超越の魔法
どこからともなく赤い霧が立ち込め、それは周囲の闇を塗り変えていく。クロが掲げた左手の先には、大きな赤黒い魔法陣が出現していた。ワイバーンゾンビの存在など気にならないほどの雰囲気が、クロを中心に広がる。可視化されたクロの魔力は、赤黒いオーラとなって吹き荒れた。
「あり……。有り得ないわよ! 世界を逸脱する力を、こんな子どもに使えるわけがッ……!」
エキドナの顔は恐怖に歪み、正常な判断ができなくなっていた。ワイバーンゾンビに自分を守らせるように命令をして、退却する準備の時間を稼いでもいいと思うが、もうそんな事も思いつかないのだろう。
「終わりだ。己が弱小の魔物だと知れ」
「待って! 待ってください!? あなたの名前……。お名前は何とおっしゃるのですか!」
「知って何になる。これから死にゆくというのに」
「私は……! あなたに殺される瞬間まで……。あなたを崇拝したい……!」
うわ、何言ってんだこいつ。
死を前にして、おかしくなったのだろうか。魔物も精神が不安定になることがあるのだな。
なんて――。
「いいだろう。私の名はクロ・アストル。お前たち魔物では決して越えられない存在だ」
クロは急に気持ちが高まる。堪えられない笑いが溢れてしまった。
「クハハハハハ!」
「なッ……!」
口に手を当てて悪魔のように笑うクロを見たキークは、放心する。
ワイバーンゾンビを目の前にした時とは比べものにならない恐怖を、それに抱いたのだった。
クロは笑い終えた。
「いやあ済まない……。俺はキサマら魔族のことが本当に嫌いでね。その魔族が許しを乞う姿に、非常に強い満足感を覚えてしまったよ」
コイツは本当に人間の味方なのか……? 今のコイツには正義が全く感じられない、本当に悪魔にしか見えないのだ……。
精神が耐えられず、キークはそこで失神したのだった。
「私は……! 他の愚かな魔族とは違います……! なので、クロ……。クロ・アストル様、どうか……!」
「なんだ。命乞いか?」
クロは目を細め、エキドナを睨む。
「ヒィィ……!」
「おいおい、酷い顔だぞ? キサマもさっきの人間といい勝負ではないか。私を崇拝するなら、私が与える死を歓喜して受け入れるべきだろう? 今のは……。そう」
――不快すぎる。
低い声でそう言い終えると、クロは魔法を発動させる。
『トランスセンデンタルマジック・永遠に笑まう混沌』
「トランス……センデンタル……?」
エキドナは恐怖と吐き気に襲われ、口を手で抑える。
「お許しを……どうかお許しを……!」
ゴォォォン――
重い鐘を鳴らすような音と、次に悪魔が高笑いするような声が響き渡る。そして次の瞬間、辺り一帯の地面に無数の亀裂が入り、そこからおどろおどろしい触手が生える。
その触手は、エキドナが召喚したワイバーンゾンビに強く巻き付く。混乱して暴れだすワイバーンゾンビだったが、三体とも一瞬にして粉砕され、肉と骨の破片となってしまった。
「こんな……。簡単に……」
最後に、一本の触手が勢いよくエキドナに襲いかかる。
「ああ、クロ・アストル様ッ……。やめ……」
ブシャアアア。
やがて血の吹き出す音が、静かに響いた。
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