15『隠された真実』
日が暮れて、訪れた夜に鈴虫が夏を歌う。
静かな祭囃子を奏でる篠笛が、その声を縫うように柔らかい旋律を奏で、それにあわせて踊るように人々の中心にある大篝火の炎が揺らめいている。
人々はその炎に先祖の魂を宿し、盆を共にすごした灯籠を次々とその炎の中へ投げ入れてゆく。
毎年、お盆にあわせて催される白灯祭。三日間に渡って続けられる。先祖の魂を宿した灯籠をもって村を回る燈籠巡りがはじめの二日に行われる。
そして今、村の広場を利用して行われているのが、大きな炎によって灯籠を燃やして、白灯祭りの締めくくりとして再び先祖の魂が黄泉の国に帰るのを見送る“灯籠送り”である。
見送りという形の儀式なので、それほど盛り上がる行事ではないのだが、今年の“灯籠送り”は殊更に厳かに執り行われていた。
今年は先祖に加え、三十年前に起こった事件で命を落とした六人の村娘を送ることになったからだ。
千鶴が蝋人形魔術事件の真相を明かしたあと、彼らは見つかった遺体をどうするかについて話し合った。
結果、ちょうど、今日は灯籠送りで先祖も一緒に黄泉の国に帰るのだから、ついでに彼女らの魂も連れて行ってもらおう、ということになった。
さすがにただの篝火で遺体を焼くのは憚られるので後日きちんと荼毘に付すとして、今日は遺髪の一部を切り取って、灯籠を燃やす大篝火に投げ入れるのである。
つい先ほど解き明かされた奇怪な事件はセンセーショナルであり、また、殺された六人にしてみればこの事件は悲劇としか言いようがない状況であるため、成仏を願う村人たちの祈りはその分真摯なものだ。
赤羽も高野日奈の遺髪を手に篝火の前に立っていた。
恋人の髪を最後に触ったのはいつだろうか。あの頃は何気なく触れていたが、三十年経った今、再び触れることになろうとは。感触はあまり思い出せないが、それでもその存在を通して、日奈とすごした日々、交わした言葉が次々と脳裏をよぎる。
信じきることができなかった。
守りきることができなかった。
幼馴染との恋の果てに、彼の心に残ったのは悔いと喪失感だけだ。
(だが、それも今日までだ)
あの蝋人形魔術事件は今日をもって終わりを告げたのだから、もう“少なくとも彼女の死だけは”引きずることはない。
赤羽が篝火の前に一歩進み出て、手の中の遺髪を炎の中に滑り込ませようとすると、横から手が伸びてそれをとめた。
「待って、オジサマ」
ほっそりとした手の先から目で追ってゆくと、日奈に似た顔立ちの少女を認める。―――雛子だった。
隣には千鶴も立っている。
「日奈さんとお別れをされる前に、是非聞いていただきたいことがあります」
人の輪から外れ、篝火の光がやっと届くところまで来ると、赤羽は口を開いた。
「わざわざ私を皆から離したということは、“あのこと”に気がついていたんだね?」
「はい、皆さんにはお話しませんでしたが、どうしても教授だけには聞いてもらいたかったんです」
千鶴が皆に話した内容は、蝋人形魔術事件のすべてではない。一部ではあるが重要な事実を抜かしたものだ。
蝋人形館の伊戸部礼二の部屋で見たもの―――屍蝋とはまったく異なり、魔術書などを揃え、世にも奇妙な書体で書かれたノートを残してこの事件をより魔術的なものに演出した偽装工作である。
千鶴は、単刀直入に尋ねた。
「あの偽装工作をしたのは教授ですね?」
根拠のない憶測ではなかった。
まず、偽装で施された蝋人形魔術が、本当の蝋人形魔術である屍蝋作りの実態とはまったく違ったものであること。また、井上巡査の父が書いたノートには伊戸部礼二の部屋を捜査した記述もあり、そこには魔術的な書物のことについては触れられていなかった。他の書物のことについては述べられ、しかも本人が“蝋人形魔術失踪事件”と呼んで、この事件の魔術的演出に目を向けていたのにもかかわらず、である。
つまり、状況的に事件直後はこの偽装はなされていなかったということだ。しかもそのときにはすでに伊戸部礼二は死亡しているため、偽装工作を行った人間は伊戸部礼二ではありえない。
「では、誰がしたのか? という話になると、それほど難しくない」
偽装工作、と一言でくくれる作業であるが、じつはあれほど大掛かりに魔術の研究をしていた、という状況を作り上げることは簡単なことではない。
まずあれらの本を揃えることが難しい。何気なく並べられていた本であるが、あれはドイツ語で書かれたものであり、いかにも魔術書らしい本の造りや、とてもまともに見えない内容からして稀覯本くさい。とてもそこらの古本屋に転がっているものではないだろう。
「教授は民俗学を専攻していますが、とくにドイツの民俗には詳しかったし、ドイツ語も使えたはずです。そして確たる証拠が、あの研究ノートですよ」
内容的にいかにも研究したらしい走り書きがたくさん走っていた。あれほど見事に“研究したあと”に見せかけるのは素人には難しい。“普段、研究をしている人でない限り”。
そして千鶴にとって決定的だったのがあの奇妙な文字である。いかにも気の狂った人間が書きそうなばらつき、ゆがんだ文字列であったが、千鶴はその文字に心当たりがあった。
「……教授は色覚障害を持っている」
赤羽は、普段ものを書くのに赤いペンを使い“赤ペン先生”と呼ばれている。これは一種の色覚障害で普通の黒ペンがあまりよく見えず、逆に赤がよく見えるという症状のためだ。
今でこそ数え切れないほど本を読んで黒い文字にもなれ、訓練をしてきれいな字を書けるようにはなったが、昔は本を読みたくても読みにくいジレンマで大きなストレスに悩まされ、字が汚いことが周囲からの人格否定につながり、大変な苦労を負ったと聞いている。
「そんな状態で字を書くと、こんな風に不揃いになる可能性は高い」
赤羽はまったく答えないが、異を唱えないところを見ると、千鶴の話に間違いはないらしい。雛子は、少しは否定してもらいたい気持ちもあったが、今まで立ててきた推論が崩れずにすんだことに安堵もしており、心中は実に複雑である。
「そしてこの偽装工作はある一つの事実を示しています」千鶴は、人差し指を立てると、少し間をおいて告げた。「―――伊戸部礼二は自殺じゃない、赤羽教授、あなたが殺したんです」
なぜ、赤羽は偽装工作を行ったのか、それを考えて出した結論がこの“赤羽教授による伊戸部礼二の殺害”である。
この事実は先ほどまでは推論でしかなかったが、伊戸部礼二の遺体を目にすることで確証を得た。
「自殺であるならば死体はあそこから動けないはず。それでも、伊戸部礼二が自殺に使ったものと思われる道具はどこにも見つからなかった」
手首や頚動脈を切ったならばナイフやカッターがそばに落ちているだろう、毒を使ったのならば、その苦しみの中で座禅を組んだ体勢になるのは難しいだろう。ほかに目立った外傷もない、ということは、伊戸部礼二は第三者に殺された可能性が高いのである。
そして、他殺と見てしまえば、一番最後に彼を目撃した人物、恋人を殺されたという動機を持っている人物、つまり赤羽が加害者という構図が出てくるのにさほど苦労はない。
「教授……あなたは、本当は全部知っていたんでしょう? 失踪した村娘がどうなったのかも、あの洞窟のことも」
当人は、「怖くなってその場から逃げた」と、言っていたが、他の村人ならともかく、当時珍しくも村の外に出て真剣に学問を修めていた理知的な当時の赤羽青年である、いくらそっくりの蝋人形を並べられても、それが恋人自身であるといわれて納得できるはずがない。
千鶴の推測によると、赤羽は一度蝋人形館から出たあと、伊戸部礼二が出てくるのを待ち伏せた。一人になれば必ず六人の村娘を隠している場所に向かうと考えたのであるが、それが見事に当たり、出てきた伊戸部礼二のあとを尾行することであの洞窟の存在を知ることになる。
そして、洞窟内で日奈やほかの被害者たちの遺体を発見、そして再び伊戸部礼二と対峙、もしくはひそかに忍び寄り、伊戸部礼二を何らかの方法で殺害した。
「なぜなら、最後の被害者である高野日奈と、伊戸部礼二の失踪が同日であることから、伊戸部礼二が死んだのはこの日、あの洞窟であると考えられるからです」
つまり“伊戸部礼二を殺害した者はこの日のうちにあの洞窟のことを知ったことになる”のである。
千鶴のように、何もない状態から、推測などから得た条件などを当てはめて場所を割り出す方法は一日で発見するには非効率だ。だとすれば、当時取れた方法で、あの洞窟を発見するのに一番いいものは伊戸部礼二を尾行することである。
あとは、同じく息子の所業に戸惑っている伊戸部老に会いに行き、伊戸部礼二が蝋人形魔術を研究していたといい、それによって蝋人形になってしまった娘たちを元に戻すために蝋人還しを催すように言った。
そして、捜査の目が一段落した後、捜査の間に集めた本や、書き上げたノートで伊戸部礼二の部屋を偽装工作したのである。
「一昨日の夜、どうしてあまり調査をするのに賛成でないのに協力してくれるのか、と教授に聞いたときに、あなたは『知られるのは怖い、それでも知ってほしい』と言っていました。
犯した殺人の罪と、偽装工作でだました罪―――知られるのは怖いけれども、だれかにこの罪を知ってほしい、話すのは怖いが、誰かに知ってほしい、そういう意味合いだったのではないか、と僕は考えました」
千鶴は、そう言って、長い口述を締めくくる。あとは、それが合っているのかどうか、赤羽の答えを待つばかりだ。
雛子と千鶴、二人の視線が注がれる中、赤羽はふっとやわらかく微笑み、ゆっくりと拍手をした。
「満点だよ、青山君。何もかも君の言ったとおりだ。私が伊戸部礼二を殺したのだよ」
「オジサマ……」
慕う者が殺人罪を認めたことで、雛子の表情がこわばる。覚悟はしていたとはいえ、やはり現実に認められると心に与えられる衝撃は小さくない。
「何で……偽装工作なんかしたの?」
事件が起こったのは赤羽が原因ではないし、赤羽が伊戸部礼二を殺してしまったのも気持ちも分からないでもない。だが、これだけがわからない、どうしてわざわざ事件を魔術的に演出したのか。
千鶴の推理どおり、六人の遺体や、伊戸部礼二の居場所を突き止めたのならばそれをそのまま警察に言えばいい。そうすれば、こんなにも長い間、無駄な希望を抱いて、蝋人還しのような狂気に満ちた真似を遺族にさせることもなかっただろうに。
「あの人たちは三十年間、あの蝋人形になってしまった人たちが元に戻るって信じてたのに……それが嘘だって知ってたのね」
それどころか、その嘘を作り上げた張本人が、赤羽なのだ。
「……弁解をさせてもらえれば、その嘘にだまされた人たちをあざ笑っていたわけではない。ただ、信じてやれなかった。守ってやれなかった。私が日奈に対してできることは“忘れさせない”ことだった」
「忘れさせないこと?」
雛子が聞き返すと、赤羽はうなずいて続けた。
「彼女が死んでしまった、という事実は私にとって受け入れがたいことだった。でも見てしまったからには否定はできない。だから考え方を逆にした」
すなわち、見ていなければ、死んだとは言えない。
高野日奈の死を見てしまった自分はもう仕方がない。だったら、他の人々からだけでも隠し通せば、彼女及び他の村娘たちは生きているという希望が残ることになる。
だが、それだけでは弱い。ただ行方不明になるだけではすぐに忘れ去られ、生きていたとしてもその存在を失ってしまう。だから、できるだけ鮮烈に人々の記憶に残る形にしたい。
そこで、赤羽は伊戸部礼二自身が語っていた蝋人形にしてやった、という表現を思い出した。本人は冗談のつもりだったのだろうが、丁度生き写しのような蝋人形も作られていたので、それを利用して蝋人形魔術という、忘れようにも忘れがたい奇怪な演出を作り上げたのである。
「伊戸部さんには悪いことをしたよ。自分の息子の罪を償うためだと、協力をさせた部分があったからね。私は彼の息子を殺したというのに」
伊戸部老は、息子の罪を否定したがっていた。それは千鶴が調査の段階で「伊戸部礼二に罪はないかもしれない」という文句を使って調査に協力をさせたことでも明らかである。
それを赤羽も感じ取って、利用したのであろうか。
だが確かに、そうして被害者の家族たちに付き合うことで、加害者の父としてのそしりを免れた部分もあったのであるが。
「だが、その嘘を作り上げたことを、すぐに後悔することになった」
初めて心に引っかかりを覚えたのが最初に蝋人還しの儀式を行ったとき。その前までは、その“魔術の呪文”を考えるなどをしてすごし、バレたりしないかどうか、緊張をしていたのだが、開始後十分も過ぎると、心が締め付けられる思いがした。
被害者家族たちの祈りがあまりにも真摯すぎたから。
本当にあのただの蝋人形が娘自身だと、姉自身だと思っている。そして祈れば必ず生き返ると信じているのだ。
「よほど、その場ですべてを打ち明けたかった。……だができなかった――怖かったのもある。人の死において、彼らの心を弄んだのだから。だがそれよりも、彼らの抱く希望はあまりにも強かった」
ここまで真剣に儀式に参加してもらえるとは思えなかった。外の大学で科学的な思考を身に付けたからだろうか、ここまで純粋な信心を予想していなかったのである。
「簡単に言えば、引っ込みがつかなくなったのだよ」
赤羽は彼らの思いに対して、自分は自分の作った嘘を否定してはならないと考えた。この事件の幕を引くのは自分以外の者でなければならないのだ。
だが、それも難しい話だった。あまり大きくは取り扱われなかったが、奇怪な事件として社会面に載せられたこの事件のミステリーに興味を抱いた者たちがいなかったわけではない。
しかし、大抵は興味半分で蝋人形館を一瞥し、すこし村人に話を聞いて回っただけでほとんど冷やかしのままに帰ってしまっていた。そして十年前、決定的な証拠となる、あの洞窟の崖が崩れた事件で、赤羽は、もう事件は解明されないとほぼ完全に諦めたものである。
だが、三十年目にしてその謎を解き明かす者がとうとう現れた。
六人の村娘の行方も、自分の侵した罪もすべて解き明かして見せたのは、何の因果か大学における自分の教え子だったとは運命は皮肉に満ちている。
否、それは解き明かして欲しいと願う自分が育てた教え子なのだから、至極自然な流れだったのかもしれない。
それはそれとして、赤羽は一つ疑問が湧き起こっていた。
「なぜ私のしたことを彼らに公表しなかったのかね?」
赤羽は、自分では罪を告白しなかったが、もし真実を解き明かすものが現れた場合、その真実をどう扱うかは全てその者に任せようと決めていた。その結果、自分がどうなってもかまわない、と。
「それを決めたのは僕じゃないです」と、千鶴は答え、雛子に視線を送る。
「雛子君が?」
「あ、青山……さんが、自分は真実を解き明かすけど、それをどうするかは私に決めてほしいって」
雛子の千鶴に対する呼称はいつも二人称の“アンタ”だったため、名前を呼ぶのを少し戸惑ったようであるが、それ以上はよどみなく答えた。
「……私はもうこれ以上この事件に幕を下ろそうと思ったんです。皆に真実を知らせて、あとは何も残さないようにしようって」
だが、赤羽のしたことを公表していれば、彼はただではすまないだろう。三十年間、人の生き死にに関係して嘘をつき続け、被害者家族たちの心を弄んでいたのだ。例え恋人が亡くなった当時の行動でも簡単に許せるものではない。
「だから、オジサマのしたことは皆には黙っていようと思ったの。村の人たち、みんないい人よ。オジサマもいい人。だからその事件のことだけでオジサマを嫌ってほしくなかった」
いまさら赤羽を憎んでも、被害者家族をはじめとした村人達に何もいいことはない。あの事件の悲しさを引きずるだけだ、と雛子は考えたのである。
「僕も三沢さんの意見には賛成でした。公表して悪い結果になると予想されるなら、例え真実でも知らされるべきものじゃない」
「……では、君は私がしたことに対してどう思う?」
赤羽がさらに尋ねた質問に、千鶴はしばらく考えて答えた。
「死んでしまった人のために何かをしてあげようとか、忘れないでいてあげよう、という気持ちも大切だと思います。……でも、形はよくなかったと思います」
死者に対してしてやれることは限られている。忘れないこと、その死に意味を持たせることはその最たるものであるが、それは死者が生きてきた証、存在を現世に残そうということだ。
だが、赤羽がみんなに忘れさせないために偽装工作を行ったとしても、それはすでに死んでいる者に対して、生きているという希望を抱かせるだけの、死者にとっては意味のない形だった。
「結果として、被害者のご家族も不自然に心を縛られてしまいました」
千鶴は、根拠も乏しい中であの蝋人形こそが本人であると信じ続け、その可能性に縋って蝋人還しを繰り返していた被害者家族の希望を“呪縛”だと表現した。
「その呪縛に縛られるのは残されたものだけではありません。意味のない希望に縋るような形で、ずっと心の中に留められる死者もかわいそうだと思います」
その答えを聞いて、赤羽は満足そうに微笑んでうなずいた。
「ああ、その通りだ……。それに気付けなかった私は愚かだったよ」
改めて灯籠送りの大篝火の前に立つ。不思議なことに先ほどと比べると明らかに澄んだ気持ちでここに立てている。悔いてはいるが、気持ちは過去よりもこれからのことに向いている。
(青山君たちのおかげだな……)
全てを知っていた赤羽は、他の被害者家族とは違い、彼らの心を縛っていた希望は持っていなかった。
それでも、彼の呪縛は人一倍強かった。適わないと知っているからこそ、願いは強くなるものなのかもしれない。そして、まやかしの希望を作り出した罪も、彼の心を強く絞め付けていた。
だが、それ以上に―――
(私が、君たちを縛り付けていたんだ)
千鶴が言ったように、忘れさせないように、と作り出した希望は意味のないものだった。
死者の立場になって考えてみると、長い間忘れられなくても死んでしまっているのに、生きることを願われても迷惑に違いない。それよりもいつか忘れられるにしろ、自分の死を受け入れて供養をしてくれたほうが数倍ましだ。
いくら忘れないためとはいえ、このように無理に記憶にとどめても、本当に死者を想うことなどできはしない。
自分が大切だと思える人に、自分を大切に思ってくれる人の心の片隅にいればいい。いつも想われていなくても、時々思い出してくれればそれでいい。
自分が死んだときのことを考えると、そう思えるようになった。忘れてほしくないとは言え、死んだ身であまりに残した人を縛りすぎるのも忍びない。
(私が愚かだったよ、日奈。利奈さんも雛子君も、もちろん私も生きている限り君を忘れることはないだろう)
三十年の月日を経て、ようやくみんな彼女らの死を受け入れた。
もう何者も縛られることはない。
縛らなくても、大切な者同士、繋ぐ絆は消えたりしない。
「済まなかった。これからはお互いに自由になろう」
手の平に乗せていた遺髪を炎の中に滑り込ませると、一瞬、明るい炎がそれを包み、あっという間に炎が生み出す上昇気流にのみこまれてしまった。
ぱち、ぱち、と大篝火の組み木が鳴り、火の粉が炎の周りを踊りながら天へと昇っていく。伝承によると、その火の粉が黄泉の国へ帰ってゆく魂の姿なのだそうだが、もしその通りだとしたら安心できる。
風のままに踊る火の粉の姿は、見る限りとても奔放で自由だ。