第47話(最終話)「プリンスの花嫁」
更にその半月後――。
アサギ島のプライベートビーチに真紅のロールカーペットが敷かれ、ウェディングロードが作られた。簡易的な祭壇に本島から連れてきた神父が立ち、ビーチが教会に早変わりする。
ティナの家族も呼ばれた。私利私欲のために大喜びしている父はさておき。母と兄は、花婿が代わったことに、驚きながらも祝福してくれた。取り分け、何も知らされていなかった妹のアンジーは大騒ぎである。
「信じられないわ! 姉さまがアジアン・プリンスの花嫁だなんて!」
ティナは“純白”のロングトレーンドレスに身を包んでいた。極上のシルクは、彼女の体にピッタリ沿って流れるようなラインを描く。正式な教会ではないので、肩の露なビスチェタイプであった。
不必要に肌を隠してきた八年間が嘘のようだ。
レイはティナとの婚約を発表し、八年前の事件の解明に乗り出した。各方面に協力を呼びかけ、FBIも捜査を開始する。結果、犯人は既に別の事件により、収監されていたことが判明した。犯人はティナに対する誘拐・監禁・わいせつ行為など、時効にならないものは全て刑期が加算される。模範囚となっても、百歳を過ぎるまで釈放されることはないだろう。
問題は世界中に散らばった画像である。
だがそれら全てに関して、レイが取った手段は――流布した個人・団体には国に応じて刑事罰を要求すること。それ以外も民事で差し止め、慰謝料を含む法外な損害賠償金の請求を公言したのだ。
一国の王妃の名誉に相当する慰謝料……それだけでかなりの抑止力となった。
そして、ティナにも変化が現れる。
これまで、被害者であるのに怒ることも泣くことも出来ずにいた。まるで彼女自身が罪を犯したかのように人目を避け、口を噤んで生きてきたのだ。そんな、孤独と苦悩は見る間に取り除かれ……。
レイの懇願により、セラドン宮殿のプールでティナは水着姿を披露したのである。
「しまった。手足を括ってプールに放り込まれた気分だ」彼女を見るなり、レイは天を仰いだ。
「あら? それって期待はずれってこと?」
「期待以上だ。不適切にも……君のプールで泳ぎたいと言っている」
その時の、本当に悔しそうなレイの顔を思い出し、ティナはクスクス笑う。
「もうっ! 笑ってないでちゃんと教えてよ。色々制限されて、今日までロクに話も出来なかったんだから」
「ごめんなさい。でも、こんな短い時間じゃ話せないわ。ねぇアンジー、今日のあなたは本当に綺麗よ。淡いブルーのドレスがとっても素敵。きっとビーチに映えるわ」
「やだもう、姉さまったら! あたしどころじゃないでしょう? びっくりしちゃったわ。姉さまがこんなにスタイル抜群で、スベスベのお肌をしてるなんて!」
ティナの素肌は陶器のように透けていた。今のティナは、ティアラをつけたビスクドールのようだ。アンジーはそんな姉が、羨ましくて仕方ないらしい。でも、ブライズメイドは喜んで引き受けてくれた。どうやら、プリンセスの妹という肩書きにご満悦である。
ティナは独りになり、控え室に置かれたテレビ画面をジッと見ていた。今日の特集が組まれ、ビーチの様子が映し出されている。式の様子は国中に放送されるらしい。ビーチにはロープが張られ、アサギ島の学生を中心にアズル・ブルーの国旗が揺れる。星条旗や日の丸もあった。その最前列にスマルト宮殿で会った例の少女を見つけ、ティナの相好が崩れる。
レイが挙式にこの島を選んだ理由……それは兄のためだった。
“歴史を繰り返さない”その強い決意を、望まぬ人生を強いられた兄に、見届けて欲しかったのだ。彼は王族の婚姻に頼り過ぎた、歪んだ国策の被害者なのだから、と。
だが、ティナは思う。犠牲者が自分だけではないことを、シン国王は知っていたのだろうか?
ティナの疑問にレイはこう答えた。
「王族には果たすべき義務がある。そのために与えられた権利だ。逃げるのではなく、違う解決法を提示する責任があった。兄は被害者ではあるが、犠牲者ではない」
レイの言葉の微妙なニュアンスに、複雑な想いを察するティナであった。
「やあ、ティナ! 今日の君は素晴らしく美しい。君のようなプリンセスを迎えられるレイは、本当に幸せ者だね」
「ソーヤ! いえ、ソーヤ殿下。そう呼んでもよろしいでしょうか?」
ティナはおどけた口調で言う。
「えっ? いやあ……」ソーヤは紅茶色の髪をかき上げながら、苦笑したのだった。
レイの変えた王室法――大きな変更箇所は二つである。
一つは、嫡子と庶子の身分差を廃止すること。二つ目は、王位継承資格から性差を廃止すること。
「子供は平等に祝福されるべきだ。親の立場により差があってはならない」
レイは議会にそう進言し、王室法改正案が即日可決された。
これにより、庶子で民間人の扱いであったソーヤとスタンライト外務大臣は、ソーヤ王子、リューク王子となった。ともに王族男子として王位継承権を得る。
そして、王女にも継承権が与えられた。
ただ、「やはり男子のほうが……」という声が議会から多く出た為、直系及び男子優先となり議決。これは、デンマーク・スペイン・英国と同じ王位継承制度である。そして強制ではなく、望まない者には拒否する権利も与えられたのだった。
「レイも抜き打ちでやってくれたよ。この歳で、いきなりプリンスって言われてもなぁ」
ソーヤは本気で困っているようだ。
だが、スタンライト外務大臣は大喜びだと聞く。カリフォルニアに眠る母に、早速報告に行ったと新聞に書かれてあった。
「でも、こんなおめでたい席に……ルビー王太后もあまりに大人げない」
ソーヤの声がトーンダウンした。
レイの母・王太后は、帰国しているにも関わらず、結婚式には参列しない。明日、本島で行われる即位の式典と晩餐会には、出席を表明していた。
「仕方がないわ。彼女にとっては憎い相手ですもの。儀礼とはいえ称号まで与えて、しかも、この島は……」
「確かに、彼女にとっては“裏切りと罪の島”だからね。しかも、僕の母や僕と同席なんて……認めたくないんだろうな」
ソーヤの言葉にティナは曖昧に微笑んだ。
「それも今日で終わりだ。私たちが、全てを変えて行くんだ」
レイの声が控え室に響いた。
花嫁を花婿自身が迎えに来たのだ。ウェディングロードは――この新しい人生は、二人で歩き始めよう、そう決めたからである。
レイも純白のロングタキシードを着ていた。ドレープタイとチーフはシルバーだ。戴冠式では濃紺の軍服を着用するので、結婚式くらいは、とティナが白を勧めた。
そして、少し緊張気味のレイの顔を見るなり、ティナは思ったのだ。
アズル王室の男子は皆、アズル・ブルーの瞳だとソーヤは言った。でも……同じ深い海の青でも微妙に違う。
ソーヤの瞳を見るとレイを思い出す。だけど、彼自身にはときめかない。ティナの胸が高鳴るのは……。
スッと差し出されたレイの左手に、ティナは自分の右手を重ねた。
その指先に、レイはそっと唇を押し当てる。彼は右手を心臓の上に置き、ティナを見つめたまま言った。
「――君に永遠の愛を誓う」
ティナを虜にしたアズルブルーの瞳に、輝くような笑顔のブロンドの天使が映った。
~fin~
御堂です。お付き合い頂き、ありがとうございました。
よろしければ、この二人のらぶらぶ(?)ハネムーン番外編全8話がサイトにございますので、ぜひお越しくださいませm(__)m
http://book.geocities.jp/arlequin_roman/pic/novel/asianprince2/index.html
重ねてお礼申し上げます(平伏)
御堂志生(2010/07/03)