肆
確かに止まっている。それがただの故障なのか、少女の言う様に時間が止まっているからなのかはわからないが、それは確かに動いていない、ぴくりともしない。
僕が時計を見つめて固まっている間、目の前の少女は、その姿をじっくりと観察していた。
「わかっていただけましたぁ?因みに、それ、故障とかじゃないんで悪しからず。これで私が人じゃないってわかっていただけたと思うんですが、どうですかぁ?」
「うっ、、、。」
言葉に詰まる。いや、まだだ、信じない、信じたくない。そもそも、時計を止めただけで自分が人じゃないなんて、全くもって何を言っているんだ。それに、人じゃないなら何だ?本当に悪魔だって言うのか?馬鹿らしい、発想が貧困過ぎて呆れてしまうよ。最近の子供は漫画やゲームのやり過ぎで現実と非現実の区別もつかなくなってしまっているのか、それに関してはこの少女がどうこうと言うよりも、むしろ親や周りの環境の責任であって、ある意味この子も被害者で、、、。
「あのぉ、ちょっとぉ、聞いてますかぁ?」
!?
「色々と考察していただくのはとてもありがたいんですがぁ、どんどんと話の方向がずれていっているような気がしないでもないんですがぁ、いかがでしょうかぁ?」
何だ?僕の考えてる事が聞こえてるのか?まさか、そんな馬鹿な話がある訳がない。
「なんでだ、どうやって僕の頭の中を、、」
「いやぁ、だってねぇ、雨宮澪慈さん。さっきから、考えてることそのまま口に出てますよぉ?それを、頭の中覗き見したみたいに言われたら私でもちょっと傷付いちゃいますよぉ?そもそも、さすがに悪魔でも、私、そんな能力もないし、そんな趣味もないですからぁ。でもでもぉ、最後の方はちょっとだけ私のこと擁護してくれたんで大目に見てあげちゃいますぅ。」
僕の問いかけに、少女はニヤニヤと、いや、必死に笑いを堪えながら答えた。完全に馬鹿にされている、手玉に取られている、遊ばれている。何だ、何がしたいんだこの子は。僕を小馬鹿にして、支離滅裂な事を言って僕を混乱させてどうしたいというんだ。
「さっきから悪魔、悪魔って。そもそも、君はここで何をしてるんだ、僕にどうして欲しいんだ。君がここに来た理由は一体何なんだ。」
僕の言葉に、少女は少し笑ってから、こちらをじっと見つめた。
「やっと聞いてくれましたねぇ。もしかしたら、このまま私と雨宮澪慈さんとのやり取りが、堂々巡りが、ずるずると、意味もなく、永遠にも思えるほど長く続くのかとちょっぴり心配しちゃいましたよぉ。聞きたいですかぁ?聞いちゃいますかぁ?じゃあ、教えてあげちゃいますぅ。実は、私ぃ、雨宮澪慈さんの命を」
「い、命を奪いに来たとか言うんじゃないだろうな!?俺が何したって言うんだ!」
僕はとっさに、少女の言葉を遮った。少女の言葉を信じたつもりはないし、信じたくもないが、何故か最後まで聞くのが怖くなった。もしも、そう、もしも仮にだが、この目の前の、自分は悪魔だと言う少女の言うことが正しければ、先の言葉は想像がつく。恐らくは、命を奪いに来た、だろう。
「あー、まだ話してるのにぃ、プンプンですぅ。」
少女は頬を膨らませて、怒ったようにこちらを見上げている。しかし、その言葉には棘は無く、あたかも僕がそう言う事を予見していたかの様だった。
「すまない、話を続けてくれ。」
僕がそう言うと、少女の顔はニコニコとした表情に一変し、嬉しそうに、意気揚々と語り出した。
「結論に急いじゃ駄目ですよぉ、それに、雨宮澪慈さんの予想は外れです、惜しいですがねぇ。そりゃ、悪魔が目の前に来てぇ、あなたの命を、とか言ってきたら普通は奪われる事を想像しちゃいますよねぇ?でもでもぉ、それってちょっと偏見じゃないですかぁ?確かに、悪魔と言えば命を奪うだとか、悪の道に引きずり込むだとか、イメージは良くないかもしれないですしぃ、実際、殆どの悪魔の業務ってイメージ通りなんですけどねぇ。でもでもぉ、中にはそうじゃない悪魔だっているんですよぉ?人間と同じように、悪魔だって千差万別、色んなのがいますからねぇ。私もその中の一人ですし。こんな事してるのがバレたらすっごく怒られちゃうんでぇ、今から言うことはトップシークレットですよぉ?ほんとに誰にも言っちゃ駄目ですからねぇ?」
「あぁ、わかったわかった。わかったから、早く結論を言ってくれないか?」
「もー、せっかちですねぇ、ここまで話をずるずる引き伸ばしてきたのは誰ですかぁ?雨宮澪慈さんですよねぇ?それを、ここに来て急かすなんて、ツンデレですかぁ?これが俗にいうツンデレってやつなんですかぁ?おっと、またまた話が逸れちゃいましたね、いけないいけない。それではそれでは、お待ちかねの発表のお時間でーす。」
暫しの沈黙が、僕を包む。沈黙と言っても時間にしてみれば一秒か、二秒か、ただそれだけの時間なのに、長く、重く、自分自身の鼓動が僕の胸を叩く。自分の息遣いが、唾を飲むゴクリという音がはっきりと聞こえる。また、あの不思議な緊張感がピンと糸を張ったように張り詰めていた。
「実は、私ぃ、雨宮澪慈さんの命を、救いに来たんですぅ。」
「、、、えっ?救いに?悪魔なのに?」
「はい、救いに。悪魔ですが。不思議ですか?不思議ですよねぇ?だって、私ぃ、悪魔ですもんねぇ。でもでも、本当なんですよぉ。私が、雨宮澪慈さんを救ってあげちゃいますぅ。」
救いに来た?悪魔が?なんで俺を?
時計の針は止まったままに、物事は僕の思っていたものとは違う方向に話が進んでいた。