埋め尽くす。どういうこと、何で面倒なの?うっとうしいのはあんたら夫婦だよ。

「あの人はバツイチでね、そのときの不倫相手が女子高生だったんだよ。涼香はだまされてたんだよ」

そんなはずはなかった。あの暖かさは何も求めていない、見返りを求めない、子供の目の色に近い純粋な優しさだった。ふれたことのないあなたがなぜそんなことを言えるの?そうやって人にレッテル貼って。

あたしは崩れ落ちた。マサさんがあたしに優しくしてくれた意味を深く考えながら。

行く当てもなくただ、家の前で泣きつくした。

するとお母さんがあきれた声で

「マサさんからの手紙だよ」という。

引きちぎるようにお母さんの手から奪い、丁寧に封を切る。


『いきなり引っ越してすまない。この町にいると、涼香さんに迷惑がかかるから。最後に僕からいっておきたいことがある。今までのお礼をこめて。涼香さんは悲しみに浸りすぎているんだと僕の眼から見て思う、それは幸せを必要以上に強く想い、尊いもだと感じているからだろう。僕もその考えは間違っていないと思うけれど、それだと君はどんどん世界を狭くしていく一方だ。僕が思うに、幸せと不幸は等価値だと考えている。確かに不幸は恐ろしいことだけど、それに怯えていて踏み出せなくては、幸せは遠のくばかりだ。不幸も幸せも同じものだと感じること。 今までありがとう、少しでも父親気分を味あわせてもらってうれしかったよ』


その手紙と、バイト代27,000円が入っていた。

あたしはそれを机の引き出しの奥へ閉まった。



度重なる別れで広がる傷も、夫婦喧嘩が終えたことによりまた縫い治し始める。

そんなあたしに別れの連鎖は止まらなかった。

3学期の始業式。那美先生の姿はみえず、変わりに副担任が朝礼をしている。

「那美先生は諸事情により退職いたしました、それと神埼さん、あとで生徒指導室まできなさい」

刺々しい物言いで、その言葉だけ放つと教室をあとにした。すかさず先生を追う。あとでなんか我慢できない。

「那美先生が、諸事情って何ですか?どういうこと」

「その話しかね?君には聞きたいことが沢山ある。まぁ指導室についてからにしよう」

あたしの慌てぶりとは反対にその冷静な態度が酷く鼻につく。

生徒指導室に着いたあたしはすぐに先生に問う。

「那美先生はどうしたんですか?」

「退職なさったよ」

「理由を教えてください」

先生の話しを最後まで聞くほどの落ち着きはなかった。また悪い予感が頭を渦巻く。

「君、冬休みに騒動起こしたよね。そのとき、君のバイトしているバーに那美先生と加藤くんがいてね。うちの学校は職場内交際を禁止しているんだよ。それに相手は教育実習生とあっては先生として示しがつかないだろう?なので退職して頂いた」

何でなの?加藤くんは実習も終えてるのに、那美先生が辞めさせられる理由はひとつもないじゃない。

そういってあたしが反論するも、「決まったことは決まったことなんだ」そういって足蹴にされ、決め手に

「君は停学処分としてもらうよ、4週間の。無断でバイトをしていて、さらに酒を取り扱う店だなんて。普通なら退学ものだ」

最後には正論を言って、先生は荷物をまとめてきなさいと言い、あたしを教室へ戻らせた。

軽くクラスメイトに挨拶をして、あたしは教室をあとにした。


帰り道の途中、登録されていない番号から電話がかかってきた。出るかでないか迷ったけど、余りにもコールが長いので出ることにした。

「涼ちゃん、元気?」

この声は、聞き覚えがある。というよりほぼ毎日聞いていた声だ。

「那美先生ですか?」

「そうよ、涼ちゃん。ごめんね、何も言わずに学校辞めちゃって」

思ったより元気そうで何よりだ。

「あたしこそごめんなさい。あたしのせいで学校辞めることになって」

本当に申し訳ない、あたしと登校権を取り替えたいくらいだ。

「いいのよ、あなたのせいって訳でもないわ、まぁきっかけはそうだけど。それより文芸部をよろしくね」

あたしは懇願するように言う。もうこれ以上、大事な人を失いたくない。

「もう会えたりしないんですか?」

「そうね。あたし、加藤くんと結婚することにしたから。彼も大学を辞めて、福井にある実家で住むことにしたの。だから会えることはないかもね」

「あたし、絶対会いに行きます。だからそのときは住所教えてください」

「ありがとう。・・・あと文芸部室にあるあたしの私物、全部あげるから。さよなら」

先生はどこかスッキリしたように、最後のわだかまりを消せた達成感にあふれる声で電話を切った。

何で先生はあたしにあの私物を全部与えたのだろう、なぜ先生は「またね」と言わなかったんだろう。


そんな焦燥感を感じながら4週間の停学期間は過ぎた。


4週間ぶりの学校でみんな、あたしのことなんて忘れてるかな、という変な期待感で教室のドアを開けた。

するとみんなあたしのところに集まってきて、今までにあった学校での出来事を話してくれた。あたしってこんな人気者だっけ?停学開けの生徒が珍しいだけだろう。あたしはふと、小さな異変に気付く。

「マキンポくんは?」

あたしがそういうと、みんな口をそろえて「詳しいことは空き缶に聞いてくれ」そういうので、あたしは休み時間、中庭で空き缶さんに話を聞くことにした。

「涼香さんは文系に進むん?」

「そうだよ、空き缶さんは理数系だっけ」

彼は返事をせず、うつむいたままだ。話しを変えなきゃ。

「マキンポくん、皆の雰囲気からすると風邪じゃないみたいだけど、どうしたの」

空き缶さんは2キロくらい先を見つめるような眼で

「あいつ学校辞めて東京行ったんや。俳優になるために・・・ほんまにアホやで」

ドッキリかなと一瞬思ったけど、間違ってもそんな様子ではない。

「高校卒業してからでもできるのに、今しか出来ないこともあるのに」

彼は両手を握り締めてうつむいたまま、声にならない声で泣いた。


空き缶さんの空を切る思いを聞いてから2週間が過ぎ、学校がにわかに活気だす季節が近づいてくる。


放課後、いつものように文芸部室は吹さんと2人きり。

パソコンで何やら打ち込んでいる彼に思い切って質問をした。

「吹さんは、バレンタイン何か欲しいものありますか?」

返事は返ってこない・・・。どうやらパソコンに必死みたい、あたしは吹さんの前に顔を出す。これなら気付くでしょ。

吹さんは予想以上の反応で、体全体に電気が走ったように大きく震えて

「びっくりしたなぁ、いきなり顔、出すなよ」

少し不機嫌そうにそう言う

「何度も呼んだんですけど、吹さん集中してて聞こえなかったみたいです・・・。何してるんですか?」

パソコンの画面にはズラーッと文字が並んでいる、『前にならえ』をするみたいに。

「小説かいてるんや、実は前からずっと書いてたんやけど、家だけやったら書いてる時間が足りへんから、部室でも書いてるんよ最近は」

受験勉強はしなくて大丈夫なのかな、と思ったけど、言えば不安を煽るので言わないことにした。

「バレンタイン何か欲しいものありますか?」

あたしは胸の高鳴りを抑えるように、冷たくその言葉を吐いた

俺にくれるの?と言う顔をして、パソコンの画面とにらみ合いっこをしている。

「小説」

何?

「涼香、小説書いてきてよ。ジャンル不問。俺へのバレンタイン、卒業祝いとでも思って、原稿は30枚な」

そんなこといきなり言われても、書けるわけない・・・でも。吹さんが望むなら。


それからはずっと、小説のこと考えるばかり。こんなこと誰にも相談できないしな・・・・。


あたしはずいぶん放置しているブログのことを思い出した。ほっといたままにしてもう1ヵ月以上経つなぁ、もう誰も相手にしてくれないよね。または締めからやり直しか、今から仲良くなって小説のこと相談して、来週のバレンタイン間に合うかな。

そう思いながら、ブログのトップメニューを見るとベタのところに「1件」という数字が書かれている。

誰かがたまたまベタしてくれたのかな?そう思い、ベタをクリックして、誰からのベタか見ると

『6日・・・4日・・・1月20日・・・』

あたしがブログのことを忘れている間の約1ヶ月。毎日ベタがされている、しかも同じ人が。それは・・・。


「メレンゲさんだ」


あたしがブログをやり始めて、初めて記事にコメントを書き、あたしの記事に初めてコメントを書いてくれた人だ。

メールもきていた、送り主はもちろんメレンゲさん。

「最近更新してないけど、元気かな?涼香さんに励まされてから約半年。ついに大きなプロジェクトのメンバーに選ばれました。僕のずっとやりたかった仕事です。本当に感謝しています。涼香さんがいつ帰ってきても寂しくないようにベタします。ジンクスとでもいうのかな?ちょっと気持ち悪いけど許してね」

もう言葉が出なかった。

必要なときに欲しがり、必要がなければ捨てる。そんなあたしをこの人はずっと待っていてくれたのだ。

心底自分を責めて、少しでもその償いが出ればいいと、あたしはクリックを押した。


バレンタイン当日、メレンゲさんの協力も得て、あたしは無事に原稿用紙15枚分の物語を作り上げた。

「涼香、俺が欲しかったのは30枚の原稿やぞ?」

顔は不機嫌そうだけど、明らかに声が喜びを表現している。

「合作にしましょう。あたしが前半書いて、吹さんが後半書いてください。それがあたしのホワイトデーです、お返しです」

しょうがないなぁという顔をして

「前半後半じゃなくて、小説の場合は前編、後編やぞ」

そう言ってあたしの原稿を受け取った。


ホワイトデー、あたしは吹さんの原稿を取りに文芸部室に向かった。


でも部室には吹さんの姿はみえない。ただ机の上に30枚の原稿だけが置かれているだけだ。

あたしは丁寧に一字一句見逃さないように、その小説を読んだ。忘れないように眼に脳に刻みながら。

あたしが書いたストーリーは、『好き合う男性と女性がいて、けど女性は思いを伝えられないまま死んでしまう』

そんな切ない話しだったけど、吹さんはそこから『女性が霊になって、男性に思いを告げる』というハッピーエンドを書いた。

それを読み終わったとき、なぜか吹さんにもう会えない気がした。


遠く消えてしまったように、彼が幻のように感じた。


そしてまた季節は巡る。出会いと別れを繰り返し、そのたびに傷付き、そのたびにバカみたいに喜んで。

それでもあたしの鼓動が止まることはない、どんなに苦しんでも、どんなにうれしくても。

そして時間だけが平等に進む。


あたしの日常は続く




読んで頂き本当にありがとうございます。

初めて書いた小説なので、ダメ出しとかして頂ければうれしいです。

感想も残してくれると、なおうれしいです(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 これが涼香さんの処女作なのですね。 春夏秋冬の各章で起承転結がしっかりできているところは、処女作としては素晴らしいと思います。ボクは未だにこれができません(笑) ま…
[一言] こんばんは。コーキです。 実は私、noizというHNでブログの方でお世話になっている者です。 同じサイトで小説を公開していたとは思ってもいなかったので驚愕いたしました(笑) 今夜はちょっと時…
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