参
悪魔といえば、想像できるのは西洋の物語なんかに出てくる邪悪な化け物で、人を悪に導く存在。最近は漫画やテレビゲームでも敵キャラやラスボスとしても出てくる事もある。僕は、仏教だキリスト教だ、はたまたヒンズー教なんかの宗教や信仰には興味がないが、それくらいのことはなんとなく知っている。恐らく、世間一般に悪魔と言えば、ほとんどの人が僕が今想像している物と同じ様な事をイメージするだろう。
しかし、どうだろう。有り得ない話だが、今、僕の目の前の少女は自分は悪魔だと言っている。どう考えてもイメージと違いすぎるし、どこからどう見てもただの女の子だ。
「あれあれぇ、やっぱり信じてもらえないですかぁ?そうですよねぇ、こんなにも可憐で、幼気な少女が悪魔だなんて普通信じないですよねぇ、でもでもぉ、一瞬疑いましたよねぇ、想像しちゃいましたよねぇ?もしかしたら、もしかしちゃうかもとか思っちゃいましたよねぇ?」
この少女が可憐で、幼気かどうかは別として、確かに一瞬、ほんの一瞬だけ、僕は疑った、想像した。いや、別に少女の話を真に受けた訳では決してない。だがしかし、さっきの表情、なんとも言えない緊張感はとても嘘をついているようには思えなかった。ましてやこんなに幼い少女が、余りにも非現実的で支離滅裂な嘘をあんなに緊張感を持って言えるものだろうか。待て待て、何を考えているんだ。有り得ない、断じて有り得ない、有り得る訳がない。
しかし、そんな僕の苦悩もよそに、僕の返事を待たず、少女は話を続けた。
「悩んじゃってますねぇ?そりゃあ急にあんな事言われたら誰でも悩んじゃいますよねぇ?でもねぇ、悩む事なんか無いんですよぉ、と言うか悩んだところで意味なんて無いんですよねぇ。だって、私、悪魔なんですからぁ。そこが明白な事実な訳だからぁ、雨宮澪慈さんが悩む必要なんてこれっぽっちもないんですよぉ?悩むとするなら、何で私が、今、この場所で、この時間に現れたかを悩むべきなんですよねぇ。なんでだと思いますぅ?ねぇ、なんでだと思いますぅ?」
落ち着け、一旦落ち着け。なんだか知らないが、どんどんと少女のペースに巻き込まれていっている。ここは、まずは、この何だか訳の分からない話の流れを変えるべきだ。何でもいいから話を切り出さないとまたペースを握られてしまう。
「ちょっ、ちょっと待った!少し整理させてくれ。もしだ、もしも仮にも君が悪魔だったとしよう。ここでもう既に受け入れがたい話ではあるが、ここは一旦甘んじて飲み込もう。だがしかしだ、話を聞いただけで、はいそうですかと信じられる訳はない。それは君も分かってくれるだろう?もしも君が本当にその悪魔だと言うのなら、証拠の一つでも提示してもらわない事にはこれ以上何を言われても受け入れられそうもないし、受け付けられそうもない。本当に悪魔だというなら、今、この場所で、まずは証拠を見せて貰おうじゃないか、悪魔少女Aさん。」
よしっ、やった。何が悪魔なんですぅだ。出来っこない、出来る訳がない。そもそも、目の前にいるのはただの少女、生意気ではあるが、何の変哲もないただの少女に過ぎない。しかし、僕も大人だ、ここでごめんなさいの一言でも言ってくれれば今までの事は水に流そう。さぁ、言え、言うんだ、そんな事は出来ないと、からかってすみませんでしたと言ってくれ。
「うぅーん、証拠ですかぁ?なかなか難しい事を言いますねぇ。でもでもぉ、雨宮澪慈さんがそんなに見たいと言うなら見せてあげない事もないですよぉ?」
まるで、僕がそう言うのを予想していたかのように、待っていたかのように、少女はニヤニヤとしながら証拠を見せると言ってきた。いいだろう、そう言うのなら、しかと見せて貰おうじゃないか。
「そう言うなら、見せてもらおうか。さあ、早く、君が悪魔である証拠を見せたまえ!」
僕が急かすと、少女は一瞬困ったような顔をして、またすぐにニヤニヤとして語り出した。
「ただねぇ、見せろと言われてもなかなかどうして、目に見える事じゃないんですよねぇ。それに、もう、私がここに、この場所に来たときから証拠なんて物は揃っているんですよぉ。不思議じゃないですかぁ?こんなに二人で話しているのに誰一人、人っ子一人、人どころか犬や猫、小鳥や虫でさえ通らないなんてぇ。不思議ですよねぇ?ですよねぇ?」
確かに、こんな時間に誰一人、この道を通らないなんてありえない。ましてや今日は日曜日、世間一般は休日で、デートや買い物、趣味や家族サービスに時間を費やすはずだ。この道、今、僕達がいるこの道は最寄りの駅とあちら側のショッピングモールを繋ぐ最も大きな道。誰も、何も、通らないのはおかしい。
「気付いちゃいましたぁ?もう気付いちゃいましたよねぇ?こんな大通りを何も通らないなんておかしいってぇ。そうなんです、そうなんですよぉ、おかしいんですぅ。でもね、本当は誰も通らないんじゃなくてぇ、誰も通れないんですよぉ。だってね、私が、時間、止めちゃってますからぁ。」
時間を止めた?
少女のその言葉に促されるように、僕は自分の左腕に付けた腕時計に目をやった。確かに、疑いようもなく、僕の時計の針は、午後六時になる少し手前で動かなくなっていた。