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第46話「平和への道標」


 ティナは息を止めてレイを見上げた。

「だ、だめよ。だめ。あなたは国民の誇りなの! プリンスでなくちゃ駄目なのよ」

「あれはサトウの誤解だ。私は王制の廃止など考えてはいない。ティナ、私の妃となって、国王となる私に力を貸して欲しい」

 ティナの頭はフワフワしたままだ。


(誤解? ミスター・サトウの話したことは誤解なの?)


 一瞬、喜びそうになったティナの目に、自分の金色の髪が映った。

「そ、それは……いいえ駄目よ。私はアメリカ人なの。それに、私の事件を知ってるでしょう? 私なんかを妻にしたらあなたが笑い者になってしまうわ」

「いや、もう遅い」

「えっ!?」

「周りを見てくれ。もう、君は逃げられない」


 ティナが周囲を見回したとき、船のデッキや着岸ゲートから、数え切れない人間が見下ろしていた。駆けつけた沿岸警備隊の三隻の船からも、半ば呆然とした視線が注がれる。二人は衆人環視の中でキスを繰り返し、抱き合っていたのだ。

 皆、呆気に取られた様子だったが、少しずつ拍手が広がり、それはやがて喝采の嵐となった。


「殿下――もうよろしいですか? ミス・メイソンを救助したいのですが?」

 警護官のニック・サトウをはじめ数人が、二人の周りを泳いでいる。レイが警護官の制止を振り切り、海に飛び込んだため、彼らも慌てて追従したのだった。

「駄目だ。プロポーズの返事を聞いていない」

 ニックは溜息を吐くと、ティナに懇願する。

「ミス・メイソン。殿下は非常に頑固なお方です。――我々が力尽きて沈まないうちに、お返事を頂きたいのですが」

 丁寧な言葉使いだが、ニックは困ったような顔で笑っている。

 ティナにはもう、なんと答えたらいいのか判らない。


「メチャクチャだわ、レイ。一国のプリンスが、一人の女の為に、海に飛び込むなんて!」

「そうでもないよ。古来、我が国の男は、鮫のいる外海を泳いで女性の住む島まで行き、結婚を申し込んだんだ。出来れば私もそうしたいが……君の住むアメリカまで、最も近いハワイでも二〇〇〇キロはある。泳ぐのは無理だ。せめて、ヨットを使わせて欲しい」

 ティナははじめ冗談かと思った。笑おうとしたが、レイの至極真面目な表情に、彼女の顔は泣き笑いになる。そのまま、レイの背中に手を回し、ギュッと抱きついた。

「ティナ? これはイエスかい? それとも」

「私はとっくにアズルブルーの海に溺れているのよ。息も出来ないくらい。あなたの傍にいられるなら、世界中を敵に回しても後悔しないわ。私は」


 ――あなたを愛してるわ。


 そう続けようとした唇を、レイは再び奪った。

 長い長いキスに、ニックはとうとう業を煮やし、

「殿下! それ以上は陸に上がってからにして下さい」

 と、叱られたのであった。



*~*~*~*~* 



『――――以上のように、我が国の王室法は変わります。アズル王室は、新しい時代に相応しい変化を遂げました。

 今はもう、二十一世紀です。国家間の問題を、婚姻で解決する時代ではなくなりました。この太平洋だけでなく、世界の平和を維持するために、我が国は努力と協力を惜しみません。我々は、様々な問題を対話により解決に導くことが可能な“人間”です。今こそ、我々人類は、それを証明すべきなのです!』


 それは、一ヶ月後にアズウォルド国王として即位することが決まった――レイ・ジョセフ・ウィリアム・アズル皇太子の、全世界に向けた宣言であった。




 ――国王の容態が悪化、公務は不可能。

 そういった内容の報告書が、王宮医師アダム・ラスウェルより議会に提出された。これまで度々計画しては、チカコにより断念を余儀なくされたものである。今回、チカコの同意を得て、ようやく提出に至った。

 ラスウェル医師も、重い肩の荷を下ろせて、ホッとしたようだ。王宮医師は辞め、退位したシン国王……シン王子と共にこれまで同様、アサギ島で暮らすと言う。最期までシン王子に付き添いたい、と。レイはそれを承諾したのだった。


 そして、何としても国王の母であろうとしたミセス・チカコ・サイオンジの壁を突き壊した手段とは……。


 ティナはミサキの結婚式の準備を手伝いながら、レイに尋ねた。

「ねえ、本当に良かったの? あなたのお母様がお怒りなんじゃない?」

「彼女の立場に影響はない。嫁いで三十年あまり、おそらく二十八年近くを海外で過ごしている女性だ。チカコに称号を与えても、文句は言わせない」


 レイはチカコにレディの称号を与え、正式にシン国王の母として王宮に住むことを認めた。さすがに、王太后の身分をレイの母から移すことは不可能だ。それに準じた立場でもない。あくまで儀礼称号である。だが、それにすら議会が反対した。レイの祖父と父の争い、また、レイの父がチカコを王妃にしようとした騒動を思い起こしたのだろう。


「過去は過去だ。私は祖父や父とは違う。私は私の母も、兄弟の母も大切にしたい。私は兄王に代わり、チカコの長年に渡る貢献に報いたい」


 本来であるなら敵対するであろう、レイ皇太子の一言に、議会は承認した。

 実は、チカコに対する飴は二個用意されていたのだ。だが、彼女はその一つで充分に喜んだ。称号を受け入れ、レイの即位を支持したのである。

 無論、レイも手放しで与えた訳ではない。これにより、チカコは準公人扱いとなり……身分が保障されると同時に、様々な行動も制限された。許可なく国外には出れず、会話や手紙も管理される。テロの標的になった経緯も考慮され、警護も厳重となった。彼女の自由は大幅に制限されたが、一度は締め出された王宮内を自由に闊歩出来ることが愉快らしく、ティナと会っても牙を剥いてくる事はなくなった。



 そして五月半ば、王宮の礼拝堂でミサキはマシューと式を挙げ、彼女は正式にアズウォルド国民となる。

「ありがとう、ティナ。レイ……本当に色々ごめんなさい。ああ、でも、こうなってお互いに良かったのよね」

 ミサキはティナを姉のように慕い、結果、レイと二人で結婚式の付添い人をすることになったのだ。これにより、国民は「ああ、二人の婚約は形だけだったのね」と納得したのであった。






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