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第7話「舞い降りた黒衣の天使」


 十二年に渡る長きの間、王宮のあるじは不在のままであった。

 国王は静養中で本島にはいない。そのことに国民や世界の目が行かないよう、レイは奔放な皇太子を演じてきた。派手に行動すればするほど、マスコミの目を引き、国王・王妃の不在を忘れさせる事が出来る。

 十八歳の時から、文字通り、命懸けで国と国民を守り通してきた。思えば、この世に生まれてから、自身のために何かを望んだ事など一度もない。必要であれば、わずか九歳の少女と婚約することすら厭わなかった。本来なら三年前に結婚し、王位を継承していたはずなのだ。それが叶っていれば、こうして王妃探しに奔走することもなく……。

 

「ミス・メイソンは素晴らしい女性だ。彼女こそ、我が国の王妃に相応しい。……称号目当ての女を兄上の妃には出来ない。したくはないのだ。判ってくれ」

 最上階のインぺリアルスイートは各国の王族・大統領を迎えるべく防弾ガラスになっている。それが判っているから、安心して皇太子は窓際に立っていた。

 アズウォルドが、レイ皇太子ひとりの力で持っていることを知る人間は多い。小さいうえに、戦略の重要ポイントに国があり、しかも豊かときては、狙われる可能性は低くない。危険を孕んだ皇太子にとって、親友は“孤独”の二文字であった。

 そんな皇太子が、手放しで女性を賛辞することなどまずありえない。パーティ会場でのプリンスらしからぬ行動に、サトウは驚きとともに深い感慨を味わっていた。

「仰せのままに。では、帰国の用意を進めさせていただきます」

「よろしく頼む」



 レイには、サトウの戸惑いがよく判った。 

 こんな事は初めてだ。彼自身、自分の気持ちをどう処理したらいいのか判らない。 

 あの時――空から天使が降ってきたのかと思った。腕に抱きとめた瞬間、髪に括ったリボンが解け……その姿は、眩しい太陽の光を身に纏った、黒衣の天使に見えた。

 あの緑を帯びたヘーゼルの瞳に見つめられ、危うく唇を奪いたい衝動に駆られた。ダンスの最中もそうだ。まるで、未亡人の如く、全身を黒で覆いつくしたスタイルに酷くそそられた。

 隠されれば隠されるほど、剥ぎ取って全てを見たくなる。彼女をこの部屋に連れ込み、あの黒いドレスをたくし上げ、ガーターベルトの奥にある真っ白な布地をこの手に掛け……。

 どんどんエスカレートする想像に、プリンスも男であると、彼の体が主張し始める。称号では御し切れない部分だ。


(冷静になれ。彼女は私の妃候補ではない。絶対に、そうは出来ない女性なのだ)


 この命も人生も、全ては国と国民のため――それは、彼の宿命である。そう、生涯変わることはないものだ。

 なのに……プリンス・レイは、自分の中の一番が揺らぎつつあるのを感じていた。



~☆~☆~☆~



 王室専用機、プライベートジェットというものに、ティナは初めて乗ることになった。


 その前夜、モナコでバカンスを過ごしている妹と電話で話をした。

「いいなぁ、アズウォルドは楽園よ。最先端の設備が整ってる割に、自然も豊かだし食べ物も美味しいのよねぇ。あたしも、そっちのほうがいいなぁ」

「やけに詳しいじゃない。ひょっとして行ったことあるの?」

「当たり前じゃない! 何度も行ってるわ。ハイスクールの卒業旅行でも行ったしね」

「じゃあ、お父様はプライベートビーチとか所有してるのかしら?」

「やぁだ、姉さまったら、知らないの? アズウォルドでは王室しかプライベートビーチは持てないのよ。不動産も外国人は所有出来ないって父さまが言ってたわ。チェックが厳しくって、裏を掻けないんですって」

「アンジー、あなた……」

 妹はまだ、姉に持ち上がった、おとぎ話のような縁談を知らない。だからこそ、こんな軽口が叩けるのだ。


「お願いだから、あまり軽はずみなことは言わないで頂戴。その王室の依頼で、私はあの国に行く事になったのだから」

 それは皇太子の配慮であった。本気でティナに選択のチャンスを与えてくれたのである。図書館司書のティナは、王立図書館設立に向けてのアドバイザー、といった名目で入国することになった。

 無論、マスコミも薄々感づいてはいる。しかし、正式発表がない以上、迂闊なことを書くわけにはいかない。小国とはいえ、相手は王族。下手をすれば国際問題に発展するからだ。


「プリンス・レイが王妃さまを探してるって話だけど……。国王さまってもう四十歳なんでしょ? あたし、プリンスのお妃になら、なってもいいのになぁ」

 ティナはドキッとした。心の中を見透かされたみたいた。多分、頬も赤くなってるだろう。アンジーが目の前にいなくて良かった、とホッとしながら……。


「皇太子殿下には婚約者の方がおられるのよ。馬鹿なこと言わないで」

 それは自分に言い聞かせる意味もある。どんなにときめいても、あの人には決まった女性がいるのだ。

「え~。でも、二回もプリンスをドタキャンしたんでしょ? ホントは結婚したくないんじゃないの?」

「え? ドタキャン? どういうことなの?」

 世間のことには興味を示さず、象牙の塔で学問に勤しんできたティナには初耳だった。アズウォルドのことも、地理や歴史書で得た知識しかない。皇太子のことも、今回の話があって、初めてタブロイド紙を集めて読んだくらいだ。


「ん~と、二回くらい式の予定が決まってから、花嫁側から延期を言ってきたんだって。ネットの記事を読んだくらいだけどね。婚約者は、あたしと同じで大学生じゃなかったかな?」

「それは知ってるわ。九歳年下って書いてあったから、二十一歳でしょうね。でも、延期なんて……よく破談にならなかったわね」

 皇太子は優しい。あれほど醜態を晒したのに、短気も起こさず、辛抱強く、ティナが“イエス”と言うまで付き合ってくれた。兄嫁の候補にすらそうなのだ。

 自分の婚約者であったなら、きっとあの大きな手で抱き寄せ、腕の中に捉えたら最後、降参するまでキスを繰り返すのだろう。

 ティナの指先に触れた柔らかな唇。そして、海を映したような澄んだ双眸……。


「――さま? 姉さま? やだ、切れちゃったのかしら?」

 アンジーの声にハッと我に返り……。赤面を通り越して蒼白になる。

 あの日から夜ごと膨れ上がる妄想に、ティナは自分が怖くなっていた。




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